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17章 再開の約束
19-7
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19-7
天井あたりに黒雲が湧き立ち、雨粒が降り始める。それと同時に、床では塵や砂埃が舞い上がり、宙へと舞った。それらを風が、まとめて吹き上げ、かき混ぜ始めた。
「これは……!」
ドルトヒェンは、手でひさしを作って、雨雲を鋭く睨みつけた。
「いけませんね、エクシチュー……むっ!?」
彼女の魔法は、途中で失敗した。なぜなら、鼠色の泥がべちゃりと、彼女の横っ面に張り付いたからだ。
「くっ……離れない!?」
「ふっふっふ。それ、ただの泥じゃあーないんだなぁ!」
次第に泥まみれになっていくドルトヒェンを見て、ボクはくくくとほくそ笑む。
(そっか……デザートラットは、砂を相手に纏わりつかせるまほー。それをアメフラシで濡らして、ウィンドローズで巻き上げたんだね)
「そのとーり!」
一つ一つは簡単に対処されちゃう魔法でも、三つも重ねたら、さすがにキツイんじゃないの?
「コメット!」
「どわあ!」
(危ない!)
ボクが慢心した一瞬のスキをついて、光線が目の前を掠め飛んで行った。気づくのがあとほんの一秒でも遅れたら、ボクの顔に大穴が空いていたに違いない。
「おっどろき、よくあんな暴風雨の中で、正確に狙いをつけるなぁ」
(だから、感心してる場合じゃないって!)
「おっとそうだ!もう手加減しないぞ!クレイローチ!」
グニュグニュグニュ。ドルトヒェンに纏わりついていた泥が、命を持ったように動き出した。五本の指のように伸びた泥が、がしっと彼女を鷲掴みにする。それを見たボクは、くるりと宙返りして、クラウチングスタートの姿勢を取った。
(桜下……?何する気?)
「ふふふ。とどめは、必殺技って決まってるだろ……!」
足の裏に、魔力を集中!一気に解き放つ!
「弾け!ソウル“フル”キーック!」
ドンッ!流星のように飛んで行ったボクの両足が、泥に掴まれたドルトヒェンに吸い込まれた。
ドパァーン!キックが当たると同時に、ボクの足裏に溜まっていた魔力が弾けて、大きな衝撃波が起きた。その反動で、ボクは後ろにくるくると宙返りで飛んで行く。
「っと。これでどうだ!」
(な、なんでキックなの?ライラたちの必殺技なんだから、てっきりまほーだと思ったのに)
「カッコいいから!」
(ええ……そんなりゆーなの?)
あはは。それに魔法だと、さっきみたいに相殺されるかもしれなかったから……なんて言うのは野暮だね。
「さて、それはさておき。けっこういい一発が入ったんじゃないの?」
手で双眼鏡を作って、ドルトヒェンの様子を伺う。ボクが起こした嵐は収まったけれど、泥水で床はぐちゃぐちゃだ。その中に埋もれるようにして、彼女は壁にぐったりともたれかかっていた。口の端からは、赤色の血が流れている。魔族であっても、血は赤色らしい。
「おねーさん、だいじょうぶ?」
「……ごほっ。あまり、芳しくはありませんね」
つっても、返事をする余裕はあるわけか。ドルトヒェンは、壁に手をつくと、ふらつきながらも立ち上がった。
「……あんまり、無理はしないほうがいいんじゃない?」
自分でやっておいてあれだけど、かなりきつそうだ。足は震えているし、顔は苦しそうに歪んでいる。ボクの読み通り、キックというシンプルな打撃が、一番効いたみたいだ。
「ねえ、もういいんじゃない?ボク、別におねーさんを殺したいわけじゃないんだって。ここを通りたいだけなんだ」
「それは……できま、せん」
「どうしても……これ以上やったら、死ぬのはおねーさんのほうだよ」
「ええ……承知、しております」
決死の覚悟ってこと?意味が分からない。魔力のラインも、今や切れ切れ。ドルトヒェンにはもう、魔力もほとんど残っていないし、体力だってギリギリのはず。それなのに、これ以上何をしようっていうんだ。
ドルトヒェンは、腕をこちらに突き出した。
(まほーを使う気だ!)
