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17章 再開の約束
10-4
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10-4
俺は装置に向き直ると、腰元の短剣を抜いた。緋色の刀身を持つ、俺の剣。
「……ソウル・ソード」
俺が魔力を込めると、短剣が震え、そこから薄桃色の魔力がシュッと伸びた。魔力は刀身を包むように広がり、元の緋色と混ざって、紅色の刀となる。
(せめて、安らかに)
俺は刃を、機械の窓へそっと突き刺した。魔力でできた刃ガラスをするりと抜け、その切っ先が、管が絡み合ってできた木に触れた。
ふいに、静寂があたりを包んだ。
「……急に、静かになった。」
フランが戸惑った顔で言う。
「気が付かなかった。今まで、音がしてたことに」
「ああ、俺もだ」
犬並みに聴覚の優れたフランが聞こえなかったということは、ただの音じゃなかったんだろう。きっと、この機械から放たれる、邪悪な気配が消えたせいだ。
「……終わったの?」
「ああ……みんな、眠ったよ」
さっきまで、苦しむようにひくひくと痙攣していた生首たちも、今は眠るように安らかな表情になっている。俺がずっと感じていたネクロマンスの気配も、止まった。おそらくこれで、フレッシュゴーレムも止まるはずだ。
「でも……どうして、あなたの剣で……?」
フランはまだ、何が起こったのか飲み込めていないようだ。無理もないな、俺の剣は、魔力の剣。この刃で誰かを突き刺しても、その相手を殺すことはできないのだから。
「全部、俺の予想だけどな」
俺は短剣を鞘に納めると、今はもう動かない、巨大な鉄の機械に触れた。
「こいつは、疑似的に作り出された、アンデッドだったんだ」
「アン、デッド?これが?」
「そう。ネクロマンスの力を核にして、大勢の人たちの魂を、魔力を、一つにまとめ上げたんだよ。だから、あんな状態でもまだ生きてたんだ」
「……あの、木みたいなのに繋がれた人たちと、魔物たちが全員で、一つのアンデッドだったってこと?」
「ああ。けど、何人もの魂を一つにするなんて、むちゃくちゃしたせいで、俺でも気配を感じられなかったんだ。大勢の魂が混ざって、ごちゃごちゃになってたんだろうな」
俺が、ネクロマンスの力が薄いと感じた理由は、それだろう。しかしこれは、恐ろしい発明だ。どんなに微力な死霊術師でも、頭数さえ揃えれば、強力な術者へと変えてしまう。しかも術者自身もアンデッドとなって自我を失うから、抵抗や反発の心配もない。道徳からはかけ離れた兵器だが、これを平然と利用するような魔王が、数十の犠牲をいまさら悔いるとは思えない。
「早くみんなのところに戻ろう。こんなのがいくつもあるとしたら、とんでもないことになるぞ」
「わかった」
フランはうなずくと、先だって部屋から出ようとした。が、びくんと肩を揺らす。
「今……声が、聞こえなかった?」
「声……?」
一体何の……いや、待て。
「俺も聞こえたぞ!今の……」
俺とフランは互いの顔を見ると、同時に言った。
「生きてる」
フランも、同じ声を聞いたのか。でも、どういう意味だ?そもそも、誰の声か……
その時、俺はハッとした。誰かに見られている。それも、複数の視線に。俺は急いで後ろを振り向くと、視線の主を探した。じきに、四つの目と目が合った。
「……!お前……」
あの、四つ目の狼だ。さっき確かに、俺のソウルソードで眠ったはずなのに。やつの目は淀んで、生気を感じられなかったが、確かに何かを訴えていた。あの狼が、そうまでして俺に伝えたいこと。あいつにとって、重要なことは……
「まさか……!フラン!」
俺はフランに振り返ると、まっすぐ指をさした。
「あの窓、ぶち破れ!」
俺が叫びながら後ろに下がるのと、フランが拳を握って前に駆け出すのは、ほとんど同時だった。走った勢いのまま、フランの鉄拳がガラスに打ち込まれる。
ガシャァーン!
