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16章 奪われた姫君
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テレジアと別れてから、俺たちは町はずれへとやってきた。
いろいろあったヒルコの町とも、これでおさらばだ。でもいつかは、またこの町を訪れたい。なんたって、エラゼムとメアリーが眠る町だから。
さて、そろそろストームスティードに乗り込もうかと言う、その時。
「あれ?誰かいるぞ……」
道のわきに生えた木に、一人の男が寄りかかっている。男が着ている、袈裟のようなローブには見覚えがあった。
「うん?なんだ、ミゲルじゃないか」
そいつは俺たちに気が付くと、木から背中を離した。ヒルコの町の神殿、グランテンプルの修道士、ミゲルだ。
「どうしたんだ?俺たちを待ってたのかよ」
「ええ。みなさまには、世話になりましたから。最後のお別れと、お礼を言いに」
へぇ。グランテンプルを代表して、彼がわざわざ見送りに来てくれたってことか?
「そりゃ、どうもご苦労様。けど、そこまでしてもらうほどじゃ」
「そんなことはありません。あなたたちはマルティナを救ってくれたでしょう」
まあ、いちおうな。マルティナは、ミゲルの妹だ。ひょんな事件に関わったせいで、結果的に彼女を救う事にはなったけれど。
「でも、犯人の最期は、結局自爆だったし」
マルティナを襲った怪物・サイクロプスの正体は、結局謎のままだった。一体何の目的で、誰が差し向けたのか、そういったことは全部闇の中だ。
「ご安心を。そこから先は、私たちの仕事です」
しかしミゲルは、きっぱりと言い切った。
「みなさまは、マルティナを救ってくれた。そしてこれからは、私が彼女を守ります。どんな輩が寄ってこようとも」
「……そっか」
どんな輩だろうと、か。ミゲルとマルティナは、セカンドミニオンだ。きっとその血のせいで、今までもこんな目に遭ってきたんだろうな。だからこそ、この兄妹の絆は固いのかもしれない。
「改めまして、ありがとうございました。皆様の旅路に、幸多からんことを」
「ああ、ありがとな。マルティナと牧師さんにもよろしく伝えてくれ」
ミゲルは深々と礼をすると、町へと戻っていった。あいつ、俺たちがいつ出発するかも分からないのに、ずっとここで待っていたんだろうか?
「さいしょのときとは、ぜんぜん感じ違うね」
ライラは、ミゲルの態度の変わりように、納得できない顔をしている。俺はライラのふわふわの髪をぽんぽん撫でた。
「俺たちの善行に対して、態度を改めてくれたってことさ。なに、悪いことじゃないよ」
「ふーん」
「さてと!そんなことより、そろそろ走ろうぜ。ライラ、ストームスティードを呼んでくれるか」
「そうだね。わかった!」
ライラが元気よく呪文を唱え始める、つむじ風が舞い、俺たちの前に疾風の馬が召喚された。
「よし、それじゃ乗り込んで……うん?」
「ん?どうしたの桜下。固まって」
「……しまった。重大な問題を見落としてた」
「問題?」
「馬を呼んでも、騎手がいないじゃないか……」
ライラはあっ!と目を丸くした。そうなのだ。今までは、エラゼムが騎手を務めてくれていた。けど彼が旅立った今では、誰も馬の乗り方を知らない。
「まずったなぁ。エラゼムに、馬の乗り方を聞いておくんだった」
後悔は先立たないって言うけど、本当だな。すっかり失念していた。さて、どうしよう?
「よ、よぉーし!ライラがやってみる!」
「えっ。ライラ、できるのか?」
「いままでずっと、エラゼムの前に座ってたから。何となく、分かると思う」
ほ、ほんとか?俺と、それからウィルは、ハラハラしながらライラを見守る。
ライラは足をジタバタさせつつ、なんとかストームスティードによじ登ると、きりっと前を向いた。
「よし!走れ!うわぁー!?」
ああぁ、言わんこっちゃない!勢いよく走り出したストームスティードに振り落とされ、ライラが真っ逆さまに落馬する。間一髪、俺が滑り込んだので、ライラは怪我しなかった。クッション代わりになった俺は潰れたけど……ぐえっ。
「ご、ごめんね桜下。おかしいなぁ、こんなはずじゃ……」
「無理すんなよ。体格的にも、ライラじゃちょっと厳しいだろ」
「むぅ……」
小柄なライラが、立派な体躯のストームスティードを乗りこなすのは難しいはずだ。でもそうなると、残るは……
「そうだ、ロウランは?お前は、馬に乗れたりしないのか?」
「アタシ?」
ロウランの乗馬経験は聞いた事がなかった。ひょっとして、昔乗ったりしていないかな?
