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16章 奪われた姫君
4-1 勾引
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4-1 勾引
「なん……だって?」
ロアが、攫われた……?確かにこの部屋に、ロアの姿はどこにもない。ならこの襲撃は、ロアが目的だったってことか?しかし、一国の王女が攫われたとなると、事は一大事どころじゃない。それなら、各国の王もまた、同時に狙われているのだろうか?これは、魔王が人類の世界に侵攻を仕掛けてきたという事なのか?
俺の頭の中に、様々な疑念が浮かんでは消える。だがそれを問いただす前に、エドガーはぐったりと俺に寄りかかると、そのまま気を失ってしまった。
「おい、エドガー!ち、ダメだ。力を使い果たしたらしい」
詳しい話を聞きたかったが、さっきまでがれきに潰されていた人間に、無理は言えない。俺はやつを床に寝かすと、ウィルを呼ぶ。
「ウィル、悪いが治療してやってくれないか……ウィル?」
ウィルは、俺の呼びかけにも答えず、どこかうつろな表情をしていた。
「女王様が、連れ去られた……」
ウィルが、がれきにまみれ、無残に破壊された部屋を、茫然と見渡す。
「王が、連れ去られたなんて。私は馬鹿なので、こんな言葉でしか表現できませんが……シャレに、ならないですよ」
「ウィル?」
「もしこれで、ロアさんが殺されでもしたら……この国は、どうなっちゃうんですか……」
ウィルの唇は、青くなって震えていた。ウィル……人一倍優しく、同時に臆病でもある彼女は、この急展開に呑まれてしまっているようだ。無理もないよな。俺だって、動揺している。だけど……
「ウィル。落ち着け、たぶん大丈夫だ」
「桜下さん……でも」
ウィルが潤んだ瞳でこっちを見つめる。俺はその目をしっかりと見つめ返した。
「エドガーは確かに、ロアが連れ去られたと言った。死んだんじゃない、攫われたんだ」
「え、ええ。それが……?」
「殺すのが目的なら、わざわざ攫ったりしないだろ。つまりロアは、ちゃんと生きてる。すぐにどうこうはされないはずだ」
誘拐の目的と言えば、まあ脅迫か、人質か。突発的な連れ去りというのもあるだろうが、これだけ大規模な襲撃だ。気まぐれのはずがない。となると、敵には何らかの意図や目的があるはず。その目的のために、ロアが必要なんだろう。
「敵にとっても、ロアは大事にしたいはずだ。だから、今すぐの心配はいらないよ。それに、国のほうも、まあどうにかなるさ」
「それは、どうして……?」
「ふふん。なにせこの国には、俺たちがいるじゃないか」
どうだ!俺は目いっぱいカッコつけて言ったつもりだったんだが、ウィルはぽかんと口を開けて、固まってしまった。あ、あれ、滑ったかな。
「ぷっ。ふふ、あははは!」
「うっ。ちょ、ちょっと寒かったか」
「あはは、いいえ。そんなことありませんよ。そうですよね、まだ私たちが、みなさんがいます。諦めるには、早いですね」
なんだかうまく行ったのか分からないが、とにかく、ウィルの瞳に光が戻った。心なしか、他のみんなの顔も明るくなった気がする。
「よし。とにかく、今は目の前のできることをしよう。ロアのことも気になるけど……怪我人が優先だろうな」
一体何がロアを攫って行ったのか、どこへ向かったのか。それが分からない以上、追跡は無理だ。ならば、この城の人たちを助けて回るしかない。彼らの中には、ロア誘拐の犯人を見た人がいるかもしれない。いざ追っかけるって時に、人手が足りないのも厄介だしな。
「みんな、力を貸してくれ!行こう!」
そこからは、怒涛のように時間が過ぎていった。
