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Lesson16.5 静かな夜の裏で ―番外編
しおりを挟む閉店後の深夜1時ー
夜の街はまだ眠らない。
ネオンが滲み、アスファルトの上で光が揺れる。
閉店と同時に、ホストたちはそれぞれの夜を背負って散っていった。
残り香のように、甘い香水が風に溶けて消えていく
リュウはゆるく笑った。
「レオ、久しぶりに飲んで帰らない?」
レオは返事もせずに視線を探す。
目の先には、出口で靴を履き直すみのるの姿。
「みのる! 雑炊食べて帰ろうぜ!」
リツが軽い調子で声をかけると、みのるは嬉しそうに振り返った。
「あ、いいよ。レオさんに断ってくるね~」
小走りで駆け寄ったみのるが、無邪気に告げる。
「レオさん、リツくんと雑炊たべてから帰るよ」
レオはしばし無言。
次に口を開いたとき、声は低く落ち着いていた。
「俺もリュウと飲んでくる」
その手がスッとポケットから出され、カードキーが差し出される。
「……遅くなるな。帰ってくるのは、俺のとこだろ」
「……うん」
みのるの胸が高鳴る。夜の街のざわめきすら聞こえなくなった。
カードキーを握る指先が震える。
……ドキドキ
レオの目は相変わらず冷静に見えるけれど、その奥に何かを隠しているようで、みのるは目を逸らせなかった。
「ほら、いくぞ~!」
リツが肩を引っ張る。
「ふふ、何食べようかな」
みのるはカードキーを胸ポケットにしまいながら、足取り軽く雑炊屋へ向かう。
一方その頃――
「シーシャバーいきたいな」
「お、いいぜ」
シュンとマサキが並んで歩き出す。
ちょうど同じ時刻、トシとケンが店から姿を現した。
マサキが目を細める。
「? あいつら仲良くね?」
「ははは、似たもの同士だからな」シュウが肩をすくめる。
マサキはわざとらしく
「おまえら付き合ったら? 似合うよ!」
トシとケンは、一瞬だけお互いを見てしまう。
「……うるせぇ」ケンが吐き捨てるように言い、トシは耳まで赤く染め一瞬言葉を失う。
「ケラケラッ」マサキは腹を抱えて笑う。
「ほら、ほら、いくよ」シュウが引っ張ると、煙と笑いの夜がまた広がっていった。
静かな路地裏にひっそりと灯るネオン。
アメリカンスタイルの小さなバーは、外の喧騒を忘れさせる隠れ家のようだった。
木のカウンターにほの暗い照明が落ち、ジャズの調べが低く流れる。
「いらっしゃい! あらあら、リュウくんにレオくん、久しぶりだな!」
マスターがグラスを拭きながら笑顔を向ける。
リュウはカウンターに腰を下ろし、すぐ隣にレオの肩が触れそうな距離で座った。
「レオが付き合い悪くてさ。やっと今日だよ~」
「おいおい」
レオがため息を混ぜて返すと、リュウは唇の端を吊り上げてにやりと笑う。
わざと肩を軽く叩き、挑発するように声を潜めた。
「マスター、しかもレオさ。最近、可愛い子犬の子を捕獲したんだよ~。クスクス」
「リュウ!」
レオは慌てて声を上げるが、リュウの流し目に射抜かれて言葉を失う。
マスターはその空気を楽しむように頷いた。
「あら、いいね。楽しそうじゃないの。何飲む?」
「俺はウイスキー水割り」
「俺はソルティドッグかな」
「はいはーい」
氷が落ちる澄んだ音とともに、夜が静かに深まっていく。
「乾杯!」
カチリとグラスを合わせた瞬間、リュウの視線がまた横から差し込む。
艶やかな瞳に射抜かれて、レオはわずかに顔をそむけた。
「しかしさ、マサキ来てから雰囲気変わったよな」
レオが低く切り出すと、リュウはわざと肩を寄せ、耳元に近づいて囁いた。
「本当、救いだわ」
その距離感に、レオは少し居心地悪そうに眉を寄せる。
「俺さ、一度だけケンとな…けど、キスはしてない。酔っていたしな」
「ははは、事故か?」
「だな」
二人の笑い声がカウンターに響き、氷がゆらりと揺れた。
レオは真面目な表情に戻り、低くつぶやく。
「あんなに執着されていたから、みのるの危険を感じて…あまり強く言えなかったんだよ」
「なのに?」
リュウは肩越しに覗き込みながら、わざとレオのグラスに自分のグラスを軽くぶつける。
レオは苦笑しながらも、その瞳を正面から受け止められなかった。
「マサキには感謝だ」
「マサキは陰湿な奴が嫌いなんだろ。気性も荒いしな」
「はははっ。たしかに」
リュウがまた肘でレオを小突き、声を低める。
「みのるとはどうする気なんだ? おまえ、もう堕ちてるくせに」
「とうとう仮面は崩れたわ」
リュウの笑みは、どこか影を落とす。
「仕方ないよ。あいつ、可愛いだけじゃない。……心の隙に入り込む」
視線を落とし、囁くように。
「……俺も、一度は抜け出せなかったから」
レオが怪訝そうに目を細めた。
リュウはグラスを見つめ、
その奥に滲む想いを隠すように微笑んだ。
口角をゆるめ、わざと軽く言った。
