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16章 奪われた姫君
2-1 夢枕
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2-1 夢枕
「よし、出発!」
昨夜、王都に向かうと決めた俺たちは、翌朝早速移動を開始した。
野を越え山越え、橋を一つ渡ると、行きかう人の数が増えてくる。国境が近づいている証拠だ。透明な馬で疾走する俺たち(と、その馬に追従する少女)を見て、すれ違う旅人たちはびっくり仰天していた。
「うぅ、悪目立ちしてないかな?」
「へーきへーき。ダーリン、気にし過ぎなの」
「そうかぁ?」
「そうなの。旅人なんて、世界のいろんなとこで、いろんな不思議なものを見てる人たちだよ?驚き慣れてるの」
「おお、確かに……うん?ロウラン、お前なんで詳しいんだ?あの遺跡から外には出たことないんだろ?」
俺は前を向いたままで、背後のロウランに話しかける。まだ若葉マークなので、よそ見はできない。けど、おしゃべりに興じるくらいの余裕はでき始めていた。
「アタシじゃなくって、立ち寄った人たちがそう言ってたんだよ。結構いろんな人が来てたんだから」
「へー。なあ、あの場所ってどういう……あ、そもそもか。遺嶺洞って、俺たちは呼んでんだけど。あそこの本当の名前は何て言うんだ?」
「あそっか、ちゃんと教えてなかったね。あそこはね、ターセネンっていうの。“交わりの地”とか“始まりの場所”って意味だよ」
へぇ、交わりに始まり……ん?ちょっと待て。あそこの遺跡で行われていた儀式の内容を思い出すんだ。交わって、始まる……
「……下ネタか?」
「あーん、まじめだよ~!」
「うわ、わかったから、揺らすなって!」
「もぉー。あそこはいろんな人たちが集まってた、交流の拠点だったの」
「交流……っていうと、市場とか?」
「うーうん。もっと、ややこしいことだよ。いろんなところからいろんな人が集まって、いろんなことを決めてたみたい」
「ずいぶんアバウトだな……」
「ぶぅ、言ったでしょ?アタシ、セイジのことはさっぱりだったの。政は王様のお仕事であって、姫の仕事じゃないの」
「ふーん。まつりごと、ね」
あそこが政治の中心地だったわけか。今で言うところの、王都だな。三百年前は、いったいどんな政治が行われていたんだろう?想像もできないや。そんな中、ふと思った。
「……なあ、ロウラン」
「うん?」
「三百年前も、こうやって魔王といざこざになることって、あったのか?」
「さあ……あんまり聞いた事ないかも。てことは、なかったのかな?アタシが世間知らずなだけかもしれないけど」
「ふーん……平和だったんだな。いい時代だ」
「んふふ。ダーリンと出会えたから、アタシは今が好きだよ?」
「けっ。言ってろ」
そうこうしているうちに、いよいよ国境が見えてきた。と言っても、まだまだ遥か彼方だけど。
ずっと遠くの平原を横断するように、石造りの塀が延々と伸びている。これだけ遠くからでも見えるってことは、実際はかなりの高さがあるんだろう。塀は近くの山裾から始まって、反対側の山裾まで続いていた。一体どれほどの人数が集まって、何個の石を積んだのだろう。想像しただけでもくらくらする。ともかく、あれが目指す国境だ。
『あの国境を越えますと、二の国の西部街道に入ります』
「西部街道?それって、前に一の国へ行くときに通った街道じゃないか?」
『その通りです。主様たちは遺嶺洞へと折れましたが、そのまままっすぐ行っていれば、あの国境を渡ったはずです』
てことは、国境を越えちまえば、王都はすぐだな。よーし、今日中に渡ってしまおう!
