指名は君だけー高層の夜に堕ちる

氷月

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番外編 甘える瞳の奥に、秘密の牙を隠して

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「みのる、明日から二日だけ《Queen》に行ってくれないか?」

オーナーの言葉に、空気が一瞬で止まった。

「……嘘だろ?」

隣の和希が真顔になった。

「オーナー、あそこはアマゾンに送り込むようなもんだ。ワニがうようよしてんだぞ?」

「可愛い子には旅をさせろって言うじゃないか」

オーナーは悪びれず笑い、グラスを傾ける。

「一人病欠が出たんだよ。君は可愛いからな……ヘルプで行ってもらいたい」

僕は一瞬迷って、それでも口を開いた。

「……はい。経験だと思って、行きます」

和希の横顔が苦く歪む。

(……心配、してくれてるんだ)



翌日、店の前。

「頑張れ。帰りは俺が迎えに行くからな」

和希が低い声で囁き、僕の額に軽くキスを落とす。

「……また夜にな」

「子供扱いしないでよ。……でも、ありがとう」

笑って見送られながら、僕は《Queen》の裏口へ足を踏み入れた。

――扉を開けた瞬間、空気が違った。

グレーのソファ、黒の壁紙。

スピーカーからは低音のビートが響き、タバコと香水の匂いが入り混じる。

座っていたのはピアスに鼻チェーン、タトゥーが覗く男たち。

その視線が一斉に俺へ突き刺さった。

「……お?新人か?」

「ちーっす、よろしくな。可愛いじゃん!」

やけに荒っぽい笑い声に、背筋が冷える。

(マジかよ……ここって……密売の現場?)

「久しぶりだな、みのる」

聞き慣れた声に振り返る。

「……カイト」

そこにいたのは、かつての輝きが消えた男。

瞳に光がなくて、笑顔すらぎこちない。

(……あのキラキラ、どこいったの?)

「ロッカーはこっちだ。Aと同じで接客すればいい」

カイトの首と腕にタテゥーが入っていた

「……ありがとう」

自分の服装――綺麗めシャツに細身パンツ。場違いなのは一瞬でわかった。

「……浮いてるな、僕」

「なんか違うな?もっとパンクにして来いよ。明日はな」

「そんな服、持ってないよ……」

「はじめまして」

柔らかい声が耳に落ちる。

振り返ると、柔和に笑う男がいた。

「俺はレモン。君は?」

「……みのるです」

「へぇ、何歳?俺は二十一。」

「二十歳です。」

「へー。だと学年一つ下だな。よろしく。」

その声だけは、やけに普通で――俺は胸を撫で下ろした。

(……良かった。まともそうな子もいるんだ)



夜七時。開店。

赤いライトが照らすフロアに、派手な服装の姫客やギャルたちが次々と入ってきた。

「はじめまして」

「やだ、可愛い!何歳?」

「……二十二です」

(本当は二十だけど、ちょっとサバ読んだ)

「あんたみたいなホスト、新鮮だわ」

「はは……ありがとう」

軽く笑いながらも、目線は宙に泳ぐ。

(全てが派手すぎて……ここは雰囲気が合わないな、僕)

「おはよう、みんな」

そのとき、低い声がフロアに響いた。

振り向いた瞬間――空気が変わる。

金髪に青い瞳、真っ白なスーツ。背が高くて、まるで白馬に乗った王子様

「今日からヘルプ勤務だね? みのる君、よろしく」

「……ありがとうございます」

頭を下げながらも、心臓が高鳴る。

(なんだ、この人……まぶしすぎる)

遠くで見ていたカイトの表情が歪んだ。

「……チッ。なんかムカつく」

隣でレモンがグラスを傾け、にやりと笑う。

「カイちゃんさ、怖い顔も……いいね」

カイトの視線が鋭くなった。

「……おい、スイッチ入れるなよ」



(やっぱり……ここは“危険な場所”だ)

背中に汗が滲む。

それでも――どこかで期待している自分がいた。

この危うさが、僕の心をくすぐる。

閉店間際、控え室には僕とレモンしか残っていなかった。

ソファに沈むレモンが、じっとこちらを見ている。

「……みのちゃん、ほんと可愛いなぁ。好きな顔だなー」

「え?」

「ねぇ、この店に知り合いとかいる?」

「……いないよ」 (反射的に嘘をついた)

