龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  第一部 - 終章 羽根の姫

終章四節 - 最後の尋問

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  * * *

「最後の尋問だ」

 そう言って、城主の腹心であるらしき青年――絡柳らくりゅう暗鬼あんきを訪ねてきたのは数日後のこと。

 地下牢にいたはずの暗鬼が目覚めたのは薬師くすし家の一室だった。それ以降もそこでナギの献身的な看護を受けたおかげで、暗鬼の調子はすっかりよくなっている。もう夢と現実がわからないほど頭がかすみがかることもない。

「はい」

 暗鬼は素直にうなずいた。絡柳らくりゅうの近くには暗鬼が捕らえられた現場にいたもう一人の青年――大斗だいとと、この数日暗鬼の部屋で彼の監視をしていた拷問吏の男二人もいる。彼らの正体は、次第に意識がはっきりしてきたおかげで思い出せた。

「名前は言えるか?」

「本名の全ては思い出せませんが、ヒコと付いていた気がします。中州で使っていた偽名はユリで、華金王から下賜された名は暗鬼と言います」

「疑心暗鬼の『暗鬼』だな」

 絡柳がうなずく。彼の後ろにいる男の一人が帳面に記録をつけている。

「では、お前のことはヒコと呼ぶことにしよう。ヒコ、今がいつかわかるか?」

「正確な日付はわかりませんが、空気の温度や匂いからして、秋の終わりごろだと思います」

 つまり暗鬼は、ひと月以上地下牢で尋問を受けていたことになる。その間の記憶はほとんど抜け落ちているが。

「自分が以前中州で何をしたかは覚えているか?」

「……はい」

 自分は華金の暗殺者で、この国の城主一族を始末するためにここに来た。しかし、それは失敗に終わり、暗鬼は捕えられたのだ。

「では、自分が何をされたのか、覚えているか?」

 そう問われて暗鬼は記憶を探った。尋問中のことはほとんど覚えていない。

「尋問をされました。内容は覚えていません。夢うつつの状態で、たくさんのことを聞き、たくさんのことを話したと思います」

 暗鬼の答えに絡柳はうなずいた。

「華金やお前自身のことを色々尋ねさせてもらった。お前が確かに与羽ように感化されていることがわかったため、俺たちの与羽への思いや、中州の素晴らしさを話したりもした」

 ようするに、すでに胸の片隅にあった暗鬼の与羽に対する信頼を、色々な情報を刷り込むことで増幅させたのだろう。

「軽い洗脳ですね」

「抵抗するか?」

 絡柳が目を細めた。ここで暗鬼がうなずけば、絡柳はさらに時間をかけて洗脳しなおすのだろうか。

「いいえ」

 暗鬼は首を横に振った。

「このおかげで、僕が中州や与羽のために働けるなら、ありがたい限りです。心からそう思います」

「まぁ、嘘ではないだろうな。お前の心にはもともと与羽のために生きたいという気持ちがあった。俺たちはお前に、俺たちもお前と同じ考えだと伝えただけだ」

「仲間ですね」

 暗鬼がほほえむ。

「……そう言うことだな」

 彼につられるように、絡柳もぎこちない笑みを浮かべた。彼には厳しい印象があったが、その笑みは与羽や凪に劣らずあたたかいもののように感じられた。

「ひどいことをしたとは思う。それは本当に申し訳なかった。俺の――中州国文官第五位、水月すいげつ絡柳の名で謝る」

「そ、そんなに偉い人だったんですか!?」

 中州の官位制度は華金と違う。中州の官吏は、地位が上のものから、一位、二位……と数字が割り振られるのだ。

「俺は武官二位だけどね」

 絡柳の後ろで大斗がつんと澄まして言う。彼の屋根からの奇襲は凄まじいの一言だったが、それも彼の官位を聞けばうなずけた。

「でなければ、城主や姫の命令とはいえ、ここまで内密に事を運べない。お前の罪は中州の公式記録には、謝って口にした毒草で錯乱し、姫を傷つけかけたとしか乗っていない。だから、お前の正体や、俺たちがお前にしたことは、ここにいる官吏と凪さん、中州の大臣たちと、あと数人しか知らない。尋問の件は特に与羽に悟らせはいけない。理由はわかるな?」

「はい」

 彼女の素直で美しい心を曇らせないためだ。お人よしばかりだと思っていた中州にも、ちゃんと国や城主一族を守るために必要な闇がある。しかし、光の塊であるような与羽にその闇を見せる必要はない。きっと、彼らも暗鬼と同じように思っているのだ。だから与羽はあんなにも無防備で心やさしいが、彼女はあのままがいい。周りの者が彼女の光を守っていければ――。

「与羽に会うか?」

 絡柳がそう尋ねる。

「いいんですか!?」

「と言うか、むしろ会ってやってくれ。ここひと月以上お前の心配ばかりでこちらの気が持たない」

 与羽は近くにいたのだろう。すぐにやってきた。後ろには、目付役の少年を従えている。確か名前は辰海たつみと言ったか。

「ユリ君大丈夫? ひどいことされんかった?」

 与羽は暗鬼を見るや否やそう眉を垂れ、彼の両手を取った。その爪がはがされていないか確認し、袖をまくり上げる。そこにまだ新しい傷をいくつか発見して、与羽は絡柳たちをにらみ据えた。

「必要なことだった。おかげで彼の疑いが晴れたんだ。許してくれ」

 絡柳は慌てることなくそう弁明した。

「そのおかげで解放が早まったんだから、むしろ感謝しなよ」

 大斗も言う。

「解放?」

 与羽がオウム返しに尋ねた。

「そう。そいつへの公式な罰は執行し終わったから、あとはお前の好きにしなよ」

 大斗は高圧的に言って、部屋を出ていく。与羽と暗鬼が話しやすいようにしたのか。それとも本当に監視はこれで終わりにするつもりなのか。ほかの面々もそれに従ってこの場から退いた。

「俺も城主へ報告があるから城に戻る。後は頼んだぞ」

 絡柳も主に辰海に言って、いなくなった。部屋に残ったのは、暗鬼と与羽、辰海の三人のみだ。

「本当に解放されたん?」

「……そうみたい? です」

 暗鬼は首をかしげながら答えた。

「よかった……」

「与羽さんのおかげです。あなたが、僕を許してくれたから――」

「だって、あんた悪い人って感じ全然せんかったもん」

 与羽は彼に殺されかけたはずなのだが、それを忘れてしまっているのだろうか。彼女の能天気なところは本当に理解できないが、そこが良い。
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