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16章 奪われた姫君
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霧煙る湿地を、俺は目を皿のようにして見渡す。白いカーテンのような霧で視界は悪いが、かなり遠くの方に一つだけ、かすみの中にぼんやりと佇む影が見える……
「フラン、まさか、あの影じゃないよな?」
だってその影は、ちょっとした小山くらいの高さがある。さすがに横幅はそこまでではないが、それでも十分すぎるくらいデカい。大仏さまを野っぱらにどでんと置いたみたいだ。
「あんなでかい影が敵なわけは、さすがにないだろ。岩とかじゃないのか?」
「わたしの目が、確かなら。五分前には、あの影はあそこになかった」
「え」
「この霧だから、単に気付かなかったのかもしれない。でも、わたしには、あの影が自分から近づいてきたように見えたの」
フランの顔は真剣だ。もともとこの娘は、ふざけた冗談を言うタイプじゃない。しかし……
「そうなるとだ……あんな、とんでもないデカさの何かが、俺たちを待ち構えてるってことか?は、は、は……」
「お、桜下さん!連合軍の皆さんを止めたほうがいいんじゃありませんか!?」
おっと、現実逃避している場合じゃないな、ウィルの言う通りだ。俺は急いでそれを報せようと、兵士たちの下へ駆け寄ろうとした。その時だ。
俺が岩だと思い込んでいた影が、のっそりと動いたじゃないか。その影は、一瞬で二倍ほどの高さになった。ま、まさか、さっきまで座っていたってことか?
「バゴオオオオ!」
大砲をぶちかましたような轟咆。あまりの声量に、霧が一瞬で吹き飛び、そいつの姿が白日の下に晒された。もはや、俺が報せるまでもなかった。兵士は口々に、大声で叫んだ。
「うわああ!ギガースだぁ!」
ギガース……巨人のことか?
薄曇りの灰色の空を背景に、そいつは立っていた。酷く醜い見た目の、巨大な人型モンスターだ。まだずいぶんと距離があるが、いかんせん奴のパーツの一つ一つがデカいので、ここからでもよく見える。
褐色の肌。髪は無く、頭全体が一つの岩みたいに見える。ブサイクな顔は、それこそ石ころを寄せ集めて作ったようだ。体には何かの獣の皮らしき、汚らしいボロ布を巻いている。
突然のギガースの出現に、隊は一瞬でパニックに包まれた。人も馬も、完全に取り乱している。
「なんでいきなり現れた!?どうして気づかなかったんだ!」
「ヒヒヒィィィーン!」
「あんなでかいの、足音を聞き逃すはずがない!きっと待ち伏せしていやがったんだ!」
「ブルル!ヒヒーン!」
「うわっ!こいつ、言う事を……うおお!」
ドターン!大きな音は、誰かが馬から落っこちた音か。まさしく、蜂の巣を突いた様な大混乱だった。俺たちもどうすることもできず、ただオロオロと見守るしかできない。
「しぃぃずまれぇぇぇい!」
ビリビリビリッ。ぐわ、また耳が……この咆哮は、ギガースのものじゃあない。そして俺たちの中で巨人とタメを張れるだみ声の持ち主は、一人しかいない。
「落ち着け!まだ十分距離はある。敵に翼が生えていない以上、現時点で手出しをすることはできん。慌てず騒がず、指示を聞き逃さんように口をつぐめ!退避命令を聞きそびれても責任は持たんぞ!」
エドガーの一喝により、騎馬隊のパニックは次第に落ち着いて行った。ひゅう、やるじゃないか。
「しかし……どうする気だ?あの巨人相手じゃ、真っ向勝負は勝ち目薄いぞ……」
俺たちがいる先行部隊は、ほとんどが機動力に優れた騎馬で構成されている。つまり、遠距離攻撃手段がないのだ。
「ライラ、この距離からあいつをやっつけることって、できるか?」
「ちょっと、厳しいかも……距離が離れすぎてる。あそこでじっとしててくれるなら、いくらでも攻撃できるんだけど」
巨人のフットワークを、俺は知らない。が、飛んでくる攻撃を、ぼーっと突っ立って眺めているとも思えない。他の魔術師との連携も取れない今、魔法での攻撃は難しいか。
「でもそれは、向こうも同じなはずだよ」
フランがギガースを見据えながら言う。
「いくら巨人でも、あんな遠くからじゃ拳も届かない。それなのに、あんな馬鹿みたいに大声上げて。あれじゃ、止まれって言ってるようなものだよ」
「あ、そう言われてみると……それなら、あれも何かの作戦か?俺たちをこの先に進ませないために……」
あの咆哮は、警告だったのだろうか?こちらから手を出さなければ、戦いを回避できたりするかも……
俺はわずかな希望を感じていたが、それは轟いた声によって、一瞬で吹き飛ばされた。
「聞こえるカーー!勇者どモーーー!」
こ、この声!イントネーションが若干おかしいが、はっきりと覚えている。
「まただ!あの女の子!」
狼に乗った女の子。先の奇襲で姿を現し、俺に勇者か?と訊ねてきた。あの子が、ここにいるのか?