「うーん、ごめんなの。アタシも馬に乗ったことはないなぁ」
「あちゃ、そうなのか……」
「騎乗みたいなのは得意なんだけど」
うん?この意味、俺はよく分かんなかった。なぜかウィルが顔を赤くしていたのが気になるけど。
「けど、物は試しだよ。アタシもトライしてみたい!」
ロウランは意気揚々とストームスティードの鞍に手をついて、ひょいと飛び乗った。おお、意外と様になっているぞ。ロウランくらいの体躯なら、バランスもピッタリだ。
「よーし!はいよー!うわぁー!?」
が、しかし……デジャヴだな。ロウランもものの見事にひっくり返った。が、ロウランはここで、尋常ならざる技を見せた。空中で体をひねると、狙いすましたかのように俺の胸に飛び込んできたのだ!ぐえぇ!
「きゃっ♪いやーん、怖かったの~」
「うぐぐ……ロウラン、てめぇ……」
ロウランに押し倒される形で、俺ごと地面に倒れ込む。が、な、なんだこれ……
「ぐ、ぐは……つぶれる……!」
正直俺は、岩が降ってきたのかと思った。細身なロウランからは想像もできないほど、重い!
「ろ、ろうら……ど、け……」
「あれ?だ、ダーリン?大丈夫!?」
恐らくどす黒い俺の顔を見てか、ロウランが慌てて退く。ぶはー、はぁはぁはぁ。ち、窒息するところだった……するとフランが、思い出したようにぽんと手を打った。
「そっか。その子、めちゃくちゃ重いんだよ」
「ぜぇ、はぁ。え?」
「むう。失礼しちゃうな、重いだなんて」
ロウランは頬をぷくっと膨らませると、腕を組む。
「だって、現にそうだったもの。あなたを引っ張ってる時、妙に重たいと思ってた」
「また言う~。まぁ、事実なんだけどね。アタシの体には、コレが入ってるし」
するとロウランは、いきなりべぇっと舌を出した。そこには、ピアス?金色の玉がはめられている……いや、違う。玉かと思っていたそれが、でろでろと伸びてくるぞ……?
「あ。そういうことか」
ロウランの魔法は、金属を操ることができる。いつも、どこからともなく金色の金属が現れていたけれど、あれってロウランの、体の中から出てきていたんだ……え?
「……なあ、ロウラン。ほんっとーに、お前の体ってどうなってるんだ?」
「んふふふ。オトメにはたくさん秘密があるの♪ベッドの上でなら見せたげるよ?」
けっ。うまくはぐらかされてしまった。ロウランのやつ、姫になるために色々したって言っていたけど、本当に色々しているみたいだな……
「っと、話が逸れてた。それよりも、騎手をどうするかって話だけど」
「あの、桜下さん。一つ提案があるんですが」
お?挙手したのはウィルだ。
「ウィル?お前、馬に乗れたっけ?」
「いえ、胸を張って言えるほどでは。ただ私、一度だけ、エラゼムさんから馬の操り方を習っているんです。ほら、セイラムロットで、馬車を操らなくちゃいけなかったとき」
「ああ!そういやそうだったなぁ」
懐かしいな。アルルカの城に潜入した時のことだ。確かにあん時、ウィルはエラゼムから教えを受けていたっけ。
「そっか、じゃあウィルならできるかな?」
「いえ、そこまでの自信は……あの時は馬車で、乗馬の仕方は習ったことありませんし、力にも自信はありません。ほら、私幽霊ですし」
「そうか……でもそれなら、提案って?」
「はい。私、思うに騎手になるなら、馬に乗り慣れてる人がいいと思うんです。それでいて、それなりに力があって、しっかりとした体のある人となると……」
ふむ。馬に乗り慣れているっていうのは、いつもストームスティードに乗っていたやつってことだろう。それは俺、ウィル、ライラの三人だ。その中で、そこそこ力があって実体を持つやつは……
「……俺か?」
俺は自分の顔を指さす。ウィルはこっくりうなずいた。
「私が、馬の操り方を教えます。それならどうですか?」
「なるほど、そういうことか……」
俺が、馬を。考えたこともなかった。けど、何事も経験かもしれない。それに、いまさら徒歩で旅ってのも、面倒だしな。
「自信はないけど、このさい誰でもレベルは同じか。うし、ちょっとやってみるか!」
「はい!」
よーし、そうなったら早速……
俺はストームスティードの鞍に手をついた。風の馬は透明だけれど、触れれば確かに感触がある。勢いをつけると、腕で体を持ち上げ、そのまま背中にまたがった。
「よ、よし。それで、次は手綱を……」
手綱も透明だが、なんとか探り当てた。そしてあぶみに足をかける。よし、なんとかここまでは来たぞ。そこそこ様になっているんじゃないか?
