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17章 再開の約束
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俺たちはそれぞれの武器を構えて、孤軍奮闘するアルアへじりじりと近づいていく。クラークはささやくように呼び掛けた。
「アルア……アルア!」
クラークが呼びかけても、アルアは返事をしない。聞こえていないのか……?アルアは一心不乱に、剣を振るい続けている。だがその切っ先はふらふらで、こうして近くで見ると、アルアがかなり消耗していることが分かった。一方で、セカンドは余裕しゃくしゃくだ。
「ククク……ほら、お迎えが来たみたいだぜ?」
セカンドはニヤニヤ笑いながら、軽々と剣をかわすと、人差し指でとんっとアルアの胸を突いた。たったそれだけで、アルアはフラフラとよろけながら後退し、背後にいたクラークにぶつかってしまった。
「う、く……」
「アルア!しっかりしてくれ!」
「はな、して……私は、あいつを……」
「アルア!」
アルアのやつ、消耗しきって聞こえていないのか?だがその時、クラークが何かに気付いたようにハッとした。
「アルア、その顔……」
顔?俺は彼女の顔を見つめる。息を荒げ、赤くなったアルア顔は汗でぐしゃぐしゃだ。だけど、妙だぞ。あれは汗だけじゃなくて……
「泣いて、いるのかい?」
「……」
アルアはうつむいたまま答えなかったが、それが答えみたいなものだ。
それを見ていたセカンドが、にやけ面で話しかけてくる。
「いやあ、そのお嬢さんはなかなか面白いねぇ。実に楽しい見世物だったぜ」
セカンドは心底愉快だとばかりに、笑みを深くした。
俺はそこで初めて、正面からセカンドをまじまじと見た。長い黒髪。くせっ毛なのか、うねうねと絡み合っている。髪に覆われて顔は見えづらいが、老いの兆候が見え始めているようだ。恐らく初老くらいだろう。にちゃにちゃと粘っこい笑みを浮かべる口元には、まばらに髭が生えていた。俺たちがサードだと思っていた男とは、まるで顔かたちが異なっている。おそらくこっちが、奴本来の顔なのだろう。
クラークは怒気を強めて、セカンドを睨み返す。
「貴様!この娘に何をした!」
「なぁーにも?大体、そいつのほうが先に突っかかってきたんだぜ?」
「なんだって?」
「だーから、なんもしてないんだって。ほれ、怪我してないだろ?オレも、そいつもさ」
ぐっ、とクラークは言葉に詰まった。そうなのだ、アルアは疲労困憊しているが、怪我はどこにも見当たらない。フランの言った、遊ばれているってのは、こういうことなんだろう。
セカンドはひらひらと手を振る。
「ま、ぶっちゃけ言っちゃうと、ザコ過ぎて相手になんねーのよ。そいつはナントカの仇だー!とか言ってたけど、オレ全然覚えてないし。ほれ、言うだろ?今まで食ったパンの枚数なんか知らねえってさ」
「っ。き、っさまぁー!」
アルアは喉を引き裂くように叫ぶと、走り出そうとした。クラークが肩を掴んでいなかったら、絶対そうしていたはずだ。俺は舌打ちする。
「ちっ。あいつ、ああやってアルアを逆なでし続けたんだな。だからあんなに興奮してるんだ」
宿怨の相手を前にして、アルアは決死の思いだったのだろう。しかしその宿敵は、彼女をまともに相手しようともしなかった。戦いの間もずっと、ああしてからかいの言葉をかけ続けられたのだとしたら……アルアの流した涙は、やりきれない怒りや悔しさがにじみ出た物だったんだろう。
「さすがにあたしでも分かるわ。あいつ、下衆野郎ね」
