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Lesson8 初めての約束
しおりを挟むスマホのアラームが鳴ったのは正午。
レオは重たいまぶたをゆっくり開け、寝癖をかきあげながら浴室へ向かった。
シャワーを浴びて、髪を乾かし、服を選ぶ。
黒のロングカーディガンに、ゆるっとしたボトム。
ピアスに時計、華奢なチェーンを重ね付けして、洗練されたカジュアルに仕上げる。
鏡の中で軽く笑みを浮かべたその姿は、まるで雑誌から抜け出したモデルのようだった。
「……まぁ、これでいいだろ」
白のBMWに乗り込み、みのるの住むアパートへ。
到着すると、短く「着いた」とLINEを送る。
ほどなくして、小走りで駆け寄ってきたみのるの姿が見えた。
白のパーカーに黒のカーゴパンツ。肩の力が抜けたラフな服装なのに、不思議と目を引く。
助手席のドアを開けて、少し緊張した声を出した。
「おはようございます」
その笑顔に、思わずレオの口元も緩む。
「……よし、乗れ」
みのるが座席に腰を下ろした瞬間、車内にふわりと若さの匂いが広がる。
目を輝かせて、BMWの内装を見回す。
「わぁ……すごい。高級感が半端ない……」
「大げさだな」
頭をくしゃっと撫でながら、レオはエンジンをかけた。
──都心は渋滞している。ハンドルを切りながら、ふと思いつく。
「横浜でも行くか」
「えっ……横浜!? 本当に? やばい……!」
みのるはシートベルトをぎゅっと握りしめ、子犬みたいに小さくはしゃいだ。
(……マジで可愛いな)
途中、ドライブスルーでコーヒーを買う。
「何飲む?」
「カフェラテのアイスでお願いします」
「じゃ、コールドブリューとカフェラテで」
慣れた仕草で注文し、みのるに手渡す。
「ありがとうございます」
カップを大事そうに持つ姿に、また心臓をくすぐられる。
(調子狂う……。俺が客といる時より、なんでこんなに楽しいんだよ)
道中は他愛ない会話で盛り上がった。
「みのるって、自炊するのか?」
「えっ……いや、あんまり……。ほとんどウーバーです。あ、でもラーメンは煮ます!」
「ラーメンだけかよ」
レオが吹き出すと、みのるは頬を膨らませて抗議する。
「レオさんは?」
「俺? 作る。家政婦雇ったこともあったけど、寝てる時間に来られるの面倒でやめたな。自分でやったほうが早い」
「え、料理できるんですか……! すご……!」
「まぁな。母親も料理しなかったし、ずっと家政婦のご飯だった。俺が作れるようになったのは、逆にそのおかげかもな」
「……お家、お金持ちなんですね」
「は? そうか? 思ったことねぇな」
無邪気に食いついてくるみのるの瞳を見て、また笑みが漏れる。
(……本当に素直だな。やっぱ可愛い)
気づけば、窓の外にはベイブリッジ。
港の風と青空、遠くに見える観覧車。
「わぁっ! 横浜だ……!」
みのるが子どものように歓声をあげる。
レオはちらりと横顔を盗み見て、ハンドルを握る手に力を込めた。
(……こんな可愛い顔、客に見せんなよ。俺だけに見せとけ)
「到着。降りろ、子犬」
「子犬じゃないです!」
そう言いながらも、頬を真っ赤にするみのるに、レオは小さく吹き出した。
夕陽が沈みかける横浜・赤レンガ。
建物の灯りがほんのりと灯り始め、窓ガラスに反射するオレンジ色が幻想的に街を染めていた。
レストランのガラス窓からその景色を眺めながら、向かいの席で「わぁ……」と目を輝かせるみのる。
小動物みたいに嬉しそうにパンケーキを食べる姿に、俺はフォークを止めてしまった。
(……なんでだ。食ってるだけなのに、可愛すぎるだろ)
