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17章 再開の約束
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鉄格子を抜けた先は、ことのほか広い空間が広がっていた。薄暗い部屋に、アニの放つ青白い光を向けてみると、無数の機械が光を反射した。何かの道具?奇怪な形の計器が、所せましに置かれている。
「ぱっと見は、物置だな……」
だけど、これだけ奥に隠された物置があるはずがない。誰かが意図的に、これを集めたんだ。
「わたしには、実験室にも見える。ほら、この前の、ライラが狙われた時の」
フランの言葉だ。実験室か……鉄格子には、外側から鍵が掛けられていた。ここで行われていたことは、たぶんろくでもないことだ。
先へと進むと、だんだん明るくなってきた。赤い光だ。下の部屋のものよりも、さらに赤い。濁った血のように毒々しい赤……それが、前方の四角い戸口から漏れ出ている。
「うっ……」
「なに、これ……」
赤い戸口に近づくと、鼻を突く刺激臭がしてきた。硫黄のような、卵が腐ったような匂いだ。
「アニ、これ、毒じゃないよな?」
『ええ、毒物の反応はありません。ですが、気を付けてください。長く留まってはなりませんよ』
「わかった。けど、確かめるには、あん中に入るしかないよな……」
それに、匂いだけじゃない。あの部屋の中からは、なにか強烈な、“嫌な予感”が漂ってくるのだ。フランもそれを感じているのか、いつもよりいっそう険しい表情になっている。
「ふう……行くか、フラン?」
「……うん」
フランはうなずくと、片手をこちらに伸ばしてきた。俺はごく自然に、その手を握り返すことができた。俺たちは手を繋いで、赤い部屋に入った。
「……」
目が、痛い……赤い光は強くないが、毒々しい色で壁も床も染まっている。こちらの部屋の中は、何本もの配管で埋め尽くされていた。その配管を辿っていくと、全て、部屋の中央に置かれた巨大な機械に繋がっている。
「なに、この機械……気味が悪い」
フランが低い声で呟いた。
「なんでこんなものが、ここに……あなたが感じた気配って、ここでいいんだよね?」
フランが機械からこちらに振り向いた。とたん、目をはっと見開く。
「あなた、大丈夫!?すごい汗だよ!」
「ああ……平気だ、いちおうな」
目元に溜まる汗をぬぐう。完全にやせ我慢だったが、俺はフランに、大丈夫だとうなずき返した。
「別に、体調が悪いわけじゃない。ただ……ちょいと、悪寒がな」
「悪寒?」
「フラン。俺はここに、ネクロマンサーの力を感じるって言ったな。だから俺は、術者がここにいると思ってた」
「うん……」
フランは当惑気味に、俺を見返す。
「だが、どうやらそれは違ったらしい。俺の感じる気配は、この中から来てる」
「この……中?」
「ああ、そうだ。この機械の、中だ」
ここまで近づけば、嫌でも分かる。この巨大な機械が、全ての出所だ。では、どうやって機械を使って、死霊術を発動させているのか?その答え合わせをしなければならない。
俺は機械に近づく。と、無数の配管のすき間に、ガラスの大きな窓が取り付けられていた。俺は意を決して、その中を覗き込んだ。
「なっ……んだ、これは……!」
ガラスの中は、赤い液体で満たされていた。ゴポゴポと、時折あぶくが上がっている。その中に浮かんでいたものは……人間の、頭だった。
「これ……」
フランは吐き気を堪えるように、言葉の途中で唇を噛んだ。
赤い液体に浮かぶ頭部は、頭蓋が取り外され、脳が剥き出しになっている。そこに何本ものプラグが刺さっていた。うっ……喉の奥から、すっぱいものがこみ上げてくる。吐きそうだ……
頭部の首から先は、何本もの管に置き換わっていた。その管が機械の中で絡み合い、木のようになっている。枝の先には、まるで果実のように、いくつもの頭がぶら下がっていた。人間のものだけじゃない。モンスターのものや、狼らしきものも見える。よく見ると、あの狼、目が四つだ……
「っ。見て、あれ」
フランが指をさしたのは、管でできた木の根元のあたりだった。無数の管に絡み取られるようにして、小柄な人影が埋もれていた。頭には、狼のような耳が見える。
「まさか……!」
俺たちの前に何度となく姿を現した、狼みたいな少女。一度話がしたいと思っていたが……どうやら、もうその機会は、永遠に訪れないらしい……
「それに、この首たち……まだ、生きてる」
え?俺はフランの言葉に、ばっと顔を上げた。だが、フランの強張った顔を見ると、喜ばしいことだとは到底思えなかった。
じきに俺にも、フランの言っていることが分かった。悪い夢のようだ……生首のまぶたはかすかにだが、ピクピクと痙攣している。それが苦しみに耐えかねている姿に見えて……くそ。こんな姿になってしまってもなお、この哀れな犠牲者たちは、利用され続けている!
