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五章 闇夜の蓮と弓使い
五章 [10/15]
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「泉蝶ちゃん、おはよう」
律儀に手を握り続けてくれていた泉蝶にそうほほえんで、志閃はゆっくりと体を起こした。
「ちょっと、顔色が悪いわよ!」
立ち上がる志閃に手を貸しながら、泉蝶がたしなめるように言う。
「そ?」
志閃はそうとぼけてみせたが、確かにあまり調子は良くない。少し無理をしてしまっているようだ。しかし、今日はまだやらなくてはならないことがたくさんある。
「まっ、泉蝶ちゃん、ありがとね。じゃ、俺行くわ」
「ちょっと! 行くってどこに行くのよ! 仕事中でしょう!」
手をひらひら振って歩きはじめる志閃と、追う泉蝶。
ここで志閃は少し考えた。
「うーん、泉蝶ちゃんも一緒に来る?」
そして、そう提案してみる。
現在、志閃と飛露の二人で行っている敵国の間者探しに、泉蝶も協力してもらおうと思ったのだ。彼女を巻き込みたくないという気持ちもあったが、彼女も志閃と同じ禁軍将軍。遅かれ早かれ志閃と飛露の行動を伝える日が来る。それならば、早い方が良い。
泉蝶の場合、遅くなると、「なんで黙ってたのよ!」と怒りかねない。
「来るって、どこに?」
「もしかしたら、宮殿に廣の間者がいるかもしれないんだよね」
「それって、水れ……」
「水蓮ちゃんじゃなくて、もっと確実に敵国へ情報を流してる可能性のある人」
「そんな人がいるの!?」
泉蝶の声には、焦りと怒り、不安が入り混じっている。
「まだいるかも、って段階だけど。これから、その怪しい人を調べに行こうかなって。来るっしょ?」
彼女なら行くと答えるだろう。そう言う真面目な女性だ。
「もちろんよ!」
強い調子で返事が返ってくる。
「決まりね」
志閃は周賢の場所へと歩きながら、泉蝶に今志閃と飛露が行っていることについて詳しく説明した。
宮殿内に敵国へ情報を漏らしている人がいるかもしれないこと、その監視のために仙術装置を仕掛けて、飛露と二人で宮殿内から帝都外への情報伝達を監視していること、志閃が怪しいと目を付けて今向かっている周賢のこと。
「なんで今まで黙ってたのよ!」
案の定と言うべきか、すべてを聞いた泉蝶はそう声を荒げたが……。
「黙ってたら悪いからって、今話したじゃん!」
「遅いわよ! 確かに、あたしは仙術には疎いから、早く聞いてても何も手伝えなかっただろうけど……。あなたたち、あたしの知らないところで無理しすぎよ!」
「う~ん、普段サボってる分、こういう時くらいはがんばらなきゃねー」
志閃はへらへら笑いながら、泉蝶の顔を見た。化粧っ気のない良く日に焼けた頬に吹き出物が見える。
「泉蝶ちゃんこそ、無理しちゃだめよ。お肌荒れちゃう」
志閃が自分の頬をトントンと叩いてみせる。そこで泉蝶はハッとして自分の顔にある吹き出物を隠すように手を当てた。
「もう!」とかすかに顔を赤らめて怒っている。
「気にしてた? ごめんね。ニキビがあっても泉蝶ちゃんはかわいいかわいい」
「こんな時までふざけるのはやめなさい!」
泉蝶はこぶしを握りこんだが、振り下ろしはしない。先ほどの志閃の疲労を思い出して、気遣ったのだろう。
「それより、どうなのよ? そろそろ禁軍拠点が近いんじゃないの?」
そう話を変えたのは、これ以上吹き出物の話をしたくないからだろう。
「そだね。賢クンはちょうど自室を出たね。本を返しに行くみたい。このまま偶然を装って鉢合わせしちゃおう」
志閃は少しだけ自分の握りこんだ宝玉に意識を向けてからそう答えた。
「……きれいな石ね」
この宝玉による術が志閃の疲労の原因だと先ほど聞かされた泉蝶は、やや心配そうな顔をしつつもそう言った。
「この光が見えんの?」
宝玉の中には、高濃度の気がたまっており、それが時折キラキラと星のような淡い光を放つ。光の粉が散る隙間を常に流れる気の影響で、その色は淡い緑から深緑まで刻々と変わっていく。
「ええ、緑の空に星が浮いてるみたいだわ」
気が感じ取れない泉蝶には、この宝玉にたまった気も見えずただのガラス玉のようにしか映らないと思っていたのだが……。
「これだけ密度を増した気なら見えるわけね」
志閃は一人そう納得して、懐から小さめの札を出した。すっと自分の気を込めると、すぐに新芽のような鮮やかな緑に染まる。志閃は、それを泉蝶に見せた。
「これ何色?」
「目にまぶしい緑ね」
これも見えるようだ。
「これ、俺の気の色ね。仙術に疎いって言っても、全く気の存在を感知できないわけじゃないのね」
「『気』って言うのはわからないけど、仙術で出した音や光、熱とかは感じるわよ。仙術の攻撃でけがもするし」
「そだね。気が見えないだけで、気の影響は受けちゃってるんだよね」
