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17章 再開の約束

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目の前に、真っ白な雪を被った山がそびえ立っている。人類連合軍は、ついに最後の天王山の登攀とうはんを開始しようとしていた。
騎兵隊はひときわ体格の立派な、見るからに頑強でタフな騎馬を数十頭ほど選び出した。足の毛が長く、ばんえい競馬でそりを引く馬によく似ている。その馬たちに何をさせるのかと思いきや、騎手は馬から降り、代わりに魔術師たちが、おっかなびっくりまたがったんだ。

「魔術師が、馬?あんなやぼったい格好で乗馬するのか」

ローブをまくり上げて馬に乗り込む魔術師たちを見ていると、ライラが俺のそでをついついと引いた。

「たぶん、まほーに集中するためだよ」

あ、なるほど。普通は山登りで馬になんか乗るわけないが(道は荒れていて危ないし、馬だって疲れてしまうから)、今回魔術師たちは、暖房魔法で軍全体をサポートしなければならない。魔法に集中するために、移動を馬に任せるわけだ。

「俺たちはどうする?」

「そーだね。ウィルおねーちゃんがまほーを使ってくれるから、ライラがストームスティードを呼び出すことはできるけど……あんまり意味ないかも」

「あ、確かに。俺たちだけ先を急いでもしょうがないか。みんなゆっくりとしか来れないんだから」

「うん。それに、あんまり飛ばすと、きっと寒いよ」

「ああー、それもあるな……ミストルティンに行く時の山も、寒さがこたえたよなぁ。あれ?でも……」

「どしたの、桜下?」

「いや、あん時って確か、ライラも寒そうにしてたよな」

「うん。すっごい寒かったよぉ……」

当時を思い出したのか、ライラは歯をカチカチ言わせるフリをした。

「ならなんで、魔法を使わなかったんだ?火でも熱でも、お前ならいくらでも出せただろ」

「え?ああ、まそうだね。でも、たぶん要らなかったよ」

「え?いやだって、あんなに寒そうにしてただろ」

あの時ライラは、寒さのあまり自分の髪の毛すら体に巻きつけて、ミノムシみたいになっていたっけ。かわいらしかったけど、寒さに震えるのは見ていて辛かったな。

「魔法を使えば、もっと快適だったんじゃないか?」

「んーん、そんなことないよ。まほーはたいていのことはできるけど、肝心のことは、まほーじゃ解決しないようになってるんだから」

「はぁ」

するとライラは、おもむろに俺の手を握って、そのまま自分の頬へと持っていった。

「だって、ほら。こうしてれば、あったかいでしょ?こればっかりは、まほーじゃどうにもできないもんね」

そう言って、にひひっと笑うライラ。うわー、なんだこいつ、かわいい!思わず抱きしめると、ライラはきゃぁきゃぁ言って喜んだ。



いよいよ、はるかな頂上を目指した山登りが始まった。
最初はなだらかな山裾で、傾斜もそこまできつくない。しかし、山肌はゴツゴツとひび割れ、おまけに乾いて崩れやすくなっている。油断するとあっという間に滑落が起きそうで、気が休まらない。
騎兵たちは馬を下り、荷物を自分で担いで、手綱を引いている。馬は強靭な生き物だが、それは平地での話。こういう悪路や山では、馬もすぐにへばってしまうから、人間が荷物を持ってやらないといけないんだ。一方、ここで活躍するのが、牛だ。牛は鈍いが、その分持久力がある。大きな荷車を引っ張りながら、一歩一歩、踏みしめるように山を登っていく。
ウィルは山登りを始める前、魔術師たちが、牛の引く荷車に乗るのではと予想していた。確かに馬よりも荷車の方が安定していそうだよな。けど実際のところ、荷車は揺れが激しすぎて激酔いするらしい。足場が悪いし、荷車は馬車と違って乗り手に優しく作られていないんだってさ。哀れなことに、そうとは知らず馬車から荷車に乗り移っていたキサカが、真っ青になって目を回すというハプニングが起こったが、それ以降は特に何も起こらず、順調に行程を消化していっていた。
だが午後になると、次第に空気は冷たく、薄くなっていった。そしてついに、世界は氷に閉ざされた。俺たちは、一面銀色の領域へと突入する。
積雪地帯に入る前に、兵士たちは厚い毛皮のコートを、鎧の上から着こんだ。俺も寒冷地用のマントを羽織る。防寒具としちゃかなり簡単だが、すぐに暖かい空気が、俺たち全体を包み込んだ。魔術師の暖房魔法の効き目はバツグンだ。これなら楽勝さ、といきってはみたのだが……

「ふう、はあ……寒くないだけまだマシだが、それでもキツイもんはキツイな……」

俺は額の汗をぬぐう。魔術師の魔法によって、服の下の体は暑いくらいだが、剥き出しの顔はひりひりと冷たい。いくら暖房魔法と言えど、完全に寒さを無効化することはできないみたいだ。
前を行く兵士たちが踏み固めた、雪の中に点々と続く足跡に、自分の足を突っ込んで進んでいく。兵士たちはみな大人だから、歩幅を合わせるのが一苦労だ。俺でも息を切らしているくらいだからな、幼女のライラはとっくのとうにへばり、今はフランの背中におんぶされていた。

「ダーリン、疲れてない?」

ロウランが心配そうに、俺の顔を覗き込む。

「ぜーんぜん、へっちゃら、へっちゃらだぜ……」

「そっか。じゃあ、アタシが先を歩くから、ダーリンはゆっくり、自分のペースで付いてきてね」

俺のやせ我慢を一蹴して、ロウランは包帯を俺の体に巻きつけた。これは、正直かなりありがたかった。ロウランが先に歩くことで、俺は引っ張り上げられる形になるし、万が一の時には命綱にもなる。

「すまん……助かる」

「えへへ。お安い御用なの」

真っ白な雪山を、連合軍は黙々と進行していく。俺がふと背後を振り返ると、白い斜面に、黒い人の列が延々と、はるか下まで伸びていた。改めて、すごい人数だ。

(このすべてが、魔王を倒すためだけに、こんな険しい山を越えようとしてるんだよな)

魔王。勇者が倒すべき相手。戦う覚悟は決めたけれど、それでも俺はまだ、魔王を心の底からは憎めずにいた。いったいなぜ、魔王はこんな戦争を再開したのだろう?どうしてセカンドミニオンを攫ったりしたんだろう?この戦いの意味は、一体何なんだろう?山を登っている間、俺はそんな事ばかりを考えていた。
そして、気が遠くなりそうなほどの時間を歩き続け、ついに……

「おお……空との境目が見えるぞ。あそこが、山頂か……!」


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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