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17章 再開の約束
24-5
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24-5
「クラーク様……いい加減に、してください」
ミカエルは、体も声も激しく震えていたが、それでもきっぱりと言った。俺たちは突然の出来事に、唖然とするばかりだ。
「……なにを、するんだよ」
横っ面を思い切り引っ叩かれ、衝撃で尻もちをついたクラークは、叩かれた頬を押さえながらゆっくりと立ち上がった。その声には、明らかな怒気が込められている。
「ご自身でも分かっているはずです。こんなの、クラーク様らしくありません!」
「ははは。僕らしく?君に、僕の何が分かるっていうんだ」
「分かりますよ。これまで、ずっと一緒に旅を……」
「そんなの、たかだか一年とちょっとじゃないか!それだけで、僕を分かったつもりなのか?だとしたらミカエル、君はおめでたいにもほどがあるね」
辛らつな言葉に、ミカエルは傷ついた顔をする。
「おいクラーク、お前少し冷静に……」
「黙っていろよ、桜下。これはミカエルが始めたんだ。君に止められる筋合いはない。僕は今、こいつと向き合っているだけだ」
ぐっ、そう言われると口を挟みづらいが……だがミカエルも、クラークに賛同するように、小さくだがうなずいている。手を出すなってことか?くそ、ほんとに大丈夫かよ。
「で、ミカエル。君の中の僕っていうのは、いったいどんな奴なんだろうね?」
「それは、もちろん……」
「正義の雷か?はははは、素晴らしい冗談だ。僕が本当に、正義のために命を懸けていると思っていたのか?」
「え?」
「そんなはずないだろ。世界のために命を懸ける勇者?そんなの、おとぎ話の中にしか出てこないな。そして僕は、物語の人物じゃない。生きた、人間だ!」
……驚いたな。クラークのやつ、本心ではそんなことを考えていたのか?ただ正直、軽蔑はしていない。だってそれは、俺と同じ考え方だ。むしろ、やつと俺が根本では似通っていたことに驚いている。
「ああそうだよ。僕は、正義の追従者たらんとした。皆に求められる姿を演じ、そうあろうと努力してきたさ。だが、その結果がこれだ!尊さんは殺され、連合軍も今頃壊滅させられてる。僕たちだって、もうおしまいだ」
「そんなこと……」
「あるだろ!僕ら全員、あいつに手も足も出なかったじゃないか!床に這いつくばって、文字通りにな。はははは!」
クラークはのけ反るように笑うと、金髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。金髪碧眼の、絵に描いたような勇者・クラーク。それが今は、俺と同い年の、ただの少年に見えるから不思議だ。
(いや……)
今までが、無理をしていたってことか。そうだよな……勇者だなんだって言ったって、所詮、俺たちは一人の人間だ。俺はこの世界に召喚されてから、そうそうにそのことに気付いてしまった。けど、クラークは違った。彼の場合は、たった今、それに気づいたんだ。
「クラーク様、そうじゃありません。私が言いたいことは……」
「そういうことだろう!ミカエル、君だって結局は、他の大人たちと同じだ!僕に強く、完璧であることを望んでいる!僕が勇者だから!勇者は強くて完璧だから!けど、もううんざりなんだよ!」
クラークは乱暴に腰元を探ると、剣の鞘を外して、足下に投げつけた。ガラーンという音が、闇の中にこだまする。
「もう、勘弁してくれよ……ここまで来て、一体僕に何を望むんだ?僕らは負けた。どうあがいたっておしまいだ。それとも、最後まで足掻いて、もがいて、その末に死ねっていうのか?なんでそんなに残酷なんだよ……」
「ちが、違います!クラーク様、聞いてください!そうじゃありません!」
ミカエルはぶんぶんと頭を振ると、祈るように語り掛ける。
「私は、クラーク様に戦えと言いたいわけじゃありません!勇者がどうとか、正義がどうとか、本当はどうでもいいんです!」
「なに……?何を言っているんだ」
