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第四部 - 一章 龍姫、協力者を募る
一章三節 - 選ばれた人間
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「絡柳先輩にもあんな時代があったんですか?」
城へ戻りながら、与羽は隣を歩く絡柳に尋ねた。
「俺はもっと賢くて大人びた子だったぞ」
答える絡柳の顔は、当たり前のことを言うようにつんと涼しげだ。
「かわいげのない子どもですね」
「そうだったかもな」
与羽の感想に反論するかと思いきや、絡柳は浅くうなずいている。淡く浮かべた笑みが自嘲に見えるのは気のせいではないだろう。
「先輩はなんで官吏になろうと思ったんです?」
そう言えば聞いたことなかったと、与羽は絡柳を見た。
「……最初のきっかけは、お前の父親だ」
絡柳は一呼吸だけ間を取って、正直に答えた。与羽の反応を確認しながら。
「おい」
すぐさま、与羽と絡柳の間に雷乱が巨体を割り込ませる。与羽に亡き父親の話を聞かせたくないのだ。
「大丈夫」
しかし、与羽は雷乱を制した。一瞬胸が痛んだのは事実だが、それ以上に絡柳がこれから語るであろう内容に興味がある。
「聞かせてください、先輩」
「わかった」
絡柳はうなずいて、手に持っている書類を抱え直した。
「あれは乱舞が生まれたばかり、俺が四歳の時だ。当時の俺は使用人としての振る舞いや言葉遣いなどを教わりはじめていた。自慢じゃないが、俺は当時から知識の飲み込みが早かった。おかげで翔舞様にお会いさせてもらえたんだ。『こいつは将来有望だ』と」
与羽は父親の名前にぎゅっとこぶしを握った。
「翔舞様はその『将来有望』をどう勘違いされたのか、俺にたくさんのことを聞いた。計算問題や歴史や地理や民話や――。今思い返せばどれも教養程度の簡単な問題だったが、当時の俺は何も知らなかった」
「でも、先輩はその時まだ四つだったんでしょう?」
「そうだな。それは俺が初めて経験する挫折だった。それまで俺は教えられたことをすぐ理解できたし、それゆえに幼かった俺は何でも知っているんだと思っていた。だが、世界には教えてもらえること以上にたくさんの知識が眠っていると知ったんだ。それからは自分でいろいろ勉強したさ。それ以降も翔舞様と会うことは何度かあったが、答えられる質問が増え、答えの質も少しずつ上がっていった」
彼は幼いころから勉強家だったようだと、与羽は小さくうなずきながら絡柳の話を聞いている。
「そしてある時、『お前は官吏を目指すと良い』と言っていただけた。それまで、そんなことまったく考えたことなかったんだが、そういう生き方もあるんだと知った瞬間、視界が開けたように感じた。官吏になりたいと強く思うようになった。使用人としての暮らしが嫌だったわけではないが、俺は官吏になりたくなった。そう思ってからは、一層勉強に励んだな。書庫の掃除を口実にこっそりと読書したり、月日家に来る官吏たちの話を盗み聞きしたり――。あまりいい習慣ではなかったが、そうするしかなかったんだ。でも、そのうち限界が来た。これだけでは到底官吏にはなれない。俺は旦那様――月日大臣に頼んで旦那様の私室にある本を読ませて頂いた。歴史書と地誌は古狐に全ての原本があるから通いつめて読んだ。もしかすると、旦那様や卯龍さんが俺の頼みを聞いてくれたのは、翔舞様の口利きがあったからかもしれないと思うときがある。俺は庶民出身だと言われるが、他の庶民出身官吏たちと比べるとかなり恵まれているよな」
皮肉気に口元をゆがめる絡柳を、与羽は横目で見た。
「学問所で学べるのは、教養試験までの基本的なことだけだ。あれだけでは試験を受けても落ちるし、なんとか受かってもそこから先がない。より詳しく学びたければ、その文献がある場所へ足を運んで頼み込むしかないが、そもそもそのつてを持っていない者の方が圧倒的に多い。中州国はすべての国民に官吏への門を開いているが、実際のところその門を通れるのは限られた人間だけだ」
「……先輩、本当にお疲れなんですね」
自虐的であったり、愚痴っぽかったり。口調や雰囲気はいつも通りであるものの、話の内容は彼らしくない。与羽は絡柳から注がれる鋭い視線に気づかないふりをして、前方を見た。通りの先に小さく城が見えはじめている。
「私も辰海と話したことがありますよ。古くからある一部の文官家が知的財産を占有しすぎじゃないかって。古狐やお城の書庫にいると、準吏や下級官吏が本を借りに来る場面に時々出くわします」
しかし、彼らのほとんどは事前に申請した本を司書から受け取ると、追い返されるように書庫を出ていくのだ。あの様子では、他にどんな本があるのかさえ確認できないだろう。
「でも、先輩は自由に書庫を利用されていましたよね」