……と張り切ったものの、結局国境を越えたのは、日没間際だった。だって、走っても走っても辿り着かないんだ!近づいてみて分かったけど、俺が塀だと思っていたそれは、巨大な城壁だった。そのせいで距離感が狂って、いつまで経っても間隔が詰まらないように見えたんだな。
「なんにしても、これで二の国入りだ!いやぁ、ずいぶん久々だなぁ」
思えば、シェオル島からこっち、ずっと戻ってなかったんじゃないか?異世界から召喚された俺からしたら、縁もゆかりもない土地なんだけど、それでも懐かしく感じられるのが不思議だな。
そこから、さらに数日が経った。俺たちは今、大きな森の中を走っている。この森を抜けて、川を一つ渡れば、いよいよ王都が見えてくる。旅も後半戦だ。
「しかし、でかい森だな。そろそろ日が暮れるぞ」
木々の間から差し込んでくる光は、ずいぶんオレンジ色がかってきている。一日走っても抜けきれないとは、なかなかの広さだ。結局その日は、森の中で野宿することとなってしまった。
真夜中になると、風が出てきた。ざわざわと森の木々が揺れ、なかなか寝付けない。それに俺は、考え事もしていた。王都に行くと決めたはいいが、いざ戦争に向かうことになった時、俺はみんなの主として、どうすべきなのか。
(行き当たりばったりじゃ、きっと失敗する)
戦うのは俺じゃない、みんななのだから。考えすぎるくらいでちょうどいい。
そんなのも相まってか、俺がまどろんだのは、夜もかなり深くなった時間だった。
「……―――」
……ん?今、誰か俺を呼んだか?俺は半分寝ぼけながら、薄目を開けた。闇の中に、ライラの赤毛が見える。すぅすぅと寝息が聞こえてくるから、こいつじゃないな。
「―――」
あ、また。なんだろう、風の音にしちゃ、違和感がある……でも、人の声にしても、なんだか変だ。酷くか細く聞こえるのに、いやにはっきりと耳に入ってくる。例えるなら、耳元でささやかれているような……ううぅ!想像してしまって、俺はぶるぶるっと体を震わせた。
「どうかした?」
おっと。すぐそばから、聞き慣れた声が。
「眠れないの?」
「フラン?」
「うん」
俺は毛布の中から起き上がると、闇の中に目を凝らす。消えかけた焚火のそばに、黒っぽいシルエットで、彼女が座っているのが分かった。
「ひょっとして、お前か?」
「は?寝ぼけてんの?」
う、辛辣なツッコミ。でも、彼女でもないらしい。
「おかしいな……今、誰かに呼ばれた気がしたんだけど」
「風の音じゃない。わたし、何にも聞こえなかったもん」
「そうなのか……」
犬並みに耳のいいフランが聞こえず、俺だけに聞こえるわけがない。てことは、やっぱり気のせいか。そう思い込んで、寝床に潜り込もうとした時。
「……!やっぱり聞こえた!風の音なんかじゃない!」
言葉までは聞き取れなかったが、確実に声が聞こえた。心なしか、さっきよりも強くなってきているし。俺は本格的に体を起こし、立ち上がった。フランも合わせて立ち上がる。
「敵?」
「まだ分からん……そうじゃないといいけれど」
「こっちの都合を聞いてくれるとは限らないでしょ。……でも、変だな。やっぱりわたし、何にも聞こえなかった」
「ほんとか?」
どういうことだ?なんで、俺にだけ聞こえるんだろう。あれ、そう言えば、前にもこんなことがあったような……
「ひょっとして、またアンデッドがらみか?」
以前も、霊の声が俺にだけ聞こえることがあった。今回もそのパターンかもしれない。フランもうなずいた。
「そうかもしれないね。どうする?みんなを呼んでこようか」
「いや……まだ、はっきり敵意があるかは分からない。あまり騒ぎ過ぎないほうがいいんじゃないか」
夜に騒いで、寄って来るのはお化けや蛇だけとは限らない。フランも同じことを思ったようだ。
「なら、わたしが見てくる」
「俺も一緒に行くよ。この声、俺にしか聞こえないんだから」
「……わかった」
しぶしぶ、フランは了承した。本当はここで待ってろって言いたいんだろうな。つっても、女の子一人だけ向かわせるってのも、なあ?