「……どうした?」
思わず聞くと、みのるが真っ直ぐ見てきて、頬を赤く染めながら笑う。
「レオさん、食べ方綺麗だなぁって思って」
「……普通だよ」
軽く鼻で笑ったけど、心の奥では少し照れた。
店員がアイスティーを運んできた。
みのるが驚いた顔で「新鮮です」と言うから、思わずクスクス笑ってしまった。
「休肝日くらい作るさ。体も商売道具だからな」
――楽しい時間はあっという間で、食事を終え、外に出ると港の風が少し冷たかった。
みのるが「美味しかったです。ご馳走様でした」笑顔で言う。
その素直さが可愛くて、俺は自然と肩に腕を回していた。
「……よし。行くぞ」
「え?どこにですか?」
「いいから。着いてこい」
車を止めたのは、赤レンガのすぐ近くにあるブランドショップ。
煌びやかな照明に照らされたショーケースの前で、みのるはきょとんとした顔をしていた。
(……そうか。自分のことだと思ってねぇんだな)
「この子に似合うネックレスを探してる」
俺が店員に告げると、隣のみのるが「え、えぇ!?」と小声で裏返った。
慌てて手を振る仕草すら可愛い。
「華奢だからシンプルなやつがいい」
店員が差し出した中からひとつを手に取り、みのるの首元へ持っていく。
「俺がやる」
驚く店員から受け取り、自分の手でチェーンを後ろで留めてやった。
思わず口角が上がった。
「……やっぱり似合うな」
店員が「素敵ですね」と笑う声が遠くに聞こえる。
目の前で頬を真っ赤にして固まるみのるを見て、俺はそのまま言った。
「これください」
「えっ!?た、高いですよこれ!」
慌てる声を余裕の笑みでかき消す。
「気にすんな。お前、アクセ持ってないだろ?……だから俺が選んでやった。それだけだ」
みのるは潤んだ瞳で、信じられないようにネックレスを指先で触れていた。
「……めちゃくちゃ嬉しいです。本当に……ありがとうございます」
(……その顔見られただけで、十分に価値がある)
心の中でそう呟きながら、俺はカードを差し出した。
店を出たあと、港沿いを歩くと、潮風が少し冷たく頬を撫でた。
灯りが並ぶ遊歩道の先、観覧車が虹色に光りながら夜空に浮かんでいる。
「わぁ……」隣で子犬が目を輝かせる。
ネックレスを首にかけてからずっと、嬉しそうにしている。
(……ほんと素直だな。こんなの見せられたら、調子狂うだろうが)
ゴンドラに乗り込むと、ゆっくりと地上が遠ざかっていった。
眼下に広がる街の灯りに、みのるは顔をくっつけるようにして外を見ている。
「めちゃくちゃ綺麗ですね!」
「……あぁ。こんなに喜ぶなら、連れてきた甲斐があった」
思わず口元が緩む。
みのるが振り返り、照れたようにネックレスを握る。
「さっきの、本当に嬉しかったです。僕、アクセサリー持ってなかったので……毎日つけます」
「そうか」
素直な言葉に、頭を無意識に撫でていた。
夜景を横目に、つい口からこぼれる。
「明日、店に来いよ。……俺がお前を守ってやる」
みのるの瞳が潤み、光を宿して揺れる。
その顔に胸がざわついた。
(熊の餌食になんか、させてたまるか)
黙って見つめてくるから、自然と額に唇を落としていた。
一瞬で終わらせるつもりだったのに――
(……ダメだ。口にしたい)
堪えきれずに重ねたキス。
俺の背中に手が回ってくる。
その温もりに、余裕の仮面が剥がれていくのを自覚した。
(……やばい。おかしい。子犬可愛すぎて、俺……完全に狂わされてる)
夜景よりも眩しいその笑顔に、どうしようもなく囚われていく。
Lesson 9へ続く
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