そんな中で、絡柳は書庫の奥まで入り込み、自由に蔵書を読んでいた。彼の言う通り、絡柳は庶民出身でありつつも「選ばれた側」の人間なのだろう。
城へ戻りながら、与羽は隣を歩く絡柳に尋ねた。
「俺はもっと賢くて大人びた子だったぞ」
答える絡柳の顔は、当たり前のことを言うようにつんと涼しげだ。
「かわいげのない子どもですね」
「そうだったかもな」
与羽の感想に反論するかと思いきや、絡柳は浅くうなずいている。淡く浮かべた笑みが自嘲に見えるのは気のせいではないだろう。
「先輩はなんで官吏になろうと思ったんです?」
そう言えば聞いたことなかったと、与羽は絡柳を見た。
「……最初のきっかけは、お前の父親だ」
絡柳は一呼吸だけ間を取って、正直に答えた。与羽の反応を確認しながら。
「おい」
すぐさま、与羽と絡柳の間に雷乱が巨体を割り込ませる。与羽に亡き父親の話を聞かせたくないのだ。
「大丈夫」
しかし、与羽は雷乱を制した。一瞬胸が痛んだのは事実だが、それ以上に絡柳がこれから語るであろう内容に興味がある。
「聞かせてください、先輩」
「わかった」
絡柳はうなずいて、手に持っている書類を抱え直した。
「あれは乱舞が生まれたばかり、俺が四歳の時だ。当時の俺は使用人としての振る舞いや言葉遣いなどを教わりはじめていた。自慢じゃないが、俺は当時から知識の飲み込みが早かった。おかげで翔舞様にお会いさせてもらえたんだ。『こいつは将来有望だ』と」
与羽は父親の名前にぎゅっとこぶしを握った。
「翔舞様はその『将来有望』をどう勘違いされたのか、俺にたくさんのことを聞いた。計算問題や歴史や地理や民話や――。今思い返せばどれも教養程度の簡単な問題だったが、当時の俺は何も知らなかった」
「でも、先輩はその時まだ四つだったんでしょう?」
「そうだな。それは俺が初めて経験する挫折だった。それまで俺は教えられたことをすぐ理解できたし、それゆえに幼かった俺は何でも知っているんだと思っていた。だが、世界には教えてもらえること以上にたくさんの知識が眠っていると知ったんだ。それからは自分でいろいろ勉強したさ。それ以降も翔舞様と会うことは何度かあったが、答えられる質問が増え、答えの質も少しずつ上がっていった」
彼は幼いころから勉強家だったようだと、与羽は小さくうなずきながら絡柳の話を聞いている。
「そしてある時、『お前は官吏を目指すと良い』と言っていただけた。それまで、そんなことまったく考えたことなかったんだが、そういう生き方もあるんだと知った瞬間、視界が開けたように感じた。官吏になりたいと強く思うようになった。使用人としての暮らしが嫌だったわけではないが、俺は官吏になりたくなった。そう思ってからは、一層勉強に励んだな。書庫の掃除を口実にこっそりと読書したり、月日家に来る官吏たちの話を盗み聞きしたり――。あまりいい習慣ではなかったが、そうするしかなかったんだ。でも、そのうち限界が来た。これだけでは到底官吏にはなれない。俺は旦那様――月日大臣に頼んで旦那様の私室にある本を読ませて頂いた。歴史書と地誌は古狐に全ての原本があるから通いつめて読んだ。もしかすると、旦那様や卯龍さんが俺の頼みを聞いてくれたのは、翔舞様の口利きがあったからかもしれないと思うときがある。俺は庶民出身だと言われるが、他の庶民出身官吏たちと比べるとかなり恵まれているよな」
皮肉気に口元をゆがめる絡柳を、与羽は横目で見た。
「学問所で学べるのは、教養試験までの基本的なことだけだ。あれだけでは試験を受けても落ちるし、なんとか受かってもそこから先がない。より詳しく学びたければ、その文献がある場所へ足を運んで頼み込むしかないが、そもそもそのつてを持っていない者の方が圧倒的に多い。中州国はすべての国民に官吏への門を開いているが、実際のところその門を通れるのは限られた人間だけだ」
「……先輩、本当にお疲れなんですね」
自虐的であったり、愚痴っぽかったり。口調や雰囲気はいつも通りであるものの、話の内容は彼らしくない。与羽は絡柳から注がれる鋭い視線に気づかないふりをして、前方を見た。通りの先に小さく城が見えはじめている。
「私も辰海と話したことがありますよ。古くからある一部の文官家が知的財産を占有しすぎじゃないかって。古狐やお城の書庫にいると、準吏や下級官吏が本を借りに来る場面に時々出くわします」
しかし、彼らのほとんどは事前に申請した本を司書から受け取ると、追い返されるように書庫を出ていくのだ。あの様子では、他にどんな本があるのかさえ確認できないだろう。
「でも、先輩は自由に書庫を利用されていましたよね」
そんな中で、絡柳は書庫の奥まで入り込み、自由に蔵書を読んでいた。彼の言う通り、絡柳は庶民出身でありつつも「選ばれた側」の人間なのだろう。
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