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外伝 - 第三章 龍姫と賢帝の雛
三章四節 - 龍姫の悩み
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「悪かったな。姫様まで一時的とはいえ道場から追い出されてしまって」
絡柳は話題を変えて話し続ける。
「いいえ、……水月文官こそ。武官試験を受けるんですよね? 大事な時期に……。ごめんなさい」
「まったく気にする必要はないさ」
絡柳はうつむく与羽の頭を軽くたたいた。ポンと。励ますように。
「俺はすでに上級文官位を頂いているから、三次試験までは免除されている。実務形式の四次試験に受かればいいだけ。余裕だ。時間はまだあるし、こう見えて俺は結構強いぞ。むしろ、姫様こそ大丈夫か?」
「私は、試験を受けるわけじゃないので、全く問題ありません」
与羽は絡柳と共に大通りを東――城の方へと歩きながら答えた。
「そうか、今年の試験の時期だと姫様はまだ十一か」
中州の官吏試験は満十二歳から受けられる。辰海は四月の時点で十二を迎えたが、与羽の生まれは十一月。まだ試験を受けられない。
「だが、来年は受けるんだろう?」
「いいえ。官吏になろうとは思ってないので」
与羽は自分でも驚くほどすばやく答えた。
「なぜ?」
「…………」
しかし、そう聞かれて口をつぐんでしまう。なぜだろう。官吏になれば、国のために働ける。ただ、与羽にはその実感がわかなかった。官吏になりたくないわけではない。今はまだ、なる気が起きないというべきか。
「まぁ、来年になれば気が変わるかもしれないな。たとえ官吏にならなくても、『中州の姫』としてできることはたくさんあるだろうし」
絡柳はもう一度与羽の頭に手をのせた。
「…………」
与羽は何も答えなかった。その沈黙をどう取ったのか、絡柳が与羽の頭にのせたままにしている手をゆっくりと動かす。その手つきは不慣れなものの、やさしい。
「きっといつか気づきがある。それまでは、もうしばらく姫様の好きに生きるといい」
落ち着いた声だった。それなのに、与羽の胸は苦しくなる。彼の言葉を痛いと思った。
「……好きに、ってなんですか? 私が好きに生きたら、みんなの邪魔になる……」
彼が思いやりで発言しているのは分かる。しかし、それは与羽にとって言って欲しくない内容なのだ。
「さっきの奴が言ったことを気に病んでいるのか? あれはただの言いがかりだ。姫様が小さくて弱そうだったから、試験の重圧を発散するためにしかけたに過ぎない。完全に間違ったやり方な上、実際はあなたの方が強くて、返り討ちにされる醜態を晒していたわけだが」
絡柳は愉快そうに、くっくっと喉を鳴らして笑った。
「小柄な姫様が、大人の男を押し倒すさまはなかなか爽快だったぞ」
「違うんです」
そう言うことではないと、与羽は大きく首を振った。その拍子に、与羽の頭をなでていた絡柳の手が離れる。
「私がわがまま言うと迷惑って人が他にもいるんです……」
少し驚いたように一歩後ずさった絡柳に、与羽は小さく言葉を絞り出した。ほとんど初対面の相手に、こんな相談事をするべきではないだろう。しかし、彼なら助けてくれるかもしれないと言う華奈の言葉に縋りつきたかった。
「それはごく一部の人間だけだ。気にするな」
あごに手を当てた絡柳は、先ほどよりも慎重に言葉を選んでいるようだった。一瞬前の出来事をすぐに反省し、改善しながら実行に移している。
「声と態度の大きい奴は目立つが、冷静になって確かめると、ほんの数人が騒いでいるだけだったりする。まずは落ち着いて状況を確認するんだ。そして、自分を受け入れてくれる味方を増やし、それを力と自信に立ち向かっていく」
庶民出身の絡柳は、そうやって今の地位まで這い上がってきたのだろう。与羽よりもはるかに敵が多い中を。
「だが、俺に城主一族出身のお前の悩みはわからない。見当違いな助言をしていたら、悪いな」
そして、彼は与羽の恵まれた立場だからこそ直面する困難があることを理解して、与羽の心情をくむ言葉で締めくくった。
「甘えてるだけとか、そんなちょっとしたことで、とか思わないんですか?」
