68 / 201
第二部 - 五章 龍の舞
五章四節 - 官吏のあり方
しおりを挟む
まずは練習。絡柳を説得した日は神域を歩いた体力を回復するために休み、翌日与羽は練習用の扇を手に宿坊前の開けた場所に立った。他の面々は近くの岩や敷物の上など、思い思いの場所に座って楽器を構えている。空が貸してくれた楽器は、どれも初心者が扱いやすいように調整済みだ。
伴奏の主力となる辰海は、空と希理が用意してくれた横笛の中で一番手に馴染むものを買い取ることにした。以前のものよりも、音が硬くて遠くまで響く。趣味で吹くには少しうるさい気もするが、舞の伴奏として奏でるなら、これくらいがちょうどいいだろう。
演目は大斗が演奏できる曲に限られるので、三つのみ。城下町で最も有名な「水龍の舞」と、大斗が気に入っている力強くて軽快な民間信仰の踊りが二つ。
辰海の吹く囃子に合わせて与羽が扇を持って舞い踊る。大斗は普段の様子からは想像もつかないほど協調性が高く、辰海の笛や与羽の動きに合わせて三味線をかき鳴らした。
「一般教養だよ、こんなの」と涼しい顔をしている。
絡柳も楽器の経験はほとんどないと言いつつ、すぐに鼓を叩けるようになった。
「一定の速さで叩き続けるだけなら簡単だ」
安堵したように、鼓の表面に張られた皮を素手でポンポン鳴らした。
実砂菜の鈴も問題ない。時々先走ったり遅れたりもするが、それも考慮して与羽は自由に舞っている。
「儀式じゃないし、思ったようにやりましょう」
一通り練習終えた与羽は、楽器を構える面々を見渡した。
「これはええもんを見たのぅ!」
ずっと広間の窓から練習を見守っていた舞行が、盛大に手を叩いている。
与羽の舞と辰海の笛は、城下町でも一流。そこに自信に満ちた三味線の音色と、正確に刻まれる鼓の拍子、愛嬌ある鈴の音が組み合わさり、より良いものに仕上がっていた。それぞれが個性を見せながらも協力し合い、まとまるさまは、まさに舞行が誇りとする「中州の官吏のあり方」だ。
「本当に素晴らしいです。明日は月主神殿、あさっては水主神殿の舞殿を借りられるようにしました」
さっそく空は、与羽たちが舞う場所を確保したらしい。今日練習を開始したにもかかわらず明日から本番とは、気が早い。
「まぁ、最悪私と辰海がちゃんとしとればなんとかなるし、大丈夫か」
空もそう思って予定を立てたのだろう。
「もしよろしければ、神域外の神殿でも舞いませんか? そちらなら馬や籠で移動できますから、舞行様もご覧いただけますよ。護衛や人足は喜んで貸すと希理様がおっしゃっておりました」
「そりゃあええ!」
舞行は心底嬉しそうにしている。
「それって、民衆の前で舞うってこと?」
与羽が尋ねた。絡柳は許してくれるだろうか。
「その可能性もありますね」
空の答えに、与羽は旅の責任者を見る。
「……まぁ、いいだろう」
絡柳はうなずいた。
「本当にいいんですか?」
意外な答えだった。
「せっかくみんなで練習しているんだ。発表の場は多い方がいいだろう?」
絡柳の浮かべる笑みは、どこか野性味を帯びていて雄々しい。かすかな戸惑いを見せる与羽の目の前で、絡柳はポンポンと鼓を叩いてみせた。舞行が乗り気だからという理由もあるだろうが、彼自身も今の状況を楽しんでいるようだ。
「では、そちらも手配いたします」
空がうなずいた。
「人目に触れるんなら……」
与羽は何かを思いついたらしい。その顔に戸惑いはもうない。見る見るうちに彼女の口の端が歯が見えるほどに吊りあがり、目元が半月型に細められた。慌てて扇で口元を隠すが、彼女が悪巧みしているのは誰の目にも明らかだった。
「空」
与羽はそう呼びかけて、身をかがめた彼の耳になにかを囁き込んでいる。扇で口元を隠しているので、内容は一切読み取れない。
「わかりました」
与羽の指示は短かったようで、空はすぐにそううなずいた。
「ああ、大丈夫ですよ。与羽姫の身に危険が及ぶような提案ではありませんでした」
空は厳しい顔で様子を伺う大斗と絡柳を安心させるように笑みを浮かべた。ただ、空には与羽を神域に連れ出した前科があるので、二人の疑念が完全に解けることはなかったが。
「どうしても不安なら、辰海になら教えられる」
与羽はそう言って、先ほどと同じように辰海の耳にもいくつかの言葉を吹き込んだ。
「…………」
大斗と絡柳がそれを無言で見守っている。
「それって隠すほどのこと?」
全て聞き終わった辰海は首を傾げた。
「内緒の方がおもしろいじゃん!」
与羽は唇を尖らせた。
「うーん。たしかに与羽が危険になる内容じゃありませんでした」
少し困惑しつつも、辰海は二人にそう告げた。与羽を大切にしている彼が言うのだから、間違いはないだろう。大斗と絡柳はそれ以上追求しないことにした。
