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16章 奪われた姫君
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城へと向かう間、戦闘の形跡はどこにも見当たらなかった。血も流れていないし、家々は壊されていない。モンスターはかなりの大群に見えたが、城だけを集中砲火したってことか?
やがて、森が見えてくる。城下町と王都の間に広がる森だ。そこ突っ切れば、ついに王城が姿を現す……
「なっ……なんだよ、これ」
俺は思わず、馬を止めてしまった。
王城の一角が、完全に崩落している。
塔は崩れ、屋根は剥がれ、中の構造がむき出しになっている。まるで巨人が、その部分だけをむしり取ったかのようだった。いったいどんな兵器を使えば、石造りの城をこんなにできるんだ?
「ライラ……お前の魔法なら、あれと同じことができるか?」
「ブレス・オブ・ワイバーンなら……でも、一発だけじゃ足りないかも……」
ライラほどの魔術師でも無理なら、誰が……
「っ!気を付けて!」
っ!フランの警告!俺は染み付いた経験則から、鋭敏に反応することができた。
「キシャアアァァァ!」
うわ!空を大きな影がおおう。俺はライラを抱きかかえると、地面にダイブした。その数瞬後に、影が俺たちのいた場所を通過した。
「ちくしょう!挨拶もなしに、失礼なやつだな!」
俺はぱっと起き上がると、不躾な客の姿を拝む。まず目についたのは、大きな翼。アルルカと同じで、コウモリそっくりだ。体は羽毛に覆われていたが、腕と足は人間のそれだった。そして、顔。綺麗な女の人。だが、首が異様に長い。そしてびっちりと鱗で覆われている。蛇の体の先端に、人間の顔がくっ付いているのか……?
『これは、もしや。ヴィーヴル!』
胸元のアニが危険を報せるように揺れる。
『気を付けて下さい!牙と爪に猛毒を持ちます!しかし、これほど大型のはずでは……?』
くそ、最近はそればかりだな!悪態をつきたい気分だったが、そんな暇はないらしい。ヴィーヴルが牙を剥いて、俺たちに襲い掛かってきた!
「キシャアアアァァ!」
「やああぁ!」
飛び掛かってくるヴィーヴルに向かって、フランは真っ向からジャンプした。ヴィーヴルの長い首がしなり、フランに食いつこうとする。人間の女の顔が、歯を剥き出しにして襲ってくる光景に、俺は情けなくも震えてしまった。
「ふん!」
牙が食いつく寸前、フランはアッパーカットを繰り出して、口を無理やり閉じてしまった。舌を噛んだであろうヴィーヴルは、くぐもった悲鳴を上げる。
「ギュウゥ」
怯んだヴィーヴルの長い首を、フランはむんずと掴んだ。そのまま地面に引きずり落とす。フランの攻めは、そこで終わらない。長い首を紐に、体を重り代わりにして、ヴィーヴルをぶんぶんと振り回し始めた。俺、ライラ、ロウランは、慌てて地面に伏せた。じゃないと頭がぶっ飛んでしまう。
「あああぁぁぁ!」
十分な加速が乗ると、フランはヴィーヴルの首を放した。怪物は恐ろしい速度ですっ飛んで行き、放物線を描いて、堀に叩きつけられた。
ダッパーン!ヴィーヴルは堀に沈んで見えなくなった。
「片付いたよ!」
「はっ。よ、よし!このまま城に向かおう!」
俺は跳ね起きると、再びストームスティードにまたがり、堀に掛かった跳ね橋を突っ切る。
「な……何者だ!止ま……ゴホホ!」
うおっと!手綱を引いて、馬を急停止させる。城へと続く門の前に、一人の兵士が立っていた。だが、どう見ても元気そうには見えない。額から血を流しているし、掲げた剣は刃こぼれがひどい。
「おいあんた、大丈夫か?」
「う……うるさい!怪しいやつらめ!今、城に貴様らのようなのを入れるわけには……ごほ、ゴホホ!」
