77 / 103
七章 蓮の使いと虹の空
七章 [1]
しおりを挟む
「泉蝶、やっぱり元気ないよ」
後宮で護衛任務を行う泉蝶の裾を引く者がいる。
「翔様……」
低い位置にある頭と視線を合わせるために膝をつき、泉蝶は彼の名前を呼んだ。桃源国第八皇子先翔。あたりの気に敏感で、将来は優秀な術師になると予想されている。
「志閃や飛露がいなくて寂しい?」
翔は泉蝶を見て首を傾げた。
「いえ、そう言うわけでは……」
泉蝶は言葉を濁す。
飛露が帝のそば仕えになって一週間がたった。その間に、赤覇の歩兵部隊は戦える見込みのない老人やけが人以外は全員前線へ派遣された。志閃のいない仙術部隊は、宮殿にいる人数が少ないこともあり、王紀の騎馬部隊とまとめられている。
泉蝶の護衛部隊、王紀の騎馬仙術合同隊、先代将軍義明の率いる弓部隊。もともと五部隊あった禁軍は三部隊体制になってしまった。
「じゃあ、やっぱりレンアイの占いしてあげようか?」
少年皇子は泉蝶を元気づけようと必死なようだ。前のめりに話しかけてくる翔に、泉蝶は無意識に笑みを浮かべていた。
「いえ――」
しかし、恋愛の占いは遠慮願いたい。
「でも、妖舜が、女の人にはレンアイの占いをしてあげると喜ぶって!」
「確かに多くの女性は恋愛話を好みますが、私はそういうのに興味がないと言いますか、苦手でして……」
泉蝶は歯切れ悪く断りの言葉を述べた。
「それ、興味ないふりをしてるだけだと思うよ。泉蝶の気は正直だもん」
そうなのだろうか。国境警護を長年担ってきた泉家の人間として、幼少期から武術に励んできた。同年代の少女が素敵な少年を探している間も、剣を振った。泉家に強力な術師はいないが、父も兄も親族も多くが簡単な仙術と武術を組み合わせた戦いを得意としている。気を感じられない泉蝶は、仙術が使えない点を補うために、ひたすら剣術と体術を極めるしかなかった。恋愛やほかのことにうつつを抜かしている余裕はない。
その成果が今の禁軍将軍と言う地位だ。
確かにいつかは誰かに嫁ぎ、立派に国を支えられる子を産み育てることになるのかもしれない。しかし、それはきっとまだまだ先のことだろう。
「泉蝶のドンカン!!」
考え込んでしまった泉蝶に対して、翔はほほを膨らませて不満をあらわにした。
「じゃあ、レンアイはいいから、泉蝶のこと占わせてよ。占いの練習」
「少しの時間でしたら――」
本音を言えば仕事が忙しいので、断りたい。後宮警護の人員は普段の半分にまで減ってしまっている。しかし、皇子の言葉を無下にはできないので、泉蝶はうなずいた。
「ありがとう」
翔はにっこり笑んで、近くの綿入れをぽふぽふと叩く。ここに座れということらしい。泉蝶は素直に従った。
翔は懐から大きな数珠を取り出すと、それをジャラっと指でしごいた。数珠の玉はそれぞれ材質が違う。木や石、ガラス、宝石――。色も様々で、玉の表面には泉蝶には読めない何かの文字が刻まれている。
「端っこを持って」と言われて、泉蝶は長い数珠の一部を両手に乗せた。翔も同じように数珠をすくいあげるように持っている。
「少し気を流すね」
翔は集中した。視線を数珠の輪の中央に落とし、難しそうな顔をしている。子どもが眉間に浅いしわを寄せ、唇をわずかにとがらせる姿は愛らしい。
しばらくすると、泉蝶は両腕にぞわぞわしたものを感じ始めた。産毛をそよ風がなでるような感覚だ。翔によって気が操られているのだろう。
「……泉蝶は明日お休みなんだね」
数珠を見つめる顔を上げることなく言う翔。
「はい」
正解だ。泉蝶はうなずいた。非常時とはいえ、毎日働き続けるのは無理があるので、交代で七日に一度くらいは休みを取ることにしている。
「明日は何する予定?」
「午前は仙術部隊の妖舜と共に宮殿内を見て回ります」
占い師の妖舜は護衛任務に就かない代わりに、毎日宮殿の中をくまなく見て回り、宮殿や帝に危機が訪れる兆候がないか調べてくれている。泉蝶は気を感じられないが、戦士の目線から気づくことがあるかもしれないので、明日は自由な時間を利用して彼に同行するつもりだった。
「じゃあ、それなのかなぁ?」
翔は緩く首を傾げて、片手を数珠から離した。
「この陶器の玉はものすごく近い未来を表すんだけど、これが強く光って見えるんだ。あと、この緑に塗った木の玉と黄色水晶と赤のガラスも」
離した手でいくつかの数珠玉を指さしていく。光っていると言われても、泉蝶にその光は見えなかったが……。
「緑の木は木属性で植物全般を表すんだけど、成長って意味もある。黄色水晶は金運。でも、泉蝶の気が金属性だからそれで共鳴してるだけかも。他の金属性関連の玉もそこそこ光ってるし。で、この赤のガラスは成功とか良い状態。だから、泉蝶の明日はすごくいい日になると思うよ!」
妖舜の占いよりも抽象的だ。具体的に何をするべきかと言う助言がない。
