じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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16章 奪われた姫君

14-2

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14-2

冷たい空気が鼻先に触れて、俺は目を覚ました。

「ん……」

目を開けると、背の高い草の根元と、朝霧が見えた。湿気を帯びた空気は冷たいが、腹のあたりだけは妙に暖かい。頭を動かして見ると、ライラがコアラのように、俺の腹を抱き枕代わりにしていた。いや、この場合は湯たんぽ代わりかな?

「むにゃむにゃ……」

お。ライラが寝言を言っている。

「これぁ、ライラのおにくだぉ……」

げっ。ライラが俺のシャツの腹を食っている。あーあー、よだれが……ていうかコイツ、俺を肉だと思っているのか?くっ、今すぐ引っぺがしてやろうかな……

「ったく、どんな夢見てるんだか」

ん?そうだ。夢と言えば……

(なんかまた、夢を見ていたような……)

昨夜、俺は夢を見ていた。が、夢というものが得てしてそうであるように、その内容はべらぼうに朧気だ。しかも目が覚めれば覚めるほど、反比例して夢の解像度がぼやけて行く気がする。

(なんかまた、ロアの夢だったような……)

ぼんやりと、ロアの声が聞こえた気がする。だがそれ以上に、昨日の夢は奇妙だった。なぜなら、聞いたこともない男の声が、しきりに俺を呼んでいた気がするからだ。

(この男……ひょっとして、この前見た夢にも出てきた?)

声しか聞こえない、見知らぬ男……それも続けざまに夢に見るなんて。変なこともあるもんだな……せめて何を言っているのか覚えていればよかったんだけど。

(ま、いちいち気にしても仕方ない。夢は夢だ)

俺は伸びをすると、ライラを起こして、寝袋から抜け出した。

昨日のギガースの襲撃をうけて、指揮官であるエドガーはずいぶん悩んだそうだが、最終的には当初の計画通り、このまま進むことに決めたらしい。俺もそれでいいと思う。どっちみち進むしかないんだから、ぐずぐずすると足が鈍ってしまいそうだ。
出発する前、俺はエドガーにだけ、昨夜マスカレードが出没したことを伝えた。エドガーは大いに驚いていたが、俺が奴と話したこと、感じ取ったことを伝えると、むっつりと黙り込んだ。

「どうする?」

「……計画は変更せん。手を出す気が無いのならば、無視して進むべきだろう」

「あいつが言ってたこと、本当だと思うか?」

「ふん、誰が指名手配者の言うことなど信じるか。だが少なくとも、こちらに手を出す気が無いことだけは本当らしい。奴としても、勇者三人と真っ向勝負をする気にはなれんのだろう」

「でも、ほっといて大丈夫かな?」

「良くはないだろう。だが、今は優先すべきものが他にある。進軍の速度を落とすわけにはいかんのだ」

優先すべきもの、か。攫われた人たち、とりわけロアのことだろうな。うん、確かに今は、あいつらの方が大事だ。人質がいつまで無事かは、魔王次第なのだから。

再び湿原を進み始める。俺たちはストームスティードに乗って、隊から少し離れてついて行っている。すると騎馬の中に、死にそうな顔で馬に乗るデュアンの姿が見えた。あいつ、二日酔いになったみたいだぞ。馬上はどうしたって揺れるから、その度に軽くえずいている。そのせいか、兵士たちは彼の周りには近づかないようにしていた。

湿原は数日間に渡って続いた。
目指す魔王の居城は西にある。俺たちは必然的に、太陽と同じ方向に走ることになる。一日の初めは背中から受ける日差しが、いつの間にか俺たちを追い抜いて、一日の終わりに正面から投げかけられる。そんな日々を過ごすうちに、いつしか湿原は終わり、固い地面の上を走れるようになった。
ぬかるんだ湿地ばかり走っていたから、これで思い切り走れるようになると喜んだのも束の間……

