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第四話 - 不本意な同盟(上)
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村を脅かせる「飢餓の怪異」を調査する協力者として、妖怪少女「平坂鈴奈」は僕を指名した。彼女の爪の削れた細い指が、真っすぐ僕を指している。
「は?」
村人たちの視線が四方八方から注がれるのを感じて、僕の眉間のしわは深くなった。
「調査はご自由になさってくださって結構です。しかし、六郎を案内人とするのは、おすすめいたしかねます。もっと適した者をご用意いたします」
そして、スズの言葉に難色を示したのは僕だけではなかった。声をあげたのは一郎兄さま。兄さまはこの村の有力者の一人だ。
「その人は村中を歩き回る体力を持っておられるか?」
「……いえ」
しかし、スズの堂々とした問いかけに、兄さまはすぐうつむいた。
「それなら、やはり六郎をお借りしたい。彼はあたしの髪の毛を、ばっつり切り落とすくらい元気なのだから」
穏やかな笑顔を浮かべつつも、皮肉めいた言い回しをする彼女の目は笑っていない。そこで初めて、スズが髪の毛を切られたことに怒りを感じているのだと気づいた。
「しかし、彼は呪われておりまして……」
「あたしも呪われてるから問題ない」
スズはきっぱり言い切って、僕の方へと歩み寄ってきた。
「手伝ってもらえるかい? ロロ」
「ロロって?」
僕はスズの差し出す手と彼女の顔を見比べた。
「キミのあだ名」
スズは片眼を閉じてみせた。最高の名づけをしたとでも言うように誇らしげだ。たぶん、僕が拒否してもそう呼び続けるのだろう。彼女とは知り合ったばかりだが、なんとなくそんな気がした。
「それならせめて、宿泊場所をご提供いたします」
僕と向かい合うスズの背に、一郎兄さまが再度声をかける。どうやら兄さまは僕にスズを任せたくないらしい。兄さまの言う通りだと僕も思う。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
「お気遣いなく。あたしは旅慣れているので」
しかし、スズは僕の内心など知らないらしい。彼女の骨ばった手が、無理やり僕の指先をつかんだ。がっちりと元気よく。
「しかし、何かあれば協力を頼むので、ご助力いただきたい」
最後まで芝居がかった口調を貫いて、スズはずんずん歩きはじめた。僕の手を握ったまま。抵抗しようとしたものの、空腹で体に力の入らない男と、元気いっぱいの妖怪娘なら、│妖怪娘《スズ》に軍配が上がるらしい。僕は乾いた地面にあとを残しながらズルズルと引っ張られていった。
彼女の歩みに合わせて僕たちを囲んでいた人垣が割れる。彼女の言葉通り、僕を引き連れて怪異調査をはじめるのだろう。
とんでもないことに巻き込まれてしまった。強い力で手を引くスズの後頭部を見ながら、僕は思った。村の衆に僕たちを追う気力はないようだ。振り返ると、不安と期待が混ざったたくさんの視線と目が合う。
「あんな大口叩いて、本当に解決できるわけ?」
彼らの視線が痛すぎて、僕はスズに目を戻した。踏ん張るのにも体力を使うので、今はもう諦めて彼女と並んで歩いている。
「たぶんね。たぶん。でも、あたしひとりで無理そうなら仲間を呼ぶから安心して」
スズの横顔は笑っている。僕を安心させようとしているのだろうか?
「と言うか、キミ呪われてるの?」
しかし、すぐにそうやって話題を変える彼女には不安を感じてしまうのだ。不誠実な気がして。
「兄さまがそう言っているだけ。たぶんね。たぶん」
僕はわざと彼女の口調をまねしてやった。少し大人げなかったかもしれないが、この妖怪少女と付き合うならこれくらいの雑さがちょうどいいだろう。
「ふーん」
スズはあいた手をあごに当てている。何かを考えているようにも見えるが、考えているふりをしているだけかもしれない。
「まぁ、呪われてるって言う人のほとんどはただ運が悪かったり、周りが意地悪だったりするだけだから、大丈夫だよ。時々、本当に呪われてる人もいるけどさ」
彼女は僕を安心させようとしているのか、不安がらせようとしているのか。本当にわからない。
「君みたいな?」
ちょっとした好奇心といたずら心から、僕はそう尋ねてみた。
「んー、まぁ……、そう。この子は『呪い』と呼ぶにはお役立ちすぎるけどね」
スズの長い髪の毛がひと房、しゅるりとまとまって蛇の形になる。その様子はやはり不気味だが、手や指の代わりとして扱えるのなら確かに「役立つ」のだろう。
「何で呪われてるの?」
「それは、な、い、しょ~」
明るい口調で、はぐらかされてしまった。冗談めかしてはいるものの、触れられたくない話題らしい。
「それじゃ、日没までまだ時間あるから、君にはこの村を案内してもらおうかな」
そしてまた話題が急転換する。
「なんで僕が……」
僕は勢いで巻き込まれてしまっただけで、一言も承諾していないのだが。
「だって、キミが一番動けそうだったんだもん。みんなおなかペコペコでへなちょこよろよろだけど、君だけは杖なしでしゃんと歩けてるし」
「僕もこれ以上歩きたくないんだけど」
身の危険を感じて気張っていただけで、僕も空腹なのだ。
「でも歩いてるじゃん」
「君が引っ張るからだろ」
「じゃ、あたしがしっかり引っ張り続けてあげるから、しっかり歩いて」
「はぁ?」
僕が眉間にしわを寄せるのは今日何度目だろう。
