じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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16章 奪われた姫君

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俺はフランが泣き止むまで、ずっと彼女を抱きしめていた。あれだけ吹いていた風は、いつしか止んでいた。森は夜の静けさを取り戻している。

「……もう、いいよ。ありがと……」

胸の中のフランがもぞりと動いた。ずっと泣き続けたせいで、声はかすれていた。俺は腕を緩める。

「……顔、見てもいいのか?」

「……うん」

フランが、ゆっくりと顔を上げる。フランの顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。銀の髪が濡れた頬に張り付き、星明りに光っている。俺はそっと、目元を拭ってやる。

「よかった……」

「え?」

だしぬけに、フランが言う。

「わたし、最期におばあちゃんのこと、安心させてあげられた。わたしは何一つ、おばあちゃんを喜ばせてあげることができなかったから。一つだけでも、恩返しができてよかった……」

「フラン……そんなことねえよ。じゃなかったら、最期にフランに会いに来るもんか。ばあちゃんだって、フランを愛してた」

「そうかな……」

「ああ。それを悔やんでたから、こうしてお別れを言いに来たんだ。それこそ、現世に未練を残すほどにな……」

ばあちゃんは、ずっと苦悩していた。娘の命を奪って産まれてきた孫。憎んでも憎み切れない男の血を継いだ孫。それでもたった一人の家族であった孫。愛憎の狭間で、それでも最期まで悩み続けたんだ。諦めてしまえば、割り切ってしまえば簡単だったのに、ばあちゃんはそれをしなかった。最期まで、どちらも胸に抱え続けた。
それはきっと、俺なんかが理解できることじゃない……けど、これだけは言える。ばあちゃんは、フランを愛していた。

「……なら、やっぱりよかった。おばあちゃんに、ちゃんと見せられたから。今わたし、幸せだよって」

「フラン……」

「ありがとう。あなたが……桜下が居てくれて、本当によかった。わたしやっぱり、桜下が好き……」

……駄目だ。我慢できない。フランへの愛おしさが、胸の中に溢れてくる。俺はその衝動に押し流されるように、フランに口づけした。フランの唇は、涙のしょっぱい味がした。
顔を離すと、フランが何か言いたげな目でこっちを見ている。な、なんだろう?

「……ちゃんと、口でも言って」

「うっ……好きだ」

「……もっと」

ぐぅ、結構恥ずかしいのに……結局俺は、一晩中フランと一緒にいた。フランを抱きしめて、銀色の髪を撫でているうちに、俺は眠ってしまっていたらしい。気が付いたら、あたりが明るくなってきていた。

「ん……いけね、寝てたか」

「おきた?」

フランの声が上から降ってくる。見れば、フランが俺を覗き込んでいた。頭の下には柔らかい感触……久しぶりだな。膝枕されているらしい。

「悪い、いつから寝てたか……」

「そんなには寝てないよ。ごめんね、遅くまで付き合わせて」

「いいって。そんなに悪い時間でもなかったしな」

そう言うと、フランは頬を赤らめて、顔を逸らした。さて、少し名残惜しいが、そろそろ起きないと。俺は体を起こして伸びをした。

「んんっ……はぁ。一晩過ごしちまったな。みんな心配してないかな?」

「アルルカに言ってきたから、大丈夫だと思うけど。でも、そろそろ戻らないとね」

「ああ……フラン、大丈夫か?」

フランの目元は、やっぱり少し腫れている。今は落ち着いているように見えるけれど……

「ん……やっぱりまだ、ちょっと悲しい」

フランは素直にそう言い、瞳を伏せた。

「でも、大丈夫。悲しいけど、支えてくれる人がいるから。歩いて行けるよ」

「そっか……うん、そうだな。でも、無理はすんなよ」

「わかってる。また、辛くなったら……甘えても、いい?」

フランが上目遣いに訊ねてくる。考えるまでもないな。

「もちろん」



仲間たちの下に戻ると、ライラ以外は全員が揃っていた。ライラだけはまだ寝息を立てている。

「おかえりなさい、お二人とも。朝ごはんの支度をしてますから、もう少し待ってくださいね」

ウィルはいつも通りに、俺たちを出迎えてくれた。俺たちが何をしていたのかについては、詮索してこない。

(たぶん、気ぃつかってくれてるんだな)

一晩もいなかったなら、さすがにおかしいと思うはずだ。それに、フランは昨日、わんわん泣いていた。昨晩は風が強かったとはいえ、あれが聞こえないことは無いだろう。てことはやっぱり、察してくれているんだ。

(みんな、優しいな)

フランを支えているのは、俺だけじゃないんだ。安心してくれよ、ばあちゃん。フランを好きなやつは、たくさんいるぜ。

朝日が森を照らす頃、俺たちは出発した。この森を抜ければ、王都はすぐそこだ。だけれど、昨日までとは事情が変わった。ばあちゃんのことだ。

「フラン。本当にいいのか?」

出発の前、俺はフランに、小声でそう訊いていた。

「このまま南に向かえば、モンロービルに寄れるんだぜ」

今いるのは西部街道だが、南に下れば巡礼街道にはすぐに入れる。巡礼街道沿いには、フランの故郷であるモンロービル村があった。

「いいの。最初の通り、王都に向かおう」

けれどフランは、きっぱりと首を横に振った。

「けど……」

「やせ我慢してるわけじゃないんだ。やっぱりわたしは、あの村が嫌い。それは向こうも同じだろうから、今行ったら必ず面倒なことになるでしょ。そんなんじゃ、落ち着いてお墓参りもできないよ」