「フラン!ギガースの周りに、人影が見えないか!?」
フランが目を細めて、前方を睨む。
「……いる!巨人の肩に乗ってる!」
やっぱりそうか!なら前と同じく、大人しく撤退するかも……
「これヲ、受けてみローーー!」
え?
ギガースが、足下の何かを掴んで、頭の上に持ち上げた。あれは……岩?ギガースが掴むと漬物石のようだが、奴の手のひらのサイズを考えるに、相当の大岩だ。奴はそれを掴んだまま、体ごとぶんぶんと回転し始めた。まるで、砲丸投げの選手みたいに……なにぃ!?
「バゴオオオオオ!!」
う、うわ!嘘だろ、あいつ、あれを投げる気か!?
「全軍退避!たいひぃー!」
エドガーが叫ぶと、騎馬隊は死に物狂いで逃げ出し始めた。だけど、湿地帯は素早く動くにはあまりに不向きだ。焦り過ぎて、落馬してしまう兵士もいる。それに、岩が大きすぎる!これじゃとても全員はよけきれない!
「ライラ、魔法で撃ち落とせないか!?」
「まって、今すぐには……」
ああ、くそ!ライラはストームスティードを出したままだ。こいつを消してから詠唱していたんじゃ、間に合わない!
(逃げるか?俺たちだけが?)
ストームスティードの脚力なら可能だ。だけど、他の兵士は?彼らを見殺しにするのか?俺はとっさに判断できず、まごついた。その間にも、ギガースの振り回す岩は、恐ろしい速度で回転している。
「くっ、ちくしょう!みんな、急いで逃げ……」
「待って、ダーリン」
え?俺が諦めかけたその時、地面に倒れていたロウランが、すっくと立ちあがった。
「ロウラン、早く乗れ!逃げるぞ!」
「うん、ダーリンたちはそうして。でもアタシは、試してみたいことがあるの」
何だって?俺の頭の中に、一瞬で様々な思考がよぎる。何を試す気なんだ?それどころじゃないのは分かっているのか?自分だけ残って犠牲になる気なのか?それをすることでみんなは助かるのか?