「嫌?」
スズが僕の顔を見上げた。その表情は珍しく笑っていない。眉をハの字に下げ、瞳を潤ませ、心配そうな面持ちだ。
「は?」
村人たちの視線が四方八方から注がれるのを感じて、僕の眉間のしわは深くなった。
「調査はご自由になさってくださって結構です。しかし、六郎を案内人とするのは、おすすめいたしかねます。もっと適した者をご用意いたします」
そして、スズの言葉に難色を示したのは僕だけではなかった。声をあげたのは一郎兄さま。兄さまはこの村の有力者の一人だ。
「その人は村中を歩き回る体力を持っておられるか?」
「……いえ」
しかし、スズの堂々とした問いかけに、兄さまはすぐうつむいた。
「それなら、やはり六郎をお借りしたい。彼はあたしの髪の毛を、ばっつり切り落とすくらい元気なのだから」
穏やかな笑顔を浮かべつつも、皮肉めいた言い回しをする彼女の目は笑っていない。そこで初めて、スズが髪の毛を切られたことに怒りを感じているのだと気づいた。
「しかし、彼は呪われておりまして……」
「あたしも呪われてるから問題ない」
スズはきっぱり言い切って、僕の方へと歩み寄ってきた。
「手伝ってもらえるかい? ロロ」
「ロロって?」
僕はスズの差し出す手と彼女の顔を見比べた。
「キミのあだ名」
スズは片眼を閉じてみせた。最高の名づけをしたとでも言うように誇らしげだ。たぶん、僕が拒否してもそう呼び続けるのだろう。彼女とは知り合ったばかりだが、なんとなくそんな気がした。
「それならせめて、宿泊場所をご提供いたします」
僕と向かい合うスズの背に、一郎兄さまが再度声をかける。どうやら兄さまは僕にスズを任せたくないらしい。兄さまの言う通りだと僕も思う。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
「お気遣いなく。あたしは旅慣れているので」
しかし、スズは僕の内心など知らないらしい。彼女の骨ばった手が、無理やり僕の指先をつかんだ。がっちりと元気よく。
「しかし、何かあれば協力を頼むので、ご助力いただきたい」
最後まで芝居がかった口調を貫いて、スズはずんずん歩きはじめた。僕の手を握ったまま。抵抗しようとしたものの、空腹で体に力の入らない男と、元気いっぱいの妖怪娘なら、│妖怪娘《スズ》に軍配が上がるらしい。僕は乾いた地面にあとを残しながらズルズルと引っ張られていった。
彼女の歩みに合わせて僕たちを囲んでいた人垣が割れる。彼女の言葉通り、僕を引き連れて怪異調査をはじめるのだろう。
とんでもないことに巻き込まれてしまった。強い力で手を引くスズの後頭部を見ながら、僕は思った。村の衆に僕たちを追う気力はないようだ。振り返ると、不安と期待が混ざったたくさんの視線と目が合う。
「あんな大口叩いて、本当に解決できるわけ?」
彼らの視線が痛すぎて、僕はスズに目を戻した。踏ん張るのにも体力を使うので、今はもう諦めて彼女と並んで歩いている。
「たぶんね。たぶん。でも、あたしひとりで無理そうなら仲間を呼ぶから安心して」
スズの横顔は笑っている。僕を安心させようとしているのだろうか?
「と言うか、キミ呪われてるの?」
しかし、すぐにそうやって話題を変える彼女には不安を感じてしまうのだ。不誠実な気がして。
「兄さまがそう言っているだけ。たぶんね。たぶん」
僕はわざと彼女の口調をまねしてやった。少し大人げなかったかもしれないが、この妖怪少女と付き合うならこれくらいの雑さがちょうどいいだろう。
「ふーん」
スズはあいた手をあごに当てている。何かを考えているようにも見えるが、考えているふりをしているだけかもしれない。
「まぁ、呪われてるって言う人のほとんどはただ運が悪かったり、周りが意地悪だったりするだけだから、大丈夫だよ。時々、本当に呪われてる人もいるけどさ」
彼女は僕を安心させようとしているのか、不安がらせようとしているのか。本当にわからない。
「君みたいな?」
ちょっとした好奇心といたずら心から、僕はそう尋ねてみた。
「んー、まぁ……、そう。この子は『呪い』と呼ぶにはお役立ちすぎるけどね」
スズの長い髪の毛がひと房、しゅるりとまとまって蛇の形になる。その様子はやはり不気味だが、手や指の代わりとして扱えるのなら確かに「役立つ」のだろう。
「何で呪われてるの?」
「それは、な、い、しょ~」
明るい口調で、はぐらかされてしまった。冗談めかしてはいるものの、触れられたくない話題らしい。
「それじゃ、日没までまだ時間あるから、君にはこの村を案内してもらおうかな」
そしてまた話題が急転換する。
「なんで僕が……」
僕は勢いで巻き込まれてしまっただけで、一言も承諾していないのだが。
「だって、キミが一番動けそうだったんだもん。みんなおなかペコペコでへなちょこよろよろだけど、君だけは杖なしでしゃんと歩けてるし」
「僕もこれ以上歩きたくないんだけど」
身の危険を感じて気張っていただけで、僕も空腹なのだ。
「でも歩いてるじゃん」
「君が引っ張るからだろ」
「じゃ、あたしがしっかり引っ張り続けてあげるから、しっかり歩いて」
「はぁ?」
僕が眉間にしわを寄せるのは今日何度目だろう。
「嫌?」
スズが僕の顔を見上げた。その表情は珍しく笑っていない。眉をハの字に下げ、瞳を潤ませ、心配そうな面持ちだ。
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