「分からないんですか?私、一度だって、クラーク様に戦ってほしいなんて言ったことありません。本当は私だって、戦うのは嫌いなんです……」
それは、確かにそうだ。ミカエルは本当に臆病で、クラークのパーティーにいるのが不思議なくらい引っ込み思案だったから。
「なら……君は一体、僕に何を望んでいるんだ」
「私が望むのは、一つだけ。諦めないでほしいんです」
「はっ、なんだそんなの……結局戦えってことじゃないか」
「違います!私は、生きるのを諦めないでほしいんです!そんな風に自暴自棄じゃ、生きて帰れなくなってしまいます!」
「だから、もうその必要もないんだって!たとえ僕が生きて戻ったとしても、もう連合軍は……」
「連合軍?何言っているんですか!あなたが帰るのは、コルルさんのところでしょう!」
コルルの名前が、ようやくクラークの心に刺さったようだ。やつの濁った眼に、やっとわずかな光が戻った。
「コルル……」
「そうです。私が求めるのは、コルルさんの伴侶としてのクラーク様です。でも、今のクラーク様を見たら、とてもコルルさんを幸せにできるとは思えません。きっとこのままじゃ、コルルさんと、生まれてくる赤ちゃんは不幸になります。そんなの私、絶対に許せません」
そうだ……クラークには、待ってくれている人がいる。一人じゃない。二人だ。
「クラーク……」
アドリアが、しばらくぶりに口を開いた。いつも飄々とした彼女にしては珍しく、その声はか細い。
「私も、ミカエルと同じ意見だ。正義だなんだは、この際置いておけばいい。だが、コルルのことも捨てる気か?」
「……」
クラークは、がっくりと膝をついた。床に手をつくと、うつむいて動かなくなる。もしや、本当に心が折れてしまったのか?コルルのことすら、どうでもいいと言うつもりだろうか……もしそうなら、今度こそ自分を押さえられないぞ。
「……めん」
クラークが何かをつぶやいた。俺は耳を澄ます。
「……ごめん。ミカエル。アドリア。そして、コルル……」
クラークはそのままダンゴムシのように丸々と、小さな声ですすり泣いた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「クラーク様……いい加減に、してください」
ミカエルは、体も声も激しく震えていたが、それでもきっぱりと言った。俺たちは突然の出来事に、唖然とするばかりだ。
「……なにを、するんだよ」
横っ面を思い切り引っ叩かれ、衝撃で尻もちをついたクラークは、叩かれた頬を押さえながらゆっくりと立ち上がった。その声には、明らかな怒気が込められている。
「ご自身でも分かっているはずです。こんなの、クラーク様らしくありません!」
「ははは。僕らしく?君に、僕の何が分かるっていうんだ」
「分かりますよ。これまで、ずっと一緒に旅を……」
「そんなの、たかだか一年とちょっとじゃないか!それだけで、僕を分かったつもりなのか?だとしたらミカエル、君はおめでたいにもほどがあるね」
辛らつな言葉に、ミカエルは傷ついた顔をする。
「おいクラーク、お前少し冷静に……」
「黙っていろよ、桜下。これはミカエルが始めたんだ。君に止められる筋合いはない。僕は今、こいつと向き合っているだけだ」
ぐっ、そう言われると口を挟みづらいが……だがミカエルも、クラークに賛同するように、小さくだがうなずいている。手を出すなってことか?くそ、ほんとに大丈夫かよ。
「で、ミカエル。君の中の僕っていうのは、いったいどんな奴なんだろうね?」
「それは、もちろん……」
「正義の雷か?はははは、素晴らしい冗談だ。僕が本当に、正義のために命を懸けていると思っていたのか?」
「え?」
「そんなはずないだろ。世界のために命を懸ける勇者?そんなの、おとぎ話の中にしか出てこないな。そして僕は、物語の人物じゃない。生きた、人間だ!」
……驚いたな。クラークのやつ、本心ではそんなことを考えていたのか?ただ正直、軽蔑はしていない。だってそれは、俺と同じ考え方だ。むしろ、やつと俺が根本では似通っていたことに驚いている。
