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一章 大神殿の仲間
一章三節 - 子連れヒロイン[1]
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「こわいいぃぃぃ!! いたいぃぃぃぃ!!」
ん? もしかして、俺の能力、赤ん坊の言葉もわかる系か? どう聞いても少女のものではなさそうな叫びに、俺は立ち上がった。
「なに?」
少女はゆっくり歩み寄ってくる俺に警戒の視線を向けている。彼女の持っていた網はいつの間にか消えていた。あれもきっと魔法のたぐいだったのだろう。
「いや、赤ちゃんが……」
俺は言葉を濁しつつ、少女の背中に負われた赤ん坊に手を伸ばした。
「大丈夫だぞー。痛くないぞー」
もしかしたら、この子は足を犬にかまれたと勘違いしているのかもしれない。俺はパンパンの足をやさしく撫でた。張りがあって、ぷにぷにだ。風船みたいな足の裏は、俺の手のひらの半分くらいの大きさしかない。
「だあぁぁぁぁ!!」
俺が足の裏をくすぐってやると、赤ん坊は意味をなさない声をあげる。しかし、先ほどより機嫌が良くなったことは察せた。
「君は今回の召喚者だよね?」
体を前後左右にゆすって赤ん坊をあやしながら、少女が尋ねてきた。春の空のような水色の瞳には、まだ警戒の色がある。
「そうです」
赤ん坊が少し落ち着いたこともあり、俺は少女から離れた。これで彼女の敵意が薄れればいいが。
「お名前は?」
「色葉、和音です」
「ふむ……」
青い前髪の下で、吊り上がっていた眉が少し穏やかになるのが見えた。
「私は『あやめ』ね。こっちの赤ちゃんはまだ名前ないんだけど……」
どうやら警戒を解いてもらえたようだ。
「よろしくお願いします」
さらに友好度を高めるために、俺は笑顔を浮かべた。すると、あやめも「よろしくねー」と笑う。うん、悪くない。
「あの、あやめさん、さっきの柴犬は?」
立って赤子をあやすあやめに倣って、俺も立ったまま会話することにした。
「『シバイヌ』? あの害獣のこと?」
「害獣、なんですか?」
とりあえず、この世界に柴犬はいないらしい。そして、あいつはここでは嫌われものの害獣と。
「そうだよー。調理場や食堂の食べ物を盗んだり、服を毛だらけにしたり、子どもを泣かせたり、大人をからかったり、夜道から突然出てきてびっくりさせたり、虹色に光って睡眠を妨害したり、超害獣だもんね」
「それ、いたずらみたいなもんでは?」
害獣と言うから、人間を食い殺したり、危険な病気を媒介したりしているのかと思ったが……。
「超! 害獣! だもんね!!」
「あ、はい」
しかし、彼女がそう言うなら、そういうことにしておこう。俺はあやめの勢いに押し負けてうなずいた。
「ほら、君の服だって毛まみれじゃん」
「それは確かに」
犬飼いにとっては普通のことすぎるが、確かに俺のシャツにもズボンにも虹色の毛がついている。というか、あいつの抜け毛もゲーミング仕様なんだな。まばゆく光り輝いてはいないが、ゆっくり色が移り変わっている。
「あと、靴も穴開いてるし! どうしたの? 害獣にかまれたの?」
「あ、いえ。これはゴルメド=ソードに……」
「攻撃されたの? ダッサ。……じゃなくて、災難だったねぇ」
あれ? 何か引っかかった気がするが、気にしない方がいいよな。
「というか、ローグは?」
あやめは室内を見回しながら話題転換していく。
「今はいません」
「お着換えかな? あの子、召喚着嫌いだし」
あの子? 十代後半くらいの少女が、老人のローグを「あの子」呼び? ちょくちょく気になる点があるが、指摘するほど見過ごせない違和感でもない。
でも、引っかかるんだよなぁ。金糸でつる草模様が刺繍された洋風ワンピースに和風の帯、やけに目立つお花の髪飾りに赤ん坊という、ちぐはぐな格好もそうだし、そもそも赤ん坊を背負っていること自体が謎だ。実子? でも、失礼な言い方かもしれないが、彼女にはあまり母性が見られないんだよなぁ。あとそうだ。名前も妙だ。「あやめ」って完全に和風名だろう。このヨーロッパ風の異世界では浮いている。
「もしかして。あなたも召喚者、とか?」
名前の件に関しては、それなら納得できるが……。
「君、めっちゃ話題転換してくるじゃん」
こいつにだけは言われたくないが、俺は理性的に黙っておいた。
「うーん……。ある意味そうかもしれんけど、違うかな。私はずーっと遠いところから来たんだよ」
「???」
この世界のどこかに日本的な場所があるということだろうか。これが漫画なら、俺の頭の上に疑問符が浮かんでいたことだろう。
「ごめん、難しいこと言ったね。そのうちわかるよ。謎の多い女の子って素敵でしょー?」
あやめはにやっと笑った。確かに謎の多い女の子は魅力的だが、それを自分で言ってしまうのは違うだろう、というツッコミは飲み込んでおく。
「とりあえず、ローグが戻ってくる前にシャワー浴びてお着換えしたら?」
ほらやっぱり、こいつの方が話題転換激しいだろう?