中庭に出た俺たちは、そこに集まっていた、崩落から逃れた王国兵たちと合流した。驚いたのは、すでにそこに、神殿から呼ばれたシスターたちと、町から呼ばれた魔術師たちも集まっていたこと。何でも、俺たちが頭上を跳び越えたあの兵士が、勇者が来ていることを仲間に伝えていたらしい。王都を守護する風の勇者が来ているならということで(ひいぃ!鳥肌が!)、みんな迅速に集まってくれたようだ。
そこから、本格的な怪我人の捜索、及び救助活動が始まった。俺たちは兵士の指示の下、生存者の捜索にあたった。アルルカが上から俯瞰したところ、王城は約四分の一が吹き飛ばされていたという。被害は甚大なものになりそうだった。
ギルドの魔術師たちが探知魔法で生存者の痕跡を探り、その情報をもとにがれきを掘り返していく。ここでは俺の仲間たちが大活躍してくれた。フランの怪力は当然頼もしかったし、ライラ、アルルカ、ロウランの魔法はがれきの除去に一役も二役も買った。魔法では劣るウィルも、がれきをすり抜けられるという特性を十二分に発揮し、生存者を何人も発見してくれた。
そうやって仲間たちが獅子奮迅の活躍をしている裏で、俺はとにかくあらゆる種類の雑用を手伝っていた。怪我人を乗せた担架をシスターたちのいる仮設テントに運んだり、包帯と薬草を運んだり、溢れてきたがれきを籠に入れて運んだり、兵士やシスターたちの食事を運んだり……とにかく運びまくってたな。特に専門的な技術もない俺は、足を使う事しかできないから。あちこちちょこまかしている小僧が勇者だとは、誰も思わなかっただろうな。
そんな救助作業は、夜になっても終わらず、火を焚いて一晩中続けられた。生存者の救助は、時間との勝負だ。休んでいる暇はない。
疲れを知らないアンデッドたちの活躍はすさまじく、兵士らの労働効率が落ちる傍ら、がれきの山はどんどん取り除かれて行った。そんな活躍のおかげか、夜明け前にはなんと、ほぼすべての生存者を救助することに成功した。ほぼ、と言ったのは、あくまで魔術師たちの探知ではそうだったということだ。実際にどうかは、がれきを全部撤去してみないと分からないから。
「みんな、お疲れ……よくやったよ」
「うん……あなたも、休んだ方がいいんじゃないの?フラフラだよ」
「いや……まだ最後に、やることが残ってるだろ」
最後の仕上げは俺が行う。生存者は全て見つけた。が、死者はまだ埋まったままだ。彼らを救い出すために、俺の能力が必要だった。
「ディストーションハンド・オーバードライブ!」
俺はすべての死者と魂を繋げた。中にはすでにアンデッドと化している人もいて、早く助け出してあげないと二次災害が起こりそうだったのだ。そういう切迫した理由もあるけど、やっぱり可哀そうだっていうのもあるしな。
死者たちは、自力で出てこられる人たちは自力で、それが無理そうな人たちはがれきを吹っ飛ばして手助けした。生者と違って加減が必要ないので、作業も手早く済む。
そうして助け出した死者たちには、疲労で気絶寸前のシスターたちから、鎮魂の祈りが贈られた。俺は死者たちの願いができる限り叶えられるように取り計らい、遺書を遺したい人には紙とペンを、最期に言い残したい人にはその相手を連れてきてもらえるよう頼んだ。
そして朝日が昇るころ、彼らは全員天に召された。とてつもなく長い、激戦の夜だった……その頃には俺はもう、精根尽き果て、立っているのがやっとの状態だった。が、仕事はまだ終わらない。緊急会議に同席せよとのお達しが届いたんだ。
「よく集まってくれた、皆の者。疲れているところに悪いがな」
会議とは言ったが、そんなものは名ばかりで、顔ぶれは見知った連中ばかりだった。議長を務めているのが、先ほど目を覚ましたというエドガーだもんな。
「思ってもないことを言うのはよしてくれ……だったらこうして集めないだろ……」
「うむ、それは確かにその通りだな。では、悪いとは思わんぞ。背筋を伸ばせとは言わんが、眠ったら叩き起こしてやるから、そのつもりでいてくれ」