「ああそうだよ。僕は、正義の追従者たらんとした。皆に求められる姿を演じ、そうあろうと努力してきたさ。だが、その結果がこれだ!尊さんは殺され、連合軍も今頃壊滅させられてる。僕たちだって、もうおしまいだ」
「そんなこと……」
「あるだろ!僕ら全員、あいつに手も足も出なかったじゃないか!床に這いつくばって、文字通りにな。はははは!」
クラークはのけ反るように笑うと、金髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。金髪碧眼の、絵に描いたような勇者・クラーク。それが今は、俺と同い年の、ただの少年に見えるから不思議だ。
(いや……)
今までが、無理をしていたってことか。そうだよな……勇者だなんだって言ったって、所詮、俺たちは一人の人間だ。俺はこの世界に召喚されてから、そうそうにそのことに気付いてしまった。けど、クラークは違った。彼の場合は、たった今、それに気づいたんだ。
「クラーク様、そうじゃありません。私が言いたいことは……」
「そういうことだろう!ミカエル、君だって結局は、他の大人たちと同じだ!僕に強く、完璧であることを望んでいる!僕が勇者だから!勇者は強くて完璧だから!けど、もううんざりなんだよ!」
クラークは乱暴に腰元を探ると、剣の鞘を外して、足下に投げつけた。ガラーンという音が、闇の中にこだまする。
「もう、勘弁してくれよ……ここまで来て、一体僕に何を望むんだ?僕らは負けた。どうあがいたっておしまいだ。それとも、最後まで足掻いて、もがいて、その末に死ねっていうのか?なんでそんなに残酷なんだよ……」
「ちが、違います!クラーク様、聞いてください!そうじゃありません!」
ミカエルはぶんぶんと頭を振ると、祈るように語り掛ける。
「私は、クラーク様に戦えと言いたいわけじゃありません!勇者がどうとか、正義がどうとか、本当はどうでもいいんです!」
「なに……?何を言っているんだ」
「分からないんですか?私、一度だって、クラーク様に戦ってほしいなんて言ったことありません。本当は私だって、戦うのは嫌いなんです……」
それは、確かにそうだ。ミカエルは本当に臆病で、クラークのパーティーにいるのが不思議なくらい引っ込み思案だったから。
「なら……君は一体、僕に何を望んでいるんだ」
「私が望むのは、一つだけ。諦めないでほしいんです」
「はっ、なんだそんなの……結局戦えってことじゃないか」
「違います!私は、生きるのを諦めないでほしいんです!そんな風に自暴自棄じゃ、生きて帰れなくなってしまいます!」
「だから、もうその必要もないんだって!たとえ僕が生きて戻ったとしても、もう連合軍は……」
「連合軍?何言っているんですか!あなたが帰るのは、コルルさんのところでしょう!」
コルルの名前が、ようやくクラークの心に刺さったようだ。やつの濁った眼に、やっとわずかな光が戻った。
「コルル……」
「そうです。私が求めるのは、コルルさんの伴侶としてのクラーク様です。でも、今のクラーク様を見たら、とてもコルルさんを幸せにできるとは思えません。きっとこのままじゃ、コルルさんと、生まれてくる赤ちゃんは不幸になります。そんなの私、絶対に許せません」
そうだ……クラークには、待ってくれている人がいる。一人じゃない。二人だ。
「クラーク……」
アドリアが、しばらくぶりに口を開いた。いつも飄々とした彼女にしては珍しく、その声はか細い。
「私も、ミカエルと同じ意見だ。正義だなんだは、この際置いておけばいい。だが、コルルのことも捨てる気か?」
「……」
クラークは、がっくりと膝をついた。床に手をつくと、うつむいて動かなくなる。もしや、本当に心が折れてしまったのか?コルルのことすら、どうでもいいと言うつもりだろうか……もしそうなら、今度こそ自分を押さえられないぞ。
「……めん」
クラークが何かをつぶやいた。俺は耳を澄ます。
「……ごめん。ミカエル。アドリア。そして、コルル……」
クラークはそのままダンゴムシのように丸々と、小さな声ですすり泣いた。
つづく
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