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外伝 - 第三章 龍姫と賢帝の雛
三章五節 - 雛の助言
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「あの……、私の友達が今年の官吏登用試験を受けてて、その重圧で私や周りの人を無視すると言うか、八つ当たりすると言うか……。なんだか精神的に追い詰められている感じなんです。……なんとかしてあげたいんですけど、どうすれば良いと思いますか?」
「あぁ、あいつだな」
絡柳は与羽が辰海のことを言っているとすぐにわかったようだ。
「高い目標と理想を掲げ、それに押し潰されて辞めていく官吏は少なくない。そこから立ち直り、再び進めるようになった奴は、だいたい二種類に分けられる。理想を捨て、違うこと――例えばお金や家族のために仕事を続けようと決めた者。そして、強い精神力で絶望から這い上がった者」
二本の指を曲げながら説明する絡柳。きっと彼自身は後者なのだろう。彼が自分の理想に向かって力強く歩んでいるのは察せる。
「どうしたら――」
与羽は希望に満ちた眼差しで絡柳を見た。辰海が官吏として進むために、与羽に何ができるのだろう。しかし、そんな期待とは裏腹に、絡柳は短い前髪をかき乱した。
「外野からできることは、あまりないんだよなぁ。ただ、俺の経験から言えば……」
再び顔を上げた絡柳がふっと笑う。
「そいつが本当に折れて壊れそうになった時は、手を差し伸べてやって欲しい。余裕のない相手は、それを拒むかもしれないが、自分でどうしようもないのなら、誰かが無理やりでも引き上げてやるしかないんだ」
彼にも昔、そうやって手を差し伸べてくれた人がいたのだろうか。あまり深い話を聞くのは失礼な気がしたので、与羽は静かにうなずいた。
「だが、相手が姫様までどん底に引っ張り下ろそうとしたら、全力で距離を取れ。共倒れほど悲しいことはない」
「……わかりました」
与羽にあの幼馴染が救えるだろうか。彼は真面目で努力家で、とても賢い。たった半年生まれが違うだけなのに、官吏として国の役に立とうとまっすぐ進んでいる。
――それに比べて、私は。
何度目かわからない後ろ向きな思考をしそうになって、与羽は慌てて首を横に振った。
「あの……、私、その友人に『君の引き立て役や付属品じゃない』って言われたんです。確かに昔の私は甘えてばっかりで、頼ってばっかりで、変わらなきゃって思うのですが、何をすればいいかわからないんです。私は今までも『好きに』生きてきました。でも、そのせいでこんなことになっていて……。だから、私は好きに生きちゃダメなんだと思います。でも、それなら、本当に……、何をすればいいのか――」
与羽の正直な告白は、次第に小さくなって途切れてしまった。
「……なるほどな」
一呼吸分与羽の言葉を待った絡柳は、ゆっくりとうなずきながら足を止めた。観察するように与羽を眺める。細身の体に動きやすそうな丈短かな着物。大きな青紫色の瞳に頭の高い位置で一つに束ねた青く輝く黒い髪。
「姫様の得意なことを伸ばすと良い。と言っても、何が得意かもまだよくわからないよな」
「……はい」
与羽はうつむいた。
絡柳は再び城方向へ歩きはじめながら思案している。その歩みは先ほどよりもゆっくりで、与羽は隣からその表情を伺った。
「……話は変わるが、ちゃんと相手には今まで頼りすぎていたことを詫びたのか?」
何かを考えこむ表情のまま、絡柳が口を開く。その目はまっすぐ前方に向けられたままだ。
「えっと……。もしかしたら、謝っていないかもしれません」
辰海の冷淡な扱いに戸惑い、自分を変えようと努力する一方で、過去の自分を良くかえりみられていなかったような気もする。
「それなら、まずはそれを伝えるべきだな。ただ、あなたは姫様なのだから、人に頼って当然な気もする。あなたはそれが許される立場――」
「辰海は悪くない! ……です」
与羽の否定は早かった。絡柳も華奈も、甘えすぎていた与羽より、それを許さない辰海に非があるような発言をする。
「……そうか」
絡柳は一瞬驚いた表情を見せたあと、自分を睨む与羽の顔を見返した。
「姫様は身分や立場よりも、個人を重んじる考え方のようだな」
その口調は、冷静に与羽を分析している。
「……ダメですか?」
与羽が城主一族の出身でなければ、彼らはこれほど強く与羽を擁護しなかったはずだ。
「いいや。むしろ大歓迎だ」
絡柳の顔に再び笑みが浮かんだ。
「乱舞や姫様がそういう考え方をしてくれているから、俺のような人間でも上級文官になれたし、これからも上を目指して精進していこうと思えるんだ。――姫様の悩みを、身分関係なく判断するなら……」
絡柳はあごに手を当てて、再び思考を開始した。
「一方的に頼りっぱなしだったお前にも非がある。人は協力し合って生きるものだと俺は考えている。お前が見返りなく相手を頼り続けていたのなら、向こうがそれに耐えきれなくなるのも無理はない。相手が十二そこらの子どもならなおさらだ」
「はい」
自分の問題点を指摘されて、与羽は不思議と安心した。
「ただ、十分に話し合って、反省と改善の機会を与えることすらせず、一方的に拒絶する向こうのやり方も幼稚だ」
「……はい」
それは与羽も不満に思っていたことだ。
「だから、……そうだな。やはり、まずはよく話し合えとしか言えないかもしれない。次に、お前も相手に何かを与えられる人間になることだ。それが正しいあり方だと俺は考えている」
彼の言うことは理解できるし、その通りだと思う。ちゃんと謝罪して、話さなくてはならない。