後宮で護衛任務を行う泉蝶の裾を引く者がいる。
「翔様……」
低い位置にある頭と視線を合わせるために膝をつき、泉蝶は彼の名前を呼んだ。桃源国第八皇子先翔。あたりの気に敏感で、将来は優秀な術師になると予想されている。
「志閃や飛露がいなくて寂しい?」
翔は泉蝶を見て首を傾げた。
「いえ、そう言うわけでは……」
泉蝶は言葉を濁す。
飛露が帝のそば仕えになって一週間がたった。その間に、赤覇の歩兵部隊は戦える見込みのない老人やけが人以外は全員前線へ派遣された。志閃のいない仙術部隊は、宮殿にいる人数が少ないこともあり、王紀の騎馬部隊とまとめられている。
泉蝶の護衛部隊、王紀の騎馬仙術合同隊、先代将軍義明の率いる弓部隊。もともと五部隊あった禁軍は三部隊体制になってしまった。
「じゃあ、やっぱりレンアイの占いしてあげようか?」
少年皇子は泉蝶を元気づけようと必死なようだ。前のめりに話しかけてくる翔に、泉蝶は無意識に笑みを浮かべていた。
「いえ――」
しかし、恋愛の占いは遠慮願いたい。
「でも、妖舜が、女の人にはレンアイの占いをしてあげると喜ぶって!」
「確かに多くの女性は恋愛話を好みますが、私はそういうのに興味がないと言いますか、苦手でして……」
泉蝶は歯切れ悪く断りの言葉を述べた。
「それ、興味ないふりをしてるだけだと思うよ。泉蝶の気は正直だもん」
そうなのだろうか。国境警護を長年担ってきた泉家の人間として、幼少期から武術に励んできた。同年代の少女が素敵な少年を探している間も、剣を振った。泉家に強力な術師はいないが、父も兄も親族も多くが簡単な仙術と武術を組み合わせた戦いを得意としている。気を感じられない泉蝶は、仙術が使えない点を補うために、ひたすら剣術と体術を極めるしかなかった。恋愛やほかのことにうつつを抜かしている余裕はない。
その成果が今の禁軍将軍と言う地位だ。
確かにいつかは誰かに嫁ぎ、立派に国を支えられる子を産み育てることになるのかもしれない。しかし、それはきっとまだまだ先のことだろう。
「泉蝶のドンカン!!」
考え込んでしまった泉蝶に対して、翔はほほを膨らませて不満をあらわにした。
「じゃあ、レンアイはいいから、泉蝶のこと占わせてよ。占いの練習」
「少しの時間でしたら――」
本音を言えば仕事が忙しいので、断りたい。後宮警護の人員は普段の半分にまで減ってしまっている。しかし、皇子の言葉を無下にはできないので、泉蝶はうなずいた。
「ありがとう」
翔はにっこり笑んで、近くの綿入れをぽふぽふと叩く。ここに座れということらしい。泉蝶は素直に従った。
翔は懐から大きな数珠を取り出すと、それをジャラっと指でしごいた。数珠の玉はそれぞれ材質が違う。木や石、ガラス、宝石――。色も様々で、玉の表面には泉蝶には読めない何かの文字が刻まれている。
「端っこを持って」と言われて、泉蝶は長い数珠の一部を両手に乗せた。翔も同じように数珠をすくいあげるように持っている。
「少し気を流すね」
翔は集中した。視線を数珠の輪の中央に落とし、難しそうな顔をしている。子どもが眉間に浅いしわを寄せ、唇をわずかにとがらせる姿は愛らしい。
しばらくすると、泉蝶は両腕にぞわぞわしたものを感じ始めた。産毛をそよ風がなでるような感覚だ。翔によって気が操られているのだろう。
「……泉蝶は明日お休みなんだね」
数珠を見つめる顔を上げることなく言う翔。
「はい」
正解だ。泉蝶はうなずいた。非常時とはいえ、毎日働き続けるのは無理があるので、交代で七日に一度くらいは休みを取ることにしている。
「明日は何する予定?」
「午前は仙術部隊の妖舜と共に宮殿内を見て回ります」
占い師の妖舜は護衛任務に就かない代わりに、毎日宮殿の中をくまなく見て回り、宮殿や帝に危機が訪れる兆候がないか調べてくれている。泉蝶は気を感じられないが、戦士の目線から気づくことがあるかもしれないので、明日は自由な時間を利用して彼に同行するつもりだった。
「じゃあ、それなのかなぁ?」
翔は緩く首を傾げて、片手を数珠から離した。
「この陶器の玉はものすごく近い未来を表すんだけど、これが強く光って見えるんだ。あと、この緑に塗った木の玉と黄色水晶と赤のガラスも」
離した手でいくつかの数珠玉を指さしていく。光っていると言われても、泉蝶にその光は見えなかったが……。
「緑の木は木属性で植物全般を表すんだけど、成長って意味もある。黄色水晶は金運。でも、泉蝶の気が金属性だからそれで共鳴してるだけかも。他の金属性関連の玉もそこそこ光ってるし。で、この赤のガラスは成功とか良い状態。だから、泉蝶の明日はすごくいい日になると思うよ!」
妖舜の占いよりも抽象的だ。具体的に何をするべきかと言う助言がない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる