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五章 闇夜の蓮と弓使い
五章 [2/15]
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翔がとてとてと寄ってきて、泉蝶の枕元に座る。泉蝶の額に小さな手が触れた。じんわりとあたたかい。
「時間かかりそうだから、寝ててもいいよ」
「いえ、それは――」
子どもの手は柔らかく、心地よい。今すぐにでも目を閉じてしまいそうだったが、泉蝶は仕事中だ。皇子の命令とはいえ、今の横になって休んでいる状態でさえ良心が痛む。寝るなどもってのほかだ。
「泉蝶はマジメ過ぎ!」
天井を見上げる泉蝶の視界にほほを膨らませた翔の顔が入った。
「赤覇は最近見てないからわからないけど、王紀は結構休んでるっぽいよ。気を回復に使ってる。王紀の仙術は自分の強化に向いてるから、自分相手なら回復も得意なんだね。
飛露も時々自己回復してる。でも、あの人もマジメだね。一生懸命なのがわかる。
王紀や飛露や志閃は、気が見えるからちゃんと自分の限界をわかってる。わかってるから限界ぎりぎりまでがんばっちゃうんだろうけど、ちゃんと限界を超えそうになったら止めて休んで回復させる方法を知ってるんだと思う。でも泉蝶は限界超えてもがんばっちゃうから――」
「……申し訳ありません」
がんばりすぎるというのは、日ごろから同僚にもよく言われる言葉だ。泉蝶は素直に謝った。
「しかし、今はまだ本当に大丈夫です。ご心配は非常にうれしく、身に余る思いですが……」
「うん。でも、休めるときには休もうよ。今はちゃんと休んで。命令。この先、きっと大変になるから」
「……それは予知ですか」
翔の自信に満ちたもの言いに、泉蝶はそう尋ねた。
「たぶん……。そんな気がするんだ。志閃と飛露が何かしてる。ここ数日の二人の疲れ方がひどいんだ。特に志閃。でも、聞いても何も教えてくれないし、休んでって言っても休んでくれないし。昨日もそうだし、さっきだって――」
「ちょっとすみません」
泉蝶は引っかかるものを感じて、皇子の言葉を遮った。その失礼極まりない行動に、近くにいた教育係の老爺が眉をひそめる気配を感じたが、無視する。
「志閃はよく後宮に出入りするのですか?」
「うん。最近は結構頻繁にいるかも。でも、キングン将軍なんだからふつうだよね?」
後宮に出入りできるのは一般的に女性か、成人前の幼い男子、去勢された宦官のみだ。ただし、帝周辺を守る禁軍の中でも位の高いものや帝の許可を得られたものならば、男性でも入ることができる。
それでも、飛露や王紀は極力後宮へ立ち入るのは避けているし、女好きの志閃でさえ、必要に迫られた時以外は軽く覗く程度にとどめていたはずだ。
気にならないと言えば嘘になる。なるが――。
「それでも、志閃がちゃんと必要な仕事をしてくれているのなら、あたしには関係のないことだわ」
泉蝶は小さく自分にそう言い聞かせた。
「……泉蝶?」
「あ、いえ。なんでもありません。こちらの話で――」
小首を傾げる翔に、泉蝶は慌てて取り繕った。
「泉蝶も志閃が心配?」
「それは、同僚ですから滞りなく仕事ができる状態かどうか不安にもなりますが……」
「そういう話じゃないけど、……まぁいいや」
翔は少し拗ねているようだったが、泉蝶にはその理由がわからない。
何かまずいことを言ってしまっただろうかと、先ほどの自分の言葉を反芻したが、言葉遣いも内容も変なところはなかったはずだ。
「志閃はのんびりしてるようでとってもがんばり屋さんだから、泉蝶も気を使ってあげてね。大事なドーリョーなんでしょ?」
「……承知いたしました」
志閃はいつも遊んでいるように見えて、与えられた仕事はいつの間にか終わらせているし、実力もある。……らしい。日ごろ、ダメな面しか見せないので、信じがたいが……。
それでも、にっこり笑う皇子からの命令だ。泉蝶は神妙な顔でうなずいた。
「お願いだよ?」
小首を傾げてそう釘をさす第八皇子に、泉蝶は「はい」と再度深くうなずく。
「ありがとう。それじゃあ、おしゃべりは終わりだよ。泉蝶はもうちょっとここで休んでね」
「しかし――」
「命令だよ。いいね?」
そう言って眉根にしわを寄せ、厳しい顔をする翔には、人に命じ慣れた皇族らしさが垣間見えた。
「はい」
泉蝶はそう答えるしかない。
「ほら、良く休めるように術をかけてあげるから、目を閉じて」
それにも素直に従う。今も徐々にこちらへ動きつつあるであろう前線に思いをはせながら――。
「時間かかりそうだから、寝ててもいいよ」
「いえ、それは――」
子どもの手は柔らかく、心地よい。今すぐにでも目を閉じてしまいそうだったが、泉蝶は仕事中だ。皇子の命令とはいえ、今の横になって休んでいる状態でさえ良心が痛む。寝るなどもってのほかだ。
「泉蝶はマジメ過ぎ!」
天井を見上げる泉蝶の視界にほほを膨らませた翔の顔が入った。
「赤覇は最近見てないからわからないけど、王紀は結構休んでるっぽいよ。気を回復に使ってる。王紀の仙術は自分の強化に向いてるから、自分相手なら回復も得意なんだね。
飛露も時々自己回復してる。でも、あの人もマジメだね。一生懸命なのがわかる。
王紀や飛露や志閃は、気が見えるからちゃんと自分の限界をわかってる。わかってるから限界ぎりぎりまでがんばっちゃうんだろうけど、ちゃんと限界を超えそうになったら止めて休んで回復させる方法を知ってるんだと思う。でも泉蝶は限界超えてもがんばっちゃうから――」
「……申し訳ありません」
がんばりすぎるというのは、日ごろから同僚にもよく言われる言葉だ。泉蝶は素直に謝った。
「しかし、今はまだ本当に大丈夫です。ご心配は非常にうれしく、身に余る思いですが……」
「うん。でも、休めるときには休もうよ。今はちゃんと休んで。命令。この先、きっと大変になるから」
「……それは予知ですか」
翔の自信に満ちたもの言いに、泉蝶はそう尋ねた。
「たぶん……。そんな気がするんだ。志閃と飛露が何かしてる。ここ数日の二人の疲れ方がひどいんだ。特に志閃。でも、聞いても何も教えてくれないし、休んでって言っても休んでくれないし。昨日もそうだし、さっきだって――」
「ちょっとすみません」
泉蝶は引っかかるものを感じて、皇子の言葉を遮った。その失礼極まりない行動に、近くにいた教育係の老爺が眉をひそめる気配を感じたが、無視する。
「志閃はよく後宮に出入りするのですか?」
「うん。最近は結構頻繁にいるかも。でも、キングン将軍なんだからふつうだよね?」
後宮に出入りできるのは一般的に女性か、成人前の幼い男子、去勢された宦官のみだ。ただし、帝周辺を守る禁軍の中でも位の高いものや帝の許可を得られたものならば、男性でも入ることができる。
それでも、飛露や王紀は極力後宮へ立ち入るのは避けているし、女好きの志閃でさえ、必要に迫られた時以外は軽く覗く程度にとどめていたはずだ。
気にならないと言えば嘘になる。なるが――。
「それでも、志閃がちゃんと必要な仕事をしてくれているのなら、あたしには関係のないことだわ」
泉蝶は小さく自分にそう言い聞かせた。
「……泉蝶?」
「あ、いえ。なんでもありません。こちらの話で――」
小首を傾げる翔に、泉蝶は慌てて取り繕った。
「泉蝶も志閃が心配?」
「それは、同僚ですから滞りなく仕事ができる状態かどうか不安にもなりますが……」
「そういう話じゃないけど、……まぁいいや」
翔は少し拗ねているようだったが、泉蝶にはその理由がわからない。
何かまずいことを言ってしまっただろうかと、先ほどの自分の言葉を反芻したが、言葉遣いも内容も変なところはなかったはずだ。
「志閃はのんびりしてるようでとってもがんばり屋さんだから、泉蝶も気を使ってあげてね。大事なドーリョーなんでしょ?」
「……承知いたしました」
志閃はいつも遊んでいるように見えて、与えられた仕事はいつの間にか終わらせているし、実力もある。……らしい。日ごろ、ダメな面しか見せないので、信じがたいが……。
それでも、にっこり笑う皇子からの命令だ。泉蝶は神妙な顔でうなずいた。
「お願いだよ?」
小首を傾げてそう釘をさす第八皇子に、泉蝶は「はい」と再度深くうなずく。
「ありがとう。それじゃあ、おしゃべりは終わりだよ。泉蝶はもうちょっとここで休んでね」
「しかし――」
「命令だよ。いいね?」
そう言って眉根にしわを寄せ、厳しい顔をする翔には、人に命じ慣れた皇族らしさが垣間見えた。
「はい」
泉蝶はそう答えるしかない。
「ほら、良く休めるように術をかけてあげるから、目を閉じて」
それにも素直に従う。今も徐々にこちらへ動きつつあるであろう前線に思いをはせながら――。
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