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第二部 - 二章 龍の額
二章四節 - 天駆の依頼
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「理由をお聞かせ願えますか?」
しかし、それを受けようと口を開いた与羽を絡柳が制した。
「中州の面々は慎重だな」
希理は笑みを浮かべているが、その口元には少し苦いものが見えた。
「希理様、わたしが代わりにお話しましょうか?」
主のわずかな変化に、彼の斜め後ろに座る空が遠慮気味に尋ねる。
「いや、空。これは俺が直接話さなくてはならない内容だ」
天駆領主は小さく息をつくと、姿勢を正した。
「しかし、何から話せばいいのか……。与羽姫に舞ってもらいたい理由は、形骸化しつつある天駆の神事に再び意味を見出して欲しいからだ」
「形骸化……」
与羽は口の中でつぶやいた。つまり、形だけが残り、神事としての本来の役割が忘れられつつあるということか。
「中州の面々がどれほどご存知かわからないので、背景から簡潔に説明するが、天駆という国は、龍神信仰の中心地で、国府の龍頭天駆は大地に変じた龍――土主の額であると言い伝えられる神聖な土地だ。古くから神事と政治は深く関係しあっていたが、時代を経るごとにそれらはさらに混ざり合っていった。
もちろん、現在でも神事が国にとって重要な儀式であることに変わりはない。いや、だからこそ良くないんだろうな。神事に携わることができる家がより高貴だと言う価値観を生んでしまった。正月神事に祈年祭、花祭り――。ほとんどすべての神事が本来の意味などそっちのけで貴族や官吏の威光を示す場になっている……」
それが、柊地司が憂いていたことか。
「そのような状況で姫に正月神事の舞を頼むのは、彼女の身に危険が及ぶのではありませんか?」
困ったように額をこぶしで撫でながら言う希理に、絡柳の厳しい指摘が入る。この一行を守る立場として、毅然とした態度を崩さない。
「もちろん与羽姫は全力でお守りするし、官吏たちの敵意が姫を向かないようにする。今回の正月神事には、普段は行われない式をはさみ、そこで与羽姫に舞っていただければと思うのだ」
それに対する希理も、時々自国の不始末に申し訳なさや恥じらいを見せつつも、一国の領主として威厳を保っている。
思いがけず始まった二ヶ国の領主と大臣による会談を与羽はかたずをのんで見守った。与羽の隣ではすでに辰海が帳面と筆記具を出し、二人の会話の内容を記録し始めている。あとで城下町にいる城主や大臣たちに報告を送るのだろう。
「式の概要をお伺いしてもいいですか?」
「『花姫おろし』の式のあと、姫には春花の姫を歓迎する、という形で舞を奉納していただきたい」
「花姫」と「春花の姫」は同じ存在を指す呼び名で、神話に登場する花の女神を示している。
「なるほど」
絡柳はうなずいて、巫女の実砂菜を振り返った。彼は庶民出身で神事には疎い。しかも、異国の神事となると知識はいっそう薄くなる。神職に就く者の意見を求めたのだろう。
しかし、実砂菜はその視線を辰海に移す。一瞬の視線のやり取りが交わされたのち、口を開いたのは辰海だった。
「『春花の姫を歓迎する舞』ということですが、それは人に対して舞うのでしょうか、それとも神に対して舞うのでしょうか?」
「…………?」
与羽は辰海の真面目な横顔を見ながら内心で首を傾げた。彼の言葉の意味がつかめない。しかし、それは希理も同じようで、わずかに口を開けたもののすぐさまの返答にはならなかった。
「『花姫おろし』は、妙齢の女性が舞踊を通して、春と花、大地の女神である『春花の姫』をその身に宿す儀式と心得ています。そして、彼女は神送りの儀が行われるまで、春花の姫として扱われるとも――。しかし、希理様は天駆の神事は形骸化しているとおっしゃいましたよね? そうなると、与羽姫は『春花の姫を演じる人間の女性』のために舞うことになってしまいます。それは、その女性やその後ろにいるであろう人々を勢いづかせるのに加担するのと同義ではないでしょうか?」
穏やかな口調で鋭い指摘をする辰海。
「その通りだな」