くそが……いっそのこと、もう一度気絶させてやろうか。
俺たちがいるのは、エドガーの私室だ。こんなプライベートな場所で行われていることからも、これが名ばかり会議だということが分かる。そこに引きずってこられた犠牲者の一人が、力なく手を上げた。
「隊長……オレは寝てますから、後で決まったことをまとめて伝えてくれませんか……」
「ダメだ。お前も参加しろ、ヘイズ」
そう、ヘイズもこの場にいる。こいつは運よく城の倒壊に巻き込まれず、今の今まで救助活動の陣頭指揮を取っていたのだ。一晩中指揮を続けたせいで疲労困憊していて、あごを天井に向け、ぐったりとソファにもたれかかっている。
「それではこれより、ロア様奪還に向けた、緊急会議を開始する!」
途中まで気絶していたせいで体力の有り余っているエドガーは、一人だけ元気いっぱいだ。ちくしょう、こんなんで会議になるのかよ?俺も死に体だし、魔力を使い果たしたウィル、ライラ、アルルカ、ロウランの四人も、ぐったりとそれぞれに寄りかかり合っている。普段通りなのはフランだけだ。
(だがまあ……)
エドガーがはやるのも、分かる。何といっても、議題が議題だ。だから心底くたびれながらも、会議に同席したんだからな。さすがにヘイズも、のけ反っていた頭を元に戻した。
「それでは、これからの作戦計画についてだが……」
「待てよ、エドガー。俺たちは、事が起こったその場を見てないんだ。何があったのかを、先に説明してくれ」
「む、そうであったな。よかろう、ではまずそこからだ」
エドガーはうなずくと、指を一本立てて、それを天井に向けた。
「敵の集団は、空から襲来した。数が数だけに遠くからでもよく目立ったが、速度はすさまじいの一言だ。警備兵たちが守備配置につくよりも先に、敵は城上空に飛来した」
「それから?何が起きたら、城があんな風になるんだよ」
「うむ……これは正直、私にもわからんのだ。私はその時、ロア様と共に城内にいた。そこでものすごい爆発音が聞こえたかと思うと、次の瞬間に私は吹き飛ばされ、崩れてきたがれきの下敷きになっていた」
「爆発……魔法かな」
「わからん。魔法か、それともなにがしかの攻城兵器か。いずれにせよ、一撃でやられた。それ以降、爆発音は聞こえなかったからな。そして、ロア様は……ロア様は……」
エドガーはうなだれると、拳を握り締めて、自らの膝に打ち付けた。
「くそぅ!だがロア様は、確実に生きておいでだ。連中に攫われる瞬間を、私は目撃している」
「そうか……どいつが、ロアを?あのヴィーヴルとかいうモンスターか?」
「いや、見たこともない魔物だった……恐らく悪魔の一種だろうが、ぱっと見は人間そっくりだった。そいつがロア様を抱え上げて、連れて行ったのだ」
「悪魔、ね……抱え上げてってことは、ロアは気絶してて、抵抗できなかったんだな?」
「うむ。事ここに至っては、不幸中の幸いだっただろう。余計な怖い目に遭わずに済んだのだから……」
そうだな……どのみちロア一人じゃ、モンスターの大群に抵抗することはできなかっただろう。
「だが、連中は確かにロア様を連れ去った。それはすなわち、すぐに命を奪うつもりはないという意味だ。単に殺めるだけならば、あの爆発をまともに当てればよかったのだから」
「ああ、俺たちもそう考えてる。で、肝心の敵の正体は、掴めているのか?」
「はっきりとは、まだだが……おおよその予測はたっておる。近頃多発している事件を知っているか?」
「魔物が、人を攫ってるっていうやつだろ」
「やはりお前たちも知っていたか。その通りだ。その事件の裏で糸を引いている連中が、今回の襲撃の黒幕と同じと考えるべきだろう」
てことは、やっぱり……一拍置いてから、エドガーは毅然とした態度で言い放つ。
「魔王軍だ。奴らの軍勢が、民間人だけでなく、我が国の王にまで牙を向けた。断じて許せん行為だ。もはや、様子見などと言っている段階ではなくなった」
