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第四部 - 二章 龍姫の恋愛成就大作戦
二章五節 - 龍姫の提案
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「あらあら、おとなげないこと」
三人の若者が身を小さくするのを見て、第四位の文官、紫陽宮美大臣が呟く。扇子で口元隠した品のよさそうな中年女性だ。
「それで、わらわたちに歴戦の古狐大臣をして『完璧』と言わしめた素晴らしい計画書は読ませて頂けないのかしら?」
「ご心配には及びません。この貸本屋計画を多くの官吏や準吏、官吏志望者に知って頂きたいので、簡略版ではありますが複数部作成しておきました。ご自由に読んでいただき、また書き写してもっと多くの人々に広めていただけると姫も水月大臣も僕もうれしいです」
辰海はにっこり笑うと、自分の大きな荷物入れの中から薄い冊子を取り出して絡柳以外の大臣に二冊ずつ配った。
「心遣いはすでに卯龍以上かもしれないわね」
「身に余るお言葉です」
紫陽大臣の賞賛に、辰海はその笑顔をはにかんだものに変えている。お世辞が含まれているにしても、父と比肩できる部分があるのはうれしい。一方の卯龍は、顔をしかめて舌を出している。卯龍と紫陽大臣はお互いに有名文官家の出身で歳が近く、何十年もともに中州の国政を支えてきた。気軽に冗談を言い、時には背中を預け合える、友人かつ戦友といった間柄らしい。朝議中といっても、常にまじめな態度を取り続ける必要はないらしく、相談や議論の場では冗談が飛び交い、笑い声や私語が聞こえるときもある。
しかし、ひとたび議論がまとまり城主に承認を受ける段階になると、官吏たちは再び真剣なまじめさを取り戻すのだ。
「城主代理」
卯龍に呼びかけられて、与羽は一位の大臣を見た。普段より低められた声は落ち着きと威厳に満ちている。
「中州城下町に貸本屋を作る件、こちらで進める許可を頂けますでしょうか?」
わざわざ確認するまでもないことだったが、形式上そう問いかけられた。丁寧な請願に与羽は深くうなずく。
「では、こちらに署名をお願いいたします」
卯龍はゆっくりと上段の間にあがると、洗練された動きで与羽に紙の束を差し出した。辰海が作り、絡柳の添削を経て完成した計画書だ。与羽も何度も目を通した。与羽は用意された筆を手に取ると、見慣れた文字が並ぶ書類の末尾に名前を書いた。「中州城主代理」という肩書と共に。
「ありがとうございます。まだ城主代理からのご提案はございますか?」
「はい。私は何人かの官吏を復職させたいと考えています。辰海、名簿を」
「はい」
辰海は大臣の人数分用意していた名簿を配った。以前与羽が集めた、青金叶恵をはじめとする元文官たちの名前が連ねられている。
「彼らの官吏復帰の意志は確認済みで、漏日天雨文官による身辺調査も終わっています。人となりに問題はないと思いますが、不安がありましたら漏日大臣や紫陽大臣、橙条系の官吏の皆様にもあとで確認していただきたいです」
息子もこの件に噛んでいると知って、一の間の前方で漏日大臣が小さくうめき声をあげた。息子同様童顔であるが、実際の年齢も卯龍や宮美より十歳ほど若い。数年前に絡柳が大臣位に着くまでは、有能な若手大臣と言えば彼のことだった。なお、彼の息子であるアメはこうなることを見越して、あえて父とは離れた場所に座っている。
「それと関連して、官吏の子どもを預かる託児所を設けたいとも考えています。扱いとしては、国営の学問所の幼児校のようなものです」
「国の将来を考えるなら、あってもいいだろうな」
息子の説明に卯龍がうなずいた。しかし、最上位の大臣であっても思うことはあったらしい。
「だが、完璧な計画であっても俺には事前に相談して欲しかった。お前たちが独断で行動を起こした理由は察せるが、せめて俺にだけは話せ。俺は年齢や経験、出自でお前たちを軽んじるほど愚かじゃないつもりだ」
「……すみません」
先ほどよりも厳しい声による注意に、辰海は今日何度目かの謝罪をした。絡柳も深く頭を下げている。
それでも、与羽たちの計画が無事朝議を通るように計らってくれるのが卯龍だった。辰海と絡柳の作った提案書に納得したからか、彼が与羽に甘いからかはわからないが、彼のおかげで話し合いの場はほとんど滞ることなく進んだ。
「我々の提案はこれで全てです」
与羽は官吏の復帰と託児所の案に署名をほどこし、次の提案に身構える卯龍を見た。彼はそれにほっと息をつくような隙は見せず、ただ一つ頷いた。
「わかりました。では、次の議題にまいりましょう」
