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第四部 - 二章 龍姫の恋愛成就大作戦
二章一節 - 準備完了
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【二章 龍姫の恋愛成就大作戦】
「あーあ」
自室にいる与羽は、開け放った戸の外を見てため息をついた。
視線の先には桜の木。すでに花は散り、赤色のがくが申し訳程度に色を添えている。萌え出たばかりの赤茶色の新芽は日に日に減り、緑色を増すばかりだ。
今年は気付いたら桜が咲き、散っていた。城から出る回数は例年よりも少なく、城下町を歩けば「風邪でもひいていたのか」と心配される始末だ。
「月日の丘に行ったら、スミレが満開なんじゃろうなぁ」
行きたいが、暇がない。与羽の目の前には、辰海から借りた書物が山のように積まれていた。兄に代わって政務を執るにあたり、必要な基礎知識を学んでいるのだ。
「『政を為すに徳を以ってす――』って……。私に徳なんかあるかなぁ」
「そうやって自問できているうちは大丈夫だよ」
与羽はぼんやりと声のした方を見た。
「辰海……。ええ時に来たね」
ずっと部屋のそばで声をかける時機を見計らっていたのだとは言わず、辰海はただやさしくほほえんで与羽の向かいに座った。
「あとどれくらい?」
「これと、あれ」
与羽は今開いている本と机の端に一冊だけ分けて置いてある本を指した。
「良く読んだね」
辰海が与羽に貸した本は数十冊に及ぶ。
「歴史書とか、読んだことのある本は流し読みした。けど、ちゃんと内容は覚えたよ。――辰海の方は?」
「終わったよ。やっと絡柳先輩に『これで良い』って言ってもらえた」
「じゃぁ、あとは本番を待つだけか」
「そうだね。二日間……、がんばろう」
「うん」
「お茶ですぅ~」
その時、開けたままにしていた戸口から一人の少女が入ってきた。野火竜月。本来は古狐家の使用人だが、今ではほとんど与羽専属の侍女になっている。
普段の与羽は大抵のことを自分でやってしまうので、彼女の出る幕は少ないが、最近は忙しい与羽のために食事を運んだり、軽食を用意したり、着物を選んだりと色々な世話を焼いていた。今も慣れた手つきで机の上に茶と茶菓子を並べている。
「ご主人さまぁ、ご主人さまが政務を行われる日は私がとってもきれいに飾ってさしあげますからねっ」
彼女――竜月は与羽や辰海より一つ若いだけだが、舌足らずなしゃべり方と背の低さが合わさって、年齢よりも幼い印象を与える。
「え……?」
「まさかご主人さま、いつもの格好で良いと思っていらっしゃるんですか!? ダメですよ。威厳ある美しい姿をしていただきます! ねぇ? 辰海殿」
竜月は甘えるように与羽の腕にすがりついた。その様子は主人と使用人というよりも姉妹のようだ。
「うん、そうだね」
竜月の問いに、辰海は素早く答えた。与羽のめかしこんだ姿は、ぜひ見たい。
「む……」
相手が辰海ならば声を荒げることもできるが、竜月だとどうも反論しにくい。与羽は立ちあがった。
「与羽?」
「逃げちゃだめですよぉ」
辰海と竜月が口々に声をかけるが、それについては反論しない。実際半分以上は逃げなのだから。
これ以上ここにいたら、「ためしに着てみましょう!」という流れになるに違いない。きれいな着物は好きだが、今は勘弁願いたかった。
「そろそろお昼休みの時間だと思うから、ちょっと乱兄のとこに行ってくる」
与羽はいたずらっぽく笑ってごまかすと、外の風を入れるために開けていた障子戸から飛び出した。
歩きなれた縁側を通り、乱舞の部屋へ。城主一族である与羽と乱舞は、城の最も奥にある屋敷で寝起きしている。同じ建物内ではあるが、屋敷のほとんど対角に部屋を取っているので、気軽に訪れるにはやや遠い。
城の喧騒から離れた通路は、静寂よりも物寂しさが勝る。祖父が北の同盟国にいる現在、この屋敷に住んでいるのは与羽と乱舞の二人のみだった。
奥屋敷の西にあるもっとも大きな建物が、謁見の間や執務所、応接間などのある公の場。その南にも官吏の仕事場や食堂など公の建物がある。
反対方向、本殿の北には客室のある客殿。さらに北には、官吏の仮眠室や男性使用人が住む建物。雷乱の部屋もそこにある。その東が竜月も住む女官用の部屋。
他にも書庫ばかりの棟や武器庫などの倉庫も建ち、九つの屋敷と五つの蔵、一つの厩と天守で城が成り立っていた。
「あーあ」
自室にいる与羽は、開け放った戸の外を見てため息をついた。
視線の先には桜の木。すでに花は散り、赤色のがくが申し訳程度に色を添えている。萌え出たばかりの赤茶色の新芽は日に日に減り、緑色を増すばかりだ。
今年は気付いたら桜が咲き、散っていた。城から出る回数は例年よりも少なく、城下町を歩けば「風邪でもひいていたのか」と心配される始末だ。
「月日の丘に行ったら、スミレが満開なんじゃろうなぁ」
行きたいが、暇がない。与羽の目の前には、辰海から借りた書物が山のように積まれていた。兄に代わって政務を執るにあたり、必要な基礎知識を学んでいるのだ。
「『政を為すに徳を以ってす――』って……。私に徳なんかあるかなぁ」
「そうやって自問できているうちは大丈夫だよ」
与羽はぼんやりと声のした方を見た。
「辰海……。ええ時に来たね」
ずっと部屋のそばで声をかける時機を見計らっていたのだとは言わず、辰海はただやさしくほほえんで与羽の向かいに座った。
「あとどれくらい?」
「これと、あれ」
与羽は今開いている本と机の端に一冊だけ分けて置いてある本を指した。
「良く読んだね」
辰海が与羽に貸した本は数十冊に及ぶ。
「歴史書とか、読んだことのある本は流し読みした。けど、ちゃんと内容は覚えたよ。――辰海の方は?」
「終わったよ。やっと絡柳先輩に『これで良い』って言ってもらえた」
「じゃぁ、あとは本番を待つだけか」
「そうだね。二日間……、がんばろう」
「うん」
「お茶ですぅ~」
その時、開けたままにしていた戸口から一人の少女が入ってきた。野火竜月。本来は古狐家の使用人だが、今ではほとんど与羽専属の侍女になっている。
普段の与羽は大抵のことを自分でやってしまうので、彼女の出る幕は少ないが、最近は忙しい与羽のために食事を運んだり、軽食を用意したり、着物を選んだりと色々な世話を焼いていた。今も慣れた手つきで机の上に茶と茶菓子を並べている。
「ご主人さまぁ、ご主人さまが政務を行われる日は私がとってもきれいに飾ってさしあげますからねっ」
彼女――竜月は与羽や辰海より一つ若いだけだが、舌足らずなしゃべり方と背の低さが合わさって、年齢よりも幼い印象を与える。
「え……?」
「まさかご主人さま、いつもの格好で良いと思っていらっしゃるんですか!? ダメですよ。威厳ある美しい姿をしていただきます! ねぇ? 辰海殿」
竜月は甘えるように与羽の腕にすがりついた。その様子は主人と使用人というよりも姉妹のようだ。
「うん、そうだね」
竜月の問いに、辰海は素早く答えた。与羽のめかしこんだ姿は、ぜひ見たい。
「む……」
相手が辰海ならば声を荒げることもできるが、竜月だとどうも反論しにくい。与羽は立ちあがった。
「与羽?」
「逃げちゃだめですよぉ」
辰海と竜月が口々に声をかけるが、それについては反論しない。実際半分以上は逃げなのだから。
これ以上ここにいたら、「ためしに着てみましょう!」という流れになるに違いない。きれいな着物は好きだが、今は勘弁願いたかった。
「そろそろお昼休みの時間だと思うから、ちょっと乱兄のとこに行ってくる」
与羽はいたずらっぽく笑ってごまかすと、外の風を入れるために開けていた障子戸から飛び出した。
歩きなれた縁側を通り、乱舞の部屋へ。城主一族である与羽と乱舞は、城の最も奥にある屋敷で寝起きしている。同じ建物内ではあるが、屋敷のほとんど対角に部屋を取っているので、気軽に訪れるにはやや遠い。
城の喧騒から離れた通路は、静寂よりも物寂しさが勝る。祖父が北の同盟国にいる現在、この屋敷に住んでいるのは与羽と乱舞の二人のみだった。
奥屋敷の西にあるもっとも大きな建物が、謁見の間や執務所、応接間などのある公の場。その南にも官吏の仕事場や食堂など公の建物がある。
反対方向、本殿の北には客室のある客殿。さらに北には、官吏の仮眠室や男性使用人が住む建物。雷乱の部屋もそこにある。その東が竜月も住む女官用の部屋。
他にも書庫ばかりの棟や武器庫などの倉庫も建ち、九つの屋敷と五つの蔵、一つの厩と天守で城が成り立っていた。
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