「……そういうカラクリだったのか。部品を連結して、出力を上げるみたいに……クソッ!」
この人たちは、生きたまま、機械の一部にされてしまったんだ!俺は拳を握ると、ガラス窓に打ち付けた。ごんっと鈍い音がしたが、これくらいじゃひびも入らない。
「……壊そう」
フランが、硬い声で告げた。
「壊そう。これがある限り、あのゴーレムは動き続ける」
「……だが……この人たちは、まだ……」
フランは悲し気に首を振った。
「もう、人じゃない。ただ、死んでいないだけだ。こんなの、生きてるなんて呼べない」
「……」
その通りだ……俺だって、分かってた。でも、あまりにも辛くて、認めたくなかっただけ……
「この人たちだって、きっとそれを望んでる。もう元に戻れないのなら、せめて早く楽にしてあげたい」
「……わかった」
俺がうなずくと、フランは拳を握りしめて、ガラス窓の前に立った。だが俺は、その拳をそっと掴んだ。
「待ってくれフラン。俺がやる」
「え?なに言ってるの!」
「頼む。これは、俺の役目なんだ。感じるんだよ」
俺は、赤い液体で満たされた窓を見やった。
「こいつらに、引導を渡してやれるのは……一番安らかな眠りを与えてやれるのは、俺だと思うから」
「……」
フランは悩んでいるようだったが、ぐっと唇を噛むと、一歩後ろに下がった。よし……これは、俺にしかできないことだ。理屈じゃなく、魂が、そう告げている。死霊術師である俺が、この悪夢を終わらせよう。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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鉄格子を抜けた先は、ことのほか広い空間が広がっていた。薄暗い部屋に、アニの放つ青白い光を向けてみると、無数の機械が光を反射した。何かの道具?奇怪な形の計器が、所せましに置かれている。
「ぱっと見は、物置だな……」
だけど、これだけ奥に隠された物置があるはずがない。誰かが意図的に、これを集めたんだ。
「わたしには、実験室にも見える。ほら、この前の、ライラが狙われた時の」
フランの言葉だ。実験室か……鉄格子には、外側から鍵が掛けられていた。ここで行われていたことは、たぶんろくでもないことだ。
先へと進むと、だんだん明るくなってきた。赤い光だ。下の部屋のものよりも、さらに赤い。濁った血のように毒々しい赤……それが、前方の四角い戸口から漏れ出ている。
「うっ……」
「なに、これ……」
赤い戸口に近づくと、鼻を突く刺激臭がしてきた。硫黄のような、卵が腐ったような匂いだ。
「アニ、これ、毒じゃないよな?」
『ええ、毒物の反応はありません。ですが、気を付けてください。長く留まってはなりませんよ』
「わかった。けど、確かめるには、あん中に入るしかないよな……」
それに、匂いだけじゃない。あの部屋の中からは、なにか強烈な、“嫌な予感”が漂ってくるのだ。フランもそれを感じているのか、いつもよりいっそう険しい表情になっている。
「ふう……行くか、フラン?」
「……うん」
フランはうなずくと、片手をこちらに伸ばしてきた。俺はごく自然に、その手を握り返すことができた。俺たちは手を繋いで、赤い部屋に入った。
「……」
目が、痛い……赤い光は強くないが、毒々しい色で壁も床も染まっている。こちらの部屋の中は、何本もの配管で埋め尽くされていた。その配管を辿っていくと、全て、部屋の中央に置かれた巨大な機械に繋がっている。
「なに、この機械……気味が悪い」
フランが低い声で呟いた。
「なんでこんなものが、ここに……あなたが感じた気配って、ここでいいんだよね?」
フランが機械からこちらに振り向いた。とたん、目をはっと見開く。
「あなた、大丈夫!?すごい汗だよ!」
「ああ……平気だ、いちおうな」
目元に溜まる汗をぬぐう。完全にやせ我慢だったが、俺はフランに、大丈夫だとうなずき返した。