「でも、今さら何を……」
もう彼女には、強力な魔法を撃つ余力は残っていないはず。悪あがきでもするつもり……?
「マジカル・ギャザリング!」
っ!これは!周囲のマナが、急速にドルトヒェンの下へと集まっていく。それも、さっきまでの比じゃない。根こそぎ吸い尽くすんじゃないかってくらいの魔力が、彼女に集中している……!
「これは……四の五の言っていられないな」
(桜下!)
「分かってる!迎え撃つよ!」
ロッドを握る手に力をこめた。この一発で、魔力がすっからかんになってもいい。きっとこれが、お互い最後の魔法になる!
「スター・トレイル!」
先に撃ったのは、ドルトヒェンだ!彼女の周りに無数の光の粒子が飛び交い、それが流星群のように、ボクへと飛んでくる。
「いっけー!マッタブ・ビィィィーム!」
ビカッ!ロッドの杖先から、真っ赤に赤熱するビームが飛び出した。
(でもこれじゃ、数が足りないよ!)
「なら、かける百倍だ!」
(ひゃ、ひゃく!?)
ブウゥゥゥン。ボクの周りに、ほおずきのような真っ赤な玉が、鈴なりに実った。
「一斉掃射っ!」
ズキュウウウゥゥゥ!赤い光線が、流星を迎撃する。青い軌跡を残すドルトヒェンの魔法と、赤い光を放つボクの魔法とがぶつかり合い、部屋の中はすごいことになっている。光の洪水ってのがあるとしたら、きっと今みたいなことだ。
「負けられない!ボクたちは、負けない!」
「っ……」
赤い光が、青い光を押した。その差は徐々に大きくなり、ついには圧倒的なものになる。
「やあああああ!」
このまま、押しきれ!ボクはラストスパートとばかりに、体中の魔力を絞り出す。けど、そのまま走り切っちゃいけない。でないと、ドルトヒェンを消し炭にしてしまう。
「あと少しだ……!」
彼女の魔法を破った瞬間に、こっちも魔力の放出を止めなくちゃいけない。ボクは猛烈に気合を入れつつも、繊細に魔力をコントロールしていた。
だからこそ、彼女の異変に、いち早く気が付けたのかもしれない。
「……?なんか、変だ」
(え?桜下、なにかあったの?)
「魔力の集中が、止まらない。魔法はもう、完成してるのに」
ドルトヒェンの下に、魔力が集まり続けている。魔法を撃っているんだから当然だろって?そりゃそうなんだけど、今は明らかに、放つ魔力よりも、集まる魔力の方が多いんだ。例えるなら、もう十分に膨らんだ風船に、もっともっと空気を送り込んでいるみたい。
(魔力が、過度にしゅーちゅーしてる……?そんなことしたら、まほーが制御できなくなって、さいあく暴発するよ!)
「そうだよね……それが分かっていないとは、思えないけど……」
くぅ、一度手を止めて、どういうつもりか問いただしたいけど、そんなのんきなこと言っていられる場合でもない。こっちも、必死に魔力を込めているんだよ。相手を気遣う余裕なんて……
「……え?」
その時だ。閃光の奔流の最中で、ドルトヒェンが、こちらを見た。まっすぐに、ボクの目を見つめている。意味が分からない、こんな時に目を合わせるなんて……ボクはなぜだが、背筋にぞくぞくと震えが走った。彼女の唇が動く。
「レーヴェを、よろしくお願いします」
声は聞こえないけれど、そう言ったのが、はっきりと分かった。その瞬間、ボクは、どうして震えが走ったのか理解した。言っていたじゃないか。ドルトヒェンは、ボクを倒そうとしているんじゃない。
最初から、自分が死ぬつもりだったんだ。
シュウウゥゥゥゥゥ……!
過度に集められた魔力が、暴走を始めた。マナが制御を失い、サーキットが過熱する。ドルトヒェンの周りに、青白い火花がバチバチと散った。
「っ!ちっくしょう!よせーーーーー!」
カッ!