だけど、ロウランの決意を秘めた瞳を見た時、それらは全て飛んで行った。
「……わかった」
そう言って、俺も馬から下りた。ロウランが目をかっ開く。
「え?だ、ダメだよ!ダーリンは逃げて……」
「お前だけを置いて?冗談言うなよ。主が一人、のこのこ逃げられるか」
俺が残ると分かるやいなや、ストームスティードを消してライラが、次にフランとウィルが、最後にアルルカが地面に降り立った。
「フラン、ウィル、アルルカ。周囲をよく見といてくれ。飛んでくるのが岩だけとは限らないぞ。ライラは、俺と一緒に後ろに下がっていよう。そこで魔法の準備をしてくれ。ロウランが時間を稼いでくれるから、詠唱も間に合うだろ」
みんなは無駄口を叩かずに、素早くうなずくと、それぞれの持ち場へ急いだ。ただ一人、ロウランだけが、いまだにオロオロしている。俺は後ろに下がるついでに、ロウランの背中をパンと叩いた。
「ぶちかませ、ロウラン。俺たちを、みんなを、守ってくれ!」
ロウランは目を見開き、大きく口を開け、何かを言おうとしたが、言葉は出てこなかった。俺とライラがずっと後ろに下がると、力強い声が聞こえてきた。
「……わかった。必ず!ダーリンの期待に、応えて見せるの!」
ようし!ロウランは湿地を駆け出すと、みんなの一番前で、両手をばっと突き出した。それと同時に、ギガースが雄たけびを上げる。
「バゴラアアァァァ!」
ブゥワァーーーン!隕石のような大岩が、ブンブンと回転しながら、こっちに真っすぐ飛んでくる!十トントラックが丸ごと吹っ飛んできたみたいだ。あんなものが、軽々と宙を待っている!信じられねえぞ、くそ!
兵士たちが絶望的な悲鳴を上げてうずくまる。うぅ、ロウランを信じちゃいるが、奥歯を噛みしめたくなるのはどうしようもない!俺はライラの薄い肩に置いた手に、ぎゅっと力を込めた。
「受け止めるッ!」
シュバアァァァー!ロウランの全身の包帯が解き放たれ、それが天を覆うように、何本も空に伸びていく。それらは空中で交差し、絡み合い、巨大なネットになった。
ズバアァン!大岩はドンピシャで、ロウランが展開したネットに飛び込んだ。ネットが大きくたわむ。グググッー、ミチミチ、ブチブチ!重みに耐えかね、包帯がちぎれる!
「とまれええぇぇぇぇええええ!」
ロウランが叫ぶと、体のあちこちから、液状の合金が噴き出した。それらはロウランの腕に絡みつき、巨大な手となって一体化した。ロウランは金色に輝く腕で、破れる寸前のネットをがしっと支える。ボコボコという音がして、ロウランの足がくるぶし辺りまで、地面に埋まった。それだけの重さを受け止めようとしているんだ。
ピタッ。岩が、止まった。止まった?止まったぞ!
「やったぞ、ロウラ……」
「待ってください!」
え?喜ぼうとした刹那、悲鳴のような声でそれが遮られる。だが俺にも、すぐにその理由が分かった。
ギガースが、二投目の準備をしていた。
「そんな……」
一つ受け止めるだけで精いっぱいだったのに、もう一つだなんて……もう俺たちは、声を上げることすらできなかった。絶望が胸を染めていく。せっかくロウランがみんなを守ったのに、諦めるしかないのか?ちくしょう、ふざけるな!
「そんなこと、させるわけない!」
っ!ライラだ!ライラが赤い髪を波打たせて、魔法を放とうとしている!
「ヴェルス・クエイク!」
ズズズ……ゴゴゴ、グラグラグラ!じ、地面が揺れている。地震だ!強烈な揺れに、俺は思わず尻もちをつきそうになった。そしてそれは、ギガースも同じ。奴は岩を振り回しているところで、バランスを崩した。よし、そのまま転んじまえ!
「バゴ……バゴラアアアァ!」
あ、あの野郎!崩れかかった体勢のまま、強引にぶん投げやがった!が、岩はさっきと違い、ぽーんと山なりに高く放り投げられた。滞空時間の長いこれなら、全力で走れば避けられるかもしれない……って、ああ!さっきの地震のせいで、兵士たちまでへたり込んでいる!くそっ、あだとなったか!
