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大使館3年目・夏(16部分)
深大寺君の双海公国見聞録5
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本日もカウサル女公爵様のお茶の時間にお付き合いしている。
「そうして和尚さんを追い出すために狸たちが連日連夜お腹を叩いて夜な夜な踊り明かすのですが……」
「公爵殿下、お時間です」
執事さんがカウサル女公爵を呼びに来た。
もうお茶の時間は終わりらしい。
「はー……もう大司教さまが来たのか?」
「大司教さま?」
「ああ、会ったことないよな。教会からわざわざこの国の教会支部を取りまとめる大司教さま直々のお布施の取り立てだよ」
「お布施の取り立てって、お布施はご厚意で貰うものですよね?」
これでも門前町で育ってるのでお布施には多少の馴染みがあるが、そこに取り立てという単語がついてくるのは聞いたことがない。
カウサル女公爵は困ったようにため息をついてこう切り出す。
「本来はそういうものなんだがね。この大陸において教会があるという事は安全で話の通じる信頼可能な国である証明になる。こうもいちいち来てはお布施の話をされるのも嫌になるが、お布施を出さなことで教会がなくなればこの国は危険で話の通じない国になる。
だから教会に逃げられないようお布施を出すことで信頼を買わざるを得ないのさ」
「じゃあ教会の無い国には危険でもいいと思える人しか来ないってことですか?」
「そういうことだね」
双海公国とヤマンラール商会は今でこそ教会という信頼を金で買うことで貿易国家として成り立っているが、金羊国との取引という危険な橋を渡っていることになる。
「それでも取引するほどの価値を見込んでるんですね」
「ああ。結果的に異世界という商いの新天地を見せてくれた、危険な橋を渡った価値もあるよ」
そんな話をしながら使用人に軽く身支度を整えさせたカウサル女公爵は宝塚の役者に引けもとらない美しき女公爵に変貌する。
「せっかくだ、話してみるかい?」
美しき女公爵は気まぐれにそう僕に聞いた。
****
そんな訳で、今僕の目には目に痛いほどの純白に身を包んだ大司教さまが座っている。
「この方が例の手動洗濯機の開発者ですか」
「ええ。頭は良いのですがどこぞから流れ着いてきたようでして教会になじみがないものですから、この機会にお目にかけてみようかと」
大司教さまは60代ぐらい壮年男性で、服も髪の毛も真っ白いなかで瞳だけが緋色に輝いている。
それなりに権力を握った人特有の威厳と宗教者らしい穏やかさを兼ねそなえたその姿には信者でない僕であっても少々怯むものがある。
「教会では洗濯機をどのようにお使いですか?」
「主にシスターたちが孤児院や救済院の人々の衣服を洗うのに用いておりますね」
「そうなんですね。公爵さまのところでは獣人の方が洗ってる場合が多かったので知らなかったです」
「一般的には私有奴隷が行いますが特に救済院は身体の弱った人も多いので、一切の穢れも持ち込めないのですよ」
「……穢れ、ですか」
「はい。獣人は労働を通して前世の穢れを落とします。私有奴隷の洗った衣服や使った道具には微弱ながらその穢れが付き、その穢れは弱った体をむしばむと言われていますから体の弱った人や子どもには近づけない方が基本的にはいいのですよ」
大司教さまはまるで教え諭すようにそう答える。
言われてみれば金羊国でも多くの獣人が下水や鉱山などの人との関わりの少ない職種につく場合が多かったが、この辺りに起因しているのかもしれない。
「普通の人が獣人と触れ合う事で穢れることは無いのですか?」
「微弱ですからね。弱っていなければその穢れに呑まれることはありません」
その理屈を自分なりにかみ砕いで呑み込んでみるけれど、あくまでこの世界の理屈だ。
僕や地球的倫理観で納得できるかはまた別の問題である。
「労働によって穢れを落とし人間によって愛される以外獣人に救いはありますか?」
「ありません。彼らは罪を背負って生まれてきているのですから」
「時折町の獣人奴隷でろくろく食事や睡眠をとっていなさそうな獣人を見かけますが、それも獣人に生まれたが故の罰という事ですか?」
「そうなりますね。むしろ身を削って働けは働くほど救いは近づきます、その獣人も救いが近いのでしょう。この生ですべての穢れを落とせば来世は善き人に生まれてくることでしょう」
大司教さまはまるで過労死のみが救済だという風に答える。
寝食を奪われた状態で働き続けて死ぬことのみが救いだなんて、なんて残酷な教えだろう。
「大司教さまは、身を削って働くことに疲れて殺してほしいと懇願する獣人がいたらどうなさいますか?」
「少し休んだら仕事に戻りいつかくる冥界からの迎えをお待ちなさい、と答えるでしょうね」
その答えは受け入れがたいものだった。
僕は話に付き合ってくれた事への感謝を示してから、トイレに行くと言って部屋を出た。
(……教会にお金を払うという事はあの大司教さまのような考えに賛成するという事だ)
カウサル女公爵は、僕が教えた手動洗濯機によって得たお金をあの大司教さまや教会に渡している。
もし今の僕が僕の知識で得たお金が教会に渡ることを嫌だと言ったらカウサル女公爵はどんな顔をするだろう?