「別に、体調が悪いわけじゃない。ただ……ちょいと、悪寒がな」
「悪寒?」
「フラン。俺はここに、ネクロマンサーの力を感じるって言ったな。だから俺は、術者がここにいると思ってた」
「うん……」
フランは当惑気味に、俺を見返す。
「だが、どうやらそれは違ったらしい。俺の感じる気配は、この中から来てる」
「この……中?」
「ああ、そうだ。この機械の、中だ」
ここまで近づけば、嫌でも分かる。この巨大な機械が、全ての出所だ。では、どうやって機械を使って、死霊術を発動させているのか?その答え合わせをしなければならない。
俺は機械に近づく。と、無数の配管のすき間に、ガラスの大きな窓が取り付けられていた。俺は意を決して、その中を覗き込んだ。
「なっ……んだ、これは……!」
ガラスの中は、赤い液体で満たされていた。ゴポゴポと、時折あぶくが上がっている。その中に浮かんでいたものは……人間の、頭だった。
「これ……」
フランは吐き気を堪えるように、言葉の途中で唇を噛んだ。
赤い液体に浮かぶ頭部は、頭蓋が取り外され、脳が剥き出しになっている。そこに何本ものプラグが刺さっていた。うっ……喉の奥から、すっぱいものがこみ上げてくる。吐きそうだ……
頭部の首から先は、何本もの管に置き換わっていた。その管が機械の中で絡み合い、木のようになっている。枝の先には、まるで果実のように、いくつもの頭がぶら下がっていた。人間のものだけじゃない。モンスターのものや、狼らしきものも見える。よく見ると、あの狼、目が四つだ……
「っ。見て、あれ」
フランが指をさしたのは、管でできた木の根元のあたりだった。無数の管に絡み取られるようにして、小柄な人影が埋もれていた。頭には、狼のような耳が見える。
「まさか……!」
俺たちの前に何度となく姿を現した、狼みたいな少女。一度話がしたいと思っていたが……どうやら、もうその機会は、永遠に訪れないらしい……
「それに、この首たち……まだ、生きてる」
え?俺はフランの言葉に、ばっと顔を上げた。だが、フランの強張った顔を見ると、喜ばしいことだとは到底思えなかった。
じきに俺にも、フランの言っていることが分かった。悪い夢のようだ……生首のまぶたはかすかにだが、ピクピクと痙攣している。それが苦しみに耐えかねている姿に見えて……くそ。こんな姿になってしまってもなお、この哀れな犠牲者たちは、利用され続けている!
「……そういうカラクリだったのか。部品を連結して、出力を上げるみたいに……クソッ!」
この人たちは、生きたまま、機械の一部にされてしまったんだ!俺は拳を握ると、ガラス窓に打ち付けた。ごんっと鈍い音がしたが、これくらいじゃひびも入らない。
「……壊そう」
フランが、硬い声で告げた。
「壊そう。これがある限り、あのゴーレムは動き続ける」
「……だが……この人たちは、まだ……」
フランは悲し気に首を振った。
「もう、人じゃない。ただ、死んでいないだけだ。こんなの、生きてるなんて呼べない」
「……」
その通りだ……俺だって、分かってた。でも、あまりにも辛くて、認めたくなかっただけ……
「この人たちだって、きっとそれを望んでる。もう元に戻れないのなら、せめて早く楽にしてあげたい」
「……わかった」
俺がうなずくと、フランは拳を握りしめて、ガラス窓の前に立った。だが俺は、その拳をそっと掴んだ。
「待ってくれフラン。俺がやる」
「え?なに言ってるの!」
「頼む。これは、俺の役目なんだ。感じるんだよ」
俺は、赤い液体で満たされた窓を見やった。
「こいつらに、引導を渡してやれるのは……一番安らかな眠りを与えてやれるのは、俺だと思うから」
「……」
フランは悩んでいるようだったが、ぐっと唇を噛むと、一歩後ろに下がった。よし……これは、俺にしかできないことだ。理屈じゃなく、魂が、そう告げている。死霊術師である俺が、この悪夢を終わらせよう。
つづく
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