けたたましい音と共に、ガラスが砕け、そこから赤い水が洪水のように流れだした。俺は壁に背を寄せて、流れをやり過ごす。
「フラン!その管の、根元だ!」
叫びながら、俺は足下の水を掻き分けて、機械の方へと向かう。その間にフランは、鉤爪を破った窓に差し込んで、機械の鉄板を引きはがした。
「あの狼が伝えたかったのは、自分のことじゃない。自分の、仲間のことだったんだ!」
フランが鉄板を引っぺがしたことで、機械の中身が露出した。赤い水を滴らせた管と、そこに繋がれた死者の首が、だらりとぶら下がっている。生ごみのような、吐き気を催す匂いがするが、俺は歯を食いしばって、その管の束に手を突っ込んだ。
「いた!」
俺はそれをしっかりつかむと、ぐっと引っ張った。フランが周りの管を切り裂いてくれたので、ほどなくそれがずるりと引きずり出される。
出てきたのは、頭に狼そっくりの耳が生えた、小柄な少女。俺はネトネトした粘液で覆われた彼女の胸に、耳を押し当てた。
「やっぱりだ!あいつは、この娘のことを言ってたんだ!」
管の根元に埋もれていた彼女は、奇跡的に、まだ生きていた!だが、少女はうめき声一つ発さない。危険な状態なのは、日を見るより明らかだ。
「よし!とにかく、この娘も連れて行こう。急いでシスターに……」
「待って!何か変だ!」
なに!?あっ!さっきまで沈黙していた機械が、ブルブルと震えている!それに、なんだか一回りほど大きくなってないか?
「膨らんでる……?おい、まさか!」
「乗って!」
フランはすでに、狼少女を抱えて、俺の前に屈みこんでいた。一も二もなく、彼女の背中に飛び乗る。そのわずかな間にも、機械はさらに一回りほど膨張していた。鉄板が歪み、ベコ、ボコと不吉な音を立てている。
フランは弾丸のように走り出すと、戸口を抜け、鉄格子を抜け、狭い配管へと飛び込んだ。その時、背後でものすごい音がし、城全体がぐらりと揺れた。
「まずっ……」
次の瞬間、背後からものすごい風が吹きつけた。熱い風が通路一杯に吹き付け、俺たちは風に飛ばされる木の葉のように、成すすべもなく、配管の中を吹き飛ばされて行った……
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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俺は装置に向き直ると、腰元の短剣を抜いた。緋色の刀身を持つ、俺の剣。
「……ソウル・ソード」
俺が魔力を込めると、短剣が震え、そこから薄桃色の魔力がシュッと伸びた。魔力は刀身を包むように広がり、元の緋色と混ざって、紅色の刀となる。
(せめて、安らかに)
俺は刃を、機械の窓へそっと突き刺した。魔力でできた刃ガラスをするりと抜け、その切っ先が、管が絡み合ってできた木に触れた。
ふいに、静寂があたりを包んだ。
「……急に、静かになった。」
フランが戸惑った顔で言う。
「気が付かなかった。今まで、音がしてたことに」
「ああ、俺もだ」
犬並みに聴覚の優れたフランが聞こえなかったということは、ただの音じゃなかったんだろう。きっと、この機械から放たれる、邪悪な気配が消えたせいだ。
「……終わったの?」
「ああ……みんな、眠ったよ」
さっきまで、苦しむようにひくひくと痙攣していた生首たちも、今は眠るように安らかな表情になっている。俺がずっと感じていたネクロマンスの気配も、止まった。おそらくこれで、フレッシュゴーレムも止まるはずだ。
「でも……どうして、あなたの剣で……?」
フランはまだ、何が起こったのか飲み込めていないようだ。無理もないな、俺の剣は、魔力の剣。この刃で誰かを突き刺しても、その相手を殺すことはできないのだから。
「全部、俺の予想だけどな」
俺は短剣を鞘に納めると、今はもう動かない、巨大な鉄の機械に触れた。
「こいつは、疑似的に作り出された、アンデッドだったんだ」
「アン、デッド?これが?」
「そう。ネクロマンスの力を核にして、大勢の人たちの魂を、魔力を、一つにまとめ上げたんだよ。だから、あんな状態でもまだ生きてたんだ」
「……あの、木みたいなのに繋がれた人たちと、魔物たちが全員で、一つのアンデッドだったってこと?」