「なら……」
「うむ。開戦だ。魔王軍対我ら人類。三十三年戦争、その三十四年目の戦いが、ついに始まったのだ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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俺の頭の中に、様々な疑念が浮かんでは消える。だがそれを問いただす前に、エドガーはぐったりと俺に寄りかかると、そのまま気を失ってしまった。
「おい、エドガー!ち、ダメだ。力を使い果たしたらしい」
詳しい話を聞きたかったが、さっきまでがれきに潰されていた人間に、無理は言えない。俺はやつを床に寝かすと、ウィルを呼ぶ。
「ウィル、悪いが治療してやってくれないか……ウィル?」
ウィルは、俺の呼びかけにも答えず、どこかうつろな表情をしていた。
「女王様が、連れ去られた……」
ウィルが、がれきにまみれ、無残に破壊された部屋を、茫然と見渡す。
「王が、連れ去られたなんて。私は馬鹿なので、こんな言葉でしか表現できませんが……シャレに、ならないですよ」
「ウィル?」
「もしこれで、ロアさんが殺されでもしたら……この国は、どうなっちゃうんですか……」
ウィルの唇は、青くなって震えていた。ウィル……人一倍優しく、同時に臆病でもある彼女は、この急展開に呑まれてしまっているようだ。無理もないよな。俺だって、動揺している。だけど……
「ウィル。落ち着け、たぶん大丈夫だ」
「桜下さん……でも」
ウィルが潤んだ瞳でこっちを見つめる。俺はその目をしっかりと見つめ返した。
「エドガーは確かに、ロアが連れ去られたと言った。死んだんじゃない、攫われたんだ」
「え、ええ。それが……?」
「殺すのが目的なら、わざわざ攫ったりしないだろ。つまりロアは、ちゃんと生きてる。すぐにどうこうはされないはずだ」
誘拐の目的と言えば、まあ脅迫か、人質か。突発的な連れ去りというのもあるだろうが、これだけ大規模な襲撃だ。気まぐれのはずがない。となると、敵には何らかの意図や目的があるはず。その目的のために、ロアが必要なんだろう。
「敵にとっても、ロアは大事にしたいはずだ。だから、今すぐの心配はいらないよ。それに、国のほうも、まあどうにかなるさ」
「それは、どうして……?」
「ふふん。なにせこの国には、俺たちがいるじゃないか」
どうだ!俺は目いっぱいカッコつけて言ったつもりだったんだが、ウィルはぽかんと口を開けて、固まってしまった。あ、あれ、滑ったかな。
「ぷっ。ふふ、あははは!」
「うっ。ちょ、ちょっと寒かったか」
「あはは、いいえ。そんなことありませんよ。そうですよね、まだ私たちが、みなさんがいます。諦めるには、早いですね」
なんだかうまく行ったのか分からないが、とにかく、ウィルの瞳に光が戻った。心なしか、他のみんなの顔も明るくなった気がする。
「よし。とにかく、今は目の前のできることをしよう。ロアのことも気になるけど……怪我人が優先だろうな」
一体何がロアを攫って行ったのか、どこへ向かったのか。それが分からない以上、追跡は無理だ。ならば、この城の人たちを助けて回るしかない。彼らの中には、ロア誘拐の犯人を見た人がいるかもしれない。いざ追っかけるって時に、人手が足りないのも厄介だしな。
「みんな、力を貸してくれ!行こう!」
そこからは、怒涛のように時間が過ぎていった。
中庭に出た俺たちは、そこに集まっていた、崩落から逃れた王国兵たちと合流した。驚いたのは、すでにそこに、神殿から呼ばれたシスターたちと、町から呼ばれた魔術師たちも集まっていたこと。何でも、俺たちが頭上を跳び越えたあの兵士が、勇者が来ていることを仲間に伝えていたらしい。王都を守護する風の勇者が来ているならということで(ひいぃ!鳥肌が!)、みんな迅速に集まってくれたようだ。