始まった時と同じように。光が全てを包み込み……
戦いは、終わった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「これは……!」
ドルトヒェンは、手でひさしを作って、雨雲を鋭く睨みつけた。
「いけませんね、エクシチュー……むっ!?」
彼女の魔法は、途中で失敗した。なぜなら、鼠色の泥がべちゃりと、彼女の横っ面に張り付いたからだ。
「くっ……離れない!?」
「ふっふっふ。それ、ただの泥じゃあーないんだなぁ!」
次第に泥まみれになっていくドルトヒェンを見て、ボクはくくくとほくそ笑む。
(そっか……デザートラットは、砂を相手に纏わりつかせるまほー。それをアメフラシで濡らして、ウィンドローズで巻き上げたんだね)
「そのとーり!」
一つ一つは簡単に対処されちゃう魔法でも、三つも重ねたら、さすがにキツイんじゃないの?
「コメット!」
「どわあ!」
(危ない!)
ボクが慢心した一瞬のスキをついて、光線が目の前を掠め飛んで行った。気づくのがあとほんの一秒でも遅れたら、ボクの顔に大穴が空いていたに違いない。
「おっどろき、よくあんな暴風雨の中で、正確に狙いをつけるなぁ」
(だから、感心してる場合じゃないって!)
「おっとそうだ!もう手加減しないぞ!クレイローチ!」
グニュグニュグニュ。ドルトヒェンに纏わりついていた泥が、命を持ったように動き出した。五本の指のように伸びた泥が、がしっと彼女を鷲掴みにする。それを見たボクは、くるりと宙返りして、クラウチングスタートの姿勢を取った。
(桜下……?何する気?)
「ふふふ。とどめは、必殺技って決まってるだろ……!」
足の裏に、魔力を集中!一気に解き放つ!
「弾け!ソウル“フル”キーック!」
ドンッ!流星のように飛んで行ったボクの両足が、泥に掴まれたドルトヒェンに吸い込まれた。
ドパァーン!キックが当たると同時に、ボクの足裏に溜まっていた魔力が弾けて、大きな衝撃波が起きた。その反動で、ボクは後ろにくるくると宙返りで飛んで行く。
「っと。これでどうだ!」
(な、なんでキックなの?ライラたちの必殺技なんだから、てっきりまほーだと思ったのに)
「カッコいいから!」
(ええ……そんなりゆーなの?)
あはは。それに魔法だと、さっきみたいに相殺されるかもしれなかったから……なんて言うのは野暮だね。
「さて、それはさておき。けっこういい一発が入ったんじゃないの?」
手で双眼鏡を作って、ドルトヒェンの様子を伺う。ボクが起こした嵐は収まったけれど、泥水で床はぐちゃぐちゃだ。その中に埋もれるようにして、彼女は壁にぐったりともたれかかっていた。口の端からは、赤色の血が流れている。魔族であっても、血は赤色らしい。
「おねーさん、だいじょうぶ?」
「……ごほっ。あまり、芳しくはありませんね」
つっても、返事をする余裕はあるわけか。ドルトヒェンは、壁に手をつくと、ふらつきながらも立ち上がった。
「……あんまり、無理はしないほうがいいんじゃない?」
自分でやっておいてあれだけど、かなりきつそうだ。足は震えているし、顔は苦しそうに歪んでいる。ボクの読み通り、キックというシンプルな打撃が、一番効いたみたいだ。
「ねえ、もういいんじゃない?ボク、別におねーさんを殺したいわけじゃないんだって。ここを通りたいだけなんだ」
「それは……できま、せん」
「どうしても……これ以上やったら、死ぬのはおねーさんのほうだよ」
「ええ……承知、しております」
決死の覚悟ってこと?意味が分からない。魔力のラインも、今や切れ切れ。ドルトヒェンにはもう、魔力もほとんど残っていないし、体力だってギリギリのはず。それなのに、これ以上何をしようっていうんだ。
ドルトヒェンは、腕をこちらに突き出した。
(まほーを使う気だ!)
