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16章 奪われた姫君

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さて、気を取り直して。面談という名の作戦会議は、三人目へと進む。
フラン、ウィルと来たら、次はライラだ。俺が彼女を呼ぶと、すぐにとてとてとやって来た。

「次はライラの番?」

「ああ。つっても、ライラの強みなんて、いまさら話し合うまでもないけどな」

「ふふふーん!まあね!」

ライラは得意げに、無い胸を張る。ライラと言えば魔法、魔法と言えばライラ。確認するまでもない事実だ。

「ライラは今でも、魔法の勉強を続けてるのか?」

「うん!まどーしょのまほーはだいたい覚えてるよ」

「うひゃ、すごいな」

「へへへ。でもね、全部じゃないの。強いまほーとか、むつかしーまほーは全部覚えてるんだけど、それ以外は役に立たないと思ってたから」

「役に立たない魔法……っていうのも、想像しづらいけど」

「うん。ライラがそう思ってただけ。実際ね、桜下たちと旅を始めてから、そういうまほーにもたくさん使い道があるって分かったんだ。ウィルおねーちゃんのなんか、特にね。あ、おねーちゃんをバカにしてるんじゃないからね?」

ライラは慌てて付け足した。そっか、ライラはウィルから、そしてウィルはライラから、たくさんのものを得ているらしい。理想的な師弟関係じゃないか。俺はにっこり笑うと、ライラのふわふわの髪を撫でる。

「分かってるよ。ウィルとも、魔法の勉強をしてるのか?」

「そうだよ。お互いの使えるまほーをはーくしとけば、いろんな組み合わせができるでしょ」

「ああ、いつかのはすごかったな。炎の竜巻みたいなやつ」

「でしょー?ライラ一人じゃムリでも、誰かと力を合わせれば、もっとたくさんのことができるって分かったの。一人でいた時には、そんなこと気付きもしなかったよ」

ライラ……ライラも成長したな。墓場で襲い掛かって来た時と比べたら、みちがえたもんだ。

「おねーちゃんだけじゃないよ、最近はロウランともけんきゅーしてるんだ。あと、たまーにアルルカもね」

「え、あいつもか?」

「うん。高速詠唱を教えてって言ってるのに、なかなか付き合ってくれないんだよ、もう」

ぷう、っと膨れるライラ。

「あはは、そりゃ難儀だな。でもそれなら、特に相談事とかもなしかな?」

「そーだね。あ、でも……」

「うん?なんか、気になることでもあるのか?」

ライラは人差し指同士をくっつけると、くにくにする。

「うーん……あのね、ライラのまほーって、強いでしょ」

「そうだな」

「でもね、それだと、周りの人や物を巻き込んじゃうんだなって、最近は思うようになったんだ」

ほう。確かに、ライラの火力は大砲並だ。が、後先考えずに撃ってしまうと、味方を巻き込みかねないリスクも抱えている。

「ライラはもう、強いまほーはたくさん知ってる。だから今は、より正確に相手を狙うことを練習してるの。そうすれば、ちょっとのまほーで、敵を倒せるかなって……」

へぇ……俺は目を見張った。ライラが、おずおずと訊ねてくる。

「どう、かな。ライラ、間違ってる?」

「まさか!むしろすごいよ、よくその考えに至ったな。俺もライラの言う通りだと思う。偉いぞ、ライラ」

俺が手放しに賞賛すると、ライラはぱぁっと笑顔を咲かせた。

「ほ、ほんと!へへへへ、やったぁ」

嬉しそうなライラを見ていると、こっちまで温かい気持ちになる。それに、なんだ。俺なんかが口を出さなくても、ライラは自分の進む道を見つけているじゃないか。安心したような、でも少し寂しいような。
その後は、ライラが最近覚えた魔法についての話を聞かせてもらった。ライラは終始楽しそうに喋り、最後の方は面談というより、ただのおしゃべりみたいになっていた。
そして、そろそろ終わろうかという時。俺は、かねてより憂慮していたことを、ライラに訊ねてみることにした。