アルルカが冷ややかに言う。この時ばかりは、フランも同調した。
「今なら、おばあちゃんの気持ちが分かる。……殺してやりたいよ」
俺はぞくりと震えた。フランの言葉が、こんなに冷たく、そして煮えたぎるほど熱いのは初めてだ。俺はフランのばあちゃんと話した時の、あの暗い目を思い出した。
「さーてと!座興はこれくらいでいいだろ。主役もお揃いみたいだし」
セカンドがパンパンと手を叩く。クラークはアルアの肩を掴んだまま、ゆっくりと後ろに下がった。当然、目はセカンドから離さない。そうやってやつが俺たちと並ぶと、セカンド対俺たちの構図が出来上がる。
「待ってたぜぇ、勇者諸君。よく無事でいてくれたな。まずは及第点だ」
セカンドは満足げに、再び手を叩く。今度は拍手のように。
「あれで死なれちゃ、さすがにあっけなさ過ぎたからなぁ。やっぱ魔王と勇者の戦いっつったら、こういう大観衆の前ってもんだろ?」
「ふざけるな!」
クラークが一喝する。
「あんな卑怯な不意打ちをしておいて、何を抜かすか!自分を魔王と称すなら、せめて堂々と向かい合え!それすらできない貴様は、三下の悪党以下だ!」
「へぇー、お前にとっちゃ、あれが不意打ちになんの?あの程度で?あんなのも見破れないなんて、オレの時代に比べて、後輩くんは弱っちくなったもんだなぁ。嘆かわしいぜ」
「おっ、お前!どこまでも……!」
クラークは顔を真っ赤にして言い返そうとしたが、それを静かに、ペトラが遮った。
「悪いな。少し抑えてくれんか」
「なにをっ!」
「ここに口喧嘩をしに来たわけではないだろう。少し血を下げろ。思うつぼだ」
冷静に諭されて、クラークはいくらか落ち着きを取り戻したらしい。つっても、ぶるぶる震えながら、必死に堪えている感じだけど。ともかく、クラークに変わって、ペトラがセカンドの前に立った。
「すまんが、勇者以外にも混ざらせてもらうぞ。構わんな?」
「……ちっ。やっぱてめえも生きてたか。ちったぁ骨のある奴もいるみたいで、安心したぜ」
「そうか」
次の瞬間、ペトラは目にも止まらぬ速さで剣を抜き、そのままセカンドに斬りかかった!俺もクラークも度肝を抜かれて、とても反応できない。
バチィーン!奴の体を貫く直前、ペトラの剣は、見えない壁にぶつかったようにはじけ飛んだ。その数瞬あとには、ペトラ自身も後ろに吹き飛ぶ。
「おーいおいおい!不意打ちが卑怯だなんだって言ってたのはそっちだろ?ったく、がっかりさせないでくれよ」
セカンドは急襲されたことにも全く動じず、さっきまでと同じ調子を続けていた。突然の連続に、俺もクラークもどぎまぎしながら、ペトラを見つめる。
「え、えっと、ペトラ?やるなら、一声くらい掛けてくれよ」
「今から奇襲するぞと言ってから襲い掛かるのか?それでは意味がないだろう」
「う……でも、急だと驚くぜ。動きも合わせられないし」
「急襲に連携は不要だ。魔物は目が合った瞬間から戦いが始まる。お前たちはそうでもないようだが」
む、それじゃまるで、俺たちとセカンドが仲良くおしゃべりしていたみたいじゃないか。ペトラにはそういう風に見えていたのか?心外もいいところだぞ。誰があんな奴と!
「あーあー、これだから魔物女は嫌だねぇ。人間の情緒ってもんが分かってねえ。なあ?」
セカンドが「そうだよなお前ら?」という顔でこっちを見てくるが、うなずいてなんかやるもんか。くそ、馴れ馴れしいな。ノリも軽いし、いちいち癪に障る。
「ま、そう焦んなよ。魔王との対決の前っつったら、だいたい趣深い会話があるもんだろが。セオリー通りに行くとしようぜ?」
ニヤニヤ笑うセカンド。くそ、いちいち癪に障る男だ!
