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17章 再開の約束
11-2
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「……生き物を、利用した、兵器……?」
ウィルは途切れ途切れに言った。その顔は土気色になっている。そのまま両手で顔を覆うと、深く息をついた。
「おねーちゃん、だいじょうぶ?」
ライラが心配そうに背中を撫でると、ウィルは弱々しく微笑んだ。
「ええ、ありがとうございます……ただ、やっぱり辛いですね。この戦争が始まってから、たくさんのひどいものを見てきましたが……」
ウィルはそこまで言うと、はたと言葉を区切った。そして、大きく目を見開く。
「もしかしたら……私が爆破した塔にも、同じものが?だったら私、その人たちを……!」
「ウィル。よせ」
俺は静かに首を横に振ると、ウィルの冷たい手を握った。
「俺たちが今ここにいるのは、ウィルのおかげだ。あの時は、ああするしかなかった」
「桜下さん……」
「それに、お前はそうとは知らなかった。罪の重さで言ったら、俺の方が重罪だ。知った上で、俺はあいつらの息の根を止めたんだから」
すると今度は、フランが激しく首を振った。
「そんなことない!あいつらは、それを望んでた。あなたは、あいつらの願いを叶えてあげただけ。それに、もしわたしだったら、殴って壊して、そんな終わらせ方しかできなかった。あなただったから、あんなに優しく眠らせられたんだよ」
そうか、そうだな……だからって開き直ることは難しいが、俺もそれ自体は後悔していない。あれを放っておくよりは、何倍もいい。
「ふぅ……俺たちで慰め合っても、しょうがないな。けど俺、一つはっきりしたことがあるんだ」
みんなが、俺を見た。
「魔王を倒そう。この戦争を、終わらせるために」
みんなの表情は、それぞれ違っていた。決意、不安、懊悩。
「俺は今まで、戦争そのものはどうでもいいと思ってた。攫われた人たちを取り戻すことが最優先で、勝ち負けは二の次だって。もちろん、その為には戦争で勝つ必要はあるんだろうけどな」
ウィルは思い悩んだ顔でうなずいた。
「桜下さんは、ずっとそう言ってましたね。でも正直、最初は驚いていたんです。桜下さんは元とはいえ勇者だし、どうして魔王を憎まないんだろうって」
「お、そうだったのか?」
「けど、すぐに思い直しました。元々、桜下さんは勇者らしくない人でしたから。あ、いい意味ですよ?」
ウィルの急いで付け足したフォローに、みんな小さく笑った。
「それにたぶん、桜下さんは……魔王が悪か否かを、決めかねていたんじゃないですか?」
ウィルには、お見通しか。彼女は本当に、俺をよく見てくれているんだと実感する。
「ああ……笑ってくれていい。俺、内心の内心では、ロアたちが攫われたことにも、なにかの理由があるんじゃないかと思ってたんだ。やむを得ず誘拐なんてしたけど、ほんとは全然別の要件だった、とかさ」
ロウランは驚いた顔をし、アルルカは眉をひそめたが、黙っていた。フランが言う。
「だから、あの狼耳の娘と話したがってたの?」
「あ、そういやあの娘は?無事か!?」
「大丈夫、ちゃんと生きてるよ。いちおう敵だから、別のところにいるけど」
そうか、よかった……俺は胸をなでおろすと、フランの問いに答える。
「ああ、その通りだ。あの娘に直接訊けば、魔王軍の目的が分かると思ってた。和解まで行かなくとも、余計な争いを避けられるんじゃないかってさ」
「桜下さんの言ってること、分かります。途中の襲撃も中途半端で、本気なのかどうかわからなかったですものね」
「ああ。魔王軍の在り方が、前と全然違うってのも引っかかってたし……けど。理由や目的がどうであれ、その手段が問題だ。奴らは、一線を越えたよ」
腹の底に、怒りを感じる。
「死者を戦わせて、生者を弄ぶ。こんなの、見過ごせない」
俺はきっぱりと言った。死霊術師である俺だって、死者の力を借りている。やっていることは同じだ。けど、これだけは違うとはっきり言えるぞ。