「ライラ……一つだけ、訊いてもいいか」

「ん?うん、なーに?」

小首をかしげるライラ。その菫色の目を、じっと見つめる。

「ライラ。辛く、ないか?」

「え?」

今、こんなことを訊くのは卑怯かもしれないが。それでも俺は、訊かずにはいられなかった。

「この前ライラは、俺を守ってくれるって言ってくれたよな。それを疑うわけじゃないけど、今になって、気持ちは変わってないか?こっから俺たちが向かうのは、戦場だ。きっと、楽しいことより、しんどいことの方が多い場所だぞ」

今までだって、しんどい戦いはさんざん経験してきたさ。だが前と今じゃ、決定的に違う所がある。それは、ライラの心。ライラは、あのくそったれの老魔導士によって、心を深く傷つけられたばかりなのだ。

(戦争に参加することで、やっと塞がってきた傷口が、また開いてしまうんじゃないか)

最近は夜の発作も無くなり、以前の笑顔が戻ってきた。とはいえ、まだそんなに日は経っていないのも事実。ライラは俺についてくると言ってくれたが、いざ戦場を前にして、痛みがぶり返したりはしていないだろうか?

「……そう、だね」

ライラは、自分の胸の内に想いを巡らせているのか、どこか遠くを見る目をしている。

「ほんとのこと言えば、行きたくは、ないよ。桜下の言った通り、楽しいとことは思えないもん」

「じゃあ……」

「でも、ね。もし、ライラが行きたくないって言ったら、桜下はどうする?」

「え?そりゃ、お前をどこか安全な場所に預けて……」

「やっぱり。だから、それは嫌なの」

「え?」

「ライラは、桜下と一緒に居たいの。みんなと一緒に、旅がしたいの。……一人で置いてかれるなんて、絶対に、嫌」

ライラはぎゅうと、俺の服の裾を握る。

「桜下が行くなら、ライラも行く。どんなに怖いところでも、辛いところでも。はなればなれになるより、辛いことなんてないもん」

「ライラ……」

気付けば俺は、ライラを強く抱きしめていた。

「ごめん……馬鹿なこと訊いたな」

「ほんとだよ……桜下のばか」

「ごめん。一緒に来てくれ、ライラ」

「うん……」

ライラはすりと、俺の胸に額を寄せた。
ライラの番は、そうやって終わった。うう、少し湿っぽくなってしまった。実際、ウィルはずびずび鼻をすすっていたし。とは言え残りも半分を越え、あと二人だ。ここまで来たら、最後までやってしまおう。

「次はお前だ、アルルカ」

「えぇ~?あたしもやんの?」

「えぇ~ってお前、さっき返事しただろうが……」

「そうだけど、なんか辛気臭いし真面目臭いし、面倒くさいんだもの」

こいつ、臭い臭いと連呼しやがって……アルルカは寝そべったまま動こうとしないので、仕方なく俺がやつのそばまで移動した。

「ちょっと、ほんとにやる気?あたし嫌よ、いまさら腹割って話し合うだなんて。話すこともないし」

「まあ、な。お前の手の内はあらかた見てるしな」

「は、はぁ!?ちょっと、聞き捨てならないわね!あたしがいつ手の内を明かしたって?」

「違うのか」

「違うわよ!機会がなかっただけで、まだすっごい隠し玉があんだから!」

へー、ほんとかな?俺が疑うような目をしたのが気に食わなかったのか、アルルカは寝そべったまま、ごろりと反対を向いてしまった。

「ふんだ。そんなこと言うやつとは、口きいてやんないんだからね」

「ちぇっ、そうかよ。まあいいや、じゃあそれでもいいよ」

「へ?いいの?」

アルルカはあっさりこちらを向くと、さっき言ったことも忘れて、普通に口をきいた。なんだ、自分で言ったくせに、きょとんとしやがって。

「まあ、嫌ってんなら、無理強いする事でもないからな。それに、お前は面談とかしなくても、だいたい何でもやれそうだし」

「あ、あら。どうしちゃったのよ?今度はやけに素直じゃない」

ちょっと癪だが、認めよう。アルルカに関しちゃ、特に不満やツッコミどころがない。あ、人格面を棚に上げた場合だぞ?ただ、あくまで戦闘に関して、こいつは高い水準でまとまったオールラウンダーなのだ。