今日の朝議は、多くの官吏が予想していたよりも波乱に満ちていたが、卯龍の手腕と賢い官吏のおかげで話は滞りなく進んだ。結果として、貸本屋と一部官吏の復帰を含めた四つの議題を通し、二つを再検討とした。
三人の若者が身を小さくするのを見て、第四位の文官、紫陽宮美大臣が呟く。扇子で口元隠した品のよさそうな中年女性だ。
「それで、わらわたちに歴戦の古狐大臣をして『完璧』と言わしめた素晴らしい計画書は読ませて頂けないのかしら?」
「ご心配には及びません。この貸本屋計画を多くの官吏や準吏、官吏志望者に知って頂きたいので、簡略版ではありますが複数部作成しておきました。ご自由に読んでいただき、また書き写してもっと多くの人々に広めていただけると姫も水月大臣も僕もうれしいです」
辰海はにっこり笑うと、自分の大きな荷物入れの中から薄い冊子を取り出して絡柳以外の大臣に二冊ずつ配った。
「心遣いはすでに卯龍以上かもしれないわね」
「身に余るお言葉です」
紫陽大臣の賞賛に、辰海はその笑顔をはにかんだものに変えている。お世辞が含まれているにしても、父と比肩できる部分があるのはうれしい。一方の卯龍は、顔をしかめて舌を出している。卯龍と紫陽大臣はお互いに有名文官家の出身で歳が近く、何十年もともに中州の国政を支えてきた。気軽に冗談を言い、時には背中を預け合える、友人かつ戦友といった間柄らしい。朝議中といっても、常にまじめな態度を取り続ける必要はないらしく、相談や議論の場では冗談が飛び交い、笑い声や私語が聞こえるときもある。
しかし、ひとたび議論がまとまり城主に承認を受ける段階になると、官吏たちは再び真剣なまじめさを取り戻すのだ。
「城主代理」
卯龍に呼びかけられて、与羽は一位の大臣を見た。普段より低められた声は落ち着きと威厳に満ちている。
「中州城下町に貸本屋を作る件、こちらで進める許可を頂けますでしょうか?」
わざわざ確認するまでもないことだったが、形式上そう問いかけられた。丁寧な請願に与羽は深くうなずく。
「では、こちらに署名をお願いいたします」
卯龍はゆっくりと上段の間にあがると、洗練された動きで与羽に紙の束を差し出した。辰海が作り、絡柳の添削を経て完成した計画書だ。与羽も何度も目を通した。与羽は用意された筆を手に取ると、見慣れた文字が並ぶ書類の末尾に名前を書いた。「中州城主代理」という肩書と共に。
「ありがとうございます。まだ城主代理からのご提案はございますか?」
「はい。私は何人かの官吏を復職させたいと考えています。辰海、名簿を」
「はい」
辰海は大臣の人数分用意していた名簿を配った。以前与羽が集めた、青金叶恵をはじめとする元文官たちの名前が連ねられている。
「彼らの官吏復帰の意志は確認済みで、漏日天雨文官による身辺調査も終わっています。人となりに問題はないと思いますが、不安がありましたら漏日大臣や紫陽大臣、橙条系の官吏の皆様にもあとで確認していただきたいです」
息子もこの件に噛んでいると知って、一の間の前方で漏日大臣が小さくうめき声をあげた。息子同様童顔であるが、実際の年齢も卯龍や宮美より十歳ほど若い。数年前に絡柳が大臣位に着くまでは、有能な若手大臣と言えば彼のことだった。なお、彼の息子であるアメはこうなることを見越して、あえて父とは離れた場所に座っている。
「それと関連して、官吏の子どもを預かる託児所を設けたいとも考えています。扱いとしては、国営の学問所の幼児校のようなものです」
「国の将来を考えるなら、あってもいいだろうな」
息子の説明に卯龍がうなずいた。しかし、最上位の大臣であっても思うことはあったらしい。
「だが、完璧な計画であっても俺には事前に相談して欲しかった。お前たちが独断で行動を起こした理由は察せるが、せめて俺にだけは話せ。俺は年齢や経験、出自でお前たちを軽んじるほど愚かじゃないつもりだ」
「……すみません」
先ほどよりも厳しい声による注意に、辰海は今日何度目かの謝罪をした。絡柳も深く頭を下げている。
それでも、与羽たちの計画が無事朝議を通るように計らってくれるのが卯龍だった。辰海と絡柳の作った提案書に納得したからか、彼が与羽に甘いからかはわからないが、彼のおかげで話し合いの場はほとんど滞ることなく進んだ。
「我々の提案はこれで全てです」
与羽は官吏の復帰と託児所の案に署名をほどこし、次の提案に身構える卯龍を見た。彼はそれにほっと息をつくような隙は見せず、ただ一つ頷いた。
「わかりました。では、次の議題にまいりましょう」
今日の朝議は、多くの官吏が予想していたよりも波乱に満ちていたが、卯龍の手腕と賢い官吏のおかげで話は滞りなく進んだ。結果として、貸本屋と一部官吏の復帰を含めた四つの議題を通し、二つを再検討とした。
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