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16章 奪われた姫君

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「よ、よし……どうだ、ずいぶん上手くなったろ?」

俺はストームスティードを見事な8の字に歩かせ、仲間たちを振り返った。

「すごいですよ、桜下さん!とってもうまいです!」

「ウマだけに?」とフランがつぶやく。

「ウィル……」

「あっ、ち、違いますよ!いや、違わないんですけど……とにかく、桜下さん、上達しましたね。それなら十分じゃないですか?」

結局俺たちは一時間ほど、町はずれで乗馬訓練を行っていた。これなら宿を出る前にすればよかったと、若干後悔だ。だがその甲斐あって、俺はなんとか馬を乗りこなせるようになった。

「まあ、まだ山道とかは怖いけどな。とりあえず、形にはなったろ」

「そうですね。少し休んでから、出発しますか?」

「んー、いや。感覚を忘れる前に、走ってみたいかもしれないな。みんな、もう出られるか?」

仲間たちは大丈夫だとうなずいた。騎手が俺になったので、乗馬メンバーには若干の変動がある。俺の前にライラが乗り、俺の後ろにはロウランが乗ることとなった。そしてロウランの肩に、ウィルが掴まる形だ。

「わーい、桜下の前だー」

ライラは妙にはしゃいでいる。それはいいんだけど、あんまり激しく動かないでくれよな。俺はまだ若葉マークなんだから。そして俺を不安にさせるのはもう一人。

「わーい、ダーリンの後ろなのー♪」

「ろ、ロウラン。頼むから、走ってる最中に変なことしないでくれよ」

「えー?だって、しっかり掴まってなくちゃ危ないの。ほら、ぎゅー♪」

「だーら、それをするなっちゅうんじゃ!」

心臓に悪い……結局、走行中はウィルが厳しくロウランを監視することとなった。ロウランは残念そうにしていたが、俺の身が持たない。安全運転にご協力いただこう。

「よ、よし。そんじゃ、出発するぞ……!」

全員が乗り込んだところで、いよいよ馬を走らせる。俺は手綱をぎゅっと握ると、足でストームスティードの腹を蹴った。

「イヒヒーン!」

ストームスティードは勇ましくいななき、ぐんぐんと走り出した。くおぉ、速いッ……!魔法の馬だから、加速が段違いだ。くそっ、ライラに頼んで、魔法のポニーとかを出してもらえばよかった。

「ふぅ、ふぅ……」

「桜下、だいじょーぶだよ。もっとリラックスして?」

え?体を固くし、息を荒くする俺に、ライラが顔を振り向かせる。

「ストームスティードはまほーの馬だから、ふつーの馬よりは頑丈だよ。あんまり気を遣わなくても、へたったりしないから」

「そ、そうか。そうだな」

「うん。それに、これはあくまで、ライラの魔力を馬の形にしてるだけだからね。馬じゃなくて、ライラのまほーに乗ってるんだって思ってよ。馬よりライラの方が、桜下の言うことよく聞くでしょ?」

「お、おお。なるほどな」

確かにそう考えたほうが、よっぽど気は楽だ。馬という別の生き物を操っているというよりも、あくまで体の一部と意識したほうがいいのかもしれない。魔力とは、人の意識が反映されるものだから。

「でも、それならなんでライラは乗れないんだよ?自分の魔力だろ」

「うーん、意外とむつかしーんだよ。何度も試したんだけどさ。でもひょっとしたら、ライラの魔力は自分で制御するよりも、桜下に使ってもらう方が、素直に言うこと聞くのかもね」

「なんだそりゃ?」

「えへへへ」

最後のはともかく、ライラの言う通り、ストームスティードはよっぽどタフだった。走らせ続けても息切れしないし、ちょっとくらいの悪路はものともせずに駆け抜けてくれる。行き先と止まる指示だけ意識していれば、実に簡単だ。