ううーん……モンロービル村と俺たちとは、ずいぶんこじれた関係を築いてしまっている。一理ある意見だが。

「それにね。おばあちゃんのお墓には、ぜんぶ終わらせてから行きたいの。全部のごたごたが片付いた、その後で」

それには、俺も納得できた。後が詰まったままじゃ、ゆっくりもできない。

「わかった。じゃあこれが片付いたら、改めて行こうな」

「うん」

魔王とのいざこざがなくなって、またのんびりできるようになったら……その時は、改めてばあちゃんに会いに行こう。その為にもまずは、王都を目指すんだ。



その日のお昼ごろ、俺たちはようやく森を抜けた。いやぁ、本当にでかい森だった。けれどこれで、ずいぶん乗馬に自信がついた気がするぞ。森の中は見通しも悪いし、道もガタガタしていたけれど、俺は無事に走りおおせて見せたからな。ははは、そろそろ若葉マークも卒業だ。
昼飯を食いながら、俺はそれとなーく、フランの様子を窺っていた。彼女自身は大丈夫だとは言ったけれど、それでも心配だったんだ。けど本当に、フランはいつも通りだった。昨日あれだけ泣いたのが嘘みたいに、普段のクールなフランに戻っている。ううむ、大したもんだな。
そんな風にしていると、時折フランと目が合った。その度にフランは嬉しそうに微笑むので、俺は終始胸の調子がおかしかった。ごほん、えほん。
そんな昼下がり。荷物を広げて、食料の残りを確認していたウィルが、ふと声を上げた。

「あら?誰か来ますね。旅人さんでしょうか?」

うん?……あ、ほんとだ。それほど遠くないところに、一台の馬車が見える。馬車は街道沿いに、まっすぐこちらへ向かってきているようだ。

「すれ違いそうだな。アルルカ、ちゃんと前留めとけよ」

「ちぇっ、うっさいわね。これじゃ何のために出してるのか分かんないわ」

アルルカはぶつぶつ言いながらも、マントの目を留めた。そうこうしているうちに、馬車は俺たちのそばまでやってきた。へー、ずいぶん大きな馬車だなぁ、何を積んでいるんだろうと眺めていると……なぜか向こうが速度を落としはじめたぞ。

「なんだ?止まる気みたいだぞ」

馬車は俺たちのすぐ前で停車した。御者席に座っているのは、恰幅の良いおじさんだった。いや、恰幅が良いってのは、ちょっとマイルドな表現だったかもしれない。着ている服ははち切れそうだし、お尻の肉が御者席からはみ出している。心なしか、馬車も前に傾いているようだ……馬車を引く馬は、さぞかし苦労していることだろう。
おじさんは身を乗り出すと、丁寧な口調で訊ねてきた。

「もし、すみません。ちょっとお訊ねしてもよいでしょうか?」

「はあ。まあ、俺たちで答えられることなら」

「ありがとうございます。この辺りに、モンロービルという村はありませんでしょうか?」

モンロービル?フランがその名前に反応して、こっちをちらりと見た。

「ああ、あるよ。こっから南に行ったところだ」

「ああ、そうでしたか。よかった、道は間違えていないようだ。もしかして、あなたたちはモンロービルから?」

「いや、俺たちはただの旅人。仲間に出身のやつがいるんだ」

「おや、奇遇ですな。私の連れも、同じ村の出身なのです。ほら、お前たち。出ておいで」

おじさんが呼びかけると、馬車の中から小さな子どもが二人、ひょこっと顔をのぞかせた。そっくりな顔の、男の子と女の子だ。

「わーい!わたしたちとおんなじ生まれなの?それってだあれ?」
「わーい!ぼくらとおんなじ生まれなの?それって、もしかしてお兄さん?」

二人は息ピッタリだ。俺は笑って首を横に振った。

「いいや。俺じゃなくて、あっちのお姉さんだ」

俺がフランを手で示すと、子ども二人はフランに向かって満面の笑みを浮かべた。だがフランは応える気が無いようで、ふいっと顔をそむけてしまう。子どもたちががっかりした表情を浮かべた。

「これこれ、お前たち。すみません、騒がしくしてしまいまして」

おじさんはすまなそうに、頭を下げてくる。フランの態度を、怒っていると思われてしまったみたいだ。

「あ、いえ。恥ずかしがりやなだけなんで」

「そうでしたか。道を教えて下さり、ありがとうございました。私どもはそろそろ失礼させていただきます。よい旅を」

おじさんは軽く会釈すると、馬車を走らせ始めた。子どもたちはばいばーい!と手を振ると、馬車に引っ込んでいった。俺は見送りながら首をひねる。

「モンロービルに、あんな子どもたちがいたんだな。まえに村に寄った時は見なかった気がしたけど」

するとなぜか、去って行く馬車を、フランが睨みつけていた。

「……」

「フラン?なに恐い顔してんだ?」

「……あの子どもたち、気に食わない」

「へ?なんでだよ」

するとフランは、真顔で言う。

「なんとなく」

さいで……フランって、子ども嫌いなのかな?

「まあいいや。そろそろ出発しようぜ」

腹ごしらえも済んだし、移動を再開しよう。まだ先は長いんだ。と、その時。俺はふと、地面にいくつものわだちが残されていることに気が付いた。ここは街道なんだし、それ自体はありふれた光景だ。けど、ここのは妙に数が多い気がする。そんなに往来が激しい道だとは、思えないけど……今日は馬車が多いのかな?と一人で納得する。この時は、別におかしなことだとは思わなかった。

そして、移動を再開する。だが、何キロも進まないうちに、俺たちはまた足を止める羽目になってしまった。というのも、なぜか道の真ん中に、行列ができていたからだ。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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