俺は決して、命を軽んじない。上っ面の言葉なんかじゃない。今まで貫いてきた信念として、胸を張って言える。そしてもう一つ、死者の魂と言葉を交わすこと。対話の拒絶は、理不尽と冒涜に繋がる。俺は必ず、アンデッドの声を聞いてきた。
自慢できることなんてほとんどない俺だけど、それだけは、俺の数少ない誇りだ。
「俺は、魔王を止めたい。けど、俺だけの力じゃ無理だ。だから……」
「頼む、みんなの力を貸してくれ。でしょ?」
俺は驚いて、顔を上げた。フランの赤い瞳が、俺を見据えている。
「あなたの決めたことは、わたしたちの決めたことだよ。あなたは、わたしたちの主なんだから」
フランの言葉に、誰も反対しなかった。俺は深くうだれた。
「ありがとう……みんながいてくれて、ほんとうによかった」
ウィルは小さく鼻を鳴らすと、明るい声で言った。
「それなら絶対、この戦いに勝たないとですね。どうしますか?作戦会議でもしましょうか」
「なら一つ、提案があるわ」
お?アルルカが、すっくと立ちあがった。
「戦いに勝つには、まず敵を知らないと、よ。あんたが連れて帰ってきた狼娘に、話を訊きに行くの」
なるほど、それは確かに大事だ。あの娘から魔王軍のことが聞ければ、この先ぐっと楽になる。
「よし、そうしよう。で、どこにいるんだっけ?」
「隅っこの馬車の中。敵の兵士だから。捕虜として監視されてる」とフラン。
「決まりね。とっとと行きましょ」
アルルカはテントの入り口へ向かうと、たれ布をめくった。するとそこに、気まずそうな顔をした男が立っていた。
「っ!誰よあんた!」
ジャキ、とアルルカが杖を銃のように構える。
「うわわ、怪しい者じゃないよっ!」
「怪しい奴はみんなそう言うのよ、って……」
ん?あれ、もしかしなくても。
「クラークじゃないか」
そこに立っていたのは、引きつった顔で両手を上げている、クラークだった。
「あはは……や、やあ」
「やあってお前、何やってんだよ?」
「えっと、実はお願いがあってね。僕も、その捕虜のとこに連れて行ってくれないかな」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「……生き物を、利用した、兵器……?」
ウィルは途切れ途切れに言った。その顔は土気色になっている。そのまま両手で顔を覆うと、深く息をついた。
「おねーちゃん、だいじょうぶ?」
ライラが心配そうに背中を撫でると、ウィルは弱々しく微笑んだ。
「ええ、ありがとうございます……ただ、やっぱり辛いですね。この戦争が始まってから、たくさんのひどいものを見てきましたが……」
ウィルはそこまで言うと、はたと言葉を区切った。そして、大きく目を見開く。
「もしかしたら……私が爆破した塔にも、同じものが?だったら私、その人たちを……!」
「ウィル。よせ」
俺は静かに首を横に振ると、ウィルの冷たい手を握った。
「俺たちが今ここにいるのは、ウィルのおかげだ。あの時は、ああするしかなかった」
「桜下さん……」
「それに、お前はそうとは知らなかった。罪の重さで言ったら、俺の方が重罪だ。知った上で、俺はあいつらの息の根を止めたんだから」
すると今度は、フランが激しく首を振った。
「そんなことない!あいつらは、それを望んでた。あなたは、あいつらの願いを叶えてあげただけ。それに、もしわたしだったら、殴って壊して、そんな終わらせ方しかできなかった。あなただったから、あんなに優しく眠らせられたんだよ」
そうか、そうだな……だからって開き直ることは難しいが、俺もそれ自体は後悔していない。あれを放っておくよりは、何倍もいい。
「ふぅ……俺たちで慰め合っても、しょうがないな。けど俺、一つはっきりしたことがあるんだ」
みんなが、俺を見た。
「魔王を倒そう。この戦争を、終わらせるために」
みんなの表情は、それぞれ違っていた。決意、不安、懊悩。
「俺は今まで、戦争そのものはどうでもいいと思ってた。攫われた人たちを取り戻すことが最優先で、勝ち負けは二の次だって。もちろん、その為には戦争で勝つ必要はあるんだろうけどな」