「じゃあウィル、こっからどうしたらいい?」
「はい。ちょっと失礼しますね」
ウィルはふわりと浮かび上がると、俺の背後に回ってきた。何をする気だろ?そして後ろから手を回して、俺の手に重ねる。
「っ!」
う、うわわ。これは……よくないぞ。ウィルは今、俺に後ろから抱き着くような格好になっている。それどころか、俺の手を握ろうとしている分、むしろ押し付ける形に近い。それはつまり、彼女の豊かなそれも押し付けられるということで……
「……それで、止まるときはこうやって手綱を引くんです。分かりました?」
「……」
「……桜下さん?聞いてました?」
「はひぇ!?ご、ごめん、なんだって?」
「もぉー、ちゃんと聞いてくださいよ!だから、こうやって重心を後ろにして、手綱を」
「っ!?」
ウィルが俺の手を握って、体ごと後ろに倒した。俺は必然的に、ウィルに寄りかかる姿勢になる。押し付けられていたそれに、今度は俺から当たりに行く形に……
(む、無理!)
俺の羞恥心が限界に達して、体が無意識のうちに反応してしまった。ピーンと、伸ばしてしまったのだ……足を。そしてその足は運悪く、ストームスティードの腹を蹴飛ばしてしまった。
「ヒヒヒィィィィーン!」
「どわぁぁぁぁ!?」
「きゃあぁぁぁ!?」
突如疾走し始めたストームスティードに、俺は必死でしがみつくほかなかった。振り落とされなかっただけ、まだマシだと思いたい。
「バッカじゃないの」
アルルカの悪態は、耳には届かなかったことにする……とほほ。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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いろいろあったヒルコの町とも、これでおさらばだ。でもいつかは、またこの町を訪れたい。なんたって、エラゼムとメアリーが眠る町だから。
さて、そろそろストームスティードに乗り込もうかと言う、その時。
「あれ?誰かいるぞ……」
道のわきに生えた木に、一人の男が寄りかかっている。男が着ている、袈裟のようなローブには見覚えがあった。
「うん?なんだ、ミゲルじゃないか」
そいつは俺たちに気が付くと、木から背中を離した。ヒルコの町の神殿、グランテンプルの修道士、ミゲルだ。
「どうしたんだ?俺たちを待ってたのかよ」
「ええ。みなさまには、世話になりましたから。最後のお別れと、お礼を言いに」
へぇ。グランテンプルを代表して、彼がわざわざ見送りに来てくれたってことか?
「そりゃ、どうもご苦労様。けど、そこまでしてもらうほどじゃ」
「そんなことはありません。あなたたちはマルティナを救ってくれたでしょう」
まあ、いちおうな。マルティナは、ミゲルの妹だ。ひょんな事件に関わったせいで、結果的に彼女を救う事にはなったけれど。
「でも、犯人の最期は、結局自爆だったし」
マルティナを襲った怪物・サイクロプスの正体は、結局謎のままだった。一体何の目的で、誰が差し向けたのか、そういったことは全部闇の中だ。
「ご安心を。そこから先は、私たちの仕事です」
しかしミゲルは、きっぱりと言い切った。
「みなさまは、マルティナを救ってくれた。そしてこれからは、私が彼女を守ります。どんな輩が寄ってこようとも」
「……そっか」
どんな輩だろうと、か。ミゲルとマルティナは、セカンドミニオンだ。きっとその血のせいで、今までもこんな目に遭ってきたんだろうな。だからこそ、この兄妹の絆は固いのかもしれない。
「改めまして、ありがとうございました。皆様の旅路に、幸多からんことを」
「ああ、ありがとな。マルティナと牧師さんにもよろしく伝えてくれ」
ミゲルは深々と礼をすると、町へと戻っていった。あいつ、俺たちがいつ出発するかも分からないのに、ずっとここで待っていたんだろうか?
