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七章 蓮の使いと虹の空
七章 [8]
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「泉蝶ちゃん、いらっしゃい」
穏やかな声で志閃が言う。
「意外と落ち着いてるのね」
謁見の間で飛露とやりあった時のことを聞いていた泉蝶は、いつも以上にのんびりした様子の志閃にひとまず胸をなでおろした。
「騒いだところで謹慎処分が解けるわけじゃないからね。ここからじゃ王宮の様子もわかんないし、諦めてのんびりさせてもらってる。おかげでだいぶ調子が戻ってきたかな」
謹慎処分を受ける直前の志閃は、大きな術をたくさん使い続けてかなり疲労していた。
「それならよかったわ」
「心配してくれてた?」
「……多少はね」
本当は否定したかったが、泉蝶は素直にうなずいた。
「ありがとう」
志閃はやわらかな笑みを深めて立ち上がった。
「お茶入れてくるわ。適当に待ってて」
志閃は自分の背後にある部屋を指さした。そこに上がって待っていろと言うことらしい。
「わかったわ」
泉蝶は履き物を脱いで屋敷に上がった。志閃はそれを確認すると、「ちょっと待っててね」ともう一回言い置いて、台所があるらしき方へ向かった。
志閃に示された部屋は、彼の居室なのだろう。二つある机の片方――大きな書き物机にはたくさんの札が置かれ、墨を乾かしているらしき札が床にまで散乱していた。泉蝶はそれを踏まないように気を付けつつ、どこか座れそうな場所を探した。
よくこんな散らかった部屋に女性を招こうと思ったものだ。書き物机のまわりに置かれた札入れには、札がたくさん詰まっている。もう一つある机には、大きな地図があり、そこに今の戦の状況が書き込まれていた。どこから情報を仕入れているのか、その戦況は今朝泉蝶が確認した最新のものと全く同じだ。
壁の上の方には、数枚の大きな札が額縁に入れて飾られている。ところどころ破れ、紙質からしても古いもののようだ。何か大事な術に使ったものなのだろうか。なぜかそれらの札が気になって、泉蝶はまじまじと壁に飾られた札を見つめた。
「それは、親父と兄貴の札だよ」と茶器と菓子を持ってきた志閃が教えてくれるまで。
「なんでお父様とお兄様の札がこんなところに――?」
「ごめん、座るところなかったね」
志閃は机の地図を寄せてそこに茶器を置きながら言った。
再度立ち上がった志閃が両手を広げると、床に散乱していた札が全てふわりと浮きあがり、集まって志閃の両手のひらに収まった。
「すごい」
思わず泉蝶の口からそんな言葉が漏れる。
「でしょ? これ意外と気を使うんだよね。本当に疲れてやばいときはできなかったし」
志閃は集めた札を書き物机の上に重ねて、もう一つの机の地図も完全に片付けた。そうすると部屋が一気に広く感じられる。
志閃は綿入れを空いた机の前に置いて、「どーぞ」と泉蝶に座るよう示した。志閃自身は、持ってきたお茶を白い磁器の器に注いでいる。廣とは逆方向――西方の国から持ってこられた紅茶だ。部屋に広がった甘みの強い芳香に、泉蝶は深呼吸した。
「あ、で、親父と兄貴の札の話だっけ?」
志閃は注いだ紅茶を泉蝶と自分の前に置きながら言った。自分の分の紅茶に口をつけながら、額縁に飾られた札を寂しそうに見る。
「あれ、親父と兄貴の形見なんだよね。二人とも優秀な術師だったけど、自分の術に食われて死んじゃった」
「『術に食べられる』?」
形見と言うことも驚いたが、耳慣れない言い回しが気になって、泉蝶はそう首を傾げた。
「そそ」
志閃がうなずく。
「術師は、基本的に自分の気を消費して術を使うんだ。親父も兄貴も新しい術を開発する研究者だったんだけど、親父は自分の気の量よりもはるかに多い気を必要とする術を使う実験中に気を吸いつくされて廃人になって、最終的には衰弱死した。兄貴は親父の遺志を継いで、親父が死ぬ原因になった術を完成させようといろいろやっているうちに同じように気を吸いつくされた。あの札は、その術を使った時のやつだけど――」
志閃は目を細めて飾られた札を見た。彼にはいまだに札に残る気が見えるのだ。
「この術はダメだね。完全に神仙の域。術師は気の量がそのまま術師としての強さに直結しちゃうから、『気の量を増やすこと』『自分の気の量以上の術を使うこと』この二つの研究がものすごく盛んにされるんだ。ある程度は成功することもあるし、親父も兄貴もこの二つの研究ではかなりの成果を上げた有名な術師で、すごく熱心にがんばって研究してたけど、最後は失敗してこのざまだよ」
穏やかな声で志閃が言う。
「意外と落ち着いてるのね」
謁見の間で飛露とやりあった時のことを聞いていた泉蝶は、いつも以上にのんびりした様子の志閃にひとまず胸をなでおろした。
「騒いだところで謹慎処分が解けるわけじゃないからね。ここからじゃ王宮の様子もわかんないし、諦めてのんびりさせてもらってる。おかげでだいぶ調子が戻ってきたかな」
謹慎処分を受ける直前の志閃は、大きな術をたくさん使い続けてかなり疲労していた。
「それならよかったわ」
「心配してくれてた?」
「……多少はね」
本当は否定したかったが、泉蝶は素直にうなずいた。
「ありがとう」
志閃はやわらかな笑みを深めて立ち上がった。
「お茶入れてくるわ。適当に待ってて」
志閃は自分の背後にある部屋を指さした。そこに上がって待っていろと言うことらしい。
「わかったわ」
泉蝶は履き物を脱いで屋敷に上がった。志閃はそれを確認すると、「ちょっと待っててね」ともう一回言い置いて、台所があるらしき方へ向かった。
志閃に示された部屋は、彼の居室なのだろう。二つある机の片方――大きな書き物机にはたくさんの札が置かれ、墨を乾かしているらしき札が床にまで散乱していた。泉蝶はそれを踏まないように気を付けつつ、どこか座れそうな場所を探した。
よくこんな散らかった部屋に女性を招こうと思ったものだ。書き物机のまわりに置かれた札入れには、札がたくさん詰まっている。もう一つある机には、大きな地図があり、そこに今の戦の状況が書き込まれていた。どこから情報を仕入れているのか、その戦況は今朝泉蝶が確認した最新のものと全く同じだ。
壁の上の方には、数枚の大きな札が額縁に入れて飾られている。ところどころ破れ、紙質からしても古いもののようだ。何か大事な術に使ったものなのだろうか。なぜかそれらの札が気になって、泉蝶はまじまじと壁に飾られた札を見つめた。
「それは、親父と兄貴の札だよ」と茶器と菓子を持ってきた志閃が教えてくれるまで。
「なんでお父様とお兄様の札がこんなところに――?」
「ごめん、座るところなかったね」
志閃は机の地図を寄せてそこに茶器を置きながら言った。
再度立ち上がった志閃が両手を広げると、床に散乱していた札が全てふわりと浮きあがり、集まって志閃の両手のひらに収まった。
「すごい」
思わず泉蝶の口からそんな言葉が漏れる。
「でしょ? これ意外と気を使うんだよね。本当に疲れてやばいときはできなかったし」
志閃は集めた札を書き物机の上に重ねて、もう一つの机の地図も完全に片付けた。そうすると部屋が一気に広く感じられる。
志閃は綿入れを空いた机の前に置いて、「どーぞ」と泉蝶に座るよう示した。志閃自身は、持ってきたお茶を白い磁器の器に注いでいる。廣とは逆方向――西方の国から持ってこられた紅茶だ。部屋に広がった甘みの強い芳香に、泉蝶は深呼吸した。
「あ、で、親父と兄貴の札の話だっけ?」
志閃は注いだ紅茶を泉蝶と自分の前に置きながら言った。自分の分の紅茶に口をつけながら、額縁に飾られた札を寂しそうに見る。
「あれ、親父と兄貴の形見なんだよね。二人とも優秀な術師だったけど、自分の術に食われて死んじゃった」
「『術に食べられる』?」
形見と言うことも驚いたが、耳慣れない言い回しが気になって、泉蝶はそう首を傾げた。
「そそ」
志閃がうなずく。
「術師は、基本的に自分の気を消費して術を使うんだ。親父も兄貴も新しい術を開発する研究者だったんだけど、親父は自分の気の量よりもはるかに多い気を必要とする術を使う実験中に気を吸いつくされて廃人になって、最終的には衰弱死した。兄貴は親父の遺志を継いで、親父が死ぬ原因になった術を完成させようといろいろやっているうちに同じように気を吸いつくされた。あの札は、その術を使った時のやつだけど――」
志閃は目を細めて飾られた札を見た。彼にはいまだに札に残る気が見えるのだ。
「この術はダメだね。完全に神仙の域。術師は気の量がそのまま術師としての強さに直結しちゃうから、『気の量を増やすこと』『自分の気の量以上の術を使うこと』この二つの研究がものすごく盛んにされるんだ。ある程度は成功することもあるし、親父も兄貴もこの二つの研究ではかなりの成果を上げた有名な術師で、すごく熱心にがんばって研究してたけど、最後は失敗してこのざまだよ」
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