龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  外伝 - 第五章 武術大会

五章二節 - 新たな目標

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与羽よう

 そう大斗だいとに声をかけられて、はっとした。

せられてたね」

「あ……」

 とっさに声が出ない。先ほどまで、憧れのこもった瞳で見つめていた二人が目の前におり、話しかけてきた。驚きと感動を感じつつも、良く考えればそれは良く知っている人たちで――。

「何をそんなに混乱している?」

 戦いの余韻に息を荒げながら、絡柳らくりゅうが問いかける。彼の顔にも袖をまくりあげた腕にも玉のように汗が浮き上がっていた。

「惚れたかい?」

 大斗にそうからかうように言われて、ゆっくりではあったがやっと頭が正常に回りはじめた。

「そんなわけないじゃないですか」

 冷たく答えようとしたものの、早口になってしまった。
 素晴らしい剣舞を見て上気したほほをあわてて両手で隠したが、はた目には恥らっているようにしか見えない。

「なるほど、与羽をおとそうと思ったら目の前で刀を振ればいい、と」

「さっきからの言葉、一つ一つで好感度はだだ下がりだがな」

「ふふん」

 絡柳のつっこみに全く動じない大斗。その視線が絡柳を向いた。

「お前の剣技、まだまだ軽いけどまぁ、いいんじゃない? 少なくとも下級武官程度の実力はあると思うよ。もちろん、お前が文官として積み上げてきた分も加味しての評価だけど」

 どうやら先ほどの模擬戦は、絡柳の実力をはかるためのものであったらしい。

「そうか」

「下級武官程度で満足しないでよ?」

 淡い笑みを見せる絡柳に、大斗は呆れ交じりのため息をついた。今年初めて武官登用試験を受けた絡柳は、先日四次試験を上位の成績で通過した。すでに上級文官位を持っている彼が五次試験に落ちることはないので、武官準吏じゅんりになるのは確定したようなものだ。

「もちろん、上位は目指すつもりだ」

 絡柳は真面目な顔でうなずいている。

「ただ、俺は武術大会でお前と当たっても手加減しないから」

「わかっている。その時は実力で何とかするさ」

 上級文官の仕事で忙しい絡柳は、次回の武術大会で好成績を修めて、武官昇格への足がかりにするらしい。与羽は仕事の合間を縫って道場に通い、技術を磨きつづける彼に尊敬のまなざしを向けた。

「与羽もだよ」

「え?」

 憧れの先輩たちの会話を傍観者気分で聞いていた与羽は、急に話を振られて驚いた。

「武術大会の参加届、おまえの分も出しておいたから。もちろん、一般の部でね」

「え!?」

 与羽の目がさらに丸くなる。

「一般の部は厳しいだろう」

 絡柳の声にも焦りと驚きが感じられた。

「強くなりたいなら、強いやつと戦うのが最善だよ。子どもの部で自分より若い奴らを叩きのめして得られるものはそんなに多くない」

 しかし、大斗は二人分の困惑に全く動じていない。いつものようにつんと澄まして落ち着いている。

「まぁ、参加したくないなら不参加でもいいけど」

「そんな言い方はないだろう」

 冷たくすら見える横顔に絡柳が注意しても、意に介さずだ。

「参加は、します、けど……」

 与羽は何とかそう言葉を絞り出した。驚きはした。不安もある。それでも、武術大会に参加することは与羽にとって大きな成長につながるだろう。大斗の言う通りだ。

「そうこなくっちゃ」

 大斗の口の端が吊り上がる。前髪をかきあげて与羽を見る大斗は、先ほどとは打って変わって機嫌が良い。

「あとは……、そうだね。武術大会までは絡柳に師事しな」

「へ?」

「俺は人に教えられるほど剣術に明るくないんだが……」

 意外な提案に、与羽と絡柳の驚きは続く。

「お前は軍人になるために武官を目指してるわけじゃないでしょ? 文官位と両立するなら、指導者や参謀としての経験を積んだ方が良い。与羽には、お前がやってる二刀流をそのまま教えればいいから。あ、与羽の場合は脇差を二本持たせてやって」

「なんで二刀流なんか――」

「普段使ってる技の方が教えやすいだろう? それになにより、与羽にあってると思うからさ」

 大斗はためらいなく言い切って、与羽と絡柳を見比べた。不安を隠しきれずに眉を垂れた与羽と、不満を残しつつもすでに覚悟を決めたらしき絡柳。大斗の濃紫色の目が与羽を見て、小さく笑みを漏らした。

 大きな手を与羽の頭に伸ばして――。

「今のお前なら大丈夫さ」

 頭を撫でられるのだろうか? きょとんと首をかしげる与羽の額に、ほのかに濡れた熱が触れた。
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