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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俺たちはそれぞれの武器を構えて、孤軍奮闘するアルアへじりじりと近づいていく。クラークはささやくように呼び掛けた。
「アルア……アルア!」
クラークが呼びかけても、アルアは返事をしない。聞こえていないのか……?アルアは一心不乱に、剣を振るい続けている。だがその切っ先はふらふらで、こうして近くで見ると、アルアがかなり消耗していることが分かった。一方で、セカンドは余裕しゃくしゃくだ。
「ククク……ほら、お迎えが来たみたいだぜ?」
セカンドはニヤニヤ笑いながら、軽々と剣をかわすと、人差し指でとんっとアルアの胸を突いた。たったそれだけで、アルアはフラフラとよろけながら後退し、背後にいたクラークにぶつかってしまった。
「う、く……」
「アルア!しっかりしてくれ!」
「はな、して……私は、あいつを……」
「アルア!」
アルアのやつ、消耗しきって聞こえていないのか?だがその時、クラークが何かに気付いたようにハッとした。
「アルア、その顔……」
顔?俺は彼女の顔を見つめる。息を荒げ、赤くなったアルア顔は汗でぐしゃぐしゃだ。だけど、妙だぞ。あれは汗だけじゃなくて……
「泣いて、いるのかい?」
「……」
アルアはうつむいたまま答えなかったが、それが答えみたいなものだ。
それを見ていたセカンドが、にやけ面で話しかけてくる。
「いやあ、そのお嬢さんはなかなか面白いねぇ。実に楽しい見世物だったぜ」
セカンドは心底愉快だとばかりに、笑みを深くした。
俺はそこで初めて、正面からセカンドをまじまじと見た。長い黒髪。くせっ毛なのか、うねうねと絡み合っている。髪に覆われて顔は見えづらいが、老いの兆候が見え始めているようだ。恐らく初老くらいだろう。にちゃにちゃと粘っこい笑みを浮かべる口元には、まばらに髭が生えていた。俺たちがサードだと思っていた男とは、まるで顔かたちが異なっている。おそらくこっちが、奴本来の顔なのだろう。
クラークは怒気を強めて、セカンドを睨み返す。
「貴様!この娘に何をした!」
「なぁーにも?大体、そいつのほうが先に突っかかってきたんだぜ?」
「なんだって?」
「だーから、なんもしてないんだって。ほれ、怪我してないだろ?オレも、そいつもさ」
ぐっ、とクラークは言葉に詰まった。そうなのだ、アルアは疲労困憊しているが、怪我はどこにも見当たらない。フランの言った、遊ばれているってのは、こういうことなんだろう。
セカンドはひらひらと手を振る。
「ま、ぶっちゃけ言っちゃうと、ザコ過ぎて相手になんねーのよ。そいつはナントカの仇だー!とか言ってたけど、オレ全然覚えてないし。ほれ、言うだろ?今まで食ったパンの枚数なんか知らねえってさ」
「っ。き、っさまぁー!」
アルアは喉を引き裂くように叫ぶと、走り出そうとした。クラークが肩を掴んでいなかったら、絶対そうしていたはずだ。俺は舌打ちする。
「ちっ。あいつ、ああやってアルアを逆なでし続けたんだな。だからあんなに興奮してるんだ」
宿怨の相手を前にして、アルアは決死の思いだったのだろう。しかしその宿敵は、彼女をまともに相手しようともしなかった。戦いの間もずっと、ああしてからかいの言葉をかけ続けられたのだとしたら……アルアの流した涙は、やりきれない怒りや悔しさがにじみ出た物だったんだろう。
「さすがにあたしでも分かるわ。あいつ、下衆野郎ね」
アルルカが冷ややかに言う。この時ばかりは、フランも同調した。
