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八章

八章 [4]

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 ――最終的な判断はあいつに任せよう。

 妖舜ようしゅんが思い浮かべたのは、もちろん自分の上官、志閃しせんだ。

 ただ、志閃はこの禁術を許さないかもしれない。「禁術使い」の逮捕や討伐経験が豊富な彼は、人一倍禁術の恐ろしさを知っているはずだ。彼の父や兄の命を奪ったのも、実験中の事故とは言え、人知を超えた禁忌に近い術だったといえるだろう。

 陣を写し終わった妖舜は、自分が書いたものを見比べた。

 この陣を構成する術は主に四つ。
 最も重要なこの陣の主目的である結界術、陣に人を近づけさせないための人心操作術、陣に近づいたものを処理する即死禁術、即死禁術が発動したり、陣が書き換えられたりしたときにそれを術者に伝える警報術。直径一メートルの小さな陣にこれらの術が重ね書きされている。

 わかる限り分解して四枚の紙にそれぞれ書き写したが、良く見えなかった部分には間違いがあった。これをそのまま発動させても、期待する効果は得られないだろう。

 しかし、志閃相手にはこれで十分だ。

 妖舜はこの四枚の陣の写しに、分解前のもともとの陣の見え方を写し取ったものと自分がこの陣について感じたことを添えて、その場で志閃に送った。万が一にも敵にわたってはいけないので、気を惜しまず作り出した式神に託す。

 猛禽もうきんの姿をしたそれは、まっすぐ空へと舞い上がった。桃源国を覆う虹色の気の上に出れば、地上から式神の存在に気づくのは困難だ。そしてあとは、気の流れに乗って志閃のもとへ舞い降りるだけ。妖舜は自室で札を作っている志閃の肩に式神を降り立たせた。

「今日はやけに慎重じゃん」

 志閃は式神越しに妖舜に話しかけながら分厚い封筒を受け取った。すぐに中身を確認する。

「なるほど。飛露とびつゆたちがやってるのはこういう作戦ね」

 志閃は書き写した陣を一瞬見ただけで、それが何を目的とする術式なのか理解したようだ。即死禁術の陣を見た時は険しい顔をしたものの、すぐに最も重要な結界陣の紙に目を戻す。
 それを机に広げて、上にまっさらな紙を重ねた。その表面を手の平でこすると、白紙の表面に薄く下に敷いた陣の模様が浮かび上がる。

「ちょっと待ってよ。不要な強化の部分を削って、見やすくするから。なんか陣術研究所の昇格試験を採点してる気分だね」

 その複雑さに癖毛頭を一度かき乱して、志閃はわきに置いていた筆入れからガラス製のペンを取り出した。その先を透明な液体に浸して妖舜の陣をさらさらとなぞりはじめる。

「良い筆だな」

 式神越しに言葉を伝えるのは大変なのだが、あまりにも志閃の使うガラスペンがしゃれていたので、妖舜はそう言った。

「細い線や細かい文字を書くときに便利なんだよね。昔は細い笹竹の先を削ったやつとか、羽根とか使ってたけど、どっちも劣化が早いから、ガラスで自作してみた。好きな色のガラス棒を買ってきて仙術で削るだけだよ。簡単簡単。ペン先は気で強化した針で溝を掘ると墨の持ちがよくなる」

 世間話をする軽い口調で答えながらも、志閃は陣をなぞる手を止めない。彼の使う透明な液体は、ペン先に込める気の種類を変えることで、色を変えていく。五色で描き分けられる陣に、妖舜は課題の添削をされている生徒の気分になった。

「いいじゃん。妖舜、ここまで読み解けるんなら陣術研究所に入れるよ」

 結界陣をなぞり終わった志閃は、自分の写した陣を見てうなずいた。
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