「ほらほらー」
しかもかなり強引だ。俺は見かけによらない怪力で、あっという間に部屋の隅に押しやられてしまった。あやめに合わせて立っていたのがあだになったな。
「このドアの先、脱衣所とお風呂だから! お湯は今回だけはサービスしてあげるもんね」
「お湯サービスってなんですか?」
俺は脱衣所に押し込まれながら尋ねたが答えはない。
「あとで脱衣所に何種類か服を用意しといてあげるからねー」
明るい声とともに、俺の鼻先で扉が閉じられた。
ん? もしかして、俺の能力、赤ん坊の言葉もわかる系か? どう聞いても少女のものではなさそうな叫びに、俺は立ち上がった。
「なに?」
少女はゆっくり歩み寄ってくる俺に警戒の視線を向けている。彼女の持っていた網はいつの間にか消えていた。あれもきっと魔法のたぐいだったのだろう。
「いや、赤ちゃんが……」
俺は言葉を濁しつつ、少女の背中に負われた赤ん坊に手を伸ばした。
「大丈夫だぞー。痛くないぞー」
もしかしたら、この子は足を犬にかまれたと勘違いしているのかもしれない。俺はパンパンの足をやさしく撫でた。張りがあって、ぷにぷにだ。風船みたいな足の裏は、俺の手のひらの半分くらいの大きさしかない。
「だあぁぁぁぁ!!」
俺が足の裏をくすぐってやると、赤ん坊は意味をなさない声をあげる。しかし、先ほどより機嫌が良くなったことは察せた。
「君は今回の召喚者だよね?」
体を前後左右にゆすって赤ん坊をあやしながら、少女が尋ねてきた。春の空のような水色の瞳には、まだ警戒の色がある。
「そうです」
赤ん坊が少し落ち着いたこともあり、俺は少女から離れた。これで彼女の敵意が薄れればいいが。
「お名前は?」
「色葉、和音です」
「ふむ……」
青い前髪の下で、吊り上がっていた眉が少し穏やかになるのが見えた。
「私は『あやめ』ね。こっちの赤ちゃんはまだ名前ないんだけど……」
どうやら警戒を解いてもらえたようだ。
「よろしくお願いします」
さらに友好度を高めるために、俺は笑顔を浮かべた。すると、あやめも「よろしくねー」と笑う。うん、悪くない。
「あの、あやめさん、さっきの柴犬は?」
立って赤子をあやすあやめに倣って、俺も立ったまま会話することにした。
「『シバイヌ』? あの害獣のこと?」
「害獣、なんですか?」
とりあえず、この世界に柴犬はいないらしい。そして、あいつはここでは嫌われものの害獣と。
「そうだよー。調理場や食堂の食べ物を盗んだり、服を毛だらけにしたり、子どもを泣かせたり、大人をからかったり、夜道から突然出てきてびっくりさせたり、虹色に光って睡眠を妨害したり、超害獣だもんね」
「それ、いたずらみたいなもんでは?」
害獣と言うから、人間を食い殺したり、危険な病気を媒介したりしているのかと思ったが……。
「超! 害獣! だもんね!!」
「あ、はい」
しかし、彼女がそう言うなら、そういうことにしておこう。俺はあやめの勢いに押し負けてうなずいた。
「ほら、君の服だって毛まみれじゃん」
「それは確かに」
犬飼いにとっては普通のことすぎるが、確かに俺のシャツにもズボンにも虹色の毛がついている。というか、あいつの抜け毛もゲーミング仕様なんだな。まばゆく光り輝いてはいないが、ゆっくり色が移り変わっている。
「あと、靴も穴開いてるし! どうしたの? 害獣にかまれたの?」
「あ、いえ。これはゴルメド=ソードに……」
「攻撃されたの? ダッサ。……じゃなくて、災難だったねぇ」
あれ? 何か引っかかった気がするが、気にしない方がいいよな。
「というか、ローグは?」
あやめは室内を見回しながら話題転換していく。
「今はいません」
「お着換えかな? あの子、召喚着嫌いだし」
あの子? 十代後半くらいの少女が、老人のローグを「あの子」呼び? ちょくちょく気になる点があるが、指摘するほど見過ごせない違和感でもない。
でも、引っかかるんだよなぁ。金糸でつる草模様が刺繍された洋風ワンピースに和風の帯、やけに目立つお花の髪飾りに赤ん坊という、ちぐはぐな格好もそうだし、そもそも赤ん坊を背負っていること自体が謎だ。実子? でも、失礼な言い方かもしれないが、彼女にはあまり母性が見られないんだよなぁ。あとそうだ。名前も妙だ。「あやめ」って完全に和風名だろう。このヨーロッパ風の異世界では浮いている。
「もしかして。あなたも召喚者、とか?」
名前の件に関しては、それなら納得できるが……。
「君、めっちゃ話題転換してくるじゃん」
こいつにだけは言われたくないが、俺は理性的に黙っておいた。
「うーん……。ある意味そうかもしれんけど、違うかな。私はずーっと遠いところから来たんだよ」
「???」
この世界のどこかに日本的な場所があるということだろうか。これが漫画なら、俺の頭の上に疑問符が浮かんでいたことだろう。
「ごめん、難しいこと言ったね。そのうちわかるよ。謎の多い女の子って素敵でしょー?」
あやめはにやっと笑った。確かに謎の多い女の子は魅力的だが、それを自分で言ってしまうのは違うだろう、というツッコミは飲み込んでおく。
「とりあえず、ローグが戻ってくる前にシャワー浴びてお着換えしたら?」
ほらやっぱり、こいつの方が話題転換激しいだろう?
「ほらほらー」
しかもかなり強引だ。俺は見かけによらない怪力で、あっという間に部屋の隅に押しやられてしまった。あやめに合わせて立っていたのがあだになったな。
「このドアの先、脱衣所とお風呂だから! お湯は今回だけはサービスしてあげるもんね」
「お湯サービスってなんですか?」
俺は脱衣所に押し込まれながら尋ねたが答えはない。
「あとで脱衣所に何種類か服を用意しといてあげるからねー」
明るい声とともに、俺の鼻先で扉が閉じられた。
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