指名は君だけー高層の夜に堕ちる

氷月

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Lesson24 沈黙の別れ

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スイートルームの朝。


大きなベッドの中、ゆるやかに目を覚ますと、腕の中で小さな寝息を立てる彼がいた。

胸に頬を寄せて眠る姿が、あまりに愛おしすぎて――思わず息を呑む。

(なんだよ、俺……完全に沼ってるじゃんか。可愛すぎて、もう手放せない)

彼がまつ毛を揺らし、ゆっくりと瞳を開けた。

「……おはよー、和希」

まだ夢の中にいるみたいな声でそう呟くと、そのままぎゅっと腰に手を回してきた。

その仕草すら可愛くて、胸の奥がじんわり熱くなる。

「まだ時間早いから、もう少しこうしていよう。……でも、せっかくだし朝食バイキングしてから帰ろうな」

髪を指先で梳きながら囁くと、彼は小さく笑ってさらに身体を寄せてきた。

「うん。……和希と一緒に住むようになってから、ちゃんと健康的になったんだ。僕、和希いないと眠れない」

そう言ってしがみつく腕に力をこめる。

胸の奥が甘く痺れる。

「……俺だってそうだよ。お前がいない夜なんて、もう考えられない。お前の温もりなしじゃ眠れない」

熱を帯びた声で耳元に囁き、額に、頬に、唇に、次々と口づけを落とす。

彼はくすぐったそうに笑いながらも、さらに強く抱きついてきた。

その笑顔に心臓ごと溶かされる。

「どうしてくれるんだよ……俺、お前に夢中すぎて、もう戻れない」

――朝の光さえ嫉妬するほどの甘さで、ふたりは互いを抱きしめ続けた。

俺はここ二日、ろくに眠れてへんかった。

胸ん中に澱みたいに残ったモヤモヤが、頭をじわじわ重くさせる。

(……クリスマスの夜。あいつを見てもた。みのるの元カノと、カイトが一緒におった。

そのときリュウはスマホ何度も見とったやん。……あれは絶対、待っとったんや)

喉奥から苦い息が洩れる。

――黙ってられるか。

スマホを開き、カイトにメッセージを打ち込む。

「話ある。バー《Karin》で20時。待っとる」

マサキは指先でスマホをいじりながら、気だるげに一口。
氷の音を静かに聞きながら待っていた。

淡い照明の中、ドアベルが鳴る。

カラン。

「いらっしゃいませ」

「ビールください」

現れたのは、いつも通り爽やかな笑顔を浮かべたカイトだった。

「久しぶり! マサキ!どうしたの?」

その天真爛漫な笑顔を見た瞬間、マサキの奥底で煮詰まった苛立ちが爆ぜる。

グラスをカウンターに置き、鋭い眼差しを突き刺す。

「……お前、仮面外せや。男の顔でおれ。俺の前で安っぽい仮面かぶってんちゃうぞ」 

カイトの笑顔が一瞬だけ揺れる。

「何のことかな?俺、なんかしたか?」

「ふざけんなや!」

低い声が空気を切り裂く。

「この目で見てんねん。イブの日、何してた!? 仕事も休んどったやろ? あんなクソ忙しいイベントん時に!」

カイトの表情から笑みが消えた。

「……へぇ。見られていたか」

「隣におった女――みのるの元カノやろ? なんでや。リュウはどないなんねん」

沈黙のあと、カイトは深くため息を吐き、ビールをひと口。

「でも、お前に関係ある?」

「なんでやって聞いとんねん!」

カイトの声は、苦く掠れていた。

「……あの日、サナが俺の店に来たんだよ。目を真っ赤にして……『みのるに似てる』言われてな。頭ん中に浮かんだんだよ。みのるが」

視線を逸らさず、淡々と続ける。

「話聞いたら、元カレがみのるだ言うから」

マサキの胸がざわめく。

「せやからって、リュウはどないすんねん」

「サナが甘えてきた。……俺は守りたくなった」

カイトは自嘲気味に笑い、低く呟く。

「気付いたらヤッてた」

マサキの血が逆流する。

「お前……ふざけんなや」

「わかってるよ。みのるに重ねてる。顔も体つきも似てるって言われて、気付いたらが落ちていた。」

「ほんならリュウは?」

「別れるよ」

カイトはポケットからタバコを取り出し、火をつける。煙の向こうの無表情。

マサキは歯を噛みしめ、声を押し殺すように吐き捨てた。

「……お前にはガッカリや」

グラスを置き、椅子を引いて立ち上がる。

振り返りもしないまま足音だけが冷たい夜に響いた。

カイトはその背中を見送りながら、煙を吐いた。

――仮面は、完全に剥がされていた。

夜更けのバー。

深い琥珀色ライトに照らされ、リュウはカウンターに腰を下ろしていた。

メッセージの通知を確認しつつ、ゆっくりと酒を口に運ぶ。

(……また既読がつかない)

ためらうように指を動かし、短いメッセージを打っては消す。

それを三度繰り返して、ようやく小さな「既読」が灯った。

数秒後に届いた短い一文――

『俺ら、別れよ。ごめん』

……不思議と、胸は静かだった。

リュウはグラスを傾け、淡い琥珀色をゆっくり見つめた。

氷が音を立ててゆっくり口に含む。

苦味と熱が舌に広がり、喉の奥を静かに通り過ぎていった。

「……まぁ、そうだよな」

ぽつりと落ちた声は、ウイスキーの香りに溶ける。

カイトの姿を思い浮かべようとしても、心が動かない。

代わりに、頭の奥に浮かんでしまうのは――あの笑顔。

柔らかくて、素直で、見ているだけで空気が変わるような。

手を伸ばしたくなるのに、届かない。

届かせちゃいけない。

「……もう誰かのもん、だからな」

自分に言い聞かせるように呟くと、苦笑が滲んだ。

グラスの底に残ったウイスキーを一気に飲み干す。

涙なんて出やしない――夜だけが、彼を優しく飲み込んでいた。

次へ続くー
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