「カイトがいても……あいつ見るたび、少しだけ揺れてたよ。自分でも笑えるくらいに」
「は?」
「冗談だよ」
けれど、レオの眉がわずかに動く。
その反応を見て、リュウは小さく笑った。
「取るなよ」
「取れねぇよ。……俺が惹かれたところで、あいつは最初からおまえしか見てねぇし」
一瞬、沈黙。
グラスの中で氷がカランと鳴る。
「……リュウおまえってほんと掴めねぇな」
「だから飽きねぇだろ?」
ふたりの笑いは軽い。
けれど、その空気はどこか熱を孕んでいた。
冗談の裏に隠された、ほんの少しの“本音”。
――夜はまだ、二人を酔わせ続ける。
夜の街路地にひっそりと灯る提灯。
雑炊屋の暖簾をくぐると、出汁の香りがふんわり漂ってきた。
「ここだ」
リツが胸を張って指差す。
「いいね! いこいこ!」
みのるは嬉しそうに小走りで中へ入る。
木のテーブルに並んで腰を下ろすと、リツがメニューを覗き込みながら言った。
「何たべよ?」
「僕はシャケ雑炊かな」
「じゃ、俺は鳥雑炊。決まりー。あと生ビール」
湯気が立ちのぼる雑炊とともにグラスが運ばれ、二人は顔を見合わせて笑う。
「乾杯!」
カチン、と音が鳴った瞬間、自然と視線が重なった。
そのまま目を逸らす。
「どう? ホスト、もうまもなく3ヶ月経つだろ?」
リツがスプーンを動かしながら問いかける。
「うん、だいたい慣れてはきたかなー。指名もあるし」
「みのる、マダムに人気だよな。癒し系だからか」
「キャバ嬢くると疲れるよ。マダムの方が楽」
「そか。俺はマダムが苦手だわ」
リツは子供みたいに唇を尖らせ、次の瞬間、茶目っ気たっぷりに笑った。
「一口頂戴」
「はい、一口あげる」
みのるが自分の雑炊をすくって差し出す。
スプーンがテーブルを越えてリツの口元へ。
「んー……うまっ」
リツは幸せそうに頬を緩めた。
「美味しいね」
「だよな! シャケいけるやん」
今度はリツが自分の器をすくい、わざとらしくスプーンを前に差し出す。
「お返し。ほら、あーん」
「……あ、ありがとう」
みのるは少し戸惑いながらも受け入れる。
唇に触れるスプーンの感触に胸が跳ね、視線を上げるとリツの目とぶつかった。
「どう? 美味しいだろ?」
「うん……美味しい」
「だろだろ!」
リツが嬉しそうに笑う
「そういや、ケンとトカ……トシお似合いじゃね? さっき俺吹いたもん」
「あ、マサキさんの?」
「マサキさん最高だわ。俺好き」
「うん、いいひとだよね。わかる」
湯気に包まれたテーブル越しで、二人の笑い声が重なる。
出汁の温もり以上に、互いの距離の近さが胸を熱くさせていた。
シーシャの煙がゆらゆらと漂うラウンジ。
薄暗い照明に照らされ、ガラスのパイプが艶やかに輝いている。
シュウは柑橘系のフレーバーを選び、ビールを片手にゆったりと煙を吐く。
マサキは甘い系のフレーバーを吸い込み、グラスにはモスコミュール。
ふたりの吐息が交じり、テーブル越しの距離がやけに近く感じられる。
「やっぱ落ち着くわ~」
「温泉いきたいな」
「サウナとかいくん?」
「サウナより温泉行きたいんだけど」
「ほな、今度の休みいこか? 温泉スパ」
「え!?!?」
シュウが驚きすぎて煙をむせ、慌てて咳き込む。
マサキは大きな声で笑い、「なんや問題あるん? 行こうぜ~」と、にかっと笑った。
その笑顔に、シュウはビールをぐいっとあおって誤魔化す。
耳まで赤く染まっているのを、マサキは見逃さない。
ふいにマサキが、シュウの吸っていたシーシャを覗き込み、ゆるりと笑う。
「なぁ、それ一口吸わせてや」
「え? お前、自分のあるだろ」
「ええやん、味比べや」
マサキは軽く身を乗り出し、シュウが使っていたマウスピースにそのまま唇を重ねた。
煙を吸い込み、ゆっくり吐き出す。その仕草がやけに艶っぽい。
「……っ!」
間接キスの意識が押し寄せ、シュウの胸が跳ねる。
視線を逸らしても、赤くなった耳が隠せない。
マサキは甘い煙を吐きながら、低く笑った。
「お前のん、爽やかでええ味するわ。……なんや、シュウっぽい」
「な、何言ってんだよ……!」
顔を覆うようにビールを飲み干すシュウ。
マサキはその姿をじっと眺め、煙越しに囁いた。
「照れてるんやろ? ……かわええわ」
ふっと笑った次の瞬間、マサキの視線がシュウの唇に落ちる。
煙の奥で、その眼差しはいつもよりずっと近く、熱を帯びていた。
レオ帰り道。
夜風が頬をかすめる。
レオは無言のまま、ポケットに手を突っ込んだ。
街灯の下、ふたつに割れた影が淡く伸びていく。
光の境目で、彼の瞳だけが静かに光っていた。
「……リュウの言葉…冗談に、聞こえなかったな」
呟いた声は風に消えた。
それでも胸の奥に残る熱だけは、なかなか消えてくれなかった。
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