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第四部 - 一章 龍姫、協力者を募る
一章四節 - 貸本屋計画
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「俺自身はな。……だが、俺には夢があるんだ」
「夢?」
与羽は道の先を見据えていた目を隣の大臣に向けた。
「才能ある人が、もっと出自に関係なく上級官吏を目指せれば――」
そこまで呟いて、絡柳は中州の姫君が自分を見ていることに気づいた。彼女はこの国で最も高貴な立場の一人で、彼女の周りにいる人々も恵まれた出身の者がほとんどだ。絡柳の発言は現在特権階級にいる者たちを引きずり下ろそうとしているように受け取られてしまったかもしれない。
「いや、すまない。お前の言う通り、俺は疲れているらしい」
絡柳は慌てて自分の発言を撤回しようとした。
「……つまり、絡柳先輩は庶民をもっと教育して、その中で見つかった優秀な人材を官吏にできるような仕組みを作りたいってことですか?」
しかし、与羽は彼の「夢」をまじめに聞いていた。幼いころから城下町を歩き、多くの人と交流してきた与羽にとって、官吏と庶民の違いは「仕事内容の差」くらいの認識なのかもしれない。彼女に「現実」を教えるべきか、「平和な理想」の中に留めるべきか……。
「……そうだな」
短く考えたあと、絡柳は問題を先送りにすることにした。そういうことは、より彼女に近しい者が対応するだろう。
――「あいつ」とか。
絡柳は姫君の後見人を務める少年の顔を思い浮かべた。彼はきっと、与羽に悩みや不安を植え付けることを良しとしないだろうし。
「具体的な案とかはあるんですか?」
一方の与羽は、あいかわらずまじめな顔で絡柳の話を聞いている。
「……いや」
しかたなく、絡柳は言葉を濁してこの話を終わらせることにした。しかし、それを妨げたのは二人の一歩後ろを歩く雷乱だ。
「はぁ? お前、本屋を作りたいとか言ってたじゃねぇか」
彼は体格と腕力に恵まれ、面倒見が良い。与羽の護衛官には適任だが、正直者で考え足らずな行動をとるのが玉に瑕だった。
「何でお前がそれを知ってるんだ」
絡柳は苦虫を噛み潰したような顔で雷乱を振り返った。
「なんでって、たまたま耳に入ってきたんだよ。城のやつらは話好きだからな」
雷乱が言う「城のやつら」とは、中州城に勤める使用人たちのことだろう。彼らは、城主一族と城で働く官吏たちが快適に過ごせるように、あらゆる場所に潜み、あらゆる情報に精通している。中州城内で寝起きしている雷乱にも、その一部が流れ込んでくるに違いない。
「本屋さん?」
与羽が目を輝かせた。
「正確には貸本屋だ」
しかたなく、絡柳は自分の中にある計画を話すことにした。
「城下町に一般の人も利用できる書庫――できれば貸本屋をつくりたいんだ。下級官吏や準吏、庶民が気軽に情報を得られる場があればと、何年も計画を練っている。まぁ、今の俺では場所も予算も人材も確保できないから、絵に描いた餅のような状況だがな」
「ふむ……」
与羽は自分のほほを撫でた。彼女が考え事をするときの癖だ。
「私なら、何かお役に立てるかも……? 辰海を頼れば――」
そして、しばらく思考したあと、そう口を開いた。与羽の幼馴染辰海は、文官筆頭家古狐の長男。彼の立場と人脈を使えば、絡柳が必要とするものを集められるかもしれない。
「必要ない。これは城主にも言っていない、計画という計画も立っていない希望だ」
「乱兄がお休みしとる時に提案して、通しちゃえばいいのでは?」
それでも与羽は食い下がる。新たないたずらを発見して、上機嫌だ。
「お前な……」
絡柳はにやりと意地の悪い笑みを浮かべる姫君を見た。彼女は軽々しく言うが、新規に国の事業を提案して承認されるのは難しいのだ。絡柳が大臣位を持っているとしても、他の大臣が納得して賛同してくれるとは限らない。しかし、与羽や辰海の協力があれば、今まで進められなかった目標に進展がみられるかもしれない。
「いいんじゃねぇか? 小娘はやる気だしよ」
雷乱も乗り気で絡柳の背を押している。
それでも絡柳はためらった。自分の計画に他者を、しかも中州の姫君と文官筆頭家の跡取りと言う、庶民とは対極にいるような存在を関わらせたくないと言う矜持。その一方で、彼らの立場を使えば、確かに夢の実現に近づくだろうという確信もある。
「……そうだな。わかった」
結局、絡柳は自分の自尊心よりも、計画の遂行を優先した。胸中に黒くて重い気持ちがないと言えば嘘になる。しかし、自分が耐えることで夢が叶うのならば、耐える価値はあるのではないか。
「明日、俺がまとめた資料を持って古狐に行くと辰海君に伝えておいてくれ。そこから先は任せる」
「分かりました。全力で準備しておきます。古狐は中州の歴史や記録に強い家ですから、貸本屋との関連性も強そうですし、きっとうまくやりますよ」
力強くうなずく与羽の言う通りだろう。
「期限は二十日以内だ。その後は俺が確認して修正する」
絡柳は厳しい上司の雰囲気を纏って、そう指示を出した。辰海は城主に奏上するのにふさわしい程度まで、計画を洗練させられるだろうか。辰海にはまだ経験が不足している。しかし、彼の持つ古狐家の力ならば、絡柳のできないことをたやすく攻略できるのかもしれない。期待とわずかな嫉妬を胸に、絡柳は口の端を釣り上げた。
「古狐の若様の能力、見てやるよ」
強い自分を装って、絡柳は挑発的にそう言い切った。
「夢?」
与羽は道の先を見据えていた目を隣の大臣に向けた。
「才能ある人が、もっと出自に関係なく上級官吏を目指せれば――」
そこまで呟いて、絡柳は中州の姫君が自分を見ていることに気づいた。彼女はこの国で最も高貴な立場の一人で、彼女の周りにいる人々も恵まれた出身の者がほとんどだ。絡柳の発言は現在特権階級にいる者たちを引きずり下ろそうとしているように受け取られてしまったかもしれない。
「いや、すまない。お前の言う通り、俺は疲れているらしい」
絡柳は慌てて自分の発言を撤回しようとした。
「……つまり、絡柳先輩は庶民をもっと教育して、その中で見つかった優秀な人材を官吏にできるような仕組みを作りたいってことですか?」
しかし、与羽は彼の「夢」をまじめに聞いていた。幼いころから城下町を歩き、多くの人と交流してきた与羽にとって、官吏と庶民の違いは「仕事内容の差」くらいの認識なのかもしれない。彼女に「現実」を教えるべきか、「平和な理想」の中に留めるべきか……。
「……そうだな」
短く考えたあと、絡柳は問題を先送りにすることにした。そういうことは、より彼女に近しい者が対応するだろう。
――「あいつ」とか。
絡柳は姫君の後見人を務める少年の顔を思い浮かべた。彼はきっと、与羽に悩みや不安を植え付けることを良しとしないだろうし。
「具体的な案とかはあるんですか?」
一方の与羽は、あいかわらずまじめな顔で絡柳の話を聞いている。
「……いや」
しかたなく、絡柳は言葉を濁してこの話を終わらせることにした。しかし、それを妨げたのは二人の一歩後ろを歩く雷乱だ。
「はぁ? お前、本屋を作りたいとか言ってたじゃねぇか」
彼は体格と腕力に恵まれ、面倒見が良い。与羽の護衛官には適任だが、正直者で考え足らずな行動をとるのが玉に瑕だった。
「何でお前がそれを知ってるんだ」
絡柳は苦虫を噛み潰したような顔で雷乱を振り返った。
「なんでって、たまたま耳に入ってきたんだよ。城のやつらは話好きだからな」
雷乱が言う「城のやつら」とは、中州城に勤める使用人たちのことだろう。彼らは、城主一族と城で働く官吏たちが快適に過ごせるように、あらゆる場所に潜み、あらゆる情報に精通している。中州城内で寝起きしている雷乱にも、その一部が流れ込んでくるに違いない。
「本屋さん?」
与羽が目を輝かせた。
「正確には貸本屋だ」
しかたなく、絡柳は自分の中にある計画を話すことにした。
「城下町に一般の人も利用できる書庫――できれば貸本屋をつくりたいんだ。下級官吏や準吏、庶民が気軽に情報を得られる場があればと、何年も計画を練っている。まぁ、今の俺では場所も予算も人材も確保できないから、絵に描いた餅のような状況だがな」
「ふむ……」
与羽は自分のほほを撫でた。彼女が考え事をするときの癖だ。
「私なら、何かお役に立てるかも……? 辰海を頼れば――」
そして、しばらく思考したあと、そう口を開いた。与羽の幼馴染辰海は、文官筆頭家古狐の長男。彼の立場と人脈を使えば、絡柳が必要とするものを集められるかもしれない。
「必要ない。これは城主にも言っていない、計画という計画も立っていない希望だ」
「乱兄がお休みしとる時に提案して、通しちゃえばいいのでは?」
それでも与羽は食い下がる。新たないたずらを発見して、上機嫌だ。
「お前な……」
絡柳はにやりと意地の悪い笑みを浮かべる姫君を見た。彼女は軽々しく言うが、新規に国の事業を提案して承認されるのは難しいのだ。絡柳が大臣位を持っているとしても、他の大臣が納得して賛同してくれるとは限らない。しかし、与羽や辰海の協力があれば、今まで進められなかった目標に進展がみられるかもしれない。
「いいんじゃねぇか? 小娘はやる気だしよ」
雷乱も乗り気で絡柳の背を押している。
それでも絡柳はためらった。自分の計画に他者を、しかも中州の姫君と文官筆頭家の跡取りと言う、庶民とは対極にいるような存在を関わらせたくないと言う矜持。その一方で、彼らの立場を使えば、確かに夢の実現に近づくだろうという確信もある。
「……そうだな。わかった」
結局、絡柳は自分の自尊心よりも、計画の遂行を優先した。胸中に黒くて重い気持ちがないと言えば嘘になる。しかし、自分が耐えることで夢が叶うのならば、耐える価値はあるのではないか。
「明日、俺がまとめた資料を持って古狐に行くと辰海君に伝えておいてくれ。そこから先は任せる」
「分かりました。全力で準備しておきます。古狐は中州の歴史や記録に強い家ですから、貸本屋との関連性も強そうですし、きっとうまくやりますよ」
力強くうなずく与羽の言う通りだろう。
「期限は二十日以内だ。その後は俺が確認して修正する」
絡柳は厳しい上司の雰囲気を纏って、そう指示を出した。辰海は城主に奏上するのにふさわしい程度まで、計画を洗練させられるだろうか。辰海にはまだ経験が不足している。しかし、彼の持つ古狐家の力ならば、絡柳のできないことをたやすく攻略できるのかもしれない。期待とわずかな嫉妬を胸に、絡柳は口の端を釣り上げた。
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