「そういうわけだから。あとよろしくね」
おん?フランは突然上を向いた。あ、よく見たら近くの木の枝に、アルルカが逆さまにぶら下がっている。前もあんなことしていたけど、好きなのか?あの恰好。
アルルカは特に何も言わずに、漫然と腕だけ振った。フランがこちらに向き直る。
「じゃ、いこう」
「あ、おう」
歩き出すと、フランは自然に俺の手を握ってきた。夜道は危ないからな、うん。男女の役目が逆な気がしないでもないけれど。
俺はフランと連れ立って、闇夜の森を歩き出した。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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昨夜、王都に向かうと決めた俺たちは、翌朝早速移動を開始した。
野を越え山越え、橋を一つ渡ると、行きかう人の数が増えてくる。国境が近づいている証拠だ。透明な馬で疾走する俺たち(と、その馬に追従する少女)を見て、すれ違う旅人たちはびっくり仰天していた。
「うぅ、悪目立ちしてないかな?」
「へーきへーき。ダーリン、気にし過ぎなの」
「そうかぁ?」
「そうなの。旅人なんて、世界のいろんなとこで、いろんな不思議なものを見てる人たちだよ?驚き慣れてるの」
「おお、確かに……うん?ロウラン、お前なんで詳しいんだ?あの遺跡から外には出たことないんだろ?」
俺は前を向いたままで、背後のロウランに話しかける。まだ若葉マークなので、よそ見はできない。けど、おしゃべりに興じるくらいの余裕はでき始めていた。
「アタシじゃなくって、立ち寄った人たちがそう言ってたんだよ。結構いろんな人が来てたんだから」
「へー。なあ、あの場所ってどういう……あ、そもそもか。遺嶺洞って、俺たちは呼んでんだけど。あそこの本当の名前は何て言うんだ?」
「あそっか、ちゃんと教えてなかったね。あそこはね、ターセネンっていうの。“交わりの地”とか“始まりの場所”って意味だよ」
へぇ、交わりに始まり……ん?ちょっと待て。あそこの遺跡で行われていた儀式の内容を思い出すんだ。交わって、始まる……
「……下ネタか?」
「あーん、まじめだよ~!」
「うわ、わかったから、揺らすなって!」
「もぉー。あそこはいろんな人たちが集まってた、交流の拠点だったの」
「交流……っていうと、市場とか?」
「うーうん。もっと、ややこしいことだよ。いろんなところからいろんな人が集まって、いろんなことを決めてたみたい」
「ずいぶんアバウトだな……」
「ぶぅ、言ったでしょ?アタシ、セイジのことはさっぱりだったの。政は王様のお仕事であって、姫の仕事じゃないの」
「ふーん。まつりごと、ね」
あそこが政治の中心地だったわけか。今で言うところの、王都だな。三百年前は、いったいどんな政治が行われていたんだろう?想像もできないや。そんな中、ふと思った。
「……なあ、ロウラン」
「うん?」
「三百年前も、こうやって魔王といざこざになることって、あったのか?」
「さあ……あんまり聞いた事ないかも。てことは、なかったのかな?アタシが世間知らずなだけかもしれないけど」
「ふーん……平和だったんだな。いい時代だ」
「んふふ。ダーリンと出会えたから、アタシは今が好きだよ?」
「けっ。言ってろ」
そうこうしているうちに、いよいよ国境が見えてきた。と言っても、まだまだ遥か彼方だけど。
ずっと遠くの平原を横断するように、石造りの塀が延々と伸びている。これだけ遠くからでも見えるってことは、実際はかなりの高さがあるんだろう。塀は近くの山裾から始まって、反対側の山裾まで続いていた。一体どれほどの人数が集まって、何個の石を積んだのだろう。想像しただけでもくらくらする。ともかく、あれが目指す国境だ。
『あの国境を越えますと、二の国の西部街道に入ります』
「西部街道?それって、前に一の国へ行くときに通った街道じゃないか?」
『その通りです。主様たちは遺嶺洞へと折れましたが、そのまままっすぐ行っていれば、あの国境を渡ったはずです』
てことは、国境を越えちまえば、王都はすぐだな。よーし、今日中に渡ってしまおう!