「パグマ・ボルトォ!」
カッ!空が真っ白に染まった。次の瞬間、ガガガーーン!天が裂けたような衝撃と共に、雷が岩を直撃した。岩は一瞬で木っ端みじんに吹き飛んでしまった。
「い、雷?まさか……」
俺は思わず、そいつを目で探した。金髪碧眼の、絵にかいた様な勇者の姿を……
「はぁ、はぁ……どうやら、間に合ったようだね」
片膝をついていたクラークが、立ち上がって、額の汗を拭いた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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霧煙る湿地を、俺は目を皿のようにして見渡す。白いカーテンのような霧で視界は悪いが、かなり遠くの方に一つだけ、かすみの中にぼんやりと佇む影が見える……
「フラン、まさか、あの影じゃないよな?」
だってその影は、ちょっとした小山くらいの高さがある。さすがに横幅はそこまでではないが、それでも十分すぎるくらいデカい。大仏さまを野っぱらにどでんと置いたみたいだ。
「あんなでかい影が敵なわけは、さすがにないだろ。岩とかじゃないのか?」
「わたしの目が、確かなら。五分前には、あの影はあそこになかった」
「え」
「この霧だから、単に気付かなかったのかもしれない。でも、わたしには、あの影が自分から近づいてきたように見えたの」
フランの顔は真剣だ。もともとこの娘は、ふざけた冗談を言うタイプじゃない。しかし……
「そうなるとだ……あんな、とんでもないデカさの何かが、俺たちを待ち構えてるってことか?は、は、は……」
「お、桜下さん!連合軍の皆さんを止めたほうがいいんじゃありませんか!?」
おっと、現実逃避している場合じゃないな、ウィルの言う通りだ。俺は急いでそれを報せようと、兵士たちの下へ駆け寄ろうとした。その時だ。
俺が岩だと思い込んでいた影が、のっそりと動いたじゃないか。その影は、一瞬で二倍ほどの高さになった。ま、まさか、さっきまで座っていたってことか?
「バゴオオオオ!」
大砲をぶちかましたような轟咆。あまりの声量に、霧が一瞬で吹き飛び、そいつの姿が白日の下に晒された。もはや、俺が報せるまでもなかった。兵士は口々に、大声で叫んだ。
「うわああ!ギガースだぁ!」
ギガース……巨人のことか?
薄曇りの灰色の空を背景に、そいつは立っていた。酷く醜い見た目の、巨大な人型モンスターだ。まだずいぶんと距離があるが、いかんせん奴のパーツの一つ一つがデカいので、ここからでもよく見える。
褐色の肌。髪は無く、頭全体が一つの岩みたいに見える。ブサイクな顔は、それこそ石ころを寄せ集めて作ったようだ。体には何かの獣の皮らしき、汚らしいボロ布を巻いている。
突然のギガースの出現に、隊は一瞬でパニックに包まれた。人も馬も、完全に取り乱している。
「なんでいきなり現れた!?どうして気づかなかったんだ!」
「ヒヒヒィィィーン!」
「あんなでかいの、足音を聞き逃すはずがない!きっと待ち伏せしていやがったんだ!」
「ブルル!ヒヒーン!」
「うわっ!こいつ、言う事を……うおお!」
ドターン!大きな音は、誰かが馬から落っこちた音か。まさしく、蜂の巣を突いた様な大混乱だった。俺たちもどうすることもできず、ただオロオロと見守るしかできない。
「しぃぃずまれぇぇぇい!」
ビリビリビリッ。ぐわ、また耳が……この咆哮は、ギガースのものじゃあない。そして俺たちの中で巨人とタメを張れるだみ声の持ち主は、一人しかいない。
「落ち着け!まだ十分距離はある。敵に翼が生えていない以上、現時点で手出しをすることはできん。慌てず騒がず、指示を聞き逃さんように口をつぐめ!退避命令を聞きそびれても責任は持たんぞ!」
エドガーの一喝により、騎馬隊のパニックは次第に落ち着いて行った。ひゅう、やるじゃないか。
「しかし……どうする気だ?あの巨人相手じゃ、真っ向勝負は勝ち目薄いぞ……」
俺たちがいる先行部隊は、ほとんどが機動力に優れた騎馬で構成されている。つまり、遠距離攻撃手段がないのだ。
「ライラ、この距離からあいつをやっつけることって、できるか?」
「ちょっと、厳しいかも……距離が離れすぎてる。あそこでじっとしててくれるなら、いくらでも攻撃できるんだけど」
巨人のフットワークを、俺は知らない。が、飛んでくる攻撃を、ぼーっと突っ立って眺めているとも思えない。他の魔術師との連携も取れない今、魔法での攻撃は難しいか。
「でもそれは、向こうも同じなはずだよ」
フランがギガースを見据えながら言う。
「いくら巨人でも、あんな遠くからじゃ拳も届かない。それなのに、あんな馬鹿みたいに大声上げて。あれじゃ、止まれって言ってるようなものだよ」
「あ、そう言われてみると……それなら、あれも何かの作戦か?俺たちをこの先に進ませないために……」
あの咆哮は、警告だったのだろうか?こちらから手を出さなければ、戦いを回避できたりするかも……
俺はわずかな希望を感じていたが、それは轟いた声によって、一瞬で吹き飛ばされた。
「聞こえるカーー!勇者どモーーー!」
こ、この声!イントネーションが若干おかしいが、はっきりと覚えている。
「まただ!あの女の子!」
狼に乗った女の子。先の奇襲で姿を現し、俺に勇者か?と訊ねてきた。あの子が、ここにいるのか?