そこから、本格的な怪我人の捜索、及び救助活動が始まった。俺たちは兵士の指示の下、生存者の捜索にあたった。アルルカが上から俯瞰したところ、王城は約四分の一が吹き飛ばされていたという。被害は甚大なものになりそうだった。
ギルドの魔術師たちが探知魔法で生存者の痕跡を探り、その情報をもとにがれきを掘り返していく。ここでは俺の仲間たちが大活躍してくれた。フランの怪力は当然頼もしかったし、ライラ、アルルカ、ロウランの魔法はがれきの除去に一役も二役も買った。魔法では劣るウィルも、がれきをすり抜けられるという特性を十二分に発揮し、生存者を何人も発見してくれた。
そうやって仲間たちが獅子奮迅の活躍をしている裏で、俺はとにかくあらゆる種類の雑用を手伝っていた。怪我人を乗せた担架をシスターたちのいる仮設テントに運んだり、包帯と薬草を運んだり、溢れてきたがれきを籠に入れて運んだり、兵士やシスターたちの食事を運んだり……とにかく運びまくってたな。特に専門的な技術もない俺は、足を使う事しかできないから。あちこちちょこまかしている小僧が勇者だとは、誰も思わなかっただろうな。
そんな救助作業は、夜になっても終わらず、火を焚いて一晩中続けられた。生存者の救助は、時間との勝負だ。休んでいる暇はない。
疲れを知らないアンデッドたちの活躍はすさまじく、兵士らの労働効率が落ちる傍ら、がれきの山はどんどん取り除かれて行った。そんな活躍のおかげか、夜明け前にはなんと、ほぼすべての生存者を救助することに成功した。ほぼ、と言ったのは、あくまで魔術師たちの探知ではそうだったということだ。実際にどうかは、がれきを全部撤去してみないと分からないから。
「みんな、お疲れ……よくやったよ」
「うん……あなたも、休んだ方がいいんじゃないの?フラフラだよ」
「いや……まだ最後に、やることが残ってるだろ」
最後の仕上げは俺が行う。生存者は全て見つけた。が、死者はまだ埋まったままだ。彼らを救い出すために、俺の能力が必要だった。
「ディストーションハンド・オーバードライブ!」
俺はすべての死者と魂を繋げた。中にはすでにアンデッドと化している人もいて、早く助け出してあげないと二次災害が起こりそうだったのだ。そういう切迫した理由もあるけど、やっぱり可哀そうだっていうのもあるしな。
死者たちは、自力で出てこられる人たちは自力で、それが無理そうな人たちはがれきを吹っ飛ばして手助けした。生者と違って加減が必要ないので、作業も手早く済む。
そうして助け出した死者たちには、疲労で気絶寸前のシスターたちから、鎮魂の祈りが贈られた。俺は死者たちの願いができる限り叶えられるように取り計らい、遺書を遺したい人には紙とペンを、最期に言い残したい人にはその相手を連れてきてもらえるよう頼んだ。
そして朝日が昇るころ、彼らは全員天に召された。とてつもなく長い、激戦の夜だった……その頃には俺はもう、精根尽き果て、立っているのがやっとの状態だった。が、仕事はまだ終わらない。緊急会議に同席せよとのお達しが届いたんだ。
「よく集まってくれた、皆の者。疲れているところに悪いがな」
会議とは言ったが、そんなものは名ばかりで、顔ぶれは見知った連中ばかりだった。議長を務めているのが、先ほど目を覚ましたというエドガーだもんな。
「思ってもないことを言うのはよしてくれ……だったらこうして集めないだろ……」
「うむ、それは確かにその通りだな。では、悪いとは思わんぞ。背筋を伸ばせとは言わんが、眠ったら叩き起こしてやるから、そのつもりでいてくれ」
くそが……いっそのこと、もう一度気絶させてやろうか。
俺たちがいるのは、エドガーの私室だ。こんなプライベートな場所で行われていることからも、これが名ばかり会議だということが分かる。そこに引きずってこられた犠牲者の一人が、力なく手を上げた。