「よーし、アニ!二の国に帰るには、どう行ったらいいんだ?」

慣れてきて、俺は胸元のガラスの鈴に話しかける余裕ができた。アニがリンと揺れて答える。

『このまま真っすぐ、道なりに進んでください。来た道を戻って行けば、いずれ二の国に出るでしょう』

「おっけー、簡単だな。じゃあ後は、ひたすら走るだけだ!」

いままで来た道を、ひたすら駆ける!俺たちは太陽を背に、ひたすら東へと走り続けた。



行きよりも、帰りの方が何倍も早かった。慣れた道ってのもあるけど、たぶんアルアがいない分、速度をセーブする必要がないからだ。久々に思い切り走ることができて、ストームスティードも心なしか嬉しそうだった。
そこから数日かけて、俺たちは次々と山やら町やらを越えて行った。山頂に滝のある不思議な山を越え、ミツキの町へ。ただ、町には立ち寄らず、通り抜けるだけだった。またプリメラに捕まりたくないからな。
森閑の森は、思い切って日中に走り抜けた。モンスターが出るとのことだったが、全力で駆け抜けてしまえば、いないのと同然だ。視界の悪い森の中の乗馬は緊張したけれど、なんとか無事に抜けきることができた。
ソトバの村では、行きがけに見た旅芸人のサーカスが開かれていた。俺たちはちらっと見ただけだったけれど、それなりに盛況のようだ。ただ当然、そこにあの緑髪の手品師の姿はなかった。一座の連中にも、それを気にしている様子は見られなかった。
そしてついに、ジェイコブスコーブの港町のそばまで戻ってきた。ここを通って出発した時が、もうずっと前に感じられる。あん時は、俺は自分で馬を駆らず、背中に乗っているだけだったな……

「……」

「桜下?どうしたの?」

「いや……何でもない。行こう」

港町へと向かう道を逸れ、国境へと続く道へ。ここからは、俺が手綱を握っていくんだ。



日が暮れるころ、俺たちはクリッカという町に到着した。街道沿いにあるからそれなりに大きな町だけど、その割に活気は感じられない。静かな町だ。
俺たちは“コロニー”という名の宿に部屋を取った。二階建てで、一階ホールが食堂に、二階が客室になっている。食堂には蝋がいっぱい垂れ下がったシャンデリアが吊るされていて、各テーブルには匂いのきついランプが置かれていた。

「なんなのぉ、このにおい……」

ライラが小さな鼻をひくひくさせる。ウィルも顔を近づけてにおいを嗅ぐと、顔をしかめた。

「うっ。このにおいは、たぶん魚油ですね。お魚から取れる油です」

「ああ、だから生っぽいんだ」

魚油か。近くに大きな港があるから、そこから仕入れているんだろうな。
夕食を注文して待っている間、俺は他の客席も眺めてみた。ホールはそこそこの広さがあり、テーブルの数も多い。けど今は、空きが目立つな。あんまり客入りはよくないらしい。

「なんだか、ちょっと妙ですね」

「ウィル?何がだ?」

「だってここ、街道の町ですよ?そこの宿が、こんなに活気がないなんて。よほど人気のない宿なんでしょうか?」

「ふむ、確かに。町に入った時から、なんか賑わってないなって思ってたんだよ」

「うぅーん、するとこの町自体、ちょっと寂れてきているんですかね」

それはまた、辛気臭い所に来てしまったもんだ。と、その時俺たちのテーブルのそばを、二人組の男たちが通り過ぎて行った。恰好から見るに旅人、大きなカバンを背負っているから、恐らく行商人の類だろう。そいつらの話が聞こえてくる。

「おい、本当かよ?近々戦争が再開するって」

「ああ、どうやら本当らしい」

なに?俺はウィルと顔を見合わせる。
今あの二人、聞き捨てならないことを話してたぞ。もっと聞いてみたかったが、二人は離れた席に座ってしまった。遠い上に、二人はひそひそ声で話しているのか、ここからじゃ全く話が聞き取れない。

「なあ、今あの二人……」

俺が仲間たちの顔を見ると、みんなも聞いていたようだ。顔を固くして、うなずき返してくる。だよな、気になるよな……

「なら、ちょこっと聞き耳してみますか。任せてください」

ウィルがふわりと浮かび上がる。なるほど、幽霊のウィルなら、堂々と盗み聞きをすることができるってわけだ。ウィルは二人の男のテーブルに近づくと、会話の内容をこっちに伝えてくれた。

「ええっと……最近、物騒な話題が多いな。西はだいぶもめているらしい」
「けどそんなの、今までもあっただろ。また勘違いってことなんじゃないのか?」
「いいや、今度のは違う。はっきりと、被害が出ているんだ……被害?」

被害だって?どういう意味だろう。ウィルも驚いているようだが、そのまま続ける。

「被害って、あれか?あちこちの町から、人が消えているっていう……けどあれこそ、単なる噂だろ?」
「いや。今日、知り合いの旅商人から聞いた。本当のことらしい」
「おいおい……でもさ、まだそれが、魔王のしわざって決まったわけじゃないだろ?」
「ただの人攫いならな。そいつらを攫ったのは、どれも異形の怪物だったってよ」

