龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
63 / 201
  第二部 - 四章 龍と龍姫

四章十節 - 月夜の神域

しおりを挟む
 外に出ると、そこにはすでに帰り支度を整えた人々が立っていた。

松明たいまつ!」

 箒と辰海たつみが集めていた薪で作ったらしいそれを実砂菜みさなが自慢げに見せびらかしている。焚火は松明の火種の分以外消されていた。

「では、戻りましょうか」

 空の号令で四本ある松明うち二本に火をともし、枯れ川をたどり始めた。残りの二本は予備として辰海が抱えている。

「で、この梅の枝って――?」

 与羽ようは自分の手の中にある紅白の梅のことを空に尋ねた。出発前に空から渡されたものだ。彼は石室に供えたもののほかにも何本か手折っていたらしい。

「あの石室近くに、わたしが『春花の庭』と呼んでいる不思議な場所があるのです。そこではもうじき梅が見ごろでしてね」

「なにそれ?」

 与羽は首を傾げた。

「僕も散策中に見つけたけど、たぶん火山の地熱で冬でも暖かいんだと思う」

「年中あったかかったら梅の花ってこんな時期でも咲くもんなん?」

「それは、わからないけど……」

 少なくとも、あの場所は初春のように暖かくて、草木が芽吹き、梅が咲こうとしていた。

「神の御業ですよ」

 そう納得するのが一番わかりやすいのかもしれない。

 与羽はまだ固いつぼみに鼻を近づけた。梅の匂いがする。本当に不思議だ。

 空を先頭に、一行はできるだけひとかたまりになって川下を目指した。

絡柳らくりゅう先輩、怒るかなぁ……」

「まぁ、かなり怒るだろうね。その覚悟があったから古狐ふるぎつねを捜しに行ったんだろう?」

 与羽の不安そうな声に大斗だいとが答える。

「それは、そうですけど……」

 怖いのか、緊張しているのか、言い訳を考えているのか。与羽の口数は徐々に少なくなった。

 一度松明を交換して、炎を維持しながら歩くこと二刻(四時間)。月主つきぬし神殿までは無事に戻ることができた。しかし、問題はここからだ。

「……おっと」

 先頭を歩く空が口の中でつぶやいて足を止めた。彼の視線の先に立っているのは――。

「絡柳先輩……」

 それと天駆あまがけ領主の希理きりだ。

 与羽は空を抜かし、絡柳に歩み寄った。

「先輩。あの、これ、お土産で……」

「与羽」

 少しでも彼の機嫌を取ろうと、梅の枝を差し出した与羽に絡柳の厳しい声が降り注いだ。

「俺は、絶対に神域に入るなと言ったはずだ」

「はい……。すみませんでした……」

 そう小さくなることしかできない。

「俺が許可したんだよ」

 そんな与羽をかばうように巨体を割り込ませたのは大斗だ。

「わたしが皆様を神域内にお誘いしたのです」

 空も大股に歩み寄ってくる。

「神域の恐ろしさはお前が一番身をもって知っているだろう……?」

「だからこそ、です」

 希理の言葉に空は背筋を伸ばして答えた。

「待ってください。元はと言えば、僕が自分勝手に神域に入ってしまったのが原因です! 与羽やほかの皆さんは何も悪くありません!」

 辰海も声を上げる。

「……止めなかった私も同罪です!」

 お互いをかばい合う面々を見比べて、実砂菜もそう手を挙げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...