龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
191 / 201
  第四部 - 二章 龍姫の恋愛成就大作戦

二章四節 - 上段の間

しおりを挟む
 数刻後――。辰海たつみ絡柳らくりゅうと最終確認を行って、与羽ようは自室を出た。前には案内の女官だと言い張る竜月りゅうげつ、与羽の半歩後ろに辰海と絡柳が並び、最後尾には雷乱らいらんがついている。

 与羽が通されたのは、城の本殿にある謁見の間。その中でも、上段の間と呼ばれる他よりも一段高くなった場所だ。

 謁見の間は、最も奥まった場所にある上段の間からの距離に応じて、一の間、二の間、三の間と分けられている。与羽の正面にある一の間には上位六位の文官が横並びに座り、その背後に彼らの補佐官や一部の上級文官、護衛の上級武官がいた。一の間を取り囲むように開け放たれた二の間と三の間にはその他の文官が多数控えている。
 さらにその外側の縁側にいるのは、警護の武官や使用人、官吏見習いである準吏じゅんりたちだ。ちなみに、与羽の護衛官である雷乱は武器を持たないことを条件に、一の間の隅にいることを許された。

 与羽を上段の間に座らせ、着物の裾を整えた辰海も一の間にいる父――卯龍うりゅうの斜め後ろに座った。彼の前には、漆塗りの上等な机が置いてある。朝議の議事録を取るのは、彼が準吏時代から行っている仕事の一つだ。

 辰海が上段の間を離れると、そこにいるのは与羽だけとなる。急に心細さを感じた。
 全ての人が自分を見ている。親しみなれた人でさえ普段見ないようなまじめな表情を浮かべ、いつもと違う雰囲気をまとっていた。私事と仕事を切り替えられるのは、有能な官吏の証なのだろうが、与羽が良く知る彼らのままでいて欲しいとも思う。

 与羽は自分を落ち着かせるために小さく深呼吸した。それを合図とするように、一の間で最も上座――与羽の近くに座っている白髪の男性が与羽の目の前に進み出た。年齢の差はあるものの、その顔だちは辰海とよく似ている。ただ、彼の方が精悍せいかんで白髪と相まって老成した印象を与える。

 文官第一位、古狐ふるぎつね卯龍。

「まずは、姫。いえ、城主代理。おはようございます」

 卯龍がそう頭を下げると集まっていた官吏が皆同時に頭を下げた。

「お、おはようございます。顔をあげてください」

 与羽はその一糸乱れぬ動きに度肝を抜かれた。これだけで中州の官吏の優秀さがわかった気がする。

「最初の議案は、城主代理からご提案があるとか」

 卯龍は脇に置いた帳面をめくることもなく言う。全ての情報がすでに彼の頭に入っているのだろう。

「はい。古狐文官、お願いしてもよろしいでしょうか」

 与羽は誰からも見えないように豪華な袖の中でこぶしを握り締めると、普段よりもゆったりした口調を心がけて幼馴染を見た。

「はい」

 美しい所作で立ち上がる辰海を見て驚く者はいなかった。こういう時、与羽の行動の裏には、補助役として必ず辰海がいると誰もが知っているからだ。

「これは、与羽姫と水月すいげつ大臣、そして僕で作り上げた計画です」

 しかし、辰海のその発言で大臣を中心に表情を変える者が幾人かいた。事前の打ち合わせでは「与羽から提案がある」との説明だったので、彼女らしい何かしらのやさしくてほほえましい話があるのだろうと予想していた。しかし、文官第五位を務める水月絡柳が関わっているとすれば、それは少女の夢物語では終わらないだろう。これから辰海が話す内容は、油断せずに聞く必要があると察したのだ。

 辰海は緊張した様子もなく、丁寧な口調で貸本屋計画の説明をしていった。片手に資料の束を持っているものの、その内容にほとんど視線を向けることなくそらんじる様子は、父親とよく似ている。腕を組んで息子の説明を聞いている卯龍は深くうなずき、その内容の正確さを認めた。

「我々はこの貸本屋計画の必要性を確信しており、すでにこの計画が実行可能段階まで完成していると確信しています。このまま城主代理の承認をいただきたいのですが、よろしいですね?」

 こんな強気な態度が許されるのは、文官筆頭家の跡取りである辰海くらいだろう。それを見越して絡柳は説明役を辰海に譲ったのだが、家柄という武器の強さを目の当たりにして胸に黒いものが浮かばないと言えば嘘になる。

「……まぁ、いいだろう」

 卯龍は辰海から受け取った資料を吟味ぎんみしながらうなずいた。時々、前の内容に戻って見比べるなどして、確認を怠らない。

「辰海、これはお前が作ったのか?」

「はい、絡柳先輩に監督していただきながら作りました」

 辰海は多くの官吏の前で発言していた先ほどまでと違って身をこわばらせ、恐縮しているように見えた。辰海にとって、官吏としての父親は誰よりも尊敬できる存在だ。百人の官吏の言葉よりも、父親ひとりの判断の方が辰海にとっては重い。

「二ヶ所、言い回しが少し俺好みじゃないところがあるが、内容は完璧だ。だが、こういう話は俺に一回相談しろ」

 卯龍の灰桜色の目が与羽と辰海、そして絡柳を順番に睨み据えていった。

「ごめんなさい」「すみません」「申し訳ありません」

と三人の口から謝罪の言葉が漏れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...