「そうよ。厄介だわ」
泉蝶はやれやれと言うように首を横に振ってみせた。それでも模擬戦中は勘と経験から仙術攻撃の多くをかわすのだから彼女はやはりすごい。
律儀に手を握り続けてくれていた泉蝶にそうほほえんで、志閃はゆっくりと体を起こした。
「ちょっと、顔色が悪いわよ!」
立ち上がる志閃に手を貸しながら、泉蝶がたしなめるように言う。
「そ?」
志閃はそうとぼけてみせたが、確かにあまり調子は良くない。少し無理をしてしまっているようだ。しかし、今日はまだやらなくてはならないことがたくさんある。
「まっ、泉蝶ちゃん、ありがとね。じゃ、俺行くわ」
「ちょっと! 行くってどこに行くのよ! 仕事中でしょう!」
手をひらひら振って歩きはじめる志閃と、追う泉蝶。
ここで志閃は少し考えた。
「うーん、泉蝶ちゃんも一緒に来る?」
そして、そう提案してみる。
現在、志閃と飛露の二人で行っている敵国の間者探しに、泉蝶も協力してもらおうと思ったのだ。彼女を巻き込みたくないという気持ちもあったが、彼女も志閃と同じ禁軍将軍。遅かれ早かれ志閃と飛露の行動を伝える日が来る。それならば、早い方が良い。
泉蝶の場合、遅くなると、「なんで黙ってたのよ!」と怒りかねない。
「来るって、どこに?」
「もしかしたら、宮殿に廣の間者がいるかもしれないんだよね」
「それって、水れ……」
「水蓮ちゃんじゃなくて、もっと確実に敵国へ情報を流してる可能性のある人」
「そんな人がいるの!?」
泉蝶の声には、焦りと怒り、不安が入り混じっている。
「まだいるかも、って段階だけど。これから、その怪しい人を調べに行こうかなって。来るっしょ?」
彼女なら行くと答えるだろう。そう言う真面目な女性だ。
「もちろんよ!」
強い調子で返事が返ってくる。
「決まりね」
志閃は周賢の場所へと歩きながら、泉蝶に今志閃と飛露が行っていることについて詳しく説明した。
宮殿内に敵国へ情報を漏らしている人がいるかもしれないこと、その監視のために仙術装置を仕掛けて、飛露と二人で宮殿内から帝都外への情報伝達を監視していること、志閃が怪しいと目を付けて今向かっている周賢のこと。
「なんで今まで黙ってたのよ!」
案の定と言うべきか、すべてを聞いた泉蝶はそう声を荒げたが……。
「黙ってたら悪いからって、今話したじゃん!」
「遅いわよ! 確かに、あたしは仙術には疎いから、早く聞いてても何も手伝えなかっただろうけど……。あなたたち、あたしの知らないところで無理しすぎよ!」
「う~ん、普段サボってる分、こういう時くらいはがんばらなきゃねー」
志閃はへらへら笑いながら、泉蝶の顔を見た。化粧っ気のない良く日に焼けた頬に吹き出物が見える。
「泉蝶ちゃんこそ、無理しちゃだめよ。お肌荒れちゃう」
志閃が自分の頬をトントンと叩いてみせる。そこで泉蝶はハッとして自分の顔にある吹き出物を隠すように手を当てた。
「もう!」とかすかに顔を赤らめて怒っている。
「気にしてた? ごめんね。ニキビがあっても泉蝶ちゃんはかわいいかわいい」
「こんな時までふざけるのはやめなさい!」
泉蝶はこぶしを握りこんだが、振り下ろしはしない。先ほどの志閃の疲労を思い出して、気遣ったのだろう。
「それより、どうなのよ? そろそろ禁軍拠点が近いんじゃないの?」
そう話を変えたのは、これ以上吹き出物の話をしたくないからだろう。
「そだね。賢クンはちょうど自室を出たね。本を返しに行くみたい。このまま偶然を装って鉢合わせしちゃおう」
志閃は少しだけ自分の握りこんだ宝玉に意識を向けてからそう答えた。
「……きれいな石ね」
この宝玉による術が志閃の疲労の原因だと先ほど聞かされた泉蝶は、やや心配そうな顔をしつつもそう言った。
「この光が見えんの?」
宝玉の中には、高濃度の気がたまっており、それが時折キラキラと星のような淡い光を放つ。光の粉が散る隙間を常に流れる気の影響で、その色は淡い緑から深緑まで刻々と変わっていく。
「ええ、緑の空に星が浮いてるみたいだわ」
気が感じ取れない泉蝶には、この宝玉にたまった気も見えずただのガラス玉のようにしか映らないと思っていたのだが……。
「これだけ密度を増した気なら見えるわけね」
志閃は一人そう納得して、懐から小さめの札を出した。すっと自分の気を込めると、すぐに新芽のような鮮やかな緑に染まる。志閃は、それを泉蝶に見せた。
「これ何色?」
「目にまぶしい緑ね」
これも見えるようだ。
「これ、俺の気の色ね。仙術に疎いって言っても、全く気の存在を感知できないわけじゃないのね」
「『気』って言うのはわからないけど、仙術で出した音や光、熱とかは感じるわよ。仙術の攻撃でけがもするし」
「そだね。気が見えないだけで、気の影響は受けちゃってるんだよね」
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