……と張り切ったものの、結局国境を越えたのは、日没間際だった。だって、走っても走っても辿り着かないんだ!近づいてみて分かったけど、俺が塀だと思っていたそれは、巨大な城壁だった。そのせいで距離感が狂って、いつまで経っても間隔が詰まらないように見えたんだな。
「なんにしても、これで二の国入りだ!いやぁ、ずいぶん久々だなぁ」
思えば、シェオル島からこっち、ずっと戻ってなかったんじゃないか?異世界から召喚された俺からしたら、縁もゆかりもない土地なんだけど、それでも懐かしく感じられるのが不思議だな。
そこから、さらに数日が経った。俺たちは今、大きな森の中を走っている。この森を抜けて、川を一つ渡れば、いよいよ王都が見えてくる。旅も後半戦だ。
「しかし、でかい森だな。そろそろ日が暮れるぞ」
木々の間から差し込んでくる光は、ずいぶんオレンジ色がかってきている。一日走っても抜けきれないとは、なかなかの広さだ。結局その日は、森の中で野宿することとなってしまった。
真夜中になると、風が出てきた。ざわざわと森の木々が揺れ、なかなか寝付けない。それに俺は、考え事もしていた。王都に行くと決めたはいいが、いざ戦争に向かうことになった時、俺はみんなの主として、どうすべきなのか。
(行き当たりばったりじゃ、きっと失敗する)
戦うのは俺じゃない、みんななのだから。考えすぎるくらいでちょうどいい。
そんなのも相まってか、俺がまどろんだのは、夜もかなり深くなった時間だった。
「……―――」
……ん?今、誰か俺を呼んだか?俺は半分寝ぼけながら、薄目を開けた。闇の中に、ライラの赤毛が見える。すぅすぅと寝息が聞こえてくるから、こいつじゃないな。
「―――」
あ、また。なんだろう、風の音にしちゃ、違和感がある……でも、人の声にしても、なんだか変だ。酷くか細く聞こえるのに、いやにはっきりと耳に入ってくる。例えるなら、耳元でささやかれているような……ううぅ!想像してしまって、俺はぶるぶるっと体を震わせた。
「どうかした?」
おっと。すぐそばから、聞き慣れた声が。
「眠れないの?」
「フラン?」
「うん」
俺は毛布の中から起き上がると、闇の中に目を凝らす。消えかけた焚火のそばに、黒っぽいシルエットで、彼女が座っているのが分かった。
「ひょっとして、お前か?」
「は?寝ぼけてんの?」
う、辛辣なツッコミ。でも、彼女でもないらしい。
「おかしいな……今、誰かに呼ばれた気がしたんだけど」
「風の音じゃない。わたし、何にも聞こえなかったもん」
「そうなのか……」
犬並みに耳のいいフランが聞こえず、俺だけに聞こえるわけがない。てことは、やっぱり気のせいか。そう思い込んで、寝床に潜り込もうとした時。
「……!やっぱり聞こえた!風の音なんかじゃない!」
言葉までは聞き取れなかったが、確実に声が聞こえた。心なしか、さっきよりも強くなってきているし。俺は本格的に体を起こし、立ち上がった。フランも合わせて立ち上がる。
「敵?」
「まだ分からん……そうじゃないといいけれど」
「こっちの都合を聞いてくれるとは限らないでしょ。……でも、変だな。やっぱりわたし、何にも聞こえなかった」
「ほんとか?」
どういうことだ?なんで、俺にだけ聞こえるんだろう。あれ、そう言えば、前にもこんなことがあったような……
「ひょっとして、またアンデッドがらみか?」
以前も、霊の声が俺にだけ聞こえることがあった。今回もそのパターンかもしれない。フランもうなずいた。
「そうかもしれないね。どうする?みんなを呼んでこようか」
「いや……まだ、はっきり敵意があるかは分からない。あまり騒ぎ過ぎないほうがいいんじゃないか」
夜に騒いで、寄って来るのはお化けや蛇だけとは限らない。フランも同じことを思ったようだ。
「なら、わたしが見てくる」
「俺も一緒に行くよ。この声、俺にしか聞こえないんだから」
「……わかった」
しぶしぶ、フランは了承した。本当はここで待ってろって言いたいんだろうな。つっても、女の子一人だけ向かわせるってのも、なあ?
「そういうわけだから。あとよろしくね」
おん?フランは突然上を向いた。あ、よく見たら近くの木の枝に、アルルカが逆さまにぶら下がっている。前もあんなことしていたけど、好きなのか?あの恰好。
アルルカは特に何も言わずに、漫然と腕だけ振った。フランがこちらに向き直る。
「じゃ、いこう」
「あ、おう」
歩き出すと、フランは自然に俺の手を握ってきた。夜道は危ないからな、うん。男女の役目が逆な気がしないでもないけれど。
俺はフランと連れ立って、闇夜の森を歩き出した。
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