「でも、今さら何を……」
もう彼女には、強力な魔法を撃つ余力は残っていないはず。悪あがきでもするつもり……?
「マジカル・ギャザリング!」
っ!これは!周囲のマナが、急速にドルトヒェンの下へと集まっていく。それも、さっきまでの比じゃない。根こそぎ吸い尽くすんじゃないかってくらいの魔力が、彼女に集中している……!
「これは……四の五の言っていられないな」
(桜下!)
「分かってる!迎え撃つよ!」
ロッドを握る手に力をこめた。この一発で、魔力がすっからかんになってもいい。きっとこれが、お互い最後の魔法になる!
「スター・トレイル!」
先に撃ったのは、ドルトヒェンだ!彼女の周りに無数の光の粒子が飛び交い、それが流星群のように、ボクへと飛んでくる。
「いっけー!マッタブ・ビィィィーム!」
ビカッ!ロッドの杖先から、真っ赤に赤熱するビームが飛び出した。
(でもこれじゃ、数が足りないよ!)
「なら、かける百倍だ!」
(ひゃ、ひゃく!?)
ブウゥゥゥン。ボクの周りに、ほおずきのような真っ赤な玉が、鈴なりに実った。
「一斉掃射っ!」
ズキュウウウゥゥゥ!赤い光線が、流星を迎撃する。青い軌跡を残すドルトヒェンの魔法と、赤い光を放つボクの魔法とがぶつかり合い、部屋の中はすごいことになっている。光の洪水ってのがあるとしたら、きっと今みたいなことだ。
「負けられない!ボクたちは、負けない!」
「っ……」
赤い光が、青い光を押した。その差は徐々に大きくなり、ついには圧倒的なものになる。
「やあああああ!」
このまま、押しきれ!ボクはラストスパートとばかりに、体中の魔力を絞り出す。けど、そのまま走り切っちゃいけない。でないと、ドルトヒェンを消し炭にしてしまう。
「あと少しだ……!」
彼女の魔法を破った瞬間に、こっちも魔力の放出を止めなくちゃいけない。ボクは猛烈に気合を入れつつも、繊細に魔力をコントロールしていた。
だからこそ、彼女の異変に、いち早く気が付けたのかもしれない。
「……?なんか、変だ」
(え?桜下、なにかあったの?)
「魔力の集中が、止まらない。魔法はもう、完成してるのに」
ドルトヒェンの下に、魔力が集まり続けている。魔法を撃っているんだから当然だろって?そりゃそうなんだけど、今は明らかに、放つ魔力よりも、集まる魔力の方が多いんだ。例えるなら、もう十分に膨らんだ風船に、もっともっと空気を送り込んでいるみたい。
(魔力が、過度にしゅーちゅーしてる……?そんなことしたら、まほーが制御できなくなって、さいあく暴発するよ!)
「そうだよね……それが分かっていないとは、思えないけど……」
くぅ、一度手を止めて、どういうつもりか問いただしたいけど、そんなのんきなこと言っていられる場合でもない。こっちも、必死に魔力を込めているんだよ。相手を気遣う余裕なんて……
「……え?」
その時だ。閃光の奔流の最中で、ドルトヒェンが、こちらを見た。まっすぐに、ボクの目を見つめている。意味が分からない、こんな時に目を合わせるなんて……ボクはなぜだが、背筋にぞくぞくと震えが走った。彼女の唇が動く。
「レーヴェを、よろしくお願いします」
声は聞こえないけれど、そう言ったのが、はっきりと分かった。その瞬間、ボクは、どうして震えが走ったのか理解した。言っていたじゃないか。ドルトヒェンは、ボクを倒そうとしているんじゃない。
最初から、自分が死ぬつもりだったんだ。
シュウウゥゥゥゥゥ……!
過度に集められた魔力が、暴走を始めた。マナが制御を失い、サーキットが過熱する。ドルトヒェンの周りに、青白い火花がバチバチと散った。
「っ!ちっくしょう!よせーーーーー!」
カッ!
始まった時と同じように。光が全てを包み込み……
戦いは、終わった。
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