「お前にはパワーがあるし、空も飛べる。魔法の高速詠唱もできるし、その気になれば辺り一帯を氷漬けにする火力もある。こうして並べてみると、なかなかに非の打ち所がないスペックしてるよ」

「なーによ、ちょっと!あんた、ようやくあたしの偉大さに気付いたってわけ?やー、あんたもなかなか見る目があるじゃない!」

バシバシと俺の膝を叩くアルルカ。寝そべっているから、そこしか殴れないんだろうな。

「ま、文句がないわけじゃないけど」

「いやー、ようやっとあんたも目が覚めて……は?なんですって?」

ずびしっと、アルルカの鼻先に指を突き付ける。

「協調性って知ってるか?」

「き、キョーチョーセぇ?」

アルルカの眉が、ぐにゃりと歪んだ。

「そんなものが、なんだって言うのよ。あたしにそれがないっての?」

「まったくないとは言わないが、どうだかなぁ。お前、ちゃんとみんなで作戦決めたら、その通りにしろよ?」

「なっ、ど、どの口が言ってんのよ!あんたがごちゃごちゃ言ってくんのを、今までさんざん聞いてあげてんでしょうが!」

まあ確かに。アルルカはなんだかんだ、俺の指示には従ってくれてきた。が、それは俺の血という、強力な誘引材があったからだ。

「そうだな。お前は、俺には従ってくれた」

「そうでしょう!」

「でも、俺以外にはさっぱりじゃないか」

「は、はぁ?あんた以外?」

血対服従。その対象は、俺にのみ限定されている。そこが引っ掛かっていた。

「なによ!あんたまさか、あたしに召使いになれって言うの?ペコペコ頭下げて、あらゆる人間に隷属しろって?」

「なに?なんでそう斜に構える、そこまでは言ってないだろが。そんな壮大な話じゃないし、そもそも全人類とかじゃなくて、俺たち仲間内での話だって」

「あたしたちの?」

そうだ、と俺はうなずく。なんでそんなに鈍いかね?“仲間”と言って“あたしたち”となるくらいなんだから、あと一歩踏み込めば分かりそうなものなのに。

「別に、隷属とか服従とか、そういう事を言いたいんじゃないよ。ただお前、一度も名前で呼んだことないだろ」

「な、名前?」

何のことか分からない、という顔をするアルルカ。

「そうだ。お前、フランのことを何て呼ぶ?」

「え?……ゾンビ娘だけど」

「ライラは?」

「クソガキ」

「はぁー……そういうとこだってば」

「な、なによ?名前で呼び合って、仲良しこよしって?嫌よ、そんなの。ヴァンパイアはそんなことしないわ」

「まあ、仲良くするかどうかは、個人の感情の問題だからな。俺もとやかくは言わない。ただ、戦闘中もそれじゃ困るんだってば。いいか?確かにお前は強いし、結構アタマも切れるよ。この前のサイクロプス戦でも、お前の機転のおかげで助かった」

「で、でしょ!?なら」

「で・も・だ。あの戦い、偉かったのはライラだぞ」

「なぁ、なんでよ!あたしが知恵を貸してあげたおかげじゃない!」

「けど、お前は余計なこと言って、ライラを怒らせたじゃないか。もしライラがへそ曲げて、お前の言う事なんか知らんぷりしてたら、俺たちは危なかったかもしれない。ライラがお前より協調性があって、怒るのを堪えたから、うまくいったんだ」

「ぐ、ぎににに……」

独特な歯軋りをするアルルカ。が、言うことは言わなければ。

「要するに、お前はいっつも、一言多いんだよ。普段はともかく、戦ってる最中は控えろ。一緒に戦う仲間を煽ってどうすんだ」

アルルカはすっかり渋い顔になっていた。ずいぶん口酸っぱく言ったからな。けど、以前ならともかく、最近のアルルカなら、これくらいはできるはずだと踏んでいた。本当に切羽詰まった時は、アルルカだって憎まれ口は叩かなくなる。つまるところ、悪い口癖か、もしくは照れ隠しみたいなもんなのだ。