絡柳はそれに同調した。希理は言葉を探すように、片手で額を撫でている。彼が困ったときの癖らしい。
しかし、それを受けようと口を開いた与羽を絡柳が制した。
「中州の面々は慎重だな」
希理は笑みを浮かべているが、その口元には少し苦いものが見えた。
「希理様、わたしが代わりにお話しましょうか?」
主のわずかな変化に、彼の斜め後ろに座る空が遠慮気味に尋ねる。
「いや、空。これは俺が直接話さなくてはならない内容だ」
天駆領主は小さく息をつくと、姿勢を正した。
「しかし、何から話せばいいのか……。与羽姫に舞ってもらいたい理由は、形骸化しつつある天駆の神事に再び意味を見出して欲しいからだ」
「形骸化……」
与羽は口の中でつぶやいた。つまり、形だけが残り、神事としての本来の役割が忘れられつつあるということか。
「中州の面々がどれほどご存知かわからないので、背景から簡潔に説明するが、天駆という国は、龍神信仰の中心地で、国府の龍頭天駆は大地に変じた龍――土主の額であると言い伝えられる神聖な土地だ。古くから神事と政治は深く関係しあっていたが、時代を経るごとにそれらはさらに混ざり合っていった。
もちろん、現在でも神事が国にとって重要な儀式であることに変わりはない。いや、だからこそ良くないんだろうな。神事に携わることができる家がより高貴だと言う価値観を生んでしまった。正月神事に祈年祭、花祭り――。ほとんどすべての神事が本来の意味などそっちのけで貴族や官吏の威光を示す場になっている……」
それが、柊地司が憂いていたことか。
「そのような状況で姫に正月神事の舞を頼むのは、彼女の身に危険が及ぶのではありませんか?」
困ったように額をこぶしで撫でながら言う希理に、絡柳の厳しい指摘が入る。この一行を守る立場として、毅然とした態度を崩さない。
「もちろん与羽姫は全力でお守りするし、官吏たちの敵意が姫を向かないようにする。今回の正月神事には、普段は行われない式をはさみ、そこで与羽姫に舞っていただければと思うのだ」
それに対する希理も、時々自国の不始末に申し訳なさや恥じらいを見せつつも、一国の領主として威厳を保っている。
思いがけず始まった二ヶ国の領主と大臣による会談を与羽はかたずをのんで見守った。与羽の隣ではすでに辰海が帳面と筆記具を出し、二人の会話の内容を記録し始めている。あとで城下町にいる城主や大臣たちに報告を送るのだろう。
「式の概要をお伺いしてもいいですか?」
「『花姫おろし』の式のあと、姫には春花の姫を歓迎する、という形で舞を奉納していただきたい」
「花姫」と「春花の姫」は同じ存在を指す呼び名で、神話に登場する花の女神を示している。
「なるほど」
絡柳はうなずいて、巫女の実砂菜を振り返った。彼は庶民出身で神事には疎い。しかも、異国の神事となると知識はいっそう薄くなる。神職に就く者の意見を求めたのだろう。
しかし、実砂菜はその視線を辰海に移す。一瞬の視線のやり取りが交わされたのち、口を開いたのは辰海だった。
「『春花の姫を歓迎する舞』ということですが、それは人に対して舞うのでしょうか、それとも神に対して舞うのでしょうか?」
「…………?」
与羽は辰海の真面目な横顔を見ながら内心で首を傾げた。彼の言葉の意味がつかめない。しかし、それは希理も同じようで、わずかに口を開けたもののすぐさまの返答にはならなかった。
「『花姫おろし』は、妙齢の女性が舞踊を通して、春と花、大地の女神である『春花の姫』をその身に宿す儀式と心得ています。そして、彼女は神送りの儀が行われるまで、春花の姫として扱われるとも――。しかし、希理様は天駆の神事は形骸化しているとおっしゃいましたよね? そうなると、与羽姫は『春花の姫を演じる人間の女性』のために舞うことになってしまいます。それは、その女性やその後ろにいるであろう人々を勢いづかせるのに加担するのと同義ではないでしょうか?」
穏やかな口調で鋭い指摘をする辰海。
「その通りだな」
絡柳はそれに同調した。希理は言葉を探すように、片手で額を撫でている。彼が困ったときの癖らしい。
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