しかし、そのあとが不安でいっぱいなのだ。あの完璧な幼馴染に与羽が与えられるものなどあるのだろうか。勉強も運動も彼の方が数段上で、機転も効く。結局、誰も与羽が本当に必要としている問題の答えは教えてくれない。
「あぁ、あいつだな」
絡柳は与羽が辰海のことを言っているとすぐにわかったようだ。
「高い目標と理想を掲げ、それに押し潰されて辞めていく官吏は少なくない。そこから立ち直り、再び進めるようになった奴は、だいたい二種類に分けられる。理想を捨て、違うこと――例えばお金や家族のために仕事を続けようと決めた者。そして、強い精神力で絶望から這い上がった者」
二本の指を曲げながら説明する絡柳。きっと彼自身は後者なのだろう。彼が自分の理想に向かって力強く歩んでいるのは察せる。
「どうしたら――」
与羽は希望に満ちた眼差しで絡柳を見た。辰海が官吏として進むために、与羽に何ができるのだろう。しかし、そんな期待とは裏腹に、絡柳は短い前髪をかき乱した。
「外野からできることは、あまりないんだよなぁ。ただ、俺の経験から言えば……」
再び顔を上げた絡柳がふっと笑う。
「そいつが本当に折れて壊れそうになった時は、手を差し伸べてやって欲しい。余裕のない相手は、それを拒むかもしれないが、自分でどうしようもないのなら、誰かが無理やりでも引き上げてやるしかないんだ」
彼にも昔、そうやって手を差し伸べてくれた人がいたのだろうか。あまり深い話を聞くのは失礼な気がしたので、与羽は静かにうなずいた。
「だが、相手が姫様までどん底に引っ張り下ろそうとしたら、全力で距離を取れ。共倒れほど悲しいことはない」
「……わかりました」
与羽にあの幼馴染が救えるだろうか。彼は真面目で努力家で、とても賢い。たった半年生まれが違うだけなのに、官吏として国の役に立とうとまっすぐ進んでいる。
――それに比べて、私は。
何度目かわからない後ろ向きな思考をしそうになって、与羽は慌てて首を横に振った。
「あの……、私、その友人に『君の引き立て役や付属品じゃない』って言われたんです。確かに昔の私は甘えてばっかりで、頼ってばっかりで、変わらなきゃって思うのですが、何をすればいいかわからないんです。私は今までも『好きに』生きてきました。でも、そのせいでこんなことになっていて……。だから、私は好きに生きちゃダメなんだと思います。でも、それなら、本当に……、何をすればいいのか――」
与羽の正直な告白は、次第に小さくなって途切れてしまった。
「……なるほどな」
一呼吸分与羽の言葉を待った絡柳は、ゆっくりとうなずきながら足を止めた。観察するように与羽を眺める。細身の体に動きやすそうな丈短かな着物。大きな青紫色の瞳に頭の高い位置で一つに束ねた青く輝く黒い髪。
「姫様の得意なことを伸ばすと良い。と言っても、何が得意かもまだよくわからないよな」
「……はい」
与羽はうつむいた。
絡柳は再び城方向へ歩きはじめながら思案している。その歩みは先ほどよりもゆっくりで、与羽は隣からその表情を伺った。
「……話は変わるが、ちゃんと相手には今まで頼りすぎていたことを詫びたのか?」
何かを考えこむ表情のまま、絡柳が口を開く。その目はまっすぐ前方に向けられたままだ。
「えっと……。もしかしたら、謝っていないかもしれません」
辰海の冷淡な扱いに戸惑い、自分を変えようと努力する一方で、過去の自分を良くかえりみられていなかったような気もする。
「それなら、まずはそれを伝えるべきだな。ただ、あなたは姫様なのだから、人に頼って当然な気もする。あなたはそれが許される立場――」
「辰海は悪くない! ……です」
与羽の否定は早かった。絡柳も華奈も、甘えすぎていた与羽より、それを許さない辰海に非があるような発言をする。
「……そうか」
絡柳は一瞬驚いた表情を見せたあと、自分を睨む与羽の顔を見返した。
「姫様は身分や立場よりも、個人を重んじる考え方のようだな」
その口調は、冷静に与羽を分析している。
「……ダメですか?」
与羽が城主一族の出身でなければ、彼らはこれほど強く与羽を擁護しなかったはずだ。
「いいや。むしろ大歓迎だ」
絡柳の顔に再び笑みが浮かんだ。
「乱舞や姫様がそういう考え方をしてくれているから、俺のような人間でも上級文官になれたし、これからも上を目指して精進していこうと思えるんだ。――姫様の悩みを、身分関係なく判断するなら……」
絡柳はあごに手を当てて、再び思考を開始した。
「一方的に頼りっぱなしだったお前にも非がある。人は協力し合って生きるものだと俺は考えている。お前が見返りなく相手を頼り続けていたのなら、向こうがそれに耐えきれなくなるのも無理はない。相手が十二そこらの子どもならなおさらだ」
「はい」
自分の問題点を指摘されて、与羽は不思議と安心した。
「ただ、十分に話し合って、反省と改善の機会を与えることすらせず、一方的に拒絶する向こうのやり方も幼稚だ」
「……はい」
それは与羽も不満に思っていたことだ。
「だから、……そうだな。やはり、まずはよく話し合えとしか言えないかもしれない。次に、お前も相手に何かを与えられる人間になることだ。それが正しいあり方だと俺は考えている」
彼の言うことは理解できるし、その通りだと思う。ちゃんと謝罪して、話さなくてはならない。
しかし、そのあとが不安でいっぱいなのだ。あの完璧な幼馴染に与羽が与えられるものなどあるのだろうか。勉強も運動も彼の方が数段上で、機転も効く。結局、誰も与羽が本当に必要としている問題の答えは教えてくれない。
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