「どうだ?やれそうか」

「……それを、受け入れるとして。あたしが一方的に譲歩するってのは、納得いかないわ」

うん?アルルカはぎりっと、俺を睨み上げる。

「ちょっと、ツラ貸しなさいよ」

「うおっ」

アルルカの腕がにゅっと伸びてきて、俺の首に回される。そのままぐいと引っ張られると、俺とアルルカの顔はごく至近距離で向き合う形になる。やつにはマスクがあるので、口が触れ合うことはないが……

「お、おい!何のつもりだ?」

「しー。うるさくすると、うるさいのに聞かれちゃうでしょ」

うるさいのって、まさかフランたちのことか?またそんなこと言って……

「で?聞かれるとまずいことをする気なのか」

「違うわ。ねえ、取引しましょうよ」

「取引?」

「あたしがあんたの言う事聞いてあげる代わりに、あんたもあたしになんかちょうだい」

む、そう来たか……ヴァンパイアが望むこととなると。

「血、か?」

「それもいいけど、ちょっとそれじゃ即物的すぎよ。そういうんじゃなくて、もっとずーっと楽しめるような、そういうのがいいわね」

「なにぃ?」

「ねえ。あんたも、あたしの言う事を聞いてくれるってのはどう?」

はあ?な、なんじゃそりゃ。ずいぶんとむちゃくちゃなことを言う。

「お前な。それこそ、俺にお前の下僕になれってことじゃないか」

「さすがにそこまでは求めないわよ。そうするのは、月に一度でいいわ」

「月に一度……ん?まさか」

「そう。あたしに、血をくれるときだけ。そん時だけ、あんたはあたしに文句ひとつ言わなくなるの。どう?」

「どうって、お前……いいって言ったら、俺を吸い殺す気だろ」

満月の夜、ヴァンパイアを前に、絶対服従。死以外連想できるものがないが?するとアルルカは、憤慨したように眉を吊り上げる。

「はぁ?しないわよ、んなこと。金のガチョウの首を絞めるバカがどこにいんの。今までの、あんたとの約束は守るわ。その上で、あたしの言う通りにしてってことよ。あんた、あたしがシチュエーションにこだわるたびに、ぶつくさ文句垂れるじゃない」

ああー……だってあれは、アルルカが毎回変態的なこだわりを見せるからだろ。
けど、なるほど。そう考えると、そこまで法外な取引というわけではない。俺は彼女に、月に一度の楽しみを与え、彼女はそれと引き換えに、俺の条件を呑む。他人に迷惑も掛からないし、俺の負担も、まあものすごく多いってわけでもない。ふぅん、意外と考えているな。

「うーん……」

「ね、いいでしょ?それくらいは譲りなさいよ。そしたらちゃんと、言うこと聞くから。ね?」

「はぁ、わかった。呑むよ」

「え?ほんと!?やった!案外うまくいくもんね!」

「……」

パチンと指を鳴らすアルルカ。早くも、後悔してきた……ちぇっ。仕方ない、男に二言なし、だ。

「それはいいけど、お前、俺との約束も忘れんなよ」

「わーってるわよ。でも、正直意外だったわ。なんでそんなことにこだわんのかって」

なんが、その理由までは理解していなかったのか。思わずため息をつきたくなったが、仕方ないか。さすがにそこまでは、求め過ぎなのかもしれない。

「まー……あれだ。戦いうんぬんはともかく、単純に俺が嫌だったのもあるかな」

「嫌?あんたが?」

「だって、そうだろ。仲間同士でいがみ合うなんて。エラゼムもお前に言ってたじゃないか。出会いはともかく、今は同胞だって」

「言ってたわねぇ、そんなこと。よく分かんなかったけど」

「はぁ……ま、今はそれでいいさ。形だけでも続けてたら、そのうち分かるかもしんないし」

「そんな日が来るとは、思えないけどねぇ」

理解できないとばかりに、首を振るアルルカ。なぁに、幸い時間は多いんだ。諦めずに、根気強く教えていこう。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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