兵士は怒鳴り散らした後に、背中を丸めてむせ込んでしまった。ちっ!そんなにしんどいなら、無理せず安めばいいものを。その上で俺たちを足止めするんだから、無駄骨もいいところだ。
「おい!これを見ろ!」
らちが明かないと判断した俺は、奥の手を使う。アニを掴むと、兵士によく見えるように掲げて見せた。青い光が兵士の顔を照らす。兵士の目が丸くなった。
「これが何だか、わかるな!?」
「そっ……それはまさか、エゴバイブル……!」
兵士がつぶやくのを聞くと、俺は返事を待たずに馬の腹を蹴った。兵士の顔が恐怖に引きつる。
「イヒヒィーン!」
「うわぁ!」
ふわりと、ストームスティードが跳躍する。尻もちをついた兵士を飛び越して、俺たちは城へと入った。
城内の庭園は、前回とは打って変わって、荒れ果てていた。あちこちにがれきが散乱し、さっきのヴィーヴルの死骸や、倒れた人の姿があちこちに転がったままにされている。遺体の収容もままならないってことか。
「くっ……結構派手にやり合ったみたいだな」
「いちばん酷くやられてたのは、城の上の方だったよ!」
フランが玄関へと走って行く。玄関ホールの扉は開けっ放しで放置されていた。
「よし、このまま突っ込むぞ!」
うりゃ!俺は馬に乗ったまま、玄関前の階段を駆け上った。
ホールの中は、もぬけの殻だった。女中も執事も見当たらない。フランは早くも、上へと続く階段を駆け上がっていた。
「頼むぜ、ストームスティード!みんな、よく掴まってろ!」
ヒヒーン!ストームスティードは任せろとばかりにいななくと、階段へ突入した。こんなところを走るのは初めてだったが、さすがは風の馬。力強く、危なげなく上っていく。
「こっちだ!」
何フロアか上ると、フランが廊下へと折れた。俺もその後に続く。この階の廊下は、特に損傷が激しい。窓ガラスは粉々に割られて散乱し、床は所々血のようなもので汚れている。
廊下を中ほどまで進むと、フランが急に足を止めた。
「フラン、どうした?」
「さっきのやつらだ!」
なに?すると、前方、廊下に面した部屋から、ヴィーヴルがぞろぞろと這い出してきた。ちぃ、城の中にまで!
「あたしに任せなさい!ゼロ・アベーテ!」
アルルカが杖を突き出す。ジャシャアァァー!杖から冷気が噴き出すと、行く手を瞬く間に凍結させていく。ヴィーヴルたちは這い出して来る恰好のまま固まり、廊下はすっかり静かになった。
「いいぞ、アルルカ!突っ切ろう!」
凍った道も、風の馬は全く関係なく駆け抜ける。フランはスケートのように、凍結した床を滑りながらついていた。
やがて俺たちは、一つの部屋の前で止まった。
「行き止まりか……」
廊下の先は、崩れたがれきで塞がれてしまっていた。俺たちが外から見た、酷く損壊していた部分は、この辺りだろうか。
「それに、この部屋」
「どうしたの?」
「見覚えがないか?」
フランと俺は扉を見つめる。ずいぶんと豪華な扉だ。布張りで、細かな刺繍が施されている。
「この部屋……女王の部屋!」
「ああ……」
ロアの部屋のギリギリ手前までが、激しい攻撃を受けている。言い換えれば、ロアの部屋は攻撃をされなかった形だ。これが偶然の幸運なら、いいのだが。
「みんな、馬はここで降りよう。さすがに部屋には入れない」
俺たちがストームスティードから降りると、風の馬は消えてしまった。俺は前に一歩進み出て、ごくりと喉を鳴らす。そして扉の取っ手に手を掛けた。
「……開くぞ」
みんなは無言でうなずいた。よぅし……ギイィ。重厚な扉が開かれた。
目に飛び込んできた光景に、俺は唖然とした。
そこには、青空が広がっていた。何で空が……?いや、そうじゃない。天井が、壁が、跡形もなく破壊されているんだ。そこはもはや、部屋と呼べる空間ではなくなっていた。
「これは、一体……?」
後から入ってきた仲間たちも、ぽかんと口を開けている。いったいここで、何があったんだ……?
