五百禁軍の姫【中華風異能バトルファンタジー】

白楠 月玻

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六章 消えた蓮と救世主

六章 [1/14]

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 翌日、やっと空が白みはじめたような早朝に、妖舜ようしゅんの予言通り志閃しせんの部屋の扉が叩かれた。忠告に従って起床していた志閃だが、こんな早い時間の来訪にはやはりいい気がしない。

「誰よ?」

 誰何すいかの声が、機嫌の悪そうなとげとげしたものになってしまうのも仕方ない。

「ほう。珍しく起きていたか」

 戸の前に立っていたのは、志閃の同僚。弓部隊の堅物将軍だ。

「うわ、飛露とびつゆじゃん……」

 志閃の顔が不快そうに歪む。

「貴様ほどの術師なら、わたしが戸を叩く前から気付いていただろう」

 そう冷たく吐き捨てる飛露の顔も、志閃に負けず劣らず不機嫌だ。

「わかってても嫌なもんは嫌じゃん。せめてかわいい女の子と一緒に来てよ」

「うるさい」

 志閃の軽口に一喝して、飛露は志閃の癖毛と寝癖でぼさぼさになった髪から、眠そうに垂れた目、顎から着崩れた寝間着に裸足の足元まで確認して、「ふん」と鼻を鳴らした。

「陛下が貴様をお呼びだ。とっとと支度をしろ」

「なんで?」

「知らぬ。わたしは陛下に貴様を呼んでくるよう頼まれただけだ。とにかく急げ。髪をとかせ、顔を洗ってひげを剃れ、正装しろ」

「いや、正装まではいらないっしょ」

 志閃はそう文句を言いつつも、言われたとおりに身支度をはじめた。
 飛露は部屋の壁際に棒立ちし、志閃の部屋を興味なさそうに眺めている。

 寝台の布団は今抜け出してきたばかりのようにめくれ上がって乱れている。大きな書き物机の上には紙が山のように重なり、それが床にもあふれていた。
 何ともだらしのない志閃らしい部屋だ。飛露は嫌悪感をあらわにした。

 しかし、部屋の壁際に並べられた書棚には、古今東西ありとあらゆる仙術書が並べられ、棚に置かれたいくつもの仙術機材は今も稼働中だ。壁には最新の戦況が貼られ、そこに志閃の字らしき走り書きがたくさんしてある。机にあふれるほど置いてある紙きれも、すべて仙術の使用を補助する手書きの札のようだった。
 生活態度は悪いが、術師や禁軍将軍としての職務はちゃんとこなしているらしい。

「なになに? 飛露ちゃん、俺の部屋がそんなに気になる?」

 飛露の視線に気付いた志閃が、そう茶化す。

カネのかかった部屋だ」

 うなずくのが癪で、そう吐き捨てる飛露。

「俺の実家は桃源でも有数の術師の家系だからね。物も財産もあるし、やっぱり札にしても道具にしても、既製品より自分で作った物の方が馴染む」

 なるほど確かに、様々な機材であふれ返った志閃の部屋は工房のようにも見える。散らかりすぎではあるが……。

「貴様のような湯水のごとく札を消費する人間は大変だな」

 素直に称賛する気持ちもあったが、飛露はあえて皮肉めいた感想を述べた。

「自分で作ってるからこそ、好きにたくさん使えるんだよ」

 そう答えつつ、志閃は机の札を無造作にかき集めて、平べったい筒状の札入れに収めはじめた。同じようなものを十個ほど用意し、それを懐や袖の中、腰など様々なところへ留めていく。

「何枚札を持っていくつもりだ?」

「二百枚はあるはずだね」

 得意げに答えて、志閃が右手首をひるがえす。すると、先ほどまで何も持っていなかった彼の指に十枚ほどの札が挟み込まれていた。

「札入れ、いろんなところにあった方が、どんな体勢でもすぐに札を抜けて便利だし。俺、手先の器用さと手首の柔らかさには自信あるのよ」

 志閃は様々な効果を持たせた札を駆使して戦う術師だ。札を素早く取り出すことが何よりも重要らしい。

「そういう飛露だって、めちゃくちゃいっぱい矢持ってない?」

 飛露の腰の矢筒には矢羽のない細い矢がぎっしりと詰まっている。一見ちゃんと矢としての機能を果たせるのか疑問に思えるシンプルさだが、飛露が気を込めで射ることで、普通の矢以上の威力と命中力を得られる。

「五十本ほどしかない」

 飛露は指先で矢を確かめながら答えた。

「札も持ってるみたいだし、充分充分」

 志閃は飛露の矢筒の横にある札入れに目を留めている。

「ああ、そうだ、飛露」

 そして、ふと昨夜妖舜に言われたことを思い出した。彼がその時そうしたように、仕草で飛露に耳を貸すように示し、いぶかしげにする飛露の耳元で妖舜にもらった助言をつぶやく。

「貴様がそうして欲しいのなら、わたしは一向にかまわん」

 それを聞いた飛露は、昨夜の志閃ほど戸惑っていないようだ。

「もともとわたしと貴様はそう言う関係だ」

「ん~。そう言われると、確かにそうなのかもだけど……」

 悩むような志閃。

 飛露はそんな同僚を頭の先から足元まで一通り眺めた。
 黒髪のところどころを金に染めたあいかわらずの癖毛に、眠そうな目、女性受けがいいように髭はきれいに剃られ、こぎれいな格好をしているが、着物の胸元はだらしなくはだけている。いつもの志閃だ。

「準備はできたようだな」

 本当はあちらこちらにはねた癖毛も、着崩した着物も嫌いだが、飛露はこれで妥協した。

「謁見の間に行くんだっけ?」

 ――帝が志閃を呼んでいる。

 そう言う話だったはずだ。

「そうだ。行くぞ」と飛露が頷いた。
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