「全く思わないな。物事の捉え方は人それぞれだ」
助言時とは違い、彼の否定は早かった。日頃から当たり前にそう考えているのだろう。絡柳とこうして話すのははじめてだったが、堅苦しい雰囲気とは裏腹に柔軟な考え方をする人だと与羽は思った。優秀な上級文官として活躍する彼ならば、辰海のことをもっと相談できるのかもしれない。
絡柳は話題を変えて話し続ける。
「いいえ、……水月文官こそ。武官試験を受けるんですよね? 大事な時期に……。ごめんなさい」
「まったく気にする必要はないさ」
絡柳はうつむく与羽の頭を軽くたたいた。ポンと。励ますように。
「俺はすでに上級文官位を頂いているから、三次試験までは免除されている。実務形式の四次試験に受かればいいだけ。余裕だ。時間はまだあるし、こう見えて俺は結構強いぞ。むしろ、姫様こそ大丈夫か?」
「私は、試験を受けるわけじゃないので、全く問題ありません」
与羽は絡柳と共に大通りを東――城の方へと歩きながら答えた。
「そうか、今年の試験の時期だと姫様はまだ十一か」
中州の官吏試験は満十二歳から受けられる。辰海は四月の時点で十二を迎えたが、与羽の生まれは十一月。まだ試験を受けられない。
「だが、来年は受けるんだろう?」
「いいえ。官吏になろうとは思ってないので」
与羽は自分でも驚くほどすばやく答えた。
「なぜ?」
「…………」
しかし、そう聞かれて口をつぐんでしまう。なぜだろう。官吏になれば、国のために働ける。ただ、与羽にはその実感がわかなかった。官吏になりたくないわけではない。今はまだ、なる気が起きないというべきか。
「まぁ、来年になれば気が変わるかもしれないな。たとえ官吏にならなくても、『中州の姫』としてできることはたくさんあるだろうし」
絡柳はもう一度与羽の頭に手をのせた。
「…………」
与羽は何も答えなかった。その沈黙をどう取ったのか、絡柳が与羽の頭にのせたままにしている手をゆっくりと動かす。その手つきは不慣れなものの、やさしい。
「きっといつか気づきがある。それまでは、もうしばらく姫様の好きに生きるといい」
落ち着いた声だった。それなのに、与羽の胸は苦しくなる。彼の言葉を痛いと思った。
「……好きに、ってなんですか? 私が好きに生きたら、みんなの邪魔になる……」
彼が思いやりで発言しているのは分かる。しかし、それは与羽にとって言って欲しくない内容なのだ。
「さっきの奴が言ったことを気に病んでいるのか? あれはただの言いがかりだ。姫様が小さくて弱そうだったから、試験の重圧を発散するためにしかけたに過ぎない。完全に間違ったやり方な上、実際はあなたの方が強くて、返り討ちにされる醜態を晒していたわけだが」
絡柳は愉快そうに、くっくっと喉を鳴らして笑った。
「小柄な姫様が、大人の男を押し倒すさまはなかなか爽快だったぞ」
「違うんです」
そう言うことではないと、与羽は大きく首を振った。その拍子に、与羽の頭をなでていた絡柳の手が離れる。
「私がわがまま言うと迷惑って人が他にもいるんです……」
少し驚いたように一歩後ずさった絡柳に、与羽は小さく言葉を絞り出した。ほとんど初対面の相手に、こんな相談事をするべきではないだろう。しかし、彼なら助けてくれるかもしれないと言う華奈の言葉に縋りつきたかった。
「それはごく一部の人間だけだ。気にするな」
あごに手を当てた絡柳は、先ほどよりも慎重に言葉を選んでいるようだった。一瞬前の出来事をすぐに反省し、改善しながら実行に移している。
「声と態度の大きい奴は目立つが、冷静になって確かめると、ほんの数人が騒いでいるだけだったりする。まずは落ち着いて状況を確認するんだ。そして、自分を受け入れてくれる味方を増やし、それを力と自信に立ち向かっていく」
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「だが、俺に城主一族出身のお前の悩みはわからない。見当違いな助言をしていたら、悪いな」
そして、彼は与羽の恵まれた立場だからこそ直面する困難があることを理解して、与羽の心情をくむ言葉で締めくくった。
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