「フラン!ギガースの周りに、人影が見えないか!?」
フランが目を細めて、前方を睨む。
「……いる!巨人の肩に乗ってる!」
やっぱりそうか!なら前と同じく、大人しく撤退するかも……
「これヲ、受けてみローーー!」
え?
ギガースが、足下の何かを掴んで、頭の上に持ち上げた。あれは……岩?ギガースが掴むと漬物石のようだが、奴の手のひらのサイズを考えるに、相当の大岩だ。奴はそれを掴んだまま、体ごとぶんぶんと回転し始めた。まるで、砲丸投げの選手みたいに……なにぃ!?
「バゴオオオオオ!!」
う、うわ!嘘だろ、あいつ、あれを投げる気か!?
「全軍退避!たいひぃー!」
エドガーが叫ぶと、騎馬隊は死に物狂いで逃げ出し始めた。だけど、湿地帯は素早く動くにはあまりに不向きだ。焦り過ぎて、落馬してしまう兵士もいる。それに、岩が大きすぎる!これじゃとても全員はよけきれない!
「ライラ、魔法で撃ち落とせないか!?」
「まって、今すぐには……」
ああ、くそ!ライラはストームスティードを出したままだ。こいつを消してから詠唱していたんじゃ、間に合わない!
(逃げるか?俺たちだけが?)
ストームスティードの脚力なら可能だ。だけど、他の兵士は?彼らを見殺しにするのか?俺はとっさに判断できず、まごついた。その間にも、ギガースの振り回す岩は、恐ろしい速度で回転している。
「くっ、ちくしょう!みんな、急いで逃げ……」
「待って、ダーリン」
え?俺が諦めかけたその時、地面に倒れていたロウランが、すっくと立ちあがった。
「ロウラン、早く乗れ!逃げるぞ!」
「うん、ダーリンたちはそうして。でもアタシは、試してみたいことがあるの」
何だって?俺の頭の中に、一瞬で様々な思考がよぎる。何を試す気なんだ?それどころじゃないのは分かっているのか?自分だけ残って犠牲になる気なのか?それをすることでみんなは助かるのか?
