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外伝 - 第四章 文官登用試験
四章八節 - 城主との面談
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文官登用試験四次試験の結果が発表された二日後、五次試験が開始された。内容は中州城主と数人の大臣を前にした面接選考。今年の四次試験を通過した文官志望者は百二十人ほど。数日かけて彼らの受け答えや態度が官吏に適しているかを、中州国を支える上級官自ら審査していく。
「やあ、辰海君、ようこそ」
なお、五次試験の面接は、四次試験の点数上位順。辰海が最初だった。
「中州城主ならびに大臣の皆様とこの場でお話しできることを、心から光栄に思います」
辰海は城主と五人の大臣が並ぶ謁見の間で深く頭を下げて最敬礼した。見慣れた相手、通い慣れた場所であっても、緊張を覚える。一位から五位の文官全員が選考に立ち会うのは、一日目だけだ。それだけ四次試験で上位の成績を修めた者は期待されている。
「ふふ、楽にして良いよ。ここまで来たら君は間違いなく準吏になれるんだから、心配することは何もない」
辰海の正面、一段高い場所に座る中州城主――乱舞は辰海より二つ上の十四歳。無邪気に紡がれる言葉は、体をこわばらせる辰海を心から案じてくれているのか、辰海を試しているのか。彼のあどけなさの残る笑顔からはわからない。
「ありがとうございます」
辰海は当たり障りない感謝を口にしつつも、緊張を解かなかった。
「本来、この場では四次試験で提出してもらった内容について、それぞれの大臣から質疑応答を行うんだけど、辰海君の場合は提出物が本当に多かった。議事録は次の朝議から来てほしいくらい完璧だったし、書写も最高点。地誌制作の計画書も良かった。治水や貿易みたいな本来の古狐系官吏の仕事じゃない部分もよく理解してるなって思ったよ。君は本当に賢い人間だ」
「ありがとうございます!」
城主からの褒め言葉は純粋に喜ばしい。
「大臣たちも何かあれば」
乱舞は自分より一段下に並ぶ男女を眺めたあと、最も近くに座る文官一位を見た。古狐卯龍。辰海の父親だ。
「俺からの言葉は身内びいきになるから避けるべきだろう。だが、『よくやった』と思う」
大臣たちからの言葉の多くは、辰海を褒める内容だった。時には課題について質問されたり、不足を指摘されたりすることもあったが、必要な答弁をし、至らなかった部分は素直に受け止める。完璧な受け答えができていると辰海は面談を続けながら自己評価した。
「で、これが最後なんだけどさ」
面談時間は四半刻(三十分)ほど。そろそろ終了という頃合いに口を開いたのは、中州城主だった。
「はい」
辰海は伸ばしていた背筋をさらに直立させて、次の言葉を待った。
「君は、文官になってどんな仕事をしたい?」
「しばらくは父や他の官吏の補佐をして、経験を積んで知識を増やそうと考えています」
「そのあとは?」
「そのあとは、尊敬する父や祖父や先代の古狐の人々と同じように、城主の支えとなり、この国をより豊かにしていきたいです。地誌や歴史書の編纂にも携わりたいですし、財政にも興味があります」
「なるほどなるほど」
乱舞は笑顔でうなずいている。
「もし、やりたくない仕事を僕が頼んでも、君はやってくれる?」
「もちろんです!」
城主に忠誠を誓って官吏になるのならば、即答しなければならない質問だ。辰海は最後まで気を抜かなかった。
「命がけで?」
「はい!!」
「それなら良かった」
乱舞は笑みを深めた。
「これは僕の個人的な希望なんだけど、辰海君さ、中級文官になったら与羽の後見人をやらない?」
「わかりました。喜んでやります」
辰海は再び即答した。とっさのことだったが、うまく内心を隠して頷けたと思う。本当は与羽と関わりたくない。しかし、城主に求められたことをやるのが官吏だ。
「ふふ。頼もしいよ。でも、ちょっと意外な答えだったかな」
笑顔を崩さない乱舞の目は、鋭く辰海を観察しているようにも見えた。
「『意外』だったでしょうか……?」
この先はさらに慎重な受け答えが必要そうだ。辰海はできる限り己の緊張を高めた。
「うん。『なんでですか?』とか、『もっと違うことがやりたいです』とか言うかなってちょっと思ってた。君は有能だから、自分の能力のさらに有効な使い方を提案してくるかなって」
一位合格を意識するあまり、従順な答えばかりしたのが仇になったのだろうか。辰海は自分の体が急激に熱くなるのを感じた。焦りで脈拍が増し、頭に血がのぼっていく。
「与羽――、いえ、姫様は城主の妹で、城主が姫様をとても大切にしていることを存じ上げておりますので、後見人を任せていただけるのは、とても名誉なことだと思い、快諾いたしました」
それでも、冷静に正しい答えをひねり出す。しかし、次の乱舞の言葉で辰海の思考は完全に狂ってしまった。
「僕が与羽のことを大切にしてるって知っとるなら、君も与羽を大切にしてよ」
一瞬、城主の笑顔が消えたように見えたのは気のせいだろうか。小さな声で低く呟かれた言葉に、辰海の表情が固まった。乱舞は与羽の兄。辰海の与羽に対する態度を知らないわけがないのだ。乱舞は辰海を試そうとして、後見人の話をしたのかもしれない。
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