「今なら、おばあちゃんの気持ちが分かる。……殺してやりたいよ」
俺はぞくりと震えた。フランの言葉が、こんなに冷たく、そして煮えたぎるほど熱いのは初めてだ。俺はフランのばあちゃんと話した時の、あの暗い目を思い出した。
「さーてと!座興はこれくらいでいいだろ。主役もお揃いみたいだし」
セカンドがパンパンと手を叩く。クラークはアルアの肩を掴んだまま、ゆっくりと後ろに下がった。当然、目はセカンドから離さない。そうやってやつが俺たちと並ぶと、セカンド対俺たちの構図が出来上がる。
「待ってたぜぇ、勇者諸君。よく無事でいてくれたな。まずは及第点だ」
セカンドは満足げに、再び手を叩く。今度は拍手のように。
「あれで死なれちゃ、さすがにあっけなさ過ぎたからなぁ。やっぱ魔王と勇者の戦いっつったら、こういう大観衆の前ってもんだろ?」
「ふざけるな!」
クラークが一喝する。
「あんな卑怯な不意打ちをしておいて、何を抜かすか!自分を魔王と称すなら、せめて堂々と向かい合え!それすらできない貴様は、三下の悪党以下だ!」
「へぇー、お前にとっちゃ、あれが不意打ちになんの?あの程度で?あんなのも見破れないなんて、オレの時代に比べて、後輩くんは弱っちくなったもんだなぁ。嘆かわしいぜ」
「おっ、お前!どこまでも……!」
クラークは顔を真っ赤にして言い返そうとしたが、それを静かに、ペトラが遮った。
「悪いな。少し抑えてくれんか」
「なにをっ!」
「ここに口喧嘩をしに来たわけではないだろう。少し血を下げろ。思うつぼだ」
冷静に諭されて、クラークはいくらか落ち着きを取り戻したらしい。つっても、ぶるぶる震えながら、必死に堪えている感じだけど。ともかく、クラークに変わって、ペトラがセカンドの前に立った。
「すまんが、勇者以外にも混ざらせてもらうぞ。構わんな?」
「……ちっ。やっぱてめえも生きてたか。ちったぁ骨のある奴もいるみたいで、安心したぜ」
「そうか」
次の瞬間、ペトラは目にも止まらぬ速さで剣を抜き、そのままセカンドに斬りかかった!俺もクラークも度肝を抜かれて、とても反応できない。
バチィーン!奴の体を貫く直前、ペトラの剣は、見えない壁にぶつかったようにはじけ飛んだ。その数瞬あとには、ペトラ自身も後ろに吹き飛ぶ。
「おーいおいおい!不意打ちが卑怯だなんだって言ってたのはそっちだろ?ったく、がっかりさせないでくれよ」
セカンドは急襲されたことにも全く動じず、さっきまでと同じ調子を続けていた。突然の連続に、俺もクラークもどぎまぎしながら、ペトラを見つめる。
「え、えっと、ペトラ?やるなら、一声くらい掛けてくれよ」
「今から奇襲するぞと言ってから襲い掛かるのか?それでは意味がないだろう」
「う……でも、急だと驚くぜ。動きも合わせられないし」
「急襲に連携は不要だ。魔物は目が合った瞬間から戦いが始まる。お前たちはそうでもないようだが」
む、それじゃまるで、俺たちとセカンドが仲良くおしゃべりしていたみたいじゃないか。ペトラにはそういう風に見えていたのか?心外もいいところだぞ。誰があんな奴と!
「あーあー、これだから魔物女は嫌だねぇ。人間の情緒ってもんが分かってねえ。なあ?」
セカンドが「そうだよなお前ら?」という顔でこっちを見てくるが、うなずいてなんかやるもんか。くそ、馴れ馴れしいな。ノリも軽いし、いちいち癪に障る。
「ま、そう焦んなよ。魔王との対決の前っつったら、だいたい趣深い会話があるもんだろが。セオリー通りに行くとしようぜ?」
ニヤニヤ笑うセカンド。くそ、いちいち癪に障る男だ!
つづく
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