だけど、ロウランの決意を秘めた瞳を見た時、それらは全て飛んで行った。
「……わかった」
そう言って、俺も馬から下りた。ロウランが目をかっ開く。
「え?だ、ダメだよ!ダーリンは逃げて……」
「お前だけを置いて?冗談言うなよ。主が一人、のこのこ逃げられるか」
俺が残ると分かるやいなや、ストームスティードを消してライラが、次にフランとウィルが、最後にアルルカが地面に降り立った。
「フラン、ウィル、アルルカ。周囲をよく見といてくれ。飛んでくるのが岩だけとは限らないぞ。ライラは、俺と一緒に後ろに下がっていよう。そこで魔法の準備をしてくれ。ロウランが時間を稼いでくれるから、詠唱も間に合うだろ」
みんなは無駄口を叩かずに、素早くうなずくと、それぞれの持ち場へ急いだ。ただ一人、ロウランだけが、いまだにオロオロしている。俺は後ろに下がるついでに、ロウランの背中をパンと叩いた。
「ぶちかませ、ロウラン。俺たちを、みんなを、守ってくれ!」
ロウランは目を見開き、大きく口を開け、何かを言おうとしたが、言葉は出てこなかった。俺とライラがずっと後ろに下がると、力強い声が聞こえてきた。
「……わかった。必ず!ダーリンの期待に、応えて見せるの!」
ようし!ロウランは湿地を駆け出すと、みんなの一番前で、両手をばっと突き出した。それと同時に、ギガースが雄たけびを上げる。
「バゴラアアァァァ!」
ブゥワァーーーン!隕石のような大岩が、ブンブンと回転しながら、こっちに真っすぐ飛んでくる!十トントラックが丸ごと吹っ飛んできたみたいだ。あんなものが、軽々と宙を待っている!信じられねえぞ、くそ!
兵士たちが絶望的な悲鳴を上げてうずくまる。うぅ、ロウランを信じちゃいるが、奥歯を噛みしめたくなるのはどうしようもない!俺はライラの薄い肩に置いた手に、ぎゅっと力を込めた。
「受け止めるッ!」
シュバアァァァー!ロウランの全身の包帯が解き放たれ、それが天を覆うように、何本も空に伸びていく。それらは空中で交差し、絡み合い、巨大なネットになった。
ズバアァン!大岩はドンピシャで、ロウランが展開したネットに飛び込んだ。ネットが大きくたわむ。グググッー、ミチミチ、ブチブチ!重みに耐えかね、包帯がちぎれる!
「とまれええぇぇぇぇええええ!」
ロウランが叫ぶと、体のあちこちから、液状の合金が噴き出した。それらはロウランの腕に絡みつき、巨大な手となって一体化した。ロウランは金色に輝く腕で、破れる寸前のネットをがしっと支える。ボコボコという音がして、ロウランの足がくるぶし辺りまで、地面に埋まった。それだけの重さを受け止めようとしているんだ。
ピタッ。岩が、止まった。止まった?止まったぞ!
「やったぞ、ロウラ……」
「待ってください!」
え?喜ぼうとした刹那、悲鳴のような声でそれが遮られる。だが俺にも、すぐにその理由が分かった。
ギガースが、二投目の準備をしていた。
「そんな……」
一つ受け止めるだけで精いっぱいだったのに、もう一つだなんて……もう俺たちは、声を上げることすらできなかった。絶望が胸を染めていく。せっかくロウランがみんなを守ったのに、諦めるしかないのか?ちくしょう、ふざけるな!
「そんなこと、させるわけない!」
っ!ライラだ!ライラが赤い髪を波打たせて、魔法を放とうとしている!
「ヴェルス・クエイク!」
ズズズ……ゴゴゴ、グラグラグラ!じ、地面が揺れている。地震だ!強烈な揺れに、俺は思わず尻もちをつきそうになった。そしてそれは、ギガースも同じ。奴は岩を振り回しているところで、バランスを崩した。よし、そのまま転んじまえ!
「バゴ……バゴラアアアァ!」
あ、あの野郎!崩れかかった体勢のまま、強引にぶん投げやがった!が、岩はさっきと違い、ぽーんと山なりに高く放り投げられた。滞空時間の長いこれなら、全力で走れば避けられるかもしれない……って、ああ!さっきの地震のせいで、兵士たちまでへたり込んでいる!くそっ、あだとなったか!
「パグマ・ボルトォ!」
カッ!空が真っ白に染まった。次の瞬間、ガガガーーン!天が裂けたような衝撃と共に、雷が岩を直撃した。岩は一瞬で木っ端みじんに吹き飛んでしまった。
「い、雷?まさか……」
俺は思わず、そいつを目で探した。金髪碧眼の、絵にかいた様な勇者の姿を……
「はぁ、はぁ……どうやら、間に合ったようだね」
片膝をついていたクラークが、立ち上がって、額の汗を拭いた。
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