「おいおい、今度は岩ばっかりじゃないか」

辺りは一変して、真っ黒な岩場が続く荒れ地となってしまった。土がほとんど見えず、木はおろか、雑草すら見当たらない。

「ついこの間まで、水だらけの湿地帯だったんだぞ?環境の変化が極端すぎないか」

「やっぱりまおーの大陸って、でたらめなんだね」

黒い荒れ地は、じきに黒い岩山へと変わった。とてつもなくでかい岩が、何かの動物の角のように、天へと突き出している。岩の表面はゴツゴツと荒々しく、まるで巨大生物の化石が鎮座しているように見えた。
俺たちはその岩山の下、地に走る裂け目のような、鋭い谷の間を進んでいく。

「この峡谷、フィドラーズグリーン戦線を思い出すな……」

兵士たちもあの時の奇襲を思い出しているのか、進むスピードはいつもより格段に遅くなった。カチカチに硬い岩場ばかり続くせいで、すぐに馬の蹄鉄がダメになってしまうし、水場が全然ないので気楽に水筒のふたを開けられないしで、遅れる理由はその辺の岩より多く転がっていた。
けど、朗報もあった。
その日の午後、後方に残してきた連合軍の本体から、早馬が到着した。伝令の兵士が伝えたところによると、魔術師たちがようやくカンを取り戻したらしい。確かについ先日、ウィルとアルルカも、魔法が使えるようになったと言っていたっけ。おそらくタイミングはほぼ同時だったんだろう。
魔術師は汚名返上とばかりに腕を振るい、沼地を立派な大通りに作り替えて、全速力でこちらへ向かっているそうだ。本隊が合流すれば、水の心配をすることも、硬い岩の上で寝起きすることもなくなるとあって、兵士たちは大いに喜んだ。
さらにもう一つ。魔王の居城までの道のりが、全体の約三分の二を越したそうだ。それでもまだ相当あるらしいが、気付かぬうちに半分をとっくに超えていたんだな。ゆっくりとではあるけれど、確実に近づいてきているってことだ。

「にしても、魔王、か……」

魔王の城に着いたら、当然戦うことになるであろう相手。少なくとも、諸手を振って歓迎してくれはしないだろう。

(魔王の正体って、結局なにもんなんだかな……)

マスカレードが言うには、魔王の中身は勇者らしい。まさかとも思うが、もし城に辿り着いて、出てきたのが俺と同じ人間だったらと思うと……

「うーん……」

「君。今、魔王と言ったかい?」

うん?俺のつぶやきを、だれか聞いていたのか?カポカポと、馬を寄せてくる男が一人。

「なんだ。お前か、クラーク」

「なんだとは、なんだ!失礼だな、まったく」

ぷりぷり怒るクラークの乗った馬は、真っ白な白馬だった。ぐはー、ったく、ほんっとに絵にかいた様な勇者だよな。いっそ感心するぜ。

「で、君。魔王がどうとか呟いただろう。何を考えていたんだい?」

「あん?別に、大したことじゃねえよ」

「なんだよ、釣れないな。話してみないか?ほら、今は魔物もいなさそうだし」

なんだ?こいつ、俺とおしゃべりしようって?気味悪がった俺がジロジロ見つめると、クラークはムッとした顔をする。

「なんだよ。実は僕も、ちょうど魔王について考えていたんだよ」

「あん?」

「そりゃあだって、考えるだろう。これから戦おうっていう相手のことだもの」

へぇー。俺と似たようなことを考えていたってことか。

「まあ、そりゃそうか。気になるわな」

「だろう?桜下、君は魔王についてどう思っているんだ?」

「どうって……漠然だな。強そうだなぁって思ってるけど」

「そうじゃなくて、なんだかおかしいと思わないかい?」

おかしい?ほう、こいつもこいつで、なにか感じているってことか。

「具体的に、何がおかしいって?」

「具体的も何も、この戦争そのものだよ。そもそも魔王は、どうしていまさら、戦いを再開したんだと思う?」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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