「ああ。けど、何人もの魂を一つにするなんて、むちゃくちゃしたせいで、俺でも気配を感じられなかったんだ。大勢の魂が混ざって、ごちゃごちゃになってたんだろうな」
俺が、ネクロマンスの力が薄いと感じた理由は、それだろう。しかしこれは、恐ろしい発明だ。どんなに微力な死霊術師でも、頭数さえ揃えれば、強力な術者へと変えてしまう。しかも術者自身もアンデッドとなって自我を失うから、抵抗や反発の心配もない。道徳からはかけ離れた兵器だが、これを平然と利用するような魔王が、数十の犠牲をいまさら悔いるとは思えない。
「早くみんなのところに戻ろう。こんなのがいくつもあるとしたら、とんでもないことになるぞ」
「わかった」
フランはうなずくと、先だって部屋から出ようとした。が、びくんと肩を揺らす。
「今……声が、聞こえなかった?」
「声……?」
一体何の……いや、待て。
「俺も聞こえたぞ!今の……」
俺とフランは互いの顔を見ると、同時に言った。
「生きてる」
フランも、同じ声を聞いたのか。でも、どういう意味だ?そもそも、誰の声か……
その時、俺はハッとした。誰かに見られている。それも、複数の視線に。俺は急いで後ろを振り向くと、視線の主を探した。じきに、四つの目と目が合った。
「……!お前……」
あの、四つ目の狼だ。さっき確かに、俺のソウルソードで眠ったはずなのに。やつの目は淀んで、生気を感じられなかったが、確かに何かを訴えていた。あの狼が、そうまでして俺に伝えたいこと。あいつにとって、重要なことは……
「まさか……!フラン!」
俺はフランに振り返ると、まっすぐ指をさした。
「あの窓、ぶち破れ!」
俺が叫びながら後ろに下がるのと、フランが拳を握って前に駆け出すのは、ほとんど同時だった。走った勢いのまま、フランの鉄拳がガラスに打ち込まれる。
ガシャァーン!
けたたましい音と共に、ガラスが砕け、そこから赤い水が洪水のように流れだした。俺は壁に背を寄せて、流れをやり過ごす。
「フラン!その管の、根元だ!」
叫びながら、俺は足下の水を掻き分けて、機械の方へと向かう。その間にフランは、鉤爪を破った窓に差し込んで、機械の鉄板を引きはがした。
「あの狼が伝えたかったのは、自分のことじゃない。自分の、仲間のことだったんだ!」
フランが鉄板を引っぺがしたことで、機械の中身が露出した。赤い水を滴らせた管と、そこに繋がれた死者の首が、だらりとぶら下がっている。生ごみのような、吐き気を催す匂いがするが、俺は歯を食いしばって、その管の束に手を突っ込んだ。
「いた!」
俺はそれをしっかりつかむと、ぐっと引っ張った。フランが周りの管を切り裂いてくれたので、ほどなくそれがずるりと引きずり出される。
出てきたのは、頭に狼そっくりの耳が生えた、小柄な少女。俺はネトネトした粘液で覆われた彼女の胸に、耳を押し当てた。
「やっぱりだ!あいつは、この娘のことを言ってたんだ!」
管の根元に埋もれていた彼女は、奇跡的に、まだ生きていた!だが、少女はうめき声一つ発さない。危険な状態なのは、日を見るより明らかだ。
「よし!とにかく、この娘も連れて行こう。急いでシスターに……」
「待って!何か変だ!」
なに!?あっ!さっきまで沈黙していた機械が、ブルブルと震えている!それに、なんだか一回りほど大きくなってないか?
「膨らんでる……?おい、まさか!」
「乗って!」
フランはすでに、狼少女を抱えて、俺の前に屈みこんでいた。一も二もなく、彼女の背中に飛び乗る。そのわずかな間にも、機械はさらに一回りほど膨張していた。鉄板が歪み、ベコ、ボコと不吉な音を立てている。
フランは弾丸のように走り出すと、戸口を抜け、鉄格子を抜け、狭い配管へと飛び込んだ。その時、背後でものすごい音がし、城全体がぐらりと揺れた。
「まずっ……」
次の瞬間、背後からものすごい風が吹きつけた。熱い風が通路一杯に吹き付け、俺たちは風に飛ばされる木の葉のように、成すすべもなく、配管の中を吹き飛ばされて行った……
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