「あっ!桜下さん、あそこに人が!」
ウィルが鋭い声で指をさす。その方向へ顔を向けると、崩れたがれきの下敷きになって、二本の足が見えていた。
「っ!助けないと!」
「どいてて!わたしがやる!」
フランはがれきの側に屈みこむと、両手をその下に差し込んだ。彼女が力を籠めると、がれきがわずかに持ち上がる。フランが持ち上げてくれている間に、俺とロウランが、その人を引っ張り出した。
「おい、大丈夫か!?」
幸い、まだ息はあるようだ。ゼイゼイと喘いでいる。とにかく様子を診ようと、顔の横に屈む。って、この顔は!
「エドガーじゃないか!」
そいつは、騎士団長のエドガーだった。なんでこいつが、ロアの部屋に……?
エドガーは激しく咳をすると、ようやく俺がそばにいることに気が付いたらしい。目をしばたいたかと思うと、いきなり胸倉に掴みかかってきた。
「うわ!おい、何のつもりだ!」
「早く!急がねば、駄目だ……!」
「おい、落ち着け!とにかく、今は安静にしろよ」
「おち、ついてなど……いられるか……!」
エドガーの手は鋼のように、俺の服を放そうとしない。しょうがなく、フランが無理やり引っぺがし、ロウランが包帯でやつを押さえつけた。まったく、恩人に対して、なんて男だ。
「いいから、今は寝てろよ。体に響くぞ」
俺は乱れた襟元を正しながら言った。だがエドガーは、ロウランの包帯を引きちぎらん勢いで、抵抗を続けている。
「聞けっ!私の話を……聞くんだっ……!」
……なんだよ。エドガーの声は、まるで懇願しているかのようだ。やつの目は飛び出さんばかりに見開かれているが、同時に泣くのを堪えているようにも見える。なんだか、様子がおかしいぞ。
「……ロウラン。放してやってくれないか」
「ダーリン?いいの?」
「ああ」
ロウランは一瞬渋ったが、素直に包帯をほどいた。その瞬間、エドガーが俺に飛び掛かってくる。フランが身構えたが、エドガーは胸倉を締め上げたりはしなかった。ただ俺の服を掴んで、すがり付いた、と言ったほうが正しいかもしれない。
「……何があった?」
俺は一言、そう訊ねた。エドガーはうつむいたまま、歯を食いしばっている。俺が黙って待っていると、歯のすき間から絞り出すように、こう言った。
「ロア様が……攫われた……!」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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やがて、森が見えてくる。城下町と王都の間に広がる森だ。そこ突っ切れば、ついに王城が姿を現す……
「なっ……なんだよ、これ」
俺は思わず、馬を止めてしまった。
王城の一角が、完全に崩落している。
塔は崩れ、屋根は剥がれ、中の構造がむき出しになっている。まるで巨人が、その部分だけをむしり取ったかのようだった。いったいどんな兵器を使えば、石造りの城をこんなにできるんだ?
「ライラ……お前の魔法なら、あれと同じことができるか?」
「ブレス・オブ・ワイバーンなら……でも、一発だけじゃ足りないかも……」
ライラほどの魔術師でも無理なら、誰が……
「っ!気を付けて!」
っ!フランの警告!俺は染み付いた経験則から、鋭敏に反応することができた。
「キシャアアァァァ!」
うわ!空を大きな影がおおう。俺はライラを抱きかかえると、地面にダイブした。その数瞬後に、影が俺たちのいた場所を通過した。
「ちくしょう!挨拶もなしに、失礼なやつだな!」
俺はぱっと起き上がると、不躾な客の姿を拝む。まず目についたのは、大きな翼。アルルカと同じで、コウモリそっくりだ。体は羽毛に覆われていたが、腕と足は人間のそれだった。そして、顔。綺麗な女の人。だが、首が異様に長い。そしてびっちりと鱗で覆われている。蛇の体の先端に、人間の顔がくっ付いているのか……?
『これは、もしや。ヴィーヴル!』
胸元のアニが危険を報せるように揺れる。
『気を付けて下さい!牙と爪に猛毒を持ちます!しかし、これほど大型のはずでは……?』
くそ、最近はそればかりだな!悪態をつきたい気分だったが、そんな暇はないらしい。ヴィーヴルが牙を剥いて、俺たちに襲い掛かってきた!
