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16章 奪われた姫君
12-1 勝利の美酒
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12-1 勝利の美酒
その日の夜は、ちょっとした宴会が開かれた。つっても、行軍中だからな。本当にささやかなものだ。いつもより夕食のおかずが一品増えて、酒が振舞われたってだけだから。それでも死地を切り抜けた兵士たちの顔色は明るく、見ているこっちも穏やかな気分になれた。
「けど、いちいちこうやって、宴会を開くつもりなのかな?つまり、一つ戦いが終わるたびにさ」
焚火を囲んで車座になり、パチパチ跳ねる火花を見ながら言ってみる。別に不満があるわけじゃない。けど、黙っているのもなんだったから、思いついたことをつい口走ってしまった。するとやっぱり、あの男が噛みついてきた。
「なんだよ。君は、勝利を祝う事すら不満なのかい?」
そう答えたのは、俺の向かいに座っているクラークだった。やつの金髪と碧眼は焚火の炎に照らされ、赤一色に染まっている。
「君と来たら、この前の戦勝祈願の宴にも顔を出さなかったじゃないか。まったく、どこまで捻くれているんだか」
「う、うるさいな。今それ関係ねーだろ」
「ふん。一度君も、たった一人壇上に上がって、演説をしてみればいい。同じことは言えないだろうから」
くっ、こいつ。この前大役を押し付けられたこと、根に持ってやがんな?押し付けたうちの一人でもあるミカエルは、クラークの隣で縮こまっている。だが対照的に、逆隣の人物は、まったく悪びれる様子がなかった。
「いいじゃないか、クラーク。それもこれも、そんなに悪いことではない」
クラークの隣のアドリアが、ワインの入った木のコップをくゆらせながら言う。頬は火に照らされているのを差し引いても、バラ色に染まっていた。
「アドリア!何を言うんだ、あんなこと本当はあっちゃいけないよ!だいたい君も……」
「なに、そう固いことを言うな。それにお前の演説によって、兵士たちの意欲も上がったのではないか?決して無駄ではあるまい」
「それは……僕だって、無駄だとは思っていないけど」
「そうだとも。此度のささやかな祝宴も同じだ。勝利に浮かれ、美酒に酔う。前に進むための勇気を養うのに、これ以上のものはない」
勇気……いつの間にか、クラークも俺たちも、アドリアの話に聞き入っている。
「戦場というものは、常に命の危険が伴う。それを忘れることは自らの死を招くが、時にそれが重荷となることもある。恐怖に足がすくむのは、大抵そんな時だ。今宵のような場は、それを一時的に忘れさせてくれるんだ。常に重荷を持ち続けるのは辛い。だからたまに、荷物を置いて、休む場が必要なのさ」
ふむ……さすがは元傭兵。経験者の言う事は違うな。
「でも……」と、クラークが口を開く。
「それはさ、アドリア。この前の演説で僕を一人にした理由とは、関係なくないかい?……ごまかそうとしたね?」
「おや、バレたか」
どっと笑いが起こった。ライラはきゃははと甲高く笑い、ミカエルも笑ってはいけないと思っていつつも、こらえきれずに笑みをこぼしている。クラークはやれやれと首を振った後で、にやりと笑った。
「あははは……はぁ。私、難しいことは分かんないけど」
息を整えた後でそう言ったのは、この焚火を囲む勇者の、三人目。
「悲しいことよりは、嬉しいことが多い方がいいって思うな。今日みたいに」
尊が、穏やかな顔でそう言った。
こうして、俺、尊、クラークで集まるのは、この前のシェオル島が初めてで、これで二度目になる。でも、もう何回もこうして顔を合わせた気がするんだよな……この三人は、前の世界で同じ病院に入院していたという、共通の過去がある。
(不思議な感じだ)
前の世界じゃ、俺はクラークと話したことはなかった。クラークは名前をクラークに変える前だったし、顔も今とは違うから、たとえ会っていたとしても別人みたいなものだろうが。逆に尊とは何度も顔を会わせたが、何よりも尊は、俺の前で一度死んでいる。その相手と、今こうして、面と向かい合っているのだから……やっぱり、変な感じがする。
「……ところでさ、尊」
「ん?なにかな、桜下くん」
「いや、大したことじゃないんだけど。なんで男物の服着てるんだ?」
なぜか尊は、昼間着ていた服を着替えて、ぶかぶかのシャツとズボンという恰好をしている。たぶん兵士のものなんだろうが、サイズが全然あってないせいで、肩がずり落ちそうになってるぞ。
「ああ、これ?あはは、実はね……昼間、濡れてる地面に座ってたでしょ?あれのせいで、服がびしょびしょになっちゃって。パンツまで濡れちゃったから、着替えるしかなかったんだぁ」
ぶほっ。クラークがむせた音だ。
「あ、そ、そうだったのか。ごめん、変なこと訊いて」
「うん?そうでもないと思うけど……」
尊はきょとんとしている。三人の中じゃ最年長の尊だが、こういうところは相変わらずだな……幼いというか、鈍いというか。
「ごほ、ごほ……んんっ。それなら、桜下。僕もついでに、訊きたいことがあるのだけれど?」
「ん?なんだよ」
「君、その隣にいる女性とは、どういう仲なんだい?」
隣?俺は横を見る。ライラが夕食のあまりの鳥の骨をむしゃむしゃ食べているところだった。
「違うよっ、反対の方を言ってるんだ」
ああ、はいはい。俺のもう反対側には、ロウランが横座りして、俺に腕を絡めている。そうか、クラークはロウランと会うの、初めてだっけ?
「ロウランだ。ロウラン・ザ・アンダーメイデン。勇演武闘の時からずっと一緒にはいたんだけど、実体を取り戻したのはつい最近でな」
「実体……相変わらず、君の仲間は変わっているね……ただ、どうしてそんなに近いのかな。それに、その恰好……」
クラークは目のやり場に困るように視線を逸らす。今ロウランはマントを羽織っていないので、つまり素肌に包帯を巻いたいつものスタイルをしている。ああ、こいつの奇抜さに、もう慣れ始めている自分がいるな……
「んー、なんと説明したらいいか。いろいろ複雑なんだよな」
「ダーリン、アタシも挨拶していーい?」
ロウランがくいくいと腕を引いてきた。俺がうなずくと、ロウランはクラークと尊に、にこりとほほ笑みかける。
「初めまして。ロウラン・ザ・アンダーメイデンです。ダーリンの妻なの♪」
「ぶふっ」
「え、ええっ!?おい君、どういうことだい!」
「えーっ。桜下くん、結婚してたの?」
「そうなの♪」
「ロウラン」
「ダーリンがアタシを連れ出してくれたんだ。俺と一緒に来いって」
「ロウラン!頼む、頼むから、俺に説明させてくれ……」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「けど、いちいちこうやって、宴会を開くつもりなのかな?つまり、一つ戦いが終わるたびにさ」
焚火を囲んで車座になり、パチパチ跳ねる火花を見ながら言ってみる。別に不満があるわけじゃない。けど、黙っているのもなんだったから、思いついたことをつい口走ってしまった。するとやっぱり、あの男が噛みついてきた。
「なんだよ。君は、勝利を祝う事すら不満なのかい?」
そう答えたのは、俺の向かいに座っているクラークだった。やつの金髪と碧眼は焚火の炎に照らされ、赤一色に染まっている。
「君と来たら、この前の戦勝祈願の宴にも顔を出さなかったじゃないか。まったく、どこまで捻くれているんだか」
「う、うるさいな。今それ関係ねーだろ」
「ふん。一度君も、たった一人壇上に上がって、演説をしてみればいい。同じことは言えないだろうから」
くっ、こいつ。この前大役を押し付けられたこと、根に持ってやがんな?押し付けたうちの一人でもあるミカエルは、クラークの隣で縮こまっている。だが対照的に、逆隣の人物は、まったく悪びれる様子がなかった。
「いいじゃないか、クラーク。それもこれも、そんなに悪いことではない」
クラークの隣のアドリアが、ワインの入った木のコップをくゆらせながら言う。頬は火に照らされているのを差し引いても、バラ色に染まっていた。
「アドリア!何を言うんだ、あんなこと本当はあっちゃいけないよ!だいたい君も……」
「なに、そう固いことを言うな。それにお前の演説によって、兵士たちの意欲も上がったのではないか?決して無駄ではあるまい」
「それは……僕だって、無駄だとは思っていないけど」
「そうだとも。此度のささやかな祝宴も同じだ。勝利に浮かれ、美酒に酔う。前に進むための勇気を養うのに、これ以上のものはない」
勇気……いつの間にか、クラークも俺たちも、アドリアの話に聞き入っている。
「戦場というものは、常に命の危険が伴う。それを忘れることは自らの死を招くが、時にそれが重荷となることもある。恐怖に足がすくむのは、大抵そんな時だ。今宵のような場は、それを一時的に忘れさせてくれるんだ。常に重荷を持ち続けるのは辛い。だからたまに、荷物を置いて、休む場が必要なのさ」
ふむ……さすがは元傭兵。経験者の言う事は違うな。
「でも……」と、クラークが口を開く。
「それはさ、アドリア。この前の演説で僕を一人にした理由とは、関係なくないかい?……ごまかそうとしたね?」
「おや、バレたか」