公爵邸の隅で僕はそんな事を考えている。
「そうして和尚さんを追い出すために狸たちが連日連夜お腹を叩いて夜な夜な踊り明かすのですが……」
「公爵殿下、お時間です」
執事さんがカウサル女公爵を呼びに来た。
もうお茶の時間は終わりらしい。
「はー……もう大司教さまが来たのか?」
「大司教さま?」
「ああ、会ったことないよな。教会からわざわざこの国の教会支部を取りまとめる大司教さま直々のお布施の取り立てだよ」
「お布施の取り立てって、お布施はご厚意で貰うものですよね?」
これでも門前町で育ってるのでお布施には多少の馴染みがあるが、そこに取り立てという単語がついてくるのは聞いたことがない。
カウサル女公爵は困ったようにため息をついてこう切り出す。
「本来はそういうものなんだがね。この大陸において教会があるという事は安全で話の通じる信頼可能な国である証明になる。こうもいちいち来てはお布施の話をされるのも嫌になるが、お布施を出さなことで教会がなくなればこの国は危険で話の通じない国になる。
だから教会に逃げられないようお布施を出すことで信頼を買わざるを得ないのさ」
「じゃあ教会の無い国には危険でもいいと思える人しか来ないってことですか?」
「そういうことだね」
双海公国とヤマンラール商会は今でこそ教会という信頼を金で買うことで貿易国家として成り立っているが、金羊国との取引という危険な橋を渡っていることになる。
「それでも取引するほどの価値を見込んでるんですね」
「ああ。結果的に異世界という商いの新天地を見せてくれた、危険な橋を渡った価値もあるよ」
そんな話をしながら使用人に軽く身支度を整えさせたカウサル女公爵は宝塚の役者に引けもとらない美しき女公爵に変貌する。
「せっかくだ、話してみるかい?」
美しき女公爵は気まぐれにそう僕に聞いた。
****
そんな訳で、今僕の目には目に痛いほどの純白に身を包んだ大司教さまが座っている。
「この方が例の手動洗濯機の開発者ですか」
「ええ。頭は良いのですがどこぞから流れ着いてきたようでして教会になじみがないものですから、この機会にお目にかけてみようかと」
大司教さまは60代ぐらい壮年男性で、服も髪の毛も真っ白いなかで瞳だけが緋色に輝いている。
それなりに権力を握った人特有の威厳と宗教者らしい穏やかさを兼ねそなえたその姿には信者でない僕であっても少々怯むものがある。
「教会では洗濯機をどのようにお使いですか?」
「主にシスターたちが孤児院や救済院の人々の衣服を洗うのに用いておりますね」
「そうなんですね。公爵さまのところでは獣人の方が洗ってる場合が多かったので知らなかったです」
「一般的には私有奴隷が行いますが特に救済院は身体の弱った人も多いので、一切の穢れも持ち込めないのですよ」
「……穢れ、ですか」
「はい。獣人は労働を通して前世の穢れを落とします。私有奴隷の洗った衣服や使った道具には微弱ながらその穢れが付き、その穢れは弱った体をむしばむと言われていますから体の弱った人や子どもには近づけない方が基本的にはいいのですよ」
大司教さまはまるで教え諭すようにそう答える。
言われてみれば金羊国でも多くの獣人が下水や鉱山などの人との関わりの少ない職種につく場合が多かったが、この辺りに起因しているのかもしれない。
「普通の人が獣人と触れ合う事で穢れることは無いのですか?」
「微弱ですからね。弱っていなければその穢れに呑まれることはありません」
その理屈を自分なりにかみ砕いで呑み込んでみるけれど、あくまでこの世界の理屈だ。
僕や地球的倫理観で納得できるかはまた別の問題である。
「労働によって穢れを落とし人間によって愛される以外獣人に救いはありますか?」
「ありません。彼らは罪を背負って生まれてきているのですから」
「時折町の獣人奴隷でろくろく食事や睡眠をとっていなさそうな獣人を見かけますが、それも獣人に生まれたが故の罰という事ですか?」
「そうなりますね。むしろ身を削って働けは働くほど救いは近づきます、その獣人も救いが近いのでしょう。この生ですべての穢れを落とせば来世は善き人に生まれてくることでしょう」
大司教さまはまるで過労死のみが救済だという風に答える。
寝食を奪われた状態で働き続けて死ぬことのみが救いだなんて、なんて残酷な教えだろう。
「大司教さまは、身を削って働くことに疲れて殺してほしいと懇願する獣人がいたらどうなさいますか?」
「少し休んだら仕事に戻りいつかくる冥界からの迎えをお待ちなさい、と答えるでしょうね」
その答えは受け入れがたいものだった。
僕は話に付き合ってくれた事への感謝を示してから、トイレに行くと言って部屋を出た。
(……教会にお金を払うという事はあの大司教さまのような考えに賛成するという事だ)
カウサル女公爵は、僕が教えた手動洗濯機によって得たお金をあの大司教さまや教会に渡している。
もし今の僕が僕の知識で得たお金が教会に渡ることを嫌だと言ったらカウサル女公爵はどんな顔をするだろう?
公爵邸の隅で僕はそんな事を考えている。
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