「キシャアアアァァ!」
「やああぁ!」
飛び掛かってくるヴィーヴルに向かって、フランは真っ向からジャンプした。ヴィーヴルの長い首がしなり、フランに食いつこうとする。人間の女の顔が、歯を剥き出しにして襲ってくる光景に、俺は情けなくも震えてしまった。
「ふん!」
牙が食いつく寸前、フランはアッパーカットを繰り出して、口を無理やり閉じてしまった。舌を噛んだであろうヴィーヴルは、くぐもった悲鳴を上げる。
「ギュウゥ」
怯んだヴィーヴルの長い首を、フランはむんずと掴んだ。そのまま地面に引きずり落とす。フランの攻めは、そこで終わらない。長い首を紐に、体を重り代わりにして、ヴィーヴルをぶんぶんと振り回し始めた。俺、ライラ、ロウランは、慌てて地面に伏せた。じゃないと頭がぶっ飛んでしまう。
「あああぁぁぁ!」
十分な加速が乗ると、フランはヴィーヴルの首を放した。怪物は恐ろしい速度ですっ飛んで行き、放物線を描いて、堀に叩きつけられた。
ダッパーン!ヴィーヴルは堀に沈んで見えなくなった。
「片付いたよ!」
「はっ。よ、よし!このまま城に向かおう!」
俺は跳ね起きると、再びストームスティードにまたがり、堀に掛かった跳ね橋を突っ切る。
「な……何者だ!止ま……ゴホホ!」
うおっと!手綱を引いて、馬を急停止させる。城へと続く門の前に、一人の兵士が立っていた。だが、どう見ても元気そうには見えない。額から血を流しているし、掲げた剣は刃こぼれがひどい。
「おいあんた、大丈夫か?」
「う……うるさい!怪しいやつらめ!今、城に貴様らのようなのを入れるわけには……ごほ、ゴホホ!」
兵士は怒鳴り散らした後に、背中を丸めてむせ込んでしまった。ちっ!そんなにしんどいなら、無理せず安めばいいものを。その上で俺たちを足止めするんだから、無駄骨もいいところだ。
「おい!これを見ろ!」
らちが明かないと判断した俺は、奥の手を使う。アニを掴むと、兵士によく見えるように掲げて見せた。青い光が兵士の顔を照らす。兵士の目が丸くなった。
「これが何だか、わかるな!?」
「そっ……それはまさか、エゴバイブル……!」
兵士がつぶやくのを聞くと、俺は返事を待たずに馬の腹を蹴った。兵士の顔が恐怖に引きつる。
「イヒヒィーン!」
「うわぁ!」
ふわりと、ストームスティードが跳躍する。尻もちをついた兵士を飛び越して、俺たちは城へと入った。
城内の庭園は、前回とは打って変わって、荒れ果てていた。あちこちにがれきが散乱し、さっきのヴィーヴルの死骸や、倒れた人の姿があちこちに転がったままにされている。遺体の収容もままならないってことか。
「くっ……結構派手にやり合ったみたいだな」
「いちばん酷くやられてたのは、城の上の方だったよ!」
フランが玄関へと走って行く。玄関ホールの扉は開けっ放しで放置されていた。
「よし、このまま突っ込むぞ!」
うりゃ!俺は馬に乗ったまま、玄関前の階段を駆け上った。
ホールの中は、もぬけの殻だった。女中も執事も見当たらない。フランは早くも、上へと続く階段を駆け上がっていた。
「頼むぜ、ストームスティード!みんな、よく掴まってろ!」
ヒヒーン!ストームスティードは任せろとばかりにいななくと、階段へ突入した。こんなところを走るのは初めてだったが、さすがは風の馬。力強く、危なげなく上っていく。
「こっちだ!」
何フロアか上ると、フランが廊下へと折れた。俺もその後に続く。この階の廊下は、特に損傷が激しい。窓ガラスは粉々に割られて散乱し、床は所々血のようなもので汚れている。
廊下を中ほどまで進むと、フランが急に足を止めた。
「フラン、どうした?」
「さっきのやつらだ!」
なに?すると、前方、廊下に面した部屋から、ヴィーヴルがぞろぞろと這い出してきた。ちぃ、城の中にまで!
「あたしに任せなさい!ゼロ・アベーテ!」
アルルカが杖を突き出す。ジャシャアァァー!杖から冷気が噴き出すと、行く手を瞬く間に凍結させていく。ヴィーヴルたちは這い出して来る恰好のまま固まり、廊下はすっかり静かになった。
「いいぞ、アルルカ!突っ切ろう!」
凍った道も、風の馬は全く関係なく駆け抜ける。フランはスケートのように、凍結した床を滑りながらついていた。
やがて俺たちは、一つの部屋の前で止まった。
「行き止まりか……」
廊下の先は、崩れたがれきで塞がれてしまっていた。俺たちが外から見た、酷く損壊していた部分は、この辺りだろうか。
「それに、この部屋」
「どうしたの?」
「見覚えがないか?」
フランと俺は扉を見つめる。ずいぶんと豪華な扉だ。布張りで、細かな刺繍が施されている。
「この部屋……女王の部屋!」
「ああ……」
ロアの部屋のギリギリ手前までが、激しい攻撃を受けている。言い換えれば、ロアの部屋は攻撃をされなかった形だ。これが偶然の幸運なら、いいのだが。
「みんな、馬はここで降りよう。さすがに部屋には入れない」
俺たちがストームスティードから降りると、風の馬は消えてしまった。俺は前に一歩進み出て、ごくりと喉を鳴らす。そして扉の取っ手に手を掛けた。
「……開くぞ」
みんなは無言でうなずいた。よぅし……ギイィ。重厚な扉が開かれた。
目に飛び込んできた光景に、俺は唖然とした。
そこには、青空が広がっていた。何で空が……?いや、そうじゃない。天井が、壁が、跡形もなく破壊されているんだ。そこはもはや、部屋と呼べる空間ではなくなっていた。
「これは、一体……?」
後から入ってきた仲間たちも、ぽかんと口を開けている。いったいここで、何があったんだ……?
「あっ!桜下さん、あそこに人が!」
ウィルが鋭い声で指をさす。その方向へ顔を向けると、崩れたがれきの下敷きになって、二本の足が見えていた。
「っ!助けないと!」
「どいてて!わたしがやる!」
フランはがれきの側に屈みこむと、両手をその下に差し込んだ。彼女が力を籠めると、がれきがわずかに持ち上がる。フランが持ち上げてくれている間に、俺とロウランが、その人を引っ張り出した。
「おい、大丈夫か!?」
幸い、まだ息はあるようだ。ゼイゼイと喘いでいる。とにかく様子を診ようと、顔の横に屈む。って、この顔は!
「エドガーじゃないか!」
そいつは、騎士団長のエドガーだった。なんでこいつが、ロアの部屋に……?
エドガーは激しく咳をすると、ようやく俺がそばにいることに気が付いたらしい。目をしばたいたかと思うと、いきなり胸倉に掴みかかってきた。
「うわ!おい、何のつもりだ!」
「早く!急がねば、駄目だ……!」
「おい、落ち着け!とにかく、今は安静にしろよ」
「おち、ついてなど……いられるか……!」
エドガーの手は鋼のように、俺の服を放そうとしない。しょうがなく、フランが無理やり引っぺがし、ロウランが包帯でやつを押さえつけた。まったく、恩人に対して、なんて男だ。
「いいから、今は寝てろよ。体に響くぞ」
俺は乱れた襟元を正しながら言った。だがエドガーは、ロウランの包帯を引きちぎらん勢いで、抵抗を続けている。
「聞けっ!私の話を……聞くんだっ……!」
……なんだよ。エドガーの声は、まるで懇願しているかのようだ。やつの目は飛び出さんばかりに見開かれているが、同時に泣くのを堪えているようにも見える。なんだか、様子がおかしいぞ。
「……ロウラン。放してやってくれないか」
「ダーリン?いいの?」
「ああ」
ロウランは一瞬渋ったが、素直に包帯をほどいた。その瞬間、エドガーが俺に飛び掛かってくる。フランが身構えたが、エドガーは胸倉を締め上げたりはしなかった。ただ俺の服を掴んで、すがり付いた、と言ったほうが正しいかもしれない。
「……何があった?」
俺は一言、そう訊ねた。エドガーはうつむいたまま、歯を食いしばっている。俺が黙って待っていると、歯のすき間から絞り出すように、こう言った。
「ロア様が……攫われた……!」
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