どっと笑いが起こった。ライラはきゃははと甲高く笑い、ミカエルも笑ってはいけないと思っていつつも、こらえきれずに笑みをこぼしている。クラークはやれやれと首を振った後で、にやりと笑った。
「あははは……はぁ。私、難しいことは分かんないけど」
息を整えた後でそう言ったのは、この焚火を囲む勇者の、三人目。
「悲しいことよりは、嬉しいことが多い方がいいって思うな。今日みたいに」
尊が、穏やかな顔でそう言った。
こうして、俺、尊、クラークで集まるのは、この前のシェオル島が初めてで、これで二度目になる。でも、もう何回もこうして顔を合わせた気がするんだよな……この三人は、前の世界で同じ病院に入院していたという、共通の過去がある。
(不思議な感じだ)
前の世界じゃ、俺はクラークと話したことはなかった。クラークは名前をクラークに変える前だったし、顔も今とは違うから、たとえ会っていたとしても別人みたいなものだろうが。逆に尊とは何度も顔を会わせたが、何よりも尊は、俺の前で一度死んでいる。その相手と、今こうして、面と向かい合っているのだから……やっぱり、変な感じがする。
「……ところでさ、尊」
「ん?なにかな、桜下くん」
「いや、大したことじゃないんだけど。なんで男物の服着てるんだ?」
なぜか尊は、昼間着ていた服を着替えて、ぶかぶかのシャツとズボンという恰好をしている。たぶん兵士のものなんだろうが、サイズが全然あってないせいで、肩がずり落ちそうになってるぞ。
「ああ、これ?あはは、実はね……昼間、濡れてる地面に座ってたでしょ?あれのせいで、服がびしょびしょになっちゃって。パンツまで濡れちゃったから、着替えるしかなかったんだぁ」
ぶほっ。クラークがむせた音だ。
「あ、そ、そうだったのか。ごめん、変なこと訊いて」
「うん?そうでもないと思うけど……」
尊はきょとんとしている。三人の中じゃ最年長の尊だが、こういうところは相変わらずだな……幼いというか、鈍いというか。
「ごほ、ごほ……んんっ。それなら、桜下。僕もついでに、訊きたいことがあるのだけれど?」
「ん?なんだよ」
「君、その隣にいる女性とは、どういう仲なんだい?」
隣?俺は横を見る。ライラが夕食のあまりの鳥の骨をむしゃむしゃ食べているところだった。
「違うよっ、反対の方を言ってるんだ」
ああ、はいはい。俺のもう反対側には、ロウランが横座りして、俺に腕を絡めている。そうか、クラークはロウランと会うの、初めてだっけ?
「ロウランだ。ロウラン・ザ・アンダーメイデン。勇演武闘の時からずっと一緒にはいたんだけど、実体を取り戻したのはつい最近でな」
「実体……相変わらず、君の仲間は変わっているね……ただ、どうしてそんなに近いのかな。それに、その恰好……」
クラークは目のやり場に困るように視線を逸らす。今ロウランはマントを羽織っていないので、つまり素肌に包帯を巻いたいつものスタイルをしている。ああ、こいつの奇抜さに、もう慣れ始めている自分がいるな……
「んー、なんと説明したらいいか。いろいろ複雑なんだよな」
「ダーリン、アタシも挨拶していーい?」
ロウランがくいくいと腕を引いてきた。俺がうなずくと、ロウランはクラークと尊に、にこりとほほ笑みかける。
「初めまして。ロウラン・ザ・アンダーメイデンです。ダーリンの妻なの♪」
「ぶふっ」
「え、ええっ!?おい君、どういうことだい!」
「えーっ。桜下くん、結婚してたの?」
「そうなの♪」
「ロウラン」
「ダーリンがアタシを連れ出してくれたんだ。俺と一緒に来いって」
「ロウラン!頼む、頼むから、俺に説明させてくれ……」
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