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西暦204×年、金羊国第一都市。
上野から特急で2時間もかからずに辿り着いた異世界の都市は思ったよりも大きな街だった。
関東の大手私鉄が走らせる直線的なフォルムの特急列車に、木と鉄を組み合わせた駅舎は地球の建築家がこしらえたようなモダンな造りである。
ちなみにこの駅舎は半年ほど前に金羊国出身でアメリカで活動するデザイナーがデザインし、日本の大手ゼネコンの現地法人が建設している。
四半世紀前には夢物語とされていた異世界も今ではすっかりご近所であり、この若々しい異世界の新興国家は日本に大きな経済的恩恵を与えた。
改札を抜けるとJR上野駅に似た大空間が広がり、そこを行き交う人々を見守るように初代金羊国宰相・ハルトルと彼を支えたメンバーを称える銅像が立っている。
「お疲れ様です、」
俺をここに呼び寄せたヤギ獣人の男性はにこりと微笑むと「ようこそ金羊国へ」と答える。
「鉄道の旅はいかがでしたか」
「不思議な気分でしたね、見慣れたトンネルの向こう側が異世界なんですもんね」
10年以上の歳月をかけて完成した日本と金羊国をつなぐ一成トンネルをくぐるのは初めてだが、トンネルの構造そのものは日本でも見られるものと変わりないにも関わらず抜けた先に広がる景色は日本とどこか違うような気がした。
雑談をしながら駅舎を出るとがらんとした空き地にトゥクトゥクや人力車のようなものが所狭しと並んで地球からの客を待ち構えているが、一番いい場所にポツンと高級車が止まっている。
ドアをあけてくれるので後部座席に乗り込めば案内役のヤギ獣人が「では、出発しますね」と声をかける。
新しく舗装された道を高級車は安全運転で走り出す。
「ずいぶんといい車をご用意くださったんですね」
「当然です、我々の目標がようやく現実になるためのキーマンなのですから」
「……目標ですか」
金羊国は豊富な資源と宗教にとらわれない英知と地球から流れ込む資金を武器に新興国となった。
しかし金羊国は長年技術上の問題から自国で鉄製品を自給できずにいたが、この度ついに自国での大規模な製鉄事業に乗り出すため地球の高炉メーカーから技術者を招聘した。
技術者の送り出しは俺のいる日の丸製鉄には吉報であった。
設備の老朽化で製鉄所縮小・閉鎖を重ねながらも地域経済に対する影響から大規模な人員整理が難しい状況にあり、金羊国へ大量の技術者を送り出すことで人員整理の代わりとしたのである。
俺も日の丸製鉄から金羊国が各国から技術供与を受けて設立する製鉄所への出向と言う形でこの地に赴くことを選んだ。
給与3割増し・生活費10分の1というメリットは奨学金貧乏の身には魅力的だったので飛びついたわけだが、窓の外に広がるには中世ヨーロッパのような長閑な景色である。


(学校の教科書に出てくるお雇い外国人もこういう気分で日本に来たのかね……?)
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