か、怪物?モンスターってことか?ん、待てよ。つい最近、似たような話が……

「怪物って……魔王軍ってことか?」
「確定はしてないが、少なくとも全く無関係とは言い難い。この話は、こっちの町じゃ有名らしいぞ」
「くそ、だからこんなに辛気臭いのか。これじゃ商売にならんぞ……」

そこから二人の話題は、商談へと流れて行った。ウィルはこれ以上は不要と判断したようで、俺たちのテーブルへと戻ってくる。

「という、事みたいなんですけど……」

うーん。腕を組んで考える。

「……さっきの話、すっげーよく似てるよな。どこかの誰かの話にさ」

みんなも思い当たる節があるようだ。代表してフランが口を開く。

「この前のことでしょ。わたしたちが戦った、あの一つ目の化け物は、普通のモンスターとは明らかに違った。魔法で変身してたし、人の言葉を話したし」

「ああ。それに、マルティナを攫おうとした動機もよく分からなかった」

だがそこに、さっきの話を結びつければ。

「各地で頻発してる誘拐事件……この前の一件も、その内の一つなんだとしたら、黒幕は……」

「魔王。……かも、しれない」

そういうことだな……

「でも、待ってよ。それじゃあさ……?」

隣の席のライラが、恐る恐るという様子で口を開く。

「魔王は、もう動き出してるってこと?戦争は、もう始まってるの?」

「……」

どうやら事件は、ヒルコの町以外でも起きているらしい。具体的な件数は分からないが、噂になるくらいだ、少なくとも一件二件の話じゃないだろう。

「事実上の宣戦布告ね」

アルルカがさらりと言った言葉は、俺たちに重くのしかかった。情勢はもう、楽観視はできないところまで来ているらしい。

「で?あんた、これからどうする気よ?」

アルルカは真面目な顔で、俺を見る。そういや、前に言われたな。もしも戦争に行く気があるのなら、早めに言っておけと。今がその時なのかもしれない。

「みんな、聞いてくれるか」

俺が呼びかけると、全員の目がこちらに向いた。

「今後、どうなるか分からない。けど、もし……もし、魔王が攻め込んでくるような事があったら……」

「その時は、みんなを助けに行くんだよね?」

え?テーブルの下の手をぎゅっと握ってきたのは、隣に座るライラだった。

「桜下は、魔王と戦うんでしょ。なら、ライラも手伝ったげる」

「ライラ……でも、いいのか?危険かもしれないぞ」

「だからだよ!大まほー使いのライラが、桜下を守ったげるの」

そう言うと、ライラはにこっと、歯を見せて笑った。ライラ……

「ありがとな。みんなは、どうだ?」

訊ねると、フランとウィルは、ほとんど同時にうなずいた。

「もちろん。わたしも行くよ。あの王女を助けたいわけじゃないけど」

「ええ。桜下さんが行くなら、私たちだってついていきます。だって、二の国が脅かされるってことは、私たちの故郷も危なくなるってことですからね。むしろ、私の方から桜下さんにお願いしたいくらいです」

「そっか。みんなにとっては、ふるさとだもんな」

それなら、ふるさとがとっくに滅んでいるやつはどうだろう。俺はロウランを見た。

「ロウラン?」

「なぁに、ダーリン?」

「いや、なぁにじゃなくて……お前はどうなんだ?付いてきてくれるか?」

「え?おくさんが旦那さんについてくのは、当然でしょ?行かない理由がないの。当たり前すぎて、答えなくてもいいと思ってたのに」

「あ、そうですか……」

ロウランのやつ、相変わらずこの調子だもんな。
最後にアルルカが、小馬鹿にしたように笑う。

「ふんっ。あんたね、いちおうは主なんだから、そんな不安そうにすんじゃないわよ。俺について来い!くらいのことが言えるようにならなくちゃね」

「う、うるさいな。わかってるよ……」

「でも、そんなところが桜下さんの良い所ですからね」

うぅ、ウィルのフォローが染みる。

「でも、まだ戦争に行くと決めたわけじゃないぞ。巻き込まれないに越した事はないからな」

「それは、もちろんそうです。でも、あんな噂を聞いた後だと……詳しい話を聞きたくなりましたね」

「詳しい、か。お国の情勢に一番詳しいのは、やっぱりあいつだろうなぁ」

なかなかにしたたかで、いつも俺を面倒ごとに巻き込む、二の国の若き女王。あいつのことだ。

「女王様に会いに行くなら、行き先は決まりましたね」

「ああ。もう何度目か……出向くことにしよう。王都に」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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