龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  第二部 - 二章 龍の額

二章五節 - 中州の提案

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「申し訳ありませんが、希理きり様。お返事まで少しお時間をいただけませんか?」

 絡柳らくりゅうは柔らかな物腰で提案した。

「それはもちろんだ」

 希理が深くうなずく。

古狐ふるぎつね殿の言う通り、俺の依頼は俺が思っていたよりも大きな危険をはらんでいるようだ。湯治とうじのために天駆あまがけにいらっしゃった老主人や中州の皆様を、不必要に長く龍頭天駆に引き留めるつもりはない。多少は天駆の官吏を交えて、中州の人々と良い話ができればと思っているが、湯治場に向かいたい場合は明日にでも護衛と案内の用意をする」

「それほど急ぐつもりはありません。天駆の皆様とお話したいのはこちらも同じです。わたしは銀工ぎんくの上級文官でもありますから、天駆の皆様とは是非ともたくさんお話ししたいのです」

 絡柳は天駆領主の手前、一人称を普段よりもかしこまったものに変えている。もともと、龍頭天駆には、年の瀬まで滞在して、いくつかの話し合いを行う予定だった。それを変更する気はない。

「銀工九位だそうだな。水月すいげつ大臣がとても優秀な方だと言うのは、良く聞いている。もし、天駆の官吏たちが俺を介さずに中州や銀工に対して、何かしらの要求や交渉を持ちかけてきたら、気兼ねなく俺に報告してくれ。うちの官吏は、……少し成果を急ぎすぎる」

 希理はあえて遠回しな表現を使ったが、要は自身の力を誇示するために中州を利用する官吏がいたら教えてほしいと言うことだ。

「わかりました」

「この場所は、ほとんど人が立ち寄らない屋敷内でも特に安全な場所で、出入りの使用人も減らしてあるが、不満があれば言ってくれ。さらに人の少ない場所が良ければ、月主つきぬし神殿を使えるよう準備してある」

 希理はそう言って、月主神殿の主である空を見た。

「空は俺がもっとも信頼する男の一人だ。安心して頼ってくれていい」

 希理と空の関係は、乱舞らんぶ大斗だいとや絡柳を重用するのに似ている。官吏ではなく、神官を腹心にしているところが、龍神信仰の盛んな天駆らしい。

「絡柳、希理殿はわしらのことをよく考えてくれとるようじゃ」

「そうですね」

 老主人に言われて、絡柳はうなずいた。

「そう言って頂けると、ありがたい。水月大臣はじめ、中州の人々が天駆の官吏と合う場合は、必ず俺も同席するので、その点も安心してくれ」

「感謝致します」

 絡柳はもう一度うなずいた。

「舞の件の返事はいつでも構わないし、断ってくれてももちろん構わない。話を聞いてくれてありがとう。それだけでも、少し肩の荷が下りた気分だ」

 希理の見せた笑顔は確かに晴れやかだった。

「わしらは希理殿の味方じゃよ」

 舞行まいゆきもしわだらけの顔を一層くしゃくしゃにして、笑顔を返す。

「舞手を受けるか否かはもう少し考えさせて頂きますが、共に悩んで解決策を探すことならできます」

 そう請け負ったのは絡柳だ。

「ありがたい。本当に、ありがたい」

 希理は何度も感謝の言葉を繰り返した。立派な体格からは予想もつかない、腰の低い人だと与羽ようは思った。

「心より、感謝申し上げます」と彼の後ろで夢見空ゆめみ そら神官も深々と頭を下げている。

 もしかすると、与羽の兄も同じようにたくさんの人に頭を下げ、協力を乞いながら国を導いているのだろうか。国を平安に納めるのは、与羽が想像するよりとても大変なことなのかもしれない。

 希理はさらに何度か感謝の言葉と、今後の予定を告げたあと退出の意思を示した。ここに到着したばかりの与羽たちに負担をかけたくないらしい。

「俺は屋敷の本殿にいる。何かあれば、土間に控える使用人に言って欲しい」

 その口調は、初めて会った時よりも少しやわらかい印象を受けた。

「この宿坊しゅくぼうを出ていただいて、外壁沿いに森方向へ進むと門があります。わたしはそのわきにある小部屋で書き物をしておりますので、何なりとお申し付けくださいませ。森の中は神域となっておりますので、不用意に立ち入られませぬよう」

 一方の空は変わらない。口元に穏やかな笑みを浮かべ、美しい声で流れるように話す。

「天駆に来たばかりだというのに、いきなり不躾な頼みごとをして本当に悪かった。ぜひ、ゆっくりとくつろいでくれ」

風主かざぬしの吐息に守られますように」

 希理と空が口々に言って、出ていくのを頭を下げて見送った。あまり長くは話せなかったが、天駆領主が良い人であることはわかった。だからこそ、彼の力になれればと思うのだが――。
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