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第二部 - 六章 龍の涙
六章七節 - 神官の涙
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「おいしいですか?」
穏やかな空の声が聞こえる。
「うん」
与羽はうなずいて二個目を口に運びながら空を見た。彼の口元にはいつもの笑みが浮かんでいる。しかし、その目は笑っていない。
「空?」
なぜ彼は悲しそうな顔で笑っているのだろう。与羽は手に持っていたむすびを目の前の取り皿に置いた。
「あ……。すみません。少し、物思いにふけっていました」
空は与羽の心配を感じ取って笑おうとした。しかし、笑みの形に細めようとした目から、澄んだしずくが零れ落ちる。
「おっと……」
慌てたようにほほに伝った涙をぬぐう空。
「ふふふ。ご心配なく。月主様の祝福を受けていると、稀にこうなるのです」
空は冠を外し、長い前髪でその顔を覆い隠した。与羽は絡柳から今後の引継ぎを聞いている辰海に視線を向けた。彼も濃さの差はあれ月主の祝福を受けているはずだが、彼が涙を流す様子はない。幸い、辰海をはじめ、与羽以外の人々は絡柳の話に夢中でこちらに気を留めていないようだ。
「そう言うことにしておいてください」
納得しきっていない与羽にそう言って、空は顔をあげた。
「空……」
与羽の呼びかけに空は笑みで答える。丁寧に覆い隠された目元のせいで、彼の感情は読み取れない。空はゆっくりと立ち上がった。
「夢見神官?」
そこでやっと与羽以外の人々も意識を空に向けた。
「宿坊に戻る準備はできておりますが、いかがされますか?」
そう問いかける空の口調も雰囲気も、普段通りだ。先ほどの涙を見た与羽は、それが無理をしているものだと察せたが、他の人々の前では追求できない。
「老主人、どうされますか?」
絡柳は舞行に確認をとった。
「絡柳は明日の夜には城下町に着きたいんじゃろう? それなら、早う戻って休もうぞ」
彼の判断は早かった。与羽も他の面々も異論はない。
「ではそのように。少し指示をしてまいりますので、この場でお待ちください」
空はすばやく背を向けて退室していく。それは何の違和感もない動作だったが、与羽には少し引っかかるものがあった。この場を早く離れたかったのではないかと――。
「辰海」
与羽は机の上の食器を片付けている幼馴染に呼びかけた。
「なに?」
辰海はすぐに手を止めて与羽に視線を向けてくれる。
「大丈夫?」
「え?」
何に対する確認なのかわからなかったのだろう。辰海は首をかしげて瞬きした。夜の室内の明るさでは、彼の目の赤味はまったくわからない。
「ほら、大斗先輩に結構文句言われとったしさ」
与羽はそうごまかした。彼の身に異常がないのならそれで良い。
「ああ。へーきだよ」
辰海は与羽を安心させるように笑みを浮かべる。その顔には、悲しみも不安も感じられない。
「それならよかった」
「これは、食べる?」
短い会話のあと、辰海は再び机の片付けに戻った。
「食べる」
与羽の取り皿を指さして尋ねる辰海にそう答えて、与羽は栗ごはんのおむすびを口に運んだ。
空の涙の理由は何なのだろう。本当に月主の祝福によるもの、それだけなのだろうか。彼は栗飯を食べる与羽を見て泣いていた。与羽の姿が彼の心にある何かに触れたのだろうか。気になるが、きっと与羽が尋ねても彼は答えない。
栗飯のほのかな塩気に、与羽はなぜか胸が苦しくなった。
穏やかな空の声が聞こえる。
「うん」
与羽はうなずいて二個目を口に運びながら空を見た。彼の口元にはいつもの笑みが浮かんでいる。しかし、その目は笑っていない。
「空?」
なぜ彼は悲しそうな顔で笑っているのだろう。与羽は手に持っていたむすびを目の前の取り皿に置いた。
「あ……。すみません。少し、物思いにふけっていました」
空は与羽の心配を感じ取って笑おうとした。しかし、笑みの形に細めようとした目から、澄んだしずくが零れ落ちる。
「おっと……」
慌てたようにほほに伝った涙をぬぐう空。
「ふふふ。ご心配なく。月主様の祝福を受けていると、稀にこうなるのです」
空は冠を外し、長い前髪でその顔を覆い隠した。与羽は絡柳から今後の引継ぎを聞いている辰海に視線を向けた。彼も濃さの差はあれ月主の祝福を受けているはずだが、彼が涙を流す様子はない。幸い、辰海をはじめ、与羽以外の人々は絡柳の話に夢中でこちらに気を留めていないようだ。
「そう言うことにしておいてください」
納得しきっていない与羽にそう言って、空は顔をあげた。
「空……」
与羽の呼びかけに空は笑みで答える。丁寧に覆い隠された目元のせいで、彼の感情は読み取れない。空はゆっくりと立ち上がった。
「夢見神官?」
そこでやっと与羽以外の人々も意識を空に向けた。
「宿坊に戻る準備はできておりますが、いかがされますか?」
そう問いかける空の口調も雰囲気も、普段通りだ。先ほどの涙を見た与羽は、それが無理をしているものだと察せたが、他の人々の前では追求できない。
「老主人、どうされますか?」
絡柳は舞行に確認をとった。
「絡柳は明日の夜には城下町に着きたいんじゃろう? それなら、早う戻って休もうぞ」
彼の判断は早かった。与羽も他の面々も異論はない。
「ではそのように。少し指示をしてまいりますので、この場でお待ちください」
空はすばやく背を向けて退室していく。それは何の違和感もない動作だったが、与羽には少し引っかかるものがあった。この場を早く離れたかったのではないかと――。
「辰海」
与羽は机の上の食器を片付けている幼馴染に呼びかけた。
「なに?」
辰海はすぐに手を止めて与羽に視線を向けてくれる。
「大丈夫?」
「え?」
何に対する確認なのかわからなかったのだろう。辰海は首をかしげて瞬きした。夜の室内の明るさでは、彼の目の赤味はまったくわからない。
「ほら、大斗先輩に結構文句言われとったしさ」
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「ああ。へーきだよ」
辰海は与羽を安心させるように笑みを浮かべる。その顔には、悲しみも不安も感じられない。
「それならよかった」
「これは、食べる?」
短い会話のあと、辰海は再び机の片付けに戻った。
「食べる」
与羽の取り皿を指さして尋ねる辰海にそう答えて、与羽は栗ごはんのおむすびを口に運んだ。
空の涙の理由は何なのだろう。本当に月主の祝福によるもの、それだけなのだろうか。彼は栗飯を食べる与羽を見て泣いていた。与羽の姿が彼の心にある何かに触れたのだろうか。気になるが、きっと与羽が尋ねても彼は答えない。
栗飯のほのかな塩気に、与羽はなぜか胸が苦しくなった。
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