「隊長……オレは寝てますから、後で決まったことをまとめて伝えてくれませんか……」
「ダメだ。お前も参加しろ、ヘイズ」
そう、ヘイズもこの場にいる。こいつは運よく城の倒壊に巻き込まれず、今の今まで救助活動の陣頭指揮を取っていたのだ。一晩中指揮を続けたせいで疲労困憊していて、あごを天井に向け、ぐったりとソファにもたれかかっている。
「それではこれより、ロア様奪還に向けた、緊急会議を開始する!」
途中まで気絶していたせいで体力の有り余っているエドガーは、一人だけ元気いっぱいだ。ちくしょう、こんなんで会議になるのかよ?俺も死に体だし、魔力を使い果たしたウィル、ライラ、アルルカ、ロウランの四人も、ぐったりとそれぞれに寄りかかり合っている。普段通りなのはフランだけだ。
(だがまあ……)
エドガーがはやるのも、分かる。何といっても、議題が議題だ。だから心底くたびれながらも、会議に同席したんだからな。さすがにヘイズも、のけ反っていた頭を元に戻した。
「それでは、これからの作戦計画についてだが……」
「待てよ、エドガー。俺たちは、事が起こったその場を見てないんだ。何があったのかを、先に説明してくれ」
「む、そうであったな。よかろう、ではまずそこからだ」
エドガーはうなずくと、指を一本立てて、それを天井に向けた。
「敵の集団は、空から襲来した。数が数だけに遠くからでもよく目立ったが、速度はすさまじいの一言だ。警備兵たちが守備配置につくよりも先に、敵は城上空に飛来した」
「それから?何が起きたら、城があんな風になるんだよ」
「うむ……これは正直、私にもわからんのだ。私はその時、ロア様と共に城内にいた。そこでものすごい爆発音が聞こえたかと思うと、次の瞬間に私は吹き飛ばされ、崩れてきたがれきの下敷きになっていた」
「爆発……魔法かな」
「わからん。魔法か、それともなにがしかの攻城兵器か。いずれにせよ、一撃でやられた。それ以降、爆発音は聞こえなかったからな。そして、ロア様は……ロア様は……」
エドガーはうなだれると、拳を握り締めて、自らの膝に打ち付けた。
「くそぅ!だがロア様は、確実に生きておいでだ。連中に攫われる瞬間を、私は目撃している」
「そうか……どいつが、ロアを?あのヴィーヴルとかいうモンスターか?」
「いや、見たこともない魔物だった……恐らく悪魔の一種だろうが、ぱっと見は人間そっくりだった。そいつがロア様を抱え上げて、連れて行ったのだ」
「悪魔、ね……抱え上げてってことは、ロアは気絶してて、抵抗できなかったんだな?」
「うむ。事ここに至っては、不幸中の幸いだっただろう。余計な怖い目に遭わずに済んだのだから……」
そうだな……どのみちロア一人じゃ、モンスターの大群に抵抗することはできなかっただろう。
「だが、連中は確かにロア様を連れ去った。それはすなわち、すぐに命を奪うつもりはないという意味だ。単に殺めるだけならば、あの爆発をまともに当てればよかったのだから」
「ああ、俺たちもそう考えてる。で、肝心の敵の正体は、掴めているのか?」
「はっきりとは、まだだが……おおよその予測はたっておる。近頃多発している事件を知っているか?」
「魔物が、人を攫ってるっていうやつだろ」
「やはりお前たちも知っていたか。その通りだ。その事件の裏で糸を引いている連中が、今回の襲撃の黒幕と同じと考えるべきだろう」
てことは、やっぱり……一拍置いてから、エドガーは毅然とした態度で言い放つ。
「魔王軍だ。奴らの軍勢が、民間人だけでなく、我が国の王にまで牙を向けた。断じて許せん行為だ。もはや、様子見などと言っている段階ではなくなった」
「なら……」
「うむ。開戦だ。魔王軍対我ら人類。三十三年戦争、その三十四年目の戦いが、ついに始まったのだ」
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