龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  第二部 - 六章 龍の涙

六章六節 - 栗飯のおむすび

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 舞を終えた与羽ようが大きな拍手に送られて舞台袖へと戻っていく。

「お疲れさまでした」
「最高じゃったぞ!」

 さっそく空と舞行まいゆきがねぎらいの言葉を口にしてくれた。この控え所にいるのは、二人以外にも正月神事の準備に追われているらしき人々が数人。与羽は他の面々が戻ってくるのを待ちながら、追加のたきぎ舞殿まいでんを飾る布などを準備する神官たちに目を向けた。

 動き回る人々の中に、一人だけ静かにたたずむ少女がいる。年は与羽よりも少し若いくらい。十五歳前後だろうか。纏っているのは巫女装束に見えるが、白から黄緑、黄色を経て紅色に変わる鮮やかな襟元や薄い紅色の袴はあまり見ない色合いだ。空主神官なら薄青と金色だし、風主かざぬし神官なら緑と黄色のはず。

「彼女は今年の『花姫はなひめおろし』で舞う方です」

 与羽の視線に気づいた空が、そう耳打ちしてくれた。

「あの……、本当にすみませんでした……」

 その時、辰海たつみたちも舞台袖に戻ってきた。彼の謝罪が演奏のことを指しているのはすぐに分かった。

「全くだよ。譜面にない旋律を吹くのやめてくれる?」

 大斗だいとはひどく不機嫌そうだったが、無事にやり切ったという自信も垣間見える。

「皆さん臨機応変で素晴らしい演奏でしたよ」

 すばやい動きで、空が大斗をなだめに行った。この半月で機嫌を損ねやすい大斗の扱いを理解したらしい。

「この場所はすぐに正月神事に参加する人々でいっぱいになりますから、着替えて控えの間に戻りましょう」

 空の指示はもっともだ。

 与羽は大きく息をついて耳を澄ませた。すでに鐘の音は聞こえない。年が明けたのだろう。予定よりも長く舞ってしまったようだ。

 ゆっくり歩みはじめた空に中州の面々が続く。与羽は視線を感じて横を見た。美しく着飾った少女がこちらを見ている。その目に宿る感情は何だろう。

「龍神様と春花の姫の加護がありますように」

 与羽は少女にほほえみかけた。数刻後の神事で、彼女はその身に春花の姫をおろすことになる。すぐに目をそらそうとした少女は、話しかけられると思わなかったようだ。与羽に視線を戻したあどけなさの残る顔には驚きが見える。それに小さく手を振って、与羽は舞台袖をあとにした。

「……なんか、悪いこと言ったかな?」

 彼女から十分に離れたあと、与羽は空に確認した。少女の控えめな態度と、彼女から垣間見えた複雑な感情が少し気になったのだ。

「いいえ。あなたは龍の血を継ぐ姫君ですから、そんなことは一切気にする必要ありませんよ。たぶん、緊張していたか、驚いたか、もしくはその両方ではないでしょうか」

 空はいつもの穏やかな声で答えてくれた。

 空に案内されるがままに舞殿を離れて、舞装束に着替える時に使った部屋へ。衣装を脱ぎ、髪に編み込んだ飾り紐や房飾りを外してもらった。ただし、化粧を普段使いのものに戻すのは断った。あとは宿坊しゅくぼうに帰って寝るだけ。竜月りゅうげつに落としてもらえば十分だ。

 着替え終わった与羽が控えの間に行くと、そこではすでに与羽以外の全員がくつろいでいた。

「お前さ、もうちょっと集中して臨んでくれる?」

「……本当にすみませんでした」

 一枚板の机を囲んで、大斗が不機嫌そうに辰海をなじっている。

「辰海が舞の節回しを即興で吹いた話?」

 あの時はもちろん与羽も驚いた。天駆で最も大きい神殿で行われる大切な神事の前行事であるにもかかわらず、突然なにをはじめたのかと。

「あれ、大斗先輩良く合わせましたよね」

「合わせられるわけないでしょ? 適当にそれっぽく弾いただけだよ。堂々としていれば、周りは勝手にそういう演出なんだって誤解してくれる」

 あいかわらず彼の度胸は素晴らしい。

「ああいう節回しもあるのかと思った……」

 神事に疎い絡柳らくりゅうは、辰海や大斗の演奏に疑問を抱かなかったようだ。

「私は冷や汗すごかった」

 実砂菜みさなは寒気を感じたように自分の腕を両手でこすっている。

「本当にすみません……」

 辰海は謝罪の言葉を繰り返した。

「まぁ、何とかなったしいいんじゃない?」

 与羽自身は自由に舞うことができて意外と楽しめたのだし。

「与羽の良さが出た『水龍の舞』で素晴らしかったのぅ」

 舞行はそう笑みを浮かべている。

「終わり良ければすべて良しですよ」

 空も穏やかにほほえんだ。そうだ。終わったのだ。絡柳は夜が明ければ中州に向けて旅立ち、与羽たちはその翌日、湯治場へ向かう。少しだけ寂しい。
 与羽は喪失感をごまかすために、机に置かれた軽食に手を伸ばした。風主神殿に向かう前に早めの夕食をとったきりなので、空腹だ。

「……なんで栗ごはん?」

 皿に並べられたむすびには、麦と小栗が混ざっている。正月らしさは全くない。

「わたしの好みです」

 軽食を用意してくれた空はにっこりほほえんだ。

 確かに餅よりも食べやすくて、舞行にはいいのかもしれない。形のよい三角形に整えられた栗飯を、口へ運ぶ。一口かじると、自分が予想以上に空腹なことに気づいた。栗の甘さと表面の塩気がいい塩梅あんばいだ。
 与羽は周りの人々と会話するのも忘れて、あっという間に一つたいらげ、二つ目に手を伸ばた。
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