「まっ、お楽しみに」
「そのうち分かりますよ」
与羽と空はそう言って、姫や神官とは思えないほど意地悪な笑みを浮かべた。
伴奏の主力となる辰海は、空と希理が用意してくれた横笛の中で一番手に馴染むものを買い取ることにした。以前のものよりも、音が硬くて遠くまで響く。趣味で吹くには少しうるさい気もするが、舞の伴奏として奏でるなら、これくらいがちょうどいいだろう。
演目は大斗が演奏できる曲に限られるので、三つのみ。城下町で最も有名な「水龍の舞」と、大斗が気に入っている力強くて軽快な民間信仰の踊りが二つ。
辰海の吹く囃子に合わせて与羽が扇を持って舞い踊る。大斗は普段の様子からは想像もつかないほど協調性が高く、辰海の笛や与羽の動きに合わせて三味線をかき鳴らした。
「一般教養だよ、こんなの」と涼しい顔をしている。
絡柳も楽器の経験はほとんどないと言いつつ、すぐに鼓を叩けるようになった。
「一定の速さで叩き続けるだけなら簡単だ」
安堵したように、鼓の表面に張られた皮を素手でポンポン鳴らした。
実砂菜の鈴も問題ない。時々先走ったり遅れたりもするが、それも考慮して与羽は自由に舞っている。
「儀式じゃないし、思ったようにやりましょう」
一通り練習終えた与羽は、楽器を構える面々を見渡した。
「これはええもんを見たのぅ!」
ずっと広間の窓から練習を見守っていた舞行が、盛大に手を叩いている。
与羽の舞と辰海の笛は、城下町でも一流。そこに自信に満ちた三味線の音色と、正確に刻まれる鼓の拍子、愛嬌ある鈴の音が組み合わさり、より良いものに仕上がっていた。それぞれが個性を見せながらも協力し合い、まとまるさまは、まさに舞行が誇りとする「中州の官吏のあり方」だ。
「本当に素晴らしいです。明日は月主神殿、あさっては水主神殿の舞殿を借りられるようにしました」
さっそく空は、与羽たちが舞う場所を確保したらしい。今日練習を開始したにもかかわらず明日から本番とは、気が早い。
「まぁ、最悪私と辰海がちゃんとしとればなんとかなるし、大丈夫か」
空もそう思って予定を立てたのだろう。
「もしよろしければ、神域外の神殿でも舞いませんか? そちらなら馬や籠で移動できますから、舞行様もご覧いただけますよ。護衛や人足は喜んで貸すと希理様がおっしゃっておりました」
「そりゃあええ!」
舞行は心底嬉しそうにしている。
「それって、民衆の前で舞うってこと?」
与羽が尋ねた。絡柳は許してくれるだろうか。
「その可能性もありますね」
空の答えに、与羽は旅の責任者を見る。
「……まぁ、いいだろう」
絡柳はうなずいた。
「本当にいいんですか?」
意外な答えだった。
「せっかくみんなで練習しているんだ。発表の場は多い方がいいだろう?」
絡柳の浮かべる笑みは、どこか野性味を帯びていて雄々しい。かすかな戸惑いを見せる与羽の目の前で、絡柳はポンポンと鼓を叩いてみせた。舞行が乗り気だからという理由もあるだろうが、彼自身も今の状況を楽しんでいるようだ。
「では、そちらも手配いたします」
空がうなずいた。
「人目に触れるんなら……」
与羽は何かを思いついたらしい。その顔に戸惑いはもうない。見る見るうちに彼女の口の端が歯が見えるほどに吊りあがり、目元が半月型に細められた。慌てて扇で口元を隠すが、彼女が悪巧みしているのは誰の目にも明らかだった。
「空」
与羽はそう呼びかけて、身をかがめた彼の耳になにかを囁き込んでいる。扇で口元を隠しているので、内容は一切読み取れない。
「わかりました」
与羽の指示は短かったようで、空はすぐにそううなずいた。
「ああ、大丈夫ですよ。与羽姫の身に危険が及ぶような提案ではありませんでした」
空は厳しい顔で様子を伺う大斗と絡柳を安心させるように笑みを浮かべた。ただ、空には与羽を神域に連れ出した前科があるので、二人の疑念が完全に解けることはなかったが。
「どうしても不安なら、辰海になら教えられる」
与羽はそう言って、先ほどと同じように辰海の耳にもいくつかの言葉を吹き込んだ。
「…………」
大斗と絡柳がそれを無言で見守っている。
「それって隠すほどのこと?」
全て聞き終わった辰海は首を傾げた。
「内緒の方がおもしろいじゃん!」
与羽は唇を尖らせた。
「うーん。たしかに与羽が危険になる内容じゃありませんでした」
少し困惑しつつも、辰海は二人にそう告げた。与羽を大切にしている彼が言うのだから、間違いはないだろう。大斗と絡柳はそれ以上追求しないことにした。
「まっ、お楽しみに」
「そのうち分かりますよ」
与羽と空はそう言って、姫や神官とは思えないほど意地悪な笑みを浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる