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八章
八章 [10]
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「仙術部隊の占い師、妖舜が襲われた」と言う話は、その日のうちに禁軍中を駆け巡った。
午後の勤務を終えるや否や、慌てて禁軍本部の医務室に向かった泉蝶だったが、妖舜と会うことはかなわなかった。入り口で王紀に止められてしまったのだ。
「まだ処置中です。今は邪魔をしない方が良いでしょう」
こんな時でも王紀は傷一つない綺麗な顔に穏やかな笑みを浮かべている。
「でも――」
「僕たちが処置室に入ったところで、できることはありません」
確かに王紀の言う通りなのかもしれない。
「……妖舜が襲われたっていうのは本当なの?」
しかし、それだけは確かめなくては。泉蝶の脳裏に、以前妖舜から頼まれた内容が浮かんだ。
「それは間違いありません。僕も妖舜の搬送を手伝いましたから」
「どんな具合だったかしら……?」
すぐに復帰できればいいが。
「あまり好ましくはなさそうですね。臓器は無事ですが、肩の傷が深く、出血がひどいです。頭を強く打ってしまっているようなので、そちらの具合が悪ければ――」
王紀は途中で言葉をきって、いつもの笑みをひっこめた。
「そんな……」
「妖舜が襲われた現場は、禁軍兵士たちが調査中です。妖舜が打ち上げた合図のおかげでかなり早く駆けつけることができたはずなのですが、襲った犯人はまだ捕まっていません。見晴らしのいい場所なので、一次調査が終わり次第、目撃者がいないか聞き込みを行う予定です」
泉蝶が駆けつけるまでに王紀は多くの仕事をこなしてくれたようだ。
「仕事が早いわね。助かるわ」
泉蝶は礼を言った。
「いえ、騎馬隊は足の速さが取り柄ですから」
王紀は穏やかにほほ笑んだ。
「襲われたのは妖舜だけ? 他の禁軍の人たちや同じ占い師の白伝様は?」
「今のところ妖舜だけのようです。もちろん、誰かに合図を送ることさえできずに倒されてしまった人がいる可能性は皆無ではありません。ただ、襲った相手の逃げ足の速さからして、妖舜が目的だったのではないかと僕は考えています」
ここで王紀は、泉蝶に妖舜が襲われた現場のことなど、知っている情報をすべて話した。帝都全体を見渡せる高台で襲われたこと、妖舜を傷つけたのは刃物であること、襲われたのは今から五時間ほど前であること、などだ。今は日が大きく傾き、東の空から宵闇が迫りつつある。
「陛下と白伝師に関しては、碧龍宮の兵士が安全を確認済みです。白伝師曰く、怪しい者が王宮に入り込む未来は見えないそうですが、不安でしたら僕たちも碧龍宮へ向かいますか?」
「いえ」
確かに帝たちのことは心配だが、泉蝶には妖舜の指示がある。
「実はあたし、こう言う事態になったらやってほしい、って妖舜に頼まれてることがあるの」
そう言いながらあたりを見渡す。他の人々に聞かれたら厄介だ。人影は見えないが――。
泉蝶の様子に、王紀は札を一枚出して、それで彼女の唇をそっとなぞった。
「な、なにするのよ!?」
辺りの様子にばかり気を配っていた泉蝶は、不意を突かれて声を荒げた。
「少しの間、泉蝶の声が僕以外に聞こえないように術をかけました。どうされましたか?」
きれいな笑みを浮かべた王紀は、同じ札を自分の唇に当てる。これで彼の声は泉蝶にしか聞こえなくなったのだろう。
「妖舜に言われたの……。『自分に何かあったら、白伝様を疑って欲しい』って。宮殿内を自由の出入りできるはずの敵が、白伝様よりも先に一般兵占い師の妖舜を襲うのは妙だから」
泉蝶の顔は不安に満ちているが、王紀の笑顔は崩れない。
「白伝師はここ最近ずっと碧龍宮にこもっていらっしゃいますから、襲う機会がないだけでは? 妖舜は宮殿外の高台に倒れていました。倒しやすい方から襲っただけとも考えられます」
「妖舜はそれ以外にも白伝様を疑う何かを得ているのかも――」
泉蝶は白伝の人となりを思い浮かべた。袖の大きな白い袍をまとい、頭からは目深に頭巾を被っている。頭巾の下から見える口元は微笑を浮かべていて、第一印象は穏やかな人に感じる。しかし、どんな時でも感情が薄く、うまく言葉では表せない不気味な恐ろしさがあった。占い師という特殊な能力柄、こちらが畏敬を感じるのは当たり前だと思っていたが――。
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