「さいしょのときとは、ぜんぜん感じ違うね」
ライラは、ミゲルの態度の変わりように、納得できない顔をしている。俺はライラのふわふわの髪をぽんぽん撫でた。
「俺たちの善行に対して、態度を改めてくれたってことさ。なに、悪いことじゃないよ」
「ふーん」
「さてと!そんなことより、そろそろ走ろうぜ。ライラ、ストームスティードを呼んでくれるか」
「そうだね。わかった!」
ライラが元気よく呪文を唱え始める、つむじ風が舞い、俺たちの前に疾風の馬が召喚された。
「よし、それじゃ乗り込んで……うん?」
「ん?どうしたの桜下。固まって」
「……しまった。重大な問題を見落としてた」
「問題?」
「馬を呼んでも、騎手がいないじゃないか……」
ライラはあっ!と目を丸くした。そうなのだ。今までは、エラゼムが騎手を務めてくれていた。けど彼が旅立った今では、誰も馬の乗り方を知らない。
「まずったなぁ。エラゼムに、馬の乗り方を聞いておくんだった」
後悔は先立たないって言うけど、本当だな。すっかり失念していた。さて、どうしよう?
「よ、よぉーし!ライラがやってみる!」
「えっ。ライラ、できるのか?」
「いままでずっと、エラゼムの前に座ってたから。何となく、分かると思う」
ほ、ほんとか?俺と、それからウィルは、ハラハラしながらライラを見守る。
ライラは足をジタバタさせつつ、なんとかストームスティードによじ登ると、きりっと前を向いた。
「よし!走れ!うわぁー!?」
ああぁ、言わんこっちゃない!勢いよく走り出したストームスティードに振り落とされ、ライラが真っ逆さまに落馬する。間一髪、俺が滑り込んだので、ライラは怪我しなかった。クッション代わりになった俺は潰れたけど……ぐえっ。
「ご、ごめんね桜下。おかしいなぁ、こんなはずじゃ……」
「無理すんなよ。体格的にも、ライラじゃちょっと厳しいだろ」
「むぅ……」
小柄なライラが、立派な体躯のストームスティードを乗りこなすのは難しいはずだ。でもそうなると、残るは……
「そうだ、ロウランは?お前は、馬に乗れたりしないのか?」
「アタシ?」
ロウランの乗馬経験は聞いた事がなかった。ひょっとして、昔乗ったりしていないかな?
「うーん、ごめんなの。アタシも馬に乗ったことはないなぁ」
「あちゃ、そうなのか……」
「騎乗みたいなのは得意なんだけど」
うん?この意味、俺はよく分かんなかった。なぜかウィルが顔を赤くしていたのが気になるけど。
「けど、物は試しだよ。アタシもトライしてみたい!」
ロウランは意気揚々とストームスティードの鞍に手をついて、ひょいと飛び乗った。おお、意外と様になっているぞ。ロウランくらいの体躯なら、バランスもピッタリだ。
「よーし!はいよー!うわぁー!?」
が、しかし……デジャヴだな。ロウランもものの見事にひっくり返った。が、ロウランはここで、尋常ならざる技を見せた。空中で体をひねると、狙いすましたかのように俺の胸に飛び込んできたのだ!ぐえぇ!
「きゃっ♪いやーん、怖かったの~」
「うぐぐ……ロウラン、てめぇ……」
ロウランに押し倒される形で、俺ごと地面に倒れ込む。が、な、なんだこれ……
「ぐ、ぐは……つぶれる……!」
正直俺は、岩が降ってきたのかと思った。細身なロウランからは想像もできないほど、重い!
「ろ、ろうら……ど、け……」
「あれ?だ、ダーリン?大丈夫!?」
恐らくどす黒い俺の顔を見てか、ロウランが慌てて退く。ぶはー、はぁはぁはぁ。ち、窒息するところだった……するとフランが、思い出したようにぽんと手を打った。
「そっか。その子、めちゃくちゃ重いんだよ」
「ぜぇ、はぁ。え?」
「むう。失礼しちゃうな、重いだなんて」
ロウランは頬をぷくっと膨らませると、腕を組む。
「だって、現にそうだったもの。あなたを引っ張ってる時、妙に重たいと思ってた」
「また言う~。まぁ、事実なんだけどね。アタシの体には、コレが入ってるし」
するとロウランは、いきなりべぇっと舌を出した。そこには、ピアス?金色の玉がはめられている……いや、違う。玉かと思っていたそれが、でろでろと伸びてくるぞ……?
「あ。そういうことか」
ロウランの魔法は、金属を操ることができる。いつも、どこからともなく金色の金属が現れていたけれど、あれってロウランの、体の中から出てきていたんだ……え?
「……なあ、ロウラン。ほんっとーに、お前の体ってどうなってるんだ?」
「んふふふ。オトメにはたくさん秘密があるの♪ベッドの上でなら見せたげるよ?」
けっ。うまくはぐらかされてしまった。ロウランのやつ、姫になるために色々したって言っていたけど、本当に色々しているみたいだな……
「っと、話が逸れてた。それよりも、騎手をどうするかって話だけど」
「あの、桜下さん。一つ提案があるんですが」
お?挙手したのはウィルだ。
「ウィル?お前、馬に乗れたっけ?」
「いえ、胸を張って言えるほどでは。ただ私、一度だけ、エラゼムさんから馬の操り方を習っているんです。ほら、セイラムロットで、馬車を操らなくちゃいけなかったとき」
「ああ!そういやそうだったなぁ」
懐かしいな。アルルカの城に潜入した時のことだ。確かにあん時、ウィルはエラゼムから教えを受けていたっけ。
「そっか、じゃあウィルならできるかな?」
「いえ、そこまでの自信は……あの時は馬車で、乗馬の仕方は習ったことありませんし、力にも自信はありません。ほら、私幽霊ですし」
「そうか……でもそれなら、提案って?」
「はい。私、思うに騎手になるなら、馬に乗り慣れてる人がいいと思うんです。それでいて、それなりに力があって、しっかりとした体のある人となると……」
ふむ。馬に乗り慣れているっていうのは、いつもストームスティードに乗っていたやつってことだろう。それは俺、ウィル、ライラの三人だ。その中で、そこそこ力があって実体を持つやつは……
「……俺か?」
俺は自分の顔を指さす。ウィルはこっくりうなずいた。
「私が、馬の操り方を教えます。それならどうですか?」
「なるほど、そういうことか……」
俺が、馬を。考えたこともなかった。けど、何事も経験かもしれない。それに、いまさら徒歩で旅ってのも、面倒だしな。
「自信はないけど、このさい誰でもレベルは同じか。うし、ちょっとやってみるか!」
「はい!」
よーし、そうなったら早速……
俺はストームスティードの鞍に手をついた。風の馬は透明だけれど、触れれば確かに感触がある。勢いをつけると、腕で体を持ち上げ、そのまま背中にまたがった。
「よ、よし。それで、次は手綱を……」
手綱も透明だが、なんとか探り当てた。そしてあぶみに足をかける。よし、なんとかここまでは来たぞ。そこそこ様になっているんじゃないか?
「じゃあウィル、こっからどうしたらいい?」
「はい。ちょっと失礼しますね」
ウィルはふわりと浮かび上がると、俺の背後に回ってきた。何をする気だろ?そして後ろから手を回して、俺の手に重ねる。
「っ!」
う、うわわ。これは……よくないぞ。ウィルは今、俺に後ろから抱き着くような格好になっている。それどころか、俺の手を握ろうとしている分、むしろ押し付ける形に近い。それはつまり、彼女の豊かなそれも押し付けられるということで……
「……それで、止まるときはこうやって手綱を引くんです。分かりました?」
「……」
「……桜下さん?聞いてました?」
「はひぇ!?ご、ごめん、なんだって?」
「もぉー、ちゃんと聞いてくださいよ!だから、こうやって重心を後ろにして、手綱を」
「っ!?」
ウィルが俺の手を握って、体ごと後ろに倒した。俺は必然的に、ウィルに寄りかかる姿勢になる。押し付けられていたそれに、今度は俺から当たりに行く形に……
(む、無理!)
俺の羞恥心が限界に達して、体が無意識のうちに反応してしまった。ピーンと、伸ばしてしまったのだ……足を。そしてその足は運悪く、ストームスティードの腹を蹴飛ばしてしまった。
「ヒヒヒィィィィーン!」
「どわぁぁぁぁ!?」
「きゃあぁぁぁ!?」
突如疾走し始めたストームスティードに、俺は必死でしがみつくほかなかった。振り落とされなかっただけ、まだマシだと思いたい。
「バッカじゃないの」
アルルカの悪態は、耳には届かなかったことにする……とほほ。
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