ウィルは思い悩んだ顔でうなずいた。
「桜下さんは、ずっとそう言ってましたね。でも正直、最初は驚いていたんです。桜下さんは元とはいえ勇者だし、どうして魔王を憎まないんだろうって」
「お、そうだったのか?」
「けど、すぐに思い直しました。元々、桜下さんは勇者らしくない人でしたから。あ、いい意味ですよ?」
ウィルの急いで付け足したフォローに、みんな小さく笑った。
「それにたぶん、桜下さんは……魔王が悪か否かを、決めかねていたんじゃないですか?」
ウィルには、お見通しか。彼女は本当に、俺をよく見てくれているんだと実感する。
「ああ……笑ってくれていい。俺、内心の内心では、ロアたちが攫われたことにも、なにかの理由があるんじゃないかと思ってたんだ。やむを得ず誘拐なんてしたけど、ほんとは全然別の要件だった、とかさ」
ロウランは驚いた顔をし、アルルカは眉をひそめたが、黙っていた。フランが言う。
「だから、あの狼耳の娘と話したがってたの?」
「あ、そういやあの娘は?無事か!?」
「大丈夫、ちゃんと生きてるよ。いちおう敵だから、別のところにいるけど」
そうか、よかった……俺は胸をなでおろすと、フランの問いに答える。
「ああ、その通りだ。あの娘に直接訊けば、魔王軍の目的が分かると思ってた。和解まで行かなくとも、余計な争いを避けられるんじゃないかってさ」
「桜下さんの言ってること、分かります。途中の襲撃も中途半端で、本気なのかどうかわからなかったですものね」
「ああ。魔王軍の在り方が、前と全然違うってのも引っかかってたし……けど。理由や目的がどうであれ、その手段が問題だ。奴らは、一線を越えたよ」
腹の底に、怒りを感じる。
「死者を戦わせて、生者を弄ぶ。こんなの、見過ごせない」
俺はきっぱりと言った。死霊術師である俺だって、死者の力を借りている。やっていることは同じだ。けど、これだけは違うとはっきり言えるぞ。
俺は決して、命を軽んじない。上っ面の言葉なんかじゃない。今まで貫いてきた信念として、胸を張って言える。そしてもう一つ、死者の魂と言葉を交わすこと。対話の拒絶は、理不尽と冒涜に繋がる。俺は必ず、アンデッドの声を聞いてきた。
自慢できることなんてほとんどない俺だけど、それだけは、俺の数少ない誇りだ。
「俺は、魔王を止めたい。けど、俺だけの力じゃ無理だ。だから……」
「頼む、みんなの力を貸してくれ。でしょ?」
俺は驚いて、顔を上げた。フランの赤い瞳が、俺を見据えている。
「あなたの決めたことは、わたしたちの決めたことだよ。あなたは、わたしたちの主なんだから」
フランの言葉に、誰も反対しなかった。俺は深くうだれた。
「ありがとう……みんながいてくれて、ほんとうによかった」
ウィルは小さく鼻を鳴らすと、明るい声で言った。
「それなら絶対、この戦いに勝たないとですね。どうしますか?作戦会議でもしましょうか」
「なら一つ、提案があるわ」
お?アルルカが、すっくと立ちあがった。
「戦いに勝つには、まず敵を知らないと、よ。あんたが連れて帰ってきた狼娘に、話を訊きに行くの」
なるほど、それは確かに大事だ。あの娘から魔王軍のことが聞ければ、この先ぐっと楽になる。
「よし、そうしよう。で、どこにいるんだっけ?」
「隅っこの馬車の中。敵の兵士だから。捕虜として監視されてる」とフラン。
「決まりね。とっとと行きましょ」
アルルカはテントの入り口へ向かうと、たれ布をめくった。するとそこに、気まずそうな顔をした男が立っていた。
「っ!誰よあんた!」
ジャキ、とアルルカが杖を銃のように構える。
「うわわ、怪しい者じゃないよっ!」
「怪しい奴はみんなそう言うのよ、って……」
ん?あれ、もしかしなくても。
「クラークじゃないか」
そこに立っていたのは、引きつった顔で両手を上げている、クラークだった。
「あはは……や、やあ」
「やあってお前、何やってんだよ?」
「えっと、実はお願いがあってね。僕も、その捕虜のとこに連れて行ってくれないかな」
つづく
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