龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  第二部 - 四章 龍と龍姫

四章十一節 - 月光の守り

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 絡柳らくりゅう与羽よう大斗だいと、空、辰海たつみ実砂菜みさな。それぞれの顔を順番に見ていった。その目は鋭く、にらみつけると言っても過言ではない。

「無事だったから許される、という結果論は好きじゃない。お前たちは万一の時、どうするつもりだったんだ?」

 低められた絡柳の声には、冷静にふるまいつつも隠しきれない怒りがこもっている。

「万一なんて起こりえない。勝算があったよ」

 答える大斗の顔は普段より真面目に見えた。

「それでも万一を想定しろって言うんなら、命でも何でも賭けるさ。姫君ひとり自由にさせてあげられないなんて、九鬼くきの恥だ。お前が家柄を出されるのを嫌うってことは知ってるけど、俺たちは何代も何代も城主一族の無茶に振り回されてきた。正直言って、これくらい想定内だし、なんてことないんだよ」

 庶民出身の絡柳とは違うものを、長年城主一族を守ってきた武官筆頭家出身の大斗は背負っている。

「お前の指示を守らなかったこと、お前を軽んじたこと、お前の顔をつぶしたことなら、いくらでも謝る。本当に、悪かった」

 大斗は足元に刀と脇差を投げ捨て、深々と頭を下げた。

 彼がこれほど本気で謝罪するところを見たのは、与羽も絡柳も初めてだ。大斗は武官筆頭家の長男という立場と武官二位の役職のせいか、横柄で自分勝手なところがある。絡柳は武器と一緒に投げ出された飾り紐を見た。紐の先には武官二位を示す玻璃ガラスぎょくがついている。武器も官位も投げ出した大斗の隣で、与羽や辰海、空、実砂菜も頭を下げた。

 天駆あまがけ領主は口を出す場面ではないと思ったのか、何も言わない。

「……俺は――」

 しばらくして、絡柳は小さく口を開いた。先ほどまでの厳しさは消えている。

「官位こそあるが、弱い立場の人間だ」

 彼には、大斗や辰海と違って後ろ盾となる生家がない。

「中州城主や、九鬼や古狐ふるぎつねが守ってくれるから、こうしてここに立てている」

 どこかの偉い官吏が絡柳を陥れようとすれば、簡単に閑職に追いやられるだろう。絡柳が大臣を務められるのは、城主やほかの大臣が絡柳を信頼し、能力を評価し、守ってくれているからに他ならない。大斗と辰海が絡柳を上官を認めてくれているから、この旅の責任者をしていられる。

 その気になれば、彼らは絡柳に頭を下げる必要など一切ないのだ。九鬼や古狐、城主一族の権力をちらつかせれば、絡柳は黙るほかない。

 しかし、彼らはそれをせずに頭を下げてくれる。絡柳は旅の面々を守る立場でありながら、それ以上に守られている。

「……だから、お前たちが全員無事に戻ってくれて、ありがとう」

 絡柳は大斗にも劣らないほど、深く頭を下げた。どうやら許されたようだ。

「すみませんでした、先輩」

 与羽はもう一度謝罪して彼に跳びついた。

「おい、やめろ」

 絡柳が狼狽うろたえた声をあげる。与羽は安心感から彼の首元を抱きしめた。

 大斗は無言で武器を定位置に戻している。いつもの軽口はないようだ。

「辰海君、悪いが与羽を離してもらっても良いか?」

「……わかりました」

 絡柳の依頼で、辰海は彼にしがみつく与羽を引き剥がした。

「与羽」

 その名を呼んで、彼女の頭と背を撫でる。与羽が大事に持っている梅の花束を潰さないよう、慎重に抱きしめた。

「たつ」

 与羽は辰海の腕の中で安心しきっている。

希理きり様、わたしになにかおとがめはありますか?」

 穏やかな空気が流れはじめた中で、空は自分のあるじに歩み寄った。

「いや、ない」

「あなたはわたしに甘すぎですね」

 天駆領主の答えに、空は肩をすくめた。

「お前は、半ば神の代理人みたいなところがあるだろう?」

 空の目のことを言っているようだ。

「この祝福はそんな大層なものじゃありませんよ。ただただ、人を永遠に神職に縛り付ける呪いです」

 空は低い声で呟いて、その足を月主神殿の方へ向けた。

「今夜はもうおそいですから、皆様を月主神殿へご招待致しましょう。お湯をたくさん沸かしますから、汗と汚れを落としてください。神官装束で良ければ、着替えもあります。食事もすぐに用意させましょう」

 いつもの響く声で全員に呼びかけた。

「お言葉に甘えさせて頂こう」

 絡柳がうなずいて空のあとを追う。与羽たちも責任者である彼に従った。

 ふと振り返れば、月は天高くに登って、白く輝いている。

 神官たちが使う「月の影が守りになりますように」という言葉。結局、それが影である理由は分からずじまいだ。

「月の光が……」

 何かうまいことを言おうと思ったが、思い浮かばない。

「月の光が、見守ってくれますように」

 言葉を切ってしまった与羽の隣で、辰海が呟いた。与羽と同じように月を見上げていた彼は、視線に気づいて与羽を見た。

「変な祈りだったかな?」

 少し恥ずかしがるように力なく笑う。

「いや、すごく良いと思う」

 与羽も使わせてもらうことにしよう。

「月の光が見守ってくれますように」

 そう祈って与羽は再び空のあとを追いかけた。辰海も同様だ。白い光は熱もなく、静かに冷たく辺りを照らし続けている。与羽たちが神殿に入ったあとも、疲れきって眠りに落ちたあとも――。いつまでも、夜を見守り続けていた。
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