「そっかぁ? さっきカイちゃんと仲良さそうに話してた気がするけどな」

レモンはにやにやと笑いながら、僕の反応を探る。

その時――目が急にチクッとして、思わず手を伸ばした。

「……っ、いてて。ゴミ入ったかも。コンタクトだから余計痛いんだ」

「え、見せて?」

レモンはするりと近づいてきて、僕の顎を軽く持ち上げた。

「……涙目だね。大丈夫?」

不安そうに覗き込んでくると思った、その瞬間。

「……っ!?」

舌先が、瞼の周りをぺろりと舐めた。

「ちょっ、な、なにして……!」

驚いて声が裏返る。

レモンの目は熱に潤んでいて、ぞわっと背筋が粟立つ。

「……美味しい。やば、これ興奮する……」

次の瞬間、ぐっと抱き寄せられた。

腕の力が想像以上に強くて、体温が直に伝わってくる。

「ちょ、だめだって……!」

顔を逸らした僕の視界に映るのは、切れ長の瞳にさらさらの青色の髪、ピンで留めた前髪――

一見可愛い顔が、今はどこか獲物を狙う捕食者のように見えた。

「……みのちゃん、そんな顔されると余計にゾクゾクするじゃん」

耳元で囁き、吐息をかけながら、レモンは名残惜しそうに笑った。

「じゃ、お先に。……また明日ね」

残された僕は、呆然と立ち尽くす。

「……な、なんなんだ、アイツ……」

裏口を出ると、和希が待っていた。

「お、みのる。迎えに来たぞ」

「……アマゾンだった」

「だろ? お疲れ様」

和希が僕の頭をくしゃりと撫でる。

その安心感に、思わず「……よしよし」甘えそうになってしまった。

二日目――。

「よし!今日でラストだ、がんばれよ。あとから迎え来るからな」

和希はそう言って、僕を裏口まで送り届けてくれた。

「おはようございます……」

しん、と静まり返るバックヤード。

「……誰も来てない?」

「みーのちゃ~ん!」

背後から声がして、思わず肩が跳ねる。

「… …うわ、びっくりした……」

「みのちゃん早いね?」

「普通 だよ」

「どう? 慣れた?」

「まだ二日目だし……それに今日で終わりだから」

レモンはにこにこと近づいてきて、ひょいと僕を覗き込む。

「そういえばさ、マサキってAに行ったじゃん?」

「そうだね」

「…マサキさぁ、僕を嫌ってんだよ。なんでかな?」

(…… 性癖ヤバいからに決まってる……)

「…なんででしょうねー」

その時。

バターン、と裏口の扉が乱暴に開いた。

「おはよ、カイちゃん!」とレモンが軽く手を振る。

「……おい、みのる」

低い声に背筋が凍る。

「なんだよ」――僕は咄嗟に声を低くして、男の仮面を被った。

怯えを押し殺し、カイトの鋭い視線を真正面から受け止める。

「おまえさ、サナの元カレだったんだな? サナが言ってた」

「……ああ。だけどもう終わった話だ」

僕はカイトを見上げながらも一歩も退かない。

「今さら蒸し返してどうする?」

「気に入らねぇんだよ。サナは俺の女だ」

「……好きにしろよ。俺には関係ない」

吐き捨てるように言い、口角をわずかに吊り上げる。

「……大事にできるなら、な」

平静を装って睨み返す――胸の奥がざわつくのを押さえ込みながら。

「ねぇ? なんの話?」とレモンが首をかしげる。

その無邪気な声が、張りつめた空気をかすかに揺らした。

「もういいから」

僕はフロアに足を向けた。

「……みのちゃんさ」

レモンが後ろから追いつき、耳元で囁く。

「顔可愛いのに、怒った顔がカッコいいね」

「……そうかな」僕はかすかに微笑んで返す。

「うん。僕はみのちゃん、怒った顔好き~」

「……は? レモンくんは、みんなに言ってるんでしょ?」

「え? 選ぶに決まってるよ。カイトは嫌いだし」

「え?そうなの?」

「そうだよ。あいつ、遊び人のクズだ。指名取るために客とラブホ行ってばっか。枕ホストだよ。最近は女にどっぷりハマってるしな。……みのちゃんが元カレだから、ムキになってんだよ」

(……それなら、リュウさんが別れて正解だったんだ)

胸がちくりと痛んだ。

「ほらほら、二人で喋ってないで!」

来栖が白いスーツ姿で現れ、軽く笑った。

「新規客来てるから、動け!」

「エンジェル入りまーす! イェーイ!」

騒がしい声に、店は一気に華やいだ。

奇抜なファッションの女子たちがソファに座り、奇抜なホストたちが派手に盛り上げる。

ここはやっぱりアマゾンだ。

――閉店後。

「ふー……やっと終わった。死ぬ……無理、この職場」

「みのちゃん、お疲れ様」

「ありがと」

「今日で終わりかー。寂しいな」

「……うん。僕も……だよ」

にっこり笑った瞬間――

「じゃ、最後に!」

「え?」

耳をパクッと軽く噛まれた。

「れ、レモン!?」

「今日は理性あるから大丈夫だよ」

囁きながら、耳たぶに熱を残す。

「僕ね、縛られるのが大好きなの。ふふ……じゃ、またね? バイバイ」

吐息をかけられた耳がじんじんして、足が震える。

――ドアを開けると。

「お、みのる。迎えに来たぞ」

そこには和希の姿。

「……和希~!」

気づいたら涙がにじんでいた。

「お、お疲れ様! よく頑張ったな。アマゾンから脱出だな」

くすっと笑いながら、僕の頭を撫でてくれる。

「……うん。もう二度とやだ」

「はいはい、行くぞ」

強い手に包まれ、そのまま指が絡む。

――和希の匂い。安心する匂い。

胸の奥の不安や恐怖を溶かすように、僕はただ、和希の隣にいた。


終わり
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