龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  外伝 - 第六章 炎狐と龍姫

六章六節 - 炎狐と最賢

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 その後、数人の官吏と使用人が集まり、与羽ようを慎重に古狐ふるぎつねの屋敷へと運んで行った。残ったのは、無表情の辰海たつみ卯龍うりゅう、そして少し離れた場所に立つ大斗だいとだけだ。

「大丈夫か? 辰海」

 卯龍は与羽の血に濡れた辰海の体を確認した。

「……はい。僕は無傷です」

 辰海の目はいまだに与羽が運ばれて行った石垣の上を向いている。

「父上は、いんですか? 与羽と一緒に行かなくて」

 与羽を何よりも大切にしている彼なら、そうしたいはずだ。

「俺が行ったところでできることは何もない。それよりも、俺はお前が心配だ」

「……そうですか」

 辰海はそっけなく答えた。心の中は、まだ与羽のことでいっぱいだ。

「辰海」

 卯龍は自分を見ようとしない息子を抱き寄せた。

「お前が無事で良かった」

「……僕が与羽を突き落としたんです。僕を案じる必要はありません」

「そうなのか?」

 卯龍が大斗を見るのがわかった。

「足を滑らせたか身投げしようとしたかは知らないけど、そいつが石垣から落ちそうになったから与羽が身をていして助けたんですよ」

 大斗は一位の大臣の手前、丁寧な口調で答えた。

「……そうか」

 卯龍は小さくうなずく。

「ありがとう。また話を聞くと思うが、今は持ち場に戻っていいぞ」

 卯龍が遠回しにこの場を離れるように言うと、大斗は無言で深く頭を下げ足早に石段を登って行った。

「辰海」

 二人きりになった川原で、卯龍は辰海の視線の先に回り込んだ。

「僕が突き落としたようなものです。流刑るけいなり、死刑なり好きにしてください」

 辰海はすべてを諦めたような生気のない顔をしている。

「……それは、与羽が望まないだろう。与羽にとって、お前は命がけで救いたいほど価値ある人間なのだから」

「……っ!」

 卯龍の言葉に、一度は枯れていた涙が再びあふれ出した。

「そんな価値、ない、です。僕は、与羽に嫉妬して、与羽がうらやましくて……」

「お前がそう考えるようになった一因は俺にある。もし、誰かがお前に贖罪しょくざいを求めたら、俺もそれを受けよう」

 与羽第一だった父親にも、心境の変化があったようだ。仕事用の一張羅いっちょうらが血で汚れることも気にせず、卯龍は辰海を抱きしめ続けた。辰海が泣き止むまで、ずっと。

「……与羽は、大丈夫でしょうか?」

 嗚咽おえつが落ち着いたところで、辰海はやっと父の顔を見上げた。卯龍の灰桜色の目は乾いている。

「『きっと大丈夫だ』と信じるしかない。だが、大丈夫だろう。城主一族は『幸運』だから」

 その言葉に、辰海ははっと自分の唇を押さえた。与羽の口づけ――幸運のおまじないを思い出したのだ。

「与羽に、万一のことがあれば、僕も……与羽と共にきます」

 ささやくように小さな声で辰海は誓った。

「お前が気に病んで、責任をとる必要なない」

 卯龍の地位と古狐の権力を使えば、辰海を守ることなどたやすいのだから。

「いえ……、僕が与羽と一緒にいたいんです。どこまでも」

 辰海はまっすぐ父の目を見た。卯龍は驚いたように目を見開いたあと、小さく笑みを浮かべた。

「そう言うことなら、俺に止める権利はない」

 苦しげに笑う卯龍は、辰海を見返しつつもどこか遠くを見ているようだった。

「城主一族は代々お人好しで、自己犠牲精神が強くて、危なっかしい。実を言うと、俺も『あいつ』と大げんかして、あいつに命がけで救われたことがある。それからだ、俺が本気であいつとあいつの国を守ろうと思ったのは」

 あいつとは、卯龍が仕えていた親友で与羽の父親、中州翔舞しょうぶのことだろう。
 古狐は代々生真面目で城主一族は自由奔放だ。自分勝手な主人たちに中州城主としてふさわしくないと反発し、しかし彼らのやさしさや強く国を想う気持ちを知って、固い忠誠を誓う。古狐はそうやって何代も城主一族に尽くしてきた。

「与羽は城主一族らしい性格をしているし、お前はお前で本当に古狐らしい古狐だな」

 その言葉は、もしかすると辰海をなだめるための言葉だったのかもしれない。それでも辰海の心にあった黒い塊は、解けはじめていた。

「……ありがとうございます」

「とりあえず、今は与羽が心配だ。上に戻ろう」

「はい」

 卯龍に言われて、辰海はうなずいた。父に手を引かれながら石段を登る。その間、辰海は無言だった。何を言えばいいのかわからなかったから。卯龍も黙っている。ただ、辰海の手を握る力は強く、絶対に離さないという意志を感じた。

 ――僕はこれからどうなるんだろう。

 足を動かしながら、辰海はそんなことを考えていた。どんな罰でもうける